第五話 訃報

 窓から陽の光が差し込んできている。

 太陽の光は暗闇に満ちていた部屋の中をすっかりと充満させて、かすかに影ができるのは玄関まで続くキッチンを併用した廊下だけだった。

 カチッ、カチッという時を刻む音を響かせていた時計以外に、今はもう鳥の鳴き声や自動車の機械が夜の静けさを破っていく。


 葉月はもう、目が覚めていた。これが夢ではなかったとしたら。

 Tシャツ姿にハーフパンツという部屋着の格好をして布団に寝そべっている。数時間前の悪夢に起きその後から、全く眠れずに夢のことばかり考えていた。とても奇妙な夢であった。

 夢は覚めてしまうと、その淡い思い出しか残らない。そして夢は実在した記憶と記憶が混ぜわ合わさり、時には想像を加えて形成されると言われる。そして、それが視覚野で再生されるのだと。

 しかしあれは、想像などの範囲を超えて現実の問題にまで介入してきた。

 人の気配のなくなった街……公園に突如として現れた円柱型の建物。夢の中なのに現実味のある身体と実感……最後に見た、いや見えた黒川桐絵の姿。そして葉月が何よりも不思議だと感じたのは、夢のはずなのに全く夢ではないように感じることだった。実際をそれを体験したかのような臨場感と色々なものに触れた感触が肌に残っていた。

 葉月は大きな欠伸をした。乾燥した目を何度も閉じては開いて、目に潤いを戻そうとしている。数時間ほどの睡眠が逆に彼に疲れを与えていた。

 葉月はゆっくりと起き上がると、部屋を出て廊下にある冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中で冷やされた空気が解き放たれる。

 冷蔵庫の中でよく冷やされたオレンジジュースと取り出して、キャップを力強くひねり回し栓を開ける。口元に運び、逆さにすると中身が一気に口の中に流れ出してくる。一呼吸だけ口腔に貯めるとオレンジ特有の甘い味と香りが広がり、少しずつ喉を鳴らし身体に送っていく。

 睡眠不足のせいでもあるが、全く頭が働いていない身体に、染み渡るように感じていた。


 壁掛け時計を見る。午前八時二十三分を示していた。

 もう一眠りして、昼前には、あの公園に行ってみようと思った。そして部屋に戻って布団に横たわった瞬間だった。


 携帯の着信音が鳴り始めた。

 はじめは無視しようとしていた葉月であった。平日とはいえ、こんなに朝早く電話を掛けてくる友人などいない。家族だとしてもチャット型のSNSで要件を伝えておけば十分だと思ったからだ。何より葉月自身が知らない番号だったからだ。

 それでも電話に出たのは、ほんの気紛れだった。


「はい、もしもし」

「ん、あ出た。もしもし、朝早くに申し訳ありません–––」


 葉月は驚いた。朝早く知らない番号から電話がかかってきたことも、そうだが。電話に出た男の背後で騒音のようになっている音であった。そう、間違いでなければサイレンの音。それもおそらく警察のパトカーの音。

 その正体はすぐに分かった。


「私、都市中央警察署の者です」

「警察……ですか」


 葉月は一瞬、自分が何かやらかしたか、それとも犯罪に巻き込まれでもしたのかと疑問に思った。けれども違った……とても意外であった。警察官の口から出てきていい

 名前ではなかったからだ。


「ああ、失礼しました。落ち着いて聞いてください。昨夜未明、黒川桐絵さんがお亡くなりになられました」

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