第5話 ようこそ女子高等工科学校へ!③

 「ごめん、呼び出されたからちょっと事務室に行ってくるわ」

校内放送で名前を呼ばれると、四ノ宮班付は私を置いて行ってしまった。

仕方がないので一人で居室に戻る事にする。自衛隊の高校だから、色々と不安とかあったけど、四ノ宮班付が色々と気遣ってくれるので段々と不安は薄らいでいた。

「これなら、やっていけるかな?」

居室のドアを開けると、そこには一人の女の子が立っていた。短めのポニーテールにアディダスのジャージを着て、華奢だけど背筋がピンと伸びているその姿からは自信が感じられた。顔立ちは…すっごい別嬪さんだ!

目は切れ長で艶のある唇。私が男子だったら一目ぼれしてしまうな、そんな印象だった。

「やあ、君も新入生かい?私は井上加奈子。さっき着いたばかりなんだ。小此木さんという人がここまで連れて来てくれたんだけど、彼女また出て行ってしまってね。あ、小此木さんというのは、私たちをサポートする班…づき?だったかな。これから生活をともにするって言ってたけど、初対面の私に『お前』と呼んでいたから、彼女結構アレかも知れないね」

まだ私の自己紹介も済んでないのにひたすら喋る井上さんは、ようやく私が呆気に取られてることに気付いたようで、「あぁ、ごめん。勝手に話をしてしまったね」と軽く咳払いをした。

「私は井上加奈子。生まれは神奈川。中学では剣道をやっていたよ。趣味は読書かな。ジャンルは問わず。ラノベからノンフィクションまで、面白いと思ったら何でも手を出す。何か面白い本があったら教えてくれ。よろしく!」

「あ、えっと、花澤瑠璃です。出身は県内の浜松という所。中学では…帰宅部でした。趣味はスマホのゲーム。主に音ゲーです。っていっても、ここでゲームが出来るか分かんないけど、もしゲームが出来なかったら面白い本を教えてください。よろしくお願いします」

私が言い終えると、井上さんはニコリとして手を差し出してきた。

「ウン、よろしく。ここじゃ花澤生徒、かな?」

「そうだね、こちらこそよろしく、井上生徒」

お互い見合って握手を交すと、なんだか廊下が騒がしい事に気が付いた。二人してドアの方を見ると、バーンと大きな音を立てて勢いよく開いた。

「さあ!ここがお前たちの生活の場。そう、居室だ!ベットに名前が貼ってあるから、持って来た荷物はその上に置いてくれ!」

声の主は四ノ宮班付と同じ、迷彩服に帽子を被っていた。四ノ宮班付より背が高く、肩幅もある。そして、声がやたらとデカい。身長と比例してるみたいだ。

「あれが小此木さん。あ、班付ってつけるんだっけ?」

「あの人が、四ノ宮班付が言っていたもう一人の班付…」

小此木班付は、連れて来た女の子達にテキパキと指示をしている。声が大きいので女の子達の返事が小さく聞こえた。

「おぉ!井上生徒!置き去りにしちゃってごめんな。こいつらを迎えに行くように言われてさぁ…って、この子は?」

私に気付いた小此木班付は首を傾げて近づいてきた。

「彼女は花澤生徒です。どうやら私より先に到着してたみたいで、もう校舎内の案内は終わってるようです」

「あ、花澤か!って事は四ノ宮がここに連れて来られたんだな。そっかそっか。あたしは四ノ宮と同じ班付の小此木百華おこのぎ ももかだ。よろしくな」

井上生徒が代わりに紹介してくれたお陰で人懐っこい笑顔で握手された。そして、小此木班付は部屋を見渡すと、

「うん、これでこの部屋は全員揃ったな。じゃ、あたしは佐伯3曹に報告してくるから、それまでお前らは女子工ジャージに着替えて荷物でも解いておいてくれ」

そう言って出て行った。



 居室にはベットが5つあり、両側に2:3で分かれている。そして大きめのロッカーが間にあり、ベットの足元にも衣装ケースが1つあった。他にも、ドアの横には靴箱。私以外の皆は持って来た物をロッカーに入れたり、着替えを始めている。

