私の日常 その2
ズン!
くぐもった重低音が廊下に伝わる。
爆風に備えて身体を伏せていたはなは、自分に被害が無い事を確認すると、ゆっくりと立ち上がった。
「みんなごめんねぇ。でも、みんな全滅するよりあたしが生き残る方が国益でしょお?」
神崎分隊が全滅した部屋のドア越しに、はなはウィンクで謝罪する。
はなは瑠璃の『しゅりゅうだん!』という声で反射的に身体が動き、それまで伏せていた身体を起こすと素早く廊下に出て、ドアを閉めたのだった。
その間約2秒。はなだけ助かるには十分な時間だった。
しかし、はなはこの時まだ敵がいることを忘れていた。
パパパパパパパパパパパパパパパパン!!
全身に一瞬にして駆け巡る衝撃に、初めは何が起こったのか分からなかったが、膝が床に着いた時に漸く気付いた。
「あ……れ?、そうだ…………ま……だ……交…せん………中だっ……た」
受けた衝撃が強すぎて意識が朦朧とする中、ゆっくり近づいてくる人影が見えた。
はなは顔を上げて確認し様とするが、暗くて表情までは分からない。
「だ……あ…れ?」
はなの問いに答えたのは、人影ではなく、人影が手にしていた拳銃だった。
頭部に衝撃を受け、はなは仰向けに倒れた。急速に眠気が襲い掛かり、はなはその身を預けるため、目をそっと閉じた。
キーンコーンカーンコーン。
『状況終了!状況終了!神崎分隊は廊下に出て武器と装具点検を実施!』
授業の終わりを告げるチャイムと共に、私はむくっと身体を起こす。手榴弾の退避行動なんて習ってなかったから、部屋の隅で横たわるくらいしか思い浮かばなかった。
「あ~、終わったぁ」
「すんごい音だね、手榴弾って。光も眩しかったし」
「訓練用だからこれだけで済んだけどね」
ソファーの陰に隠れていたあみと理沙が、身体をパンパンとはたきながら立ち上がる。
「あ、みんな異状なし?なければ取りあえず廊下に出よう。って、そういえば!」
思いだしたように、あみが大声を上げる。何事かときょとんとしていた理沙と私だったが、段々思い出してきた。
「はなの奴!あいつ私ら閉じ込めたよね!?むかつく~!なんなの?あれってドア閉めちゃっていいの?仲間を逃がすって頭ない訳?は?チョーむかつくんですけど!」
理沙は怒りのボルテージが上がりすぎて、
「大丈夫だよ理沙。ケジメは分隊長の私が取るからさ」
あみはP220をホルスターから抜き、ゆっくりとスライドを引く。
やばい、
「そ、それよりもさあ、私らに手榴弾を投げた奴を確かめた方が良くない?ほら、あそこの箪笥から投げたの私見たし」
二人は顔を見合わせると、やがて頷いて箪笥に近づく。
それは昔の家によく置いてある様な、古ぼけた箪笥だった。上段はスーツなどが仕舞えるほどの大きさで扉は観音開きになっている。下は1段だけの引き出しだ。
「おーい、箪笥の中のゲリラくん。大人しく出て来なさーい。ほらぁ、怖くないからぁ」
どう聞いても怖さしかないが、あみは箪笥に優しく?語り掛ける。
「出て来ないか?じゃ、出やすくしてあげる。理沙?ここに立って」
あみは理沙を箪笥の正面に立たせる。私も理沙もキョトンとする。
「ゲリラくん聞こえる?今から私が数える内に出て来ないと、格闘経験者の理沙分隊員が前足蹴りでそのドアぶち破るから。ゆっくり考えてね。1秒あげるから。
はい、いー…」
『ちょちょちょ、待って待って!分かったから!今出るから』
理沙が片足を上げて蹴りを放とうとする瞬間、箪笥の中に潜んでいたゲリラくんが上ずった声を上げた。
「ふん!みんなこの私に爆殺されたのに、威勢がいい事」
先程の慌てた声を出していた事を忘れたのか、三田ゆうみは茶色のロングヘアをかきあげながら箪笥の中から出てきた。中に立てかけてあった小銃を取り出し肩に吊るす。
「あー!ゆうみお
「うっさいわね理沙は。箪笥の中は状況外でセーフよ」
ふん、とゆうみは長い髪を後ろで団子に結ってまとめると、鉄帽を被る。
「どうよ?私が考えたトラップは?ビックリしたでしょう」
手を団扇のようにパタパタ振りながら、勝ち誇った顔が憎たらしい。しかし、
「うーん、悔しいけど、さすがにやられたってカンジだわ。さすがゆうみね」
「え、あ、うん。あ、ありがとう」
あみからの思ってもない賛辞に戸惑うゆうみだった。
「さ、廊下に出よう」
「で、コイツは何で寝てんだ?」
廊下に出ると、所属する分隊を閉じ込めて爆死させた張本人が気持ち良さそうに寝ていた。理沙は苦々しくはなを睨み付けるが、はなは起きる気配がない。と、その横にはスカーフで顔半分を隠し、手にはP220を握るゲリラが立っていた。
「やあ、君たちは全滅の様だね。私は残敵(はな)を仕留めさせてもらったよ」
ゆうみと同じく、ゲリラ役の
「彼女が部屋から飛び出てきたから、手筈通りゆうみが手榴弾を投げたと思ってね。君たちが廊下に出て来たところを一斉掃射で撃滅する算段だったんだよ。しかし、ね」
加奈子は苦笑いし、
「まさか
思い出した加奈子はよほど面白かったのか、手を口元にやり笑いを堪えようとしていた。私たちには笑い事じゃないんだけどな。
「それでも、気を取り直して彼女をハチの巣にした上で頭部にも1発射ち込んだのだが、倒れてからそのまま寝てしまったんだ。擬似衝撃スーツで多少の痛みがあったはずだが、彼女はほら、結構大らかだから」
