第4話 ようこそ女子高等工科学校へ!②

 藤枝駅の北口ロータリー広場は、バスと送迎者用のロータリーに分かれている。

改札を出てエスカレーターを降りると自衛隊の制服を着た人が(最後尾)と書かれたプラカードを持って立っていた。

『女子高等工科学校へ行かれる生徒さん、並びに保護者の方はこちらにお並び下さい。無料のシャトルバスが出ております』

そこには、私と同級生になるであろう女の子達と、その親たちが列をなしていた。先頭まで距離がある。

「すごい並んでるわねぇ。タクシーの方が早いかしら」

「お母さん工科学校まで結構あるよ?グーグルマップで見たけど、駅から車でも30分以上はかかるみたい」

「30分!?それじゃタクシー代がたまんないわ。ここまま待つわ」

現金な母に少し苦笑し、肩に提げていたスポーツバックを下に置いた。辺りを見回す。駅の正面には静銀があり右手には商店街らしき通りが続いている。

私の住む浜松よりはさびれている感があった。これじゃ休みの日はあまり遊べそうにないな、なんて溜息ついてるとある事に気が付いた。

私たちから少し離れた所に、カメラをこちらに向けてる人が数人いた。いや、それだけじゃなく、TVカメラにリポーターらしき人のグループもちらほら。

「お母さん。あれ、TV局か何かかな?」

「え?あらホント。何撮ってるのかしら。誰か芸能人でもいるのかしら?」

そんな訳ないじゃん。と、ちょうど横を自衛隊の人が通りかかったので、あのカメラマン達は何なのか聞いてみた。

「あぁ、マスコミ連中の事かい?彼らは君たちを撮りたいんだってさ」

「私たち?」

「あぁ。君たちは自衛隊史上初の女子工の生徒だからね。どういう女の子達か知りたいんだろうよ」

「自衛隊初の女子工の生徒…」

「けど安心してくれ。我々が君たちを勝手に取材しないよう注意して回っているからさ」

そう言って、自衛隊の人はメガホンを構え、『プライバシー保護の観点から、彼女たちの撮影は控えてくださーい!』と言ってマスコミを散らしていた。



程なくしてバスが来て乗り込む。バスは商店街を通り抜け、更に進んでいくとあっという間に山のある景色が広がった。

「山が近いわねぇ。周りにスーパーとかなさそう」

「今通ったとこがバイパスって書いてあったから、まだまだ先みたいよ」

「まだ奥なの?あんた、こんな田舎でホントやってけるの?山奥に学校って、まさか脱走させない為じゃないでしょうね」

「そんなまさか、ははは」

と笑ってはみたものの、ちょっと自信はなかった。

そこから更に進み、峠道を抜けて広い道路に出た所で歩道に駅前にいたようなマスコミの人たちがズラッと並んでいた。

わぁ、とバスの中の女の子達はその光景に驚きつつ興味深げに歩道を見ていた。

そんなに大ごとなんだろうか?工科学校に入学することって。

バスが減速し、チッカチッカというウィンカーの音がすると左に少し曲がった所で停車した。運転手が誰かと話してるなと思うと、またバスは進み始めた。

また、車内では『わぁ!』という声が聞こえた。私も思わず声を上げてしまう。

バスは学校の敷地内に入ったようで、道路の両側には迷彩服を着た隊員たちが列を組んで行進していた。すれ違う車も、街中で走ってる様な乗用車でなく緑色のジープ?やトラックばかりだ。

「なんか、急に物々しくなってきたねぇ」

母の独り言に、私はうんと頷いた。さっきまでいた駅前とは、全く別世界に来てしまったような感じがする。

『皆さんお疲れさまでした!バスを降りて正面が受付となっております。受付の際は、入校案内に記載してある書類一式を提出しますので、出しやすいよう準備を…』

受付で手続きを済ますと、係の人から「名前を呼ばれると思うから、まだ近くにいてください」と言われた。母はと言うと、ここからは保護者は中に入れないらしく「お母様は保護者説明会がありますので、あちらの教場にお願いします」