私はもう着替えは済んでるので、持って来たスポーツバックから中身を取り出す。

うーん、仕舞う場所とか適当でいいのかな?下着はどうしよう?あまり見られるのも恥ずかしいしなぁ。

「私、二段ベットを想像してたんだけど、良かったぁ一段で。上の方だったら下の人にすっごい気を遣っちゃいそうだし」

そう言ってホッとしてるのは、隣のベットの佐藤理沙さん。明るい栗色のショートボブは見た感じ「都会のJKだなぁ」って思わせるけど、どうやら髪色は染めてはおらず地毛らしい東京出身の彼女は、藤枝駅に着いてからずっと驚きっぱなしだという。

「ほら、私原宿に住んでたからこんなに人がいない街って初めてで。しかもこの学校も超が付くほどのド田舎!あ、これ悪口じゃないよ?その逆で超褒めてるの。原宿って『オシャレの街』みたいに思われてるけど、あれは地元民以外の人がオシャレして来てるからそう見えるだけだから。私らは竹下通りのコンビニに普通に上下スウェットで行くし」

「え!?そうなん?東京モンって普段からオシャレしてんちゃうん?」

関西弁で驚くのは伊瀬いぜあかりさん。黒髪に赤い縁の眼鏡を掛け、私より少し小柄な彼女。生の関西弁を聞くのは初めて!って感動したんだけど、どうやら中学時代の3年間だけだって。生まれは愛知県で、そっちの方が長いみたい。

『周りが関西弁で話してっと、いつの間にか言葉遣いも伝染うつんのや』

で、今更直すのも面倒だから関西弁で通してくつもりらしい。

「東京の女の子みんながオシャレなのか分からないけど、私から見ればあかりさんも充分オシャレさんだよ?さっきチラッと見えたポーチも可愛かったし」

あかりさんはそう言われると「そ、そうか?」と照れ臭そうに鼻を掻いている。

彼女の名は神崎あみ。ロングの黒髪におっとりした瞳は、なんだか四ノ宮班付を連想させる。けれども、彼女曰く『運動神経には自信があるの!』だとか。小此木班付のような体育会系の体格だったら頷けるんだけど、背格好も私と大して変わらないように見える。

脱いだらすごいのかな?

ノックが聞こえ、半開きのドアから四ノ宮班付が顔を出す。

「隣も全員揃ったから、みんな隣の居室まで来てくれる?」



となりの部屋は私たちの部屋と間取りは変わらなかった。なので、この中に私たちを合わせて十人以上が入るには少し狭く感じた。

「おー、狭いからみんなベットに座ってくれ。班付の二人も、そんなとこに突っ立ってないで、班員の間に入ってくれ」

四ノ宮班付とも小此木班付とも違う、声に張りのある女性。迷彩服ではなく、濃い紫色の制服にスカート姿のその人は、セミロングで少し目つきが鋭い。

見るからに『ザ・自衛官』っていう印象だった。

「私は佐伯美羽さえき みう。この班の班長です。これから1年間、君たちに自衛官として必要な事を教えていきます。とは言っても、君たちの身分は学生であり、特別職国家公務員の(自衛隊員)。つまり、自衛官ではありません。卒業して初めて陸士長に任官、自衛官となるのです。

君たちは工科学校での生活は初めてだけど、私も学生を生活面などで指導するのは初めてです。私がこの学校に着任した時、学校長の敷島1佐がこう言っていた。

『横須賀の工科学校とは違う女子工にしよう』

と。なので、私も今までの新隊員の教育とは違うものにしていきたいと思う。

色々と不手際もあるかも知れんが、1年間よろしく頼む」

佐伯班長(言い方あってる?)は軽くお辞儀をすると、今度は私たち班員に自己紹介するよう言った。まずは私たちの居室、【第1営内班】から自己紹介を始め、次にこの居室、【第2営内班】の班員たちの番になった。

