第七話 折れた白百合

 喫茶フリーデンの店内は昭和レトロを感じさせるような装いをしていた。店内に入ってまず一番最初に目に入ってくるシャンデリアは、見る人をノスタルジックにさせた。窓ガラスはステンドグラスになっており、今日ほど天気がいいと差し込んで来る光が赤や青に色付けされている。


 葉月は警察官の男の後からついていく。

 男は一番奥の椅子席に座り、葉月を反対のソファに案内した。ソファは本物の革で作られていた。座って店内を見渡すと、革製のソファがよく似合っているのに気づいた。

 そのうちに女性のウエイターがやってきた。ウエイターの手にはトレイが握りしめられている。その上にはコップ2つと、ゴロゴロと音を鳴らす水のはいったピッチャーと、シックなデザインのメニューが乗っている。

 葉月は下をむき俯いている。男との間には静寂が漂う。その中をウエイターが二人の目の前で、メニューやコップを丁寧に並べていく。


 はじめに静寂を破ったのは警察官の男であった。

「ああ、すいませんがアイスコーヒー一つ。あとね、ナポリタンスパゲッティで」ウエイターの女性に向かって笑顔で注文を伝えると今度は葉月の方を見て、君は?とたずねてきた。葉月は、何かを頼む気にはならなかったが、アイスティーを頼んでおいた。

 

「申し遅れました、わたくしこういうものです」男は内ポケットから名刺を取り出して葉月の前に差し出した。男は水城誠みずしろまことというらしい。

 葉月は背筋に悪寒を感じた。肌寒さともいうべきようなものであった。店の冷房が効きすぎだなと感じた。

「それで、僕に用というのは?」はたまらず水城に切り出した。

「そうですね……まず黒川桐絵さんの話からしましょうか」


「黒川桐絵さんは今日未明にお亡くなりになられました」水代の喋り方は電話の声の奥の声だと気づいた。その無機質な喋り方がとても似ている。

「それで、死因は?」

 水城は目を見開いて、驚いた顔をした。実際驚いていたのかもしれない。成人しているとはいえ、まだ大学生の子供が友人の死を受けて、そんなに平静に受け答えできるなんてことに。

「っ……まさか驚きましたね。ご友人がお亡くなりになられたというのに」

「そんなことはないですよ……悲しんでいるからここにきたんです」語気を強めに水城を睨みながら言い放った。

「そう……ですか。では話を続けましょう。黒川さんの死因は転落死です」

 葉月は水城の妙に引っかかる言い方に疑問を持った。いまいち煮え切らない言い方だ。水城は警察官だ。主婦がおそらくっていうのとはわけが違う。

「おそらくって……どういうことですか?」

「それがまだよくわかっていないんですよ」

 葉月は無意識に、はぁ?といってしまっていた。第一分からないなんてことがあるのかと思った。刺されて殺されれば刺殺だし、首を締めて自殺すれば首吊り自殺だ。

「いいですか、葉月さん。黒川さんの遺体の状態から見て、転落死なのは間違いないんです。問題はそこじゃなくて普通ならありえないことが起きているんです」

「だからそれは……」と言いかけたときだった。ウエイターがサンドイッチとアイスコーヒー、アイスティーを持ってきた。ウエイターは二人の前にそれぞれの注文したものを置いていく。その反対側で水城は、内ポケットから写真を取り出して葉月の方に向けた。

「ここをご存知ですか?」写真に写っていたのは、葉月の悪夢の中の公園であった。

 見慣れた遊具がある、噴水もある。ただ写真の中の公園は悪夢ほどの不気味さはない。薄暗く人気はないが、街灯もついて警察官らしき人影も写っている。

 ウエイターはすでにどこかに行ってしまっている。

「多分、都市中央公園」葉月は夢のことを考えながら答えた。静かに、心ここにあらずと言う感じであった。

「そうです。黒川さんはここで亡くなっておられました」水城は葉月を見つめながらそう告げた。再び静寂に包まれ始めた。


 水城はもう一枚写真を取り出した。

 それはとても人に見せられるようなものではなかった。なにせ人の死が映し出されたものであったからだ。 

 写真に写っていたものは、公園内に設置されたシンボル的な噴水であった。

 しかし、異様なのは噴出された水の行き先が透明ではなく朱色をしていたことであった。朱色の水の上に浮いていたのは、もともと人の形をしていたなにか。原型を留めているのはキレイな髪の毛と。か細く、白を連想させる脆い躰。胎児のように据わっていない首が折り曲がってしまった、白百合であった。

葉月はその写真を見ながら、その姿は書の頁に取り込まれて、挟み込まれて平面となり永遠に美しさを残し続ける百合の押し花のようだなと感じた。

 

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