ハチの巣にしてなおも頭部に1発って、どんだけエグイんだ…。
擬似衝撃スーツは、被弾した時のダメージを体感できる支給品。メッシュの薄い生地で上衣、下衣に分かれていて、模擬小銃から照射されるレーザーに当たるとその部位に低周波の刺激がビリっと流れる。頭部は
「おーい、お前ら点検は終わったのか?」
その声を聞いて、私たちは一斉に『気をつけ』の姿勢に。理沙やゆうみだけでなく、加奈子もさっきまでの笑顔から一転、緊張した表情に変わった。
我らが1区隊1班長、
「武器庫に一旦銃を格納してから次の授業に行けって言ったの忘れたのか?って、横谷はなぜ寝てるんだ?」
怒りの矛先がはなに向けられる。空気が一瞬にして張り詰めたが、はなはまだ起きない。
「おい横谷。起きろ」
はなは相変わらず眠り続けている。すごい、感心するほどの眠り姫だ。
「横谷、おい起きろ」
戦闘靴の先で膝を揺らすが反応はない。佐伯班長は溜息を吐くと、理沙に小銃を貸すように言った。小銃を受け取ると、私たちの方に顔を向ける。
「ゲリラがこうして横たわってた場合、どうする?死んでるのか、気を失ってるのか。はたまた我々に一撃を加える為に死んだフリをしてるのか。それを確認しなくてはならない」
まだ習っていない事なので、私たちは顔を見合わせるだけで答える事ができない。
「ゲリラの中には麻薬などを使って痛みを感じないようにしてる奴もいる。だから腹や背中を蹴っても反応がない事もある。では、どうすれば生きてるか死んでるか判断できるか?それはだな……」
銃口をはなの首元まで持ってくる。
「銃口で喉元を突いてやるんだ。思いっきりな。これだったら幾ら痛みを感じなくても呼吸が出来なくなって起き上がる。こうやって!」
「わーーー!起きてます!横谷起きてます!……あれ?」
はなが起き上がる時には佐伯班長は小銃を肩に吊っていた。本気で喉を突くつもりはなかった様で、呆れ顔ではなを見下ろしている。
「横谷…、次の授業開始まであと5分。ここから武器庫まで約2分。お前たちに残された時間は?」
「そのぐらい分かりますよぉ佐伯班長。正解は3分デス!」
「あと3分しかないじゃないか!お前ら今から武器格納して居室に戻って教科書取りに行ってる時間あんのか!?グズグズしないでさっさと行け!駆け足!」
佐伯3曹に一喝され私たちは牧羊犬に追い立てられた羊のようにわらわらと走りだす。
「おい!一人以上の時は整列して行けって言ってるだろ!神崎!お前分隊長なんだから班をまとめろ!」
「は、はい」
佐伯3曹に怒鳴られ涙目になりながらも、あみは「ぶ、分隊は2列縦隊ぃ」と何とか指揮する。頑張れあみ!
「分隊。駆け足、前へ進め!」
あみの号令とともに私たちは走りだす。
「あみ。次の授業って何だっけ?」
「次?次は現代社会よ。って、理沙、知らなかったの?」
「し、知ってたよ。確認だよ確認」
「ほんとに~?理沙は失念が多いからなぁ。シツネンがぁ」
「うっさいよはな!アンタだって忘れ物多いでしょ!」
「あたしの場合はぁ、完全に記憶にないので失念どころではありませ~ん」
「それ一番だめなヤツじゃん!」
武器格納後、私たちはソッコーで制服に着替えて教室に滑り込むように入ると、同時にチャイムが鳴った。
「ちょっと1班、遅いんじゃないの?5分前行動って教わらなかったの?」
2班のおかっぱ頭の同級生が口を尖らせて私たちを指さす。確かにそう言われてるけどさ。
「教わったけどぉ、間に合えば良いんですよ~。5分前に着いても何もする事ないじゃん」
はなは机の上に教科書を出しながらニヤニヤして答える。
その言葉、佐伯班長の前で言っちゃだめだからね。
おかっぱ頭は何か言いたそうだったが現代社会の教師が入って来たので席に戻った。日直が起立、礼、着席と号令をかける。
「はい、じゃあ授業を始めます。……ってその前に。1班の子たちかな?あなた達、チャイムぎりぎりだったでしょう?」
現社の教師は、眼鏡を一指しゆびでクイっと上げる。まるで「お見通しよ」と言いたげだった。ギクリと1班の面々は苦笑いする。はなを除いて(ペン回しをしている)。
怒られるのかな?少しドキドキしていると、現社の教師はニッとして、
「あなた達も、やっぱり普通の女子高生なのね。先生、ちょっとホッとしたわ」
予想外の言葉に、私たちは意味が分からずお互い顔を見合わす。はなも気になったようで、ペン回しをやめて現社の教師の顔をジッと見ていた。
「いえ、ね、あなた達は他の高校生と違って厳しい環境の中で生活してるから、時間にも厳しいのかなっ思ってたの。でも、遅刻ギリギリで教室に入ってく姿を見て、先生なんだか安心しちゃった」
黒髪のロングに銀縁眼鏡をかけ、パンツスーツを着こなすお姉さんって感じの現社の先生は、さ、はじめましょうと私たちに教科書を開くように言った。
どうも!花澤瑠璃です。
いかがでしたか?これが私たちの学校生活です。このあとも、お昼休みを挟んで国語があって、その次が基本教練で……え?なんの学校かって?ただの高校ですよ。
陸上自衛隊 女子高等工科学校
って言うんですけどね。
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