「三田ゆうみよ。出身は東京。あ、東京トラッカーって会社知ってる?。私のお父様はそこの経営者よ。もし何か運びたい時は言って頂戴。国内ならどんな物でも24時間以内に届けさせるわ」

三田ゆうみさんは何故か父親の事業を紹介(私も聞いたことがある)してたけど、艶々した黒髪のセミロングに真っ直ぐな瞳は勝気な性格からだろうと思った。

「…桐村六花きりむら ろっか。藤枝市出身。よろしく」

まるでLINE並みの単文だったけど、これで自己紹介は終わりらしい。桐村さんはベリーショートで一瞬美少年に見間違うほどだけど、なんか圧があって近寄りがたい。

「私は横谷はなでーす。山梨から来ました。前の二人と違って個性はありませんけど、皆さんよろしくお願いしまーす」

前の二人(三田さん&桐村さん)にキッと睨まれても、全く気にしてない横谷さんは薄い茶髪のショートヘアで、眠そうに目を擦っていた。何処が個性がないんだか。

「た、高山ほなみです。神奈川県から来ました。趣味は…」

高山さんは立ち上がって自己紹介をしてくれてるのだけど、何ていうか、その…。

「高山さん?あなた、身長はいくつ?何だか幼く見えるのだけど」

三田さん言ったぁ!私も確かに、高山さんがベットから立ち上がった時「あれ?あまり立ってる感じがしないぞ?」って思ったけども。でも、触れてはいけない様な気がして黙ってたんだけど。

三田さんは空気を和ませるつもりで言ったのか、何かを期待するように少し笑ってるようだけど、高山さんの方はと言うと、顔は真っ赤でワナワナしていて、先ほどまでのお人形さんのようなかわいらしいセミロングの髪も今は逆立っている、様に見える。

「う、うるさい!わたしは身長はちゃんとある!身体検査も通った!この…クソスネ夫風情がっ!」

大激怒だ。しかも口が悪い。でも、その背丈もそうだけど、声も幼くて小学生にしかやっぱり見えない。言えないけど。

三田さんはまさかのブチ切れに面を食らったようで、さっきから金魚みたいに口をパクパクさせている。地雷を踏んだ気分だろうなぁ。

佐伯班長が高山さんのそばに行くと、軽く頭を撫でる。

「高山はな、身長は身体検査ギリギリの146㎝だったんだけど、学科の成績が良かったから身長は『見込みあり』って事でパスしたんだ。何、まだ15歳だから背もそのうち伸びるだろ」

高山さんの呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し、顔色も赤から透き通った白に戻った。

「さ、三田は高山に謝っとけ。ほれ、握手」

小此木班付が二人を向き合わせる。こうして並ぶと姉妹に見えなくもない。

「あ、ご、ごめんね高山さん」

「(生徒)を付けろ」

佐伯班長が指摘する。

「は、はい。三田生徒、ごめんなさい。私ももう少し気を遣うべきだったわ」

仲直りの握手を求めるように、右手を差し出す。

高山さんは三田さんの顔を、何か考えてるようにジッと見つめている。

見つめられて居心地が悪くなったのか、高山さんは堪らず話し始めた。

「三田生徒も、何か上のもの取る時大変だったら言ってね。私が取ってあげるから。あ、そうだ。あなた軽そうだから、肩車でも平気よ!」

きっと冗談とフォローを織り交ぜたつもりのようだけど、それって逆効果じゃ?

佐伯班長も、手で顔を覆い隠し「はぁ」とため息を吐いている。

「アホ!バカ!成金のむすめ!もう絶対許してやんない!クソビッチがっ!」

三田さんは大泣きしながら桐村さんの元に行くと、桐村さんは「何故わたしの所に?」という顔をしながらもよしよししている。

高山さんは、佐伯班長に「お前はバカか?」と、早々にお叱りを受けてるのでした。

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