女子工生の日常

たけざわ かつや

私の日常 その1

 『建物内に逃げ込んだテロリストを発見し、速やかに制圧せよ!』

そう小隊長から命令下達された私達の分隊は、【ホテル藤枝】という古びたホテルのエントランスホールにいる。3階まで吹き抜けになっており、正面にはエスカレーター、左手にはフロント、右手にはソファーとテーブルが置いてある。

制圧前にホテルの電気を止めたお陰で日中でも中は薄暗い。1階部分は事務所やロッカールーム、リネン室があったがどれも施錠がされており、人のいる気配はなかった。

「1階はオールクリアっと。次は2階だね」

ふう、と息をもらしながら分隊長は88式鉄帽テッパチを少しだけ上にずらす。

「外がめちゃめちゃ暑かったから、中に入ったら一瞬涼しいと思ったけどやっぱり防弾着ぼうだんぎ着てると暑いね」

「ホント、はなの言う通り保冷剤首に巻いとくんだった」

「いや、今は検索に集中しようよ」

私と理沙の他愛ない無駄話に、あみが優しく注意する。

「さ、行くよ」


私、花澤瑠璃はなざわ るりを先頭に2番手ばんしゅ佐藤理沙さとう りさ、3番手ばんしゅで分隊長の神崎かんざきあみ、そして4番手ばんしゅ横谷よこたにはなが続く。

4人とも迷彩服の上から防弾着に身を包み、手には89式小銃。右足には携行火器のシグザウエルP220、分隊長のあみだけは手榴弾を持っている。

「なんか鼻がムズムズする。けっこう埃舞ってるのかな?」

「そだねー。窓からの光で埃が舞ってんのよく見えるよ」

「やめて理沙!説明されると想像しただけでくしゃみ出ちゃう!」

あみは両手で鼻まわりを覆い、そっぽを向く。

「なーにぃ?分隊長殿は埃が弱点なのぉ?そっかそっかぁ。じゃあ今度の休みの日に、分隊長殿のお部屋をこのはなが掃除してあげましょう。だから分隊長殿わぁ、部屋から出ずにちゃあんと見てて下さいね」

「……はなちゃん、親切っぽい事言ってるけど、部屋から出れない時点でそれ私にとって地獄だから」

「そんなぁ。埃で苦しむ分隊長殿を見たくないから、はなは善意でお掃除するのですよぉ」

「……絶対にウソ」

「はいはい、神崎分隊長。何か見えてきましたよ」

私が言うと、あみは人差し指を突き立ててはなに静かにするようジェスチャーする。

静まり返った廊下を歩くと、右側に上へ上がる階段が見えてきた。壁には小窓があり、そこから光が入って来るので廊下よりは明るい。

私は89式小銃を上へ構え、ゆっくり階段に近づく。後ろの理沙もそれに倣い、私の正面に構えてカバーする。階段の踊り場まで地雷はなさそうだ。

一段一段、踏みしめるように進む。

上がり切ると、廊下が左に伸びている。壁の角手前に立ち、理沙に合図する。

3さん2にい1ひと・いま!』

私は立ったまま、理沙は立膝で壁に身を隠したまま二人同時に廊下へ小銃を構える。暗がりの廊下が続いており、左右には部屋のドアが等間隔にある。

「分隊長、部屋が左右に分かれていて、ドアの位置も同じ」

理沙が小声で囁く。

神崎は少し考えると、右手で小銃を構えたまま左手を左に振るようなハンドサインを送って来た。左の部屋から検索するという意味。

私は黙って頷き、ドアの前まで進む。後ろが遅れないよう、ゆっくりと。理沙と神崎は前と右、最後尾の横谷は後方を警戒している。いくつもドアがあるので、何処から敵が現れても対処できるようにするためだ。

ドアのすぐ手前で止まり、形状を観察する。ドアノブが右側にあるという事は、この部屋は右に広くなっている可能性が高い。

ドアノブに手を掛けると、鍵は施錠されてなかった。私は神崎に見えるように、左手でドアノブを回しドアを開ける仕草をする。

『ドアは鍵なしで左開き』

という意味だ。

神崎は突入を決意したようで、左手の指を3本伸ばし理沙と後ろのはなに見せる。二人は頷き、理沙は私に3本指を私に見せてきた。そして、肩を叩く。

1回…2回…3回!

勢いよくドアを開けた!…つもりだったが、途中で何かに当たったようで1/5も開かなかった。

「あれ!開かない!」

思わず声に出してしまった瞬間、理沙が叫ぶ。

「前方右側の部屋、敵!」

前方、と聞いた辺りで理沙の声をかき消すようにバリバリバリと射撃音が廊下に木霊する。銃撃を受けている!