と案内されていた。

急に一人にされ、受付をしてる人たちの背中をボーっと眺めていると、

「花澤さん。花澤瑠璃さん!居たら返事して!」

と呼ばれる声がして、はい、と手を挙げた。

その人は、迷彩服に真っ赤な帽子を被り、髪は後ろで束ね、目はクリっとしている。他の自衛官とは違ってニコニコしていて、なんだか柔らかい空気を纏っているようだ。

「あなたが花澤瑠璃さん、ね。私は班付はんづきの四ノ宮小春しのみやこはるです。これからあなたの学校生活をサポートしますので、よろしくね」

「よ、よろしくお願いします。四ノ宮さん」

「自衛隊では姓の後にその人の階級か役職で呼ぶの。だから、私はあなたの班の班付だから、私を呼ぶ時は四ノ宮班付って呼んでね。私もあなたの事を花澤生徒って呼ぶから」

「はい、四ノ宮班、付きさん」

どうしても年上にはさん付けしてしまう。四ノ宮班付は、顔をしかめるでもなく優しく微笑む。

「ふふっ、焦らなくてもいいよ。始めは言い慣れないけど、段々慣れてくるから。じゃ、これからあなたの部屋、居室きょしつって言うんだけど、そこで荷物を降ろして着替えてもらうわ。そしたら、今度は隊舎内を一緒に回りましょう。色々と案内するわ」

四ノ宮さん…じゃなく、四ノ宮班付に連れられた私は居室で自分のベットに荷物を置き、用意されていたジャージに着替えた。このジャージは黒と赤のツートンで、背中には銀色の文字で(陸上自衛隊 女子高等工科学校)書かれていて、その下には(第1期生)とオレンジ色の文字で書かれている。

「うん、似合ってる似合ってる。そうそう、さっき受付で教わったと思うけど、あなたの所属は第1区隊の第1班になるわ。1班の居室はここと隣。班長は佐伯3曹という人よ。多分、あとから来ると思うから、挨拶は元気よくね。分かった?」

「はい!」

「良い返事ね。じゃ、行こうか」

四ノ宮班付は、歩きながら色々と教えてくれた。女子高等工科学校、略して(女子工じょしこう)は出来たばかりで後輩を指導する先輩生徒(学生ではなく生徒と呼ぶらしい)がいないから、対番(1コ上の上級生)の替わりとして四ノ宮班付のような人が各班に二人いるんだって。

「だから、班の中で悩み事とか、同期の子達にも相談できない事があったら、遠慮なく私に何でも話して頂戴。私も入隊して2年だから、きっとあなたの力になれると思うわ」

胸をトンと叩き、先輩らしい顔つきをする。けど直後、

「きゃ、ご、ごめんなさい」

目を閉じていたのか他の生徒に当たってしまった。なんかドジっぽい所がかわいらしい。

「ここがトイレ。その隣が洗面所になっていて、洗面台の脇にはコンセントがあるからドライヤーも使えるようになってるわ」

「で、ここが洗濯室。一応全自動だけど、6台しかないから洗濯が終わったらどんどん空けること。終わったら他の子達に声を掛けてあげるといいかもね」

「ここが物干場ぶっかんば、乾燥室ね。洗濯物はここで干します。ボイラーが稼働してるから夜干せば大体朝には乾くわ。ここでも、いつまでも干しっぱなしにしない事。乾いたらすぐ取り込んであげて」

