第3話 ようこそ女子高等工科学校へ!①

「ふえぇんハナぁ、行っちゃやだあ」

「ちょ、フミ!お酒呑んでないのに酔っ払いみたいに抱き着かないで!」

「花澤ぁ、フミはだね、お前さんがちゃんと自衛隊でやってけるのか心配なのだよ」

「自衛隊じゃなくて工科学校!って、チカ!フミを何とかして!」

私、花澤瑠璃はなざわるりは倍率30倍以上とも言われた陸上自衛隊、女子高等工科学校の入学試験を見事合格。まさか受かるとは思ってなかったから自分でも驚いてるんだけど、女子高等工科学校は全寮制。なので今は数少ない友人たちが明日出発する私の為にお別れ会をしてくれてるのだ。

「しょうがないなぁ。フミ、ドンムーブ」

「ひっ、撃たないでチカ!」

「うん、分かればよろしい」

チカはフミの後頭部に突き付けていた指鉄砲を下げると、フッと指先に吹きかけてポケットに仕舞う仕草をする。フミは先ほどと違ってしおらしくなり、ちょこんと座ってなっちゃんを飲み始めた。

「工科学校の生徒は一応、ぼうえいだい?とかと一緒の生徒って扱いなんだって。自衛隊とは違うみたい」

「ふ~ん。じゃあ、TVでよくやってる様なキツイ訓練っていうのは無いんだ?」

「どうだろ?ネットで男子の方の工科学校を調べてみたけど、1年生は特になくて2年生になってから銃を撃ったりするみたい」

「え、ハナ銃撃つの!?カッコいい!」

「いや、花澤の事だから危なっかしくて銃持たせてもらえないかもね」

「うぐ、否定したいけど出来ない自分が悔しい」

ふふん、と言いたげな表情のチカは、ポテチをつまんで口に放り込む。

静岡地本しずおかちほん(自衛隊の募集事務所みたいなもの)の人の話によれば、横須賀にある男子の工科学校では2年生から実弾を撃つらしい。でも、

『女子工科学校はどうかなぁ?今現在(3月)も大まかな年間計画しか出て来てないし。あそこの学校長、横須賀のやり方を踏襲しないって言ってたしな』

つまり、1年生で銃を持たされる可能性もあるという事だ。重いのやだなぁ。

「そういやハナ、なんで女子こう…なんちゃらを受ける気になったの?あたし聞いてないんだけど。まさか、アイコク…シン?に目覚めちゃったとか?」

「愛国心な。安心しろフミ、私もだ。花澤はギリギリまで受験のこと私たちに隠してたからな。さあ、白状してもらおうか?」

言うとチカはまた手の指を鉄砲の形にして私に突き付ける。そしてフミもそれに習う。私は両手を上げ、

「はいはい分かったよ。だから撃たないで、ね?」

二人は顔を見合わせ、同時に手を降ろす。

コップに注いであったミルクティーを一口つけ、軽い深呼吸。

「あのさ、二人とも私が2トップにロックオンされてるのは知ってるよね?」

フミは緩んでいた口を真一文字に、チカはいつになく真剣な目で私を見つめる。

2トップとは、所謂学年カーストの女子部門の最上位二人のこと。この二人は成績が優秀なだけでなく、部活動でもキャプテン(確かバスケとサッカー)を務め、おまけに可愛くて男女からの人望もある。

これだけ聞くと、優秀な生徒だと印象を持つかも知れないが、誰にも欠点はあるもの。二人は特定の誰かを弄る事で、ストレスを発散するというスキルを身に付けていた。

この(特定の)がポイントで、他の同級生がいる時は何もして来ないが、二人のうちどちらか、あるいは二人揃っている時に私が一人でいる所を狙ってくるのだ。

どういった事をやられるのかっていうと、すれ違い様にワザとよろけてきて、私に肘打ち。後ろから踵を踏む。後ろから蹴る。

始めのうちはボーっとしてた私が悪いのかも?って、偶然当たっただけかと思ってたけど、蹴られた時に「あぁ、これは狙われてるな」って気付いた。

それから暫くすると、今度は不自然に私物が消えていった。ノートにキーホルダー、水筒の中身が全部なくなってた事もあった。

どれも、大ごとにするには規模が小さい。だけど、これが毎日続くとなると精神に結構から堪らない。

理由?多分ないと思う。ていうか、苛める理由なんか聞きたくない。

「うん、前に話してくれたからね。私が『ボイスレコーダー貸してやるから現場を押さえよう』って提案したけど、花澤は蹴ったんだよね」

「え、チカ盗聴器なんか持ってるの?怖い!今度貸して!」

「貸さねーよバカ。で?花澤はあのあと何か対策したの?」

「うん、出来るだけ他の人と一緒にいるようにはしてたけど、それも限界があって…」

私が言い淀むとチカは「そうか」とだけ言って、下を向いてしまった。

チカが『現場を押さえよう』って言ってくれた時は、嬉しかった。

でも、チカを巻き込みたくないとも思った。だから断った。

「ハナ、私とずっと一緒にいれば良かったのに。同じクラスだし」

フミは目を潤わせている。フミの言う通り、ずっと一緒にいれば良かったのだけど、そうも言っていられない事態になったのだ。

「……まさか、あいつら他に仲間を?」

私は黙って頷く。

去年の12月辺りになると、彼女ら二人のストレスがピークを迎えたのか、今度は何人かの仲間を使って嫌がらせを仕掛けてきた。

やってくる内容は変わらず。ただ、人が毎回違うだけ。人が増えた分、今度は(無視)が加わった。これは傍からは「聞こえなかったのかな?」という風に見えるから質が悪い。やられてる側にしか分からない、仕打ち。