「瑠璃、ドア!開かないの?」

「なんかに当たってこれ以上開かない!」

「蹴れ!蹴れ!」

理沙に言われるがまま、思い切りドアを蹴り飛ばす。すると弾かれたようにドアは開き、壁に当たって止まった。

「みんな早く入って!はなは隠れて射ち返して!」

部屋の中は窓から光が差し込み、廊下より明るかった。私は部屋に入ると右の壁沿いに、理沙は直進、そして神崎は部屋の中央まで進む。あとに続くはなは滑り込むようにドアの間口に身を隠し、俯せで銃を構えて射撃する。

中には机とソファーが真ん中にあり、私がドアを蹴り飛ばした時に転がったのか、片隅には倒れた木製のイス、それに壁側に背の高い箪笥が2つあったが敵の姿はなかった。

「クリア!」

「クリア!」

「オールクリア!」

部屋は安全化されたが、はなは交戦中だ。

「はな!敵はどう?」

「こっから3つ先の、右側の部屋からって来てる!しかも二人で!奥にも複数いるかも!」

私ははなの足を軽く叩き、

「私も応射するよ!」

壁に身を隠し、小銃だけ廊下に突き出して立射ちで応射する。

ドアを半開にして射ってくる敵は、上手く身を隠していて銃身しか見えない。きっと私がドアを開け損なったタイミングを見計らって射って来たのだろう。

いやらしい敵だ!

01マルヒト01マルヒト!こちら01マルヒトアルファ!現在、ホテル藤枝2階部分にて、敵と交戦中!繰り返す、敵と交戦中!送れ!」

あみがヘッドセットのマイクで呼びかけるが、01マルヒト(小隊本部)からの応答がないのか何度も同じ内容を叫ぶ。

「あみどうした!?小隊は繋がんない?」

「う、うん。何度も呼んでるんだけど全然」

「ったく、通信手トイレに行ってんじゃねぇだろうな!?あみ、今の指揮官はお前なんだから、私らに何をすればいいか命令してくれ」

「めいれい?」

突然の敵の襲撃にすっかり戦意を喪失しかけてるあみに、理沙が強く頷く。そして、あみの両肩を掴み、

「そう!私らは分隊長の指示に従う。『戦え!』なら全力で応戦するし、『逃げろ!』なら窓を破壊して撤退する。でも『待機』は無しだ。敵はそこまで待ってくれない。だから決めてくれ!私らはお前に命を預ける!』

理沙の勇気づけるような言葉に、あみは何か言いたげだったが、はなの声で中断された。

「みんな!!」

「どうした!はな!」

理沙が叫ぶ。

「敵が部屋を移動して…」

「移動して!?それから?」

「2部屋手前まで迫ってる!」

なんとか私は声を絞り出す。

弾倉交換で室内に身を隠していた私は、はなの慌てた声で廊下を見ると、ちょうど敵が2個手前の部屋に滑り込むところだった。敵は私が弾倉交換をしてる隙を突いてこっちに向かって来たのだ。じりじりと距離を詰められ、心拍数は乱打状態。

「ち、近いんだよ!」

恐怖なのか怒りなのか分からない感情を、大声と射撃で発散する。何発も射つが全く当たってないのか敵の射撃が止まない。

っ!」

2方向から銃撃を受け、どちらかの弾が私の肩を掠めた。

「大丈夫!?瑠璃ぃ!」

「あぁ、大丈夫。かすっただけ」

理沙に大丈夫とは言ったが、このままでは立ち行かなくなりそう。

「瑠璃、敵はドアを開いたまま?」

あみは私の脇に立ち耳元で囁く。

「ドア?2つとも開いたままだけど」

単発で射ちながらあみをチラ見する。するとあみは弾帯に付けたダンクバックからボールのような球体を取り出した。

「それは…」

「手榴弾。これを瑠璃が投げやすい部屋に投げ込んで!」

さっきまで怯えてたクセに、なんて大胆な事を言うんだろう。でも、他に手はなさそうだった。

「あみ!これは『戦え』って事だな!」

理沙にあみは微笑みながら頷く。

「弾倉ラスト!もう無理かも!」

はなが絶叫する中、私はあみから手榴弾を受け取った。訓練で投げてはいたが、今はやけに重く感じる。

「瑠璃、頼んだよ」

「足元に落とすとか、ナシだからね」

あみと理沙に私は「任せて!」と笑って答えた。

廊下をそっと覗く。位置的に3つ先の右側の部屋が一番投げやすそうだ。壁に当たって部屋の中に飛び込めば満点。部屋の前でもドアが開けっ広げであれば炸裂したら敵の一人は殺傷できるだろう。

私は再び頭を引っ込め、手りゅう弾の安全ピンに指を引っ掛けた。

その時だった。

きぃ…。

敵味方の射撃音が絶えない中、部屋の奥で何かが軋む音が聞こえ、私は指を止めた。あみと理沙はに背を向けていて気付いてない様だったが、私は見た。

1つの箪笥の扉がゆっくり開いてくのを。

中には誰かがいた。

は箪笥の扉が半分まで開くと、手元で何かをこねているような仕草をした。そして、その何かを床に投げると、また扉を閉じた。

ごつっ。

鈍い金属音が足元で聞こえ、ようやく理沙とあみが箪笥のある方向を見た。

「今の音、何?」

「なんか落ちた?」

二人が間の抜けた声で話してる中、私は何が落ちたのか確認する事ができた。が、なかなか声が出ない。

「し…」

「え?なに瑠璃?」

理沙が少しイラついて聞き返す。

「…しゅりゅうだん!」

やっと声が出た!のもつかの間、

「た、退避!みんな部屋から出て!」

あみが絶叫する。私達3人は慌ててはなのいるドアに駆け寄る!が…。

ドアは閉じられていた!

はなの姿がない。はながドアを閉めたのだ。爆発に巻き込まれないように!

「ど、どうしよう、瑠璃?」

「いや、もうどうする事も…」

走馬灯が駆け巡る間もなく、手りゅう弾はまばゆい光を放った。





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