それは舞う、過ぎ行く窓の外を

@kasparov0202

第1話

「こんなもんがあるから世の中ダメになるんじゃ」

彼,工藤はボソッと呟くと,持っていたスマートフォンを窓の外に放り投げた.

彼のスマホは電車の外,空中で一瞬光を反射したように見えたが,すぐに猛スピードで流れ行く景色の中に消えていった.


「本当に申し訳ない」

彼はその行動に似合わず地味な男だった.

小さな目に,メガネ,ユニクロで売ってそうな灰色のネルシャツ,髪は最近カットしたのが分かる程度には整えられていたが,後ろ髪には少し寝癖がついているのが分かる.

メガネのフレームは明るい青で,そこだけが地味な彼の外見の中で浮いて見えた.

国文学科らしいな,と同じく国文学科の私は思う.

「付き合わせてしまって,ホントにごめん」

私たちは午後の曇り空の下,彼が電車の窓から放り投げたスマホを探して線路沿いの旧国道の歩道を歩いている.

片側一車線にも関わらず交通量は多く,歩道は狭い.

私たちのすぐ横を,廃材を乗せた大型のトラックが通り過ぎ,後ろを歩く工藤の声は切れ切れになる.

前よりは幾分砕けた形で謝る彼の声を聴きながら,私は今日一日の出来事を思い出していた.


その日は文学部国文学科の入学オリエンテーションだった.

学部紹介や授業登録に関する説明を受けた後,食堂に移動し,学部主催の新入生歓迎会に参加した.

実家に近いから,という理由で大学を選び,推薦枠が空いていたから,という理由で文学部国文学科を選んだ私としては,大学入学は高校の進級の延長のようなもので,周囲程に大きな感慨はない.

とは言え,「新入生」という理由だけでちやほやされ気を遣われるのは,なかなか悪くない気分だった.

歓迎会では各テーブルに新入生,学部2年生,教職員が割り振られる.人付き合いは苦手ではなかったが,多くが初対面の場において,向こうから話題を振ってもらえるのはありがたかった.

先ほどから「出身は?」「下宿なの?」「自炊してる?」といった,おそらく新入生に対する定番の質問と回答が,若干の固さを含みながらも和気藹々となされている.

県外出身者が多いこの大学で,地元育ちは逆に珍しいらしく,大学近隣の山に出る狸の話をしたら,そこそこに場も盛り上がった.

会話が切れたタイミングで席を立ち,私は飲み物を取りに行く.改めて周囲を見回すと,皆がスーツだった入学式の時と異なり,それぞれの個性や雰囲気が際立って見える.

私のような地元出身者や付属高校からの出身者はどこか雰囲気が違うように感じるのは気のせいだろうか.

よく言えば余裕があり,悪く言えばフレッシュさがない.

逆に県外から来た子には,興奮と,その裏返しの緊張があり,飲み物のペースも早い.

関東から二浪してうちの大学に来たという子は,すでに顔が赤らんでいた.

飲み物を持ってテーブルに戻る際,同じテーブルの男の子と目があった.

彼はすぐに目をそらすが,確か工藤といった気がする.

四国出身という彼の言葉には,若干の訛りがあったが,それ以外特に目立ったところはなかった.

歓迎会はその後も二年生主催のクイズ大会があったりと,概ね盛況に終わった.


工藤と再び会ったのは,歓迎会の帰り,大学の最寄り駅のホームだった.

私は駅前で同期と別れ,ホームへの階段を降りるところだった.

大学の近くにはJRと私鉄の二駅があるが,彼も私鉄利用者だったらしい.

そう言えば先ほどの歓迎会でも,下宿先として数駅北の駅の名前を言っていたようにも思う.

工藤は階段の袂で電車を待っていたようだった.

目があうと,彼は軽く会釈し,私も会釈し返す.

わざわざ離れた場所で待つのも変だと思い,私も同じ箇所で電車を待つ.


「工藤くん,だっけ?」私は話しかける.

「ああ,さっきの国文科の」彼はそこまでいうと一瞬口ごもり,記憶をたどるように目を泳がせた.

「佐藤さん?」

「惜しい.加藤.」

ああごめん加藤さん,と彼は謝罪を口にする.

「工藤くんの下宿,××だっけ?」

「マンションの家賃,安かったから」

私たちの大学近隣の商業施設は,JR駅に付属したモールと商店街くらいのものだったが,大学の北の川向こうはさらに何も無いと聞いていた.

「あの辺りスーパーとかもないって聞いたけど,自炊大変じゃない?」

「小さな個人商店があるから,そこでなんとか」

その後も当たり障りがない会話をしばらく続けたが,彼の言葉の少なさもあり,あまり長くは続かない.

田舎の電車の待ち時間は長い.しかも今日は休日ダイヤだ.

彼も気まづさを感じたのか,ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し,画面をタッチし始める.

私もスマホを取り出し,LINEアプリを開く.

すでに新入生用のグループができているようで,招待通知が来ていた.

グループの画像をタッチし,承認ボタンを押す.

次々と自己紹介のメッセージが投稿され,既読がついていく.

無難な自己紹介メッセージを書き込み,三角の投稿ボタンを押したところで,電車到着のアナウンスが聞こえた.

「**行きの電車が参ります.黄色い線の内側でお待ちください」

車体の上半分だけ黄色く塗られた電車がホームに入ってくる.

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