「ここは給湯室。このポットは共用だから大事に使って。それと、冷蔵庫も共用だから、ジュースなんか入れる時は名前を書いてね」

「ここが談話スペース。そこにある自販機でジュースを買って、他の同期達と寛ぐこともできるわ。ってことで、花澤生徒は何か飲む?」

急に振られて一瞬戸惑ったけど、確かに喉はカラカラだった。

「えっと、じゃあ、このミルクティーで」



四ノ宮班付から手渡されたミルクティーはよく冷えていて、喉が渇いていたせいか流し込むと身体全体が潤う錯覚がした。

「どう?駆け足で隊舎の中を案内したけど、何か分からない事とかある?」

「あの、さっきトイレを教えてもらった時に、男子トイレが無かったんですけど、ここは男子は入って来ないんですか?」

四ノ宮班付は、口をニンマリとして「良い質問ね」と私を指さした。

「他のWACワック隊舎、つまり女性自衛官が生活する隊舎は基本男性は立ち入り禁止。陸上幕僚長ですら入ったら即警衛隊に通報されるわ」

陸上幕僚長が誰なのか分かんないけど、取りあえず男子は誰も入れない事は分かった。

「そして、これは女子工の特徴の一つなんだけど」

そう言って四ノ宮班付が見せてくれた赤いカードは、会員証サイズの大きさだった。

「これはICカード。カードが発する信号を入口にあるセンサーがキャッチするんだけど、これが無いと隊舎に入った瞬間に警衛隊に通報されるから注意して。今日は着校日だから警報がOFFになってるけどね。あとから佐伯3曹から配られるはずだから」

「そのカードをもし、男性の誰かに盗まれて入られた場合はどうなるんです?」

「うん!これも良い質問ね!盗まれたら確かに厄介だよね。でも安心して。センサーがICカードを認識すると、連動している防犯カメラが入って来た人を捉えるの。で、本人であれば問題ないんだけど、背格好も体型も性別も違う人物だと識別すると、侵入者ってことで警衛隊の他に警務隊にも直通の通報が行くことになってるわ。問答無用で逮捕ね」

四ノ宮班付が言うには、ICカードには持ち主の認識番号の他に身長や体重、体型や声質等の情報が入ってるらしい。

「私は半年前に異動してきたんだけど、こんなにWACが多い駐屯地は初めてね。私の中隊、310教支隊も半数以上がWACだし、原隊の時とは大違い」

四ノ宮班付はクスッと思い出し笑いをする。

「原隊は1連隊の3中隊だったんだけど、連隊のナンバー中隊にWACは私と1期上の先輩だけ。陸自で普通科のナンバー中隊、えっと、戦闘が主な中隊にWACが配置される様になったのも数年前からで、連隊では私が2番目の配属だったの。1期上の先輩は他中隊だったから、3中で私が入って来るって決まった時は大変だったみたい。

トイレとか更衣室とか、あと演習とか。私は私でいきなり完全男社会に放り込まれたから慣れるのにほんと苦労したわ」

コーヒーを一口飲むと、四ノ宮班付は懐かしそうな顔をする。

「私より全然年上の陸曹が、私が弾薬箱を持とうとすると慌てて替わろうとするの。『こういうのはヤローに任せときゃ良いんだよ』ってね。でも、それってお客様扱いって事でしょ?だから私も譲らなかったわ。『私も中隊の一員です!』って。それから何度か同じようなやりとりをしてる内に、もう誰も私が重たい物を持ってても替わろうとする人はいなくなったわ。かわりに今度はガンガン重たい物を持たされるようになったの。弾薬箱もそうだけど、訓練で使う対戦車地雷とか蛇腹鉄条網とか。もう遠慮なしに。でもね、それは中隊で認められたって事だから全然苦じゃなかったわ」

四ノ宮班付は飲み終えた缶をゴミ箱に捨て、

「あれだけむさ苦しかった原隊に比べたら、ここは快適ね。演習後のケモノ臭はしないし。シャンプーの良い匂いはするけどね。っと、もうこんな時間。ちょっとしゃべりすぎてしまったわ。居室に戻るけど、他に質問ある?」

「あ、はい。今の四ノ宮班付の話に出て来た原隊?とか、普通科?とか、自衛隊用語が全然意味が分かりませんでした」

あちゃ~、と手で顔を隠す四ノ宮班付は、

「そうだよね。全然わかんないよね。ま、でも、そのうち自然にわかってくるから」と、てへ☆ぺろの顔をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る