フミと一緒の時は普通に話して、いなくなれば無視。

「あたし、なんか変だなって思ってた。あの二人がいない時でも、ハナと他の子の空気が何か重いなって時が何度かあったから。でも、あたしの気のせいかも?ってあまり深く考えなかった…」

「フミは悪くないよ。あいつら仲間以外には気付かれないようにしてるんだから」

両手を伸ばし、フミは私を胸元に引き寄せ「よしよし」と頭をなでる。微かなシャンプーの香りがする。私もフミをギュッと抱いた。

「それで?それと自衛隊とどう関係があんの?」

私へのいじめがまだ続いている事にチカは苛立っているみたいだった。

「うん。私は最初は清水の高校に行こうと思ってたんだ。あいつらと学校一緒になりたくないし、清水だったら会う確率なくなるかなって。でもね、2トップの二人が珍しく私のトコに笑顔で来たことがあってね。で、やたらと『高校どこ行くの?』って聞いてきたんだ。始めは、はぐらかしてたんだけどあまりにしつこいから聞いたの。何か二人に関係あんの?って。そしたら……」

私が黙っても、チカとフミは『どうなったの?』と急かさず待っている。

「そしたら、二人してこう言ったんだ。『あんたと一緒の学校に行こうと思って』『あたしらの仲間も、あんたと一緒の高校に行きたいって言ってるよ。誰かと学校一緒になったらよろしくね』って。それを聞いた時、どこの高校に行っても、今の地獄が続くと思うと目の前が真っ暗になって」

チカはカラになったコップを握ったまま悔しそうな顔をしている。フミは、表情を崩さず私が話し出すのを待っている。

「そんな事があって、家に帰ってからもどうしたらいいか分からず悩んでたの。ウチはあまりお金ないから県外は無理だし、親にも相談しづらいし。でも、その日の夜、ニュースで見て知ったの。自衛隊が女子高を作って、生徒を募集してるって」

そう、あの日。目つきの鋭い、けど美人の女性自衛官(この人が校長だって面接の時に知ったけど)が自衛隊初の女子高をニュースの中でPRしていた。その女性自衛官はこう言っていた。

『人と全く違う道を歩んでみないか?しかもこの道はまだ誰も通っていない。君たちが先駆者となれ!』

女性自衛官の、その真っ直ぐな目で放たれた言葉に、私は衝撃を受けた。まるで自分に言われたかのように。

「自衛隊だったら、さすがにあいつらも諦めると思ったの。でも、何があるか分からないから進路のことは誰にも話さないって決めて。……チカとフミには黙ってて悪かったって思ってる。ごめんね」

二人は揃って首を振る。

「ううん、私こそ何もしてやれなくてゴメン。ほんと、私って友達の一人も助けれない……」

「ハナ、ごめんね。あたしも一緒のクラスなのに何も出来なかった。あたしにできる事はこれくらい」

フミはまた私をよしよしする。

「二人とも気にしないで。結局、私の作戦通りあいつらの誰も工科学校の試験受けなかったし、あいつらの面白い顔も見れたし」

「面白い顔?」

「うん。ほら、私の合否結果、担任が朝の会ん時に発表したじゃん?」

「あ~、そうだったね。あたしもその時に知ったんだっけ」

「合格発表の当日、朝の会の時に担任が黒板に書いたの。【花澤瑠璃 陸上自衛隊女子高等工科学校 合格!】って。お陰でクラスはザワつくし、私を無視してた連中の一人からも『花澤さん、自衛隊の試験受けてたの?すごーい!』って褒められちゃうし。でも、一番面白かったのは、2トップが合格を知った時かな。取り巻きから私が自衛隊の学校に入るのを知ったみたいで、廊下ですれ違った時に『あんた自衛隊の学校に行くの?』って聞かれたんだ。

だから私言ったの。『うん。良かったら一緒に行く?』って。そしたら二人とも、すっごい悔しい顔しちゃってさ。さすがに工科学校は盲点だったみたい」

「へぇ~、花澤は2トップに一矢報いてやったわけだな。すごいじゃん」

チカは自分のことのように満足げな顔をしていた。そして、手を差し出すと、

「花澤、工科学校合格おめでとう。私も友達としてすごく誇らしいよ」

ぎゅうっと固い握手。フミも、

「本当におめでとう。良かったねぇ、ほんと、良かったよお~」

両手で握りしめる。ちょっと痛いかな。でも、二人とも私のことで怒ってくれて、泣いてくれて、そして喜んでくれて。私には勿体ない友達だ。





 「ほら、Suicaチャージして来たからアンタ持ってなさい」

そう母親にカードを手渡され、私は財布に仕舞った。駅の改札を抜け、ホームに上がるとまだ時間が早いせいか人はまばらだった。

「ふあぁ、眠い」

「そりゃ寝るの遅かったんだから当たり前でしょ。早く寝ろって言ったのに」

昨日、チカとフミは夜の9時近くまでいた。二人の親が迎えに来なかったら泊りになってたかも知れない。それだけ名残惜しかったんだ。

工科学校のある藤枝市まで電車で約1時間。平日は無理だけど、休みの日には帰って来れるだろう。高校は別々だけど、この関係はずっと続いてほしい。

LINEのアプリを開き、二人に送った。

『行って来ます』

スマホをポケットに仕舞おうとすると、すぐ返信が来た。

         フミ

        『うぇーん寂しいよ。こっち戻ったらゼッタイ遊ぼうね』

         チカ

        『寂しくなったら私の胸でお泣き。頑張れよ』

私はクスッとして、スマホを仕舞った。

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