Spin-Off: Hero of The Kelle

Rebel

 リトラディスカとケル族が、まだ激しい争いを繰り広げていた頃の話である。

 ケル自治区の小学校に、ティノという少年が転入してきた。

 彼の父、そして父方の祖父は、リトラディスカに生まれ、かつては王家に勤めていた。そこで父はケル族の女性と出会い、リトラディスカでティノを生み育てた。

 しかし、独立の機運が高まった頃、父はケル族と結婚していることで王家を追われ、ケル族自治区に逃れた。母の実家に身を寄せ、ティノはケル族専用の小学校に転校。その数年後、エネが中学生という若さで族長に抜擢された。

 ティノは、その生い立ちから、クラスでは孤立していた。エネがアズにしていたような仕打ちを、同級生たちからされ続けたのだ。しかし、彼はリトラディスカンとケル族、どちらを憎むことも出来なかった。自分の中に、両民族の血が流れていて、今の自分自身を形作っている。それを裏切ることは出来ない――幼い頃から、それを心得ていたのだ。


 ティノは、やり場のない嘆きや怒りをぶつけるように、勉学に励んだ。移民差別をされながら、中学・高校では常にトップクラスの成績を誇った。その中で、ティノは自らの歩むべき道を見出していった。

 両国の融和を実現させる。2つの民族から生まれた自分だからこそ、出来ることだ。

 リトラディスカ人はケル族を制圧し、ケル族はリトラディスカ人を殺戮する――その時代にあって、両国の和解を考えるケル族などは、異端もいいところだった。両親でさえ、その危険な思想を捨てるように諭していた。だがティノは、どんなに反対されようと、その考えを曲げることはなかった。


 クロナ探索の3年前のこと。エネがケル族を招集し、リトラディスカ討伐に向けての決起集会が開催された。民族は全員強制参加だった。もちろんティノは乗り気ではない。出会ったリトラディスカ人を全員殺せなどと言われれば、父も祖父も安全ではないのだ。過激な方向へ猛進するケル族を、受け入れることは出来なかった。

 ふと、あるアイデアが頭に浮かんだ。全員参加ということは……

 ティノは決心し、決起集会に向かった。

 自治ホールに、ケル族がもれなく集結した。エネが氷の表情を浮かべ、壇上に現れた。

「えー、今後の我々ケル族の活動指針に関して、エネ族長より大事な話がある。心して聞くように。」

 エネは表情一つ変えず、マイクを握った。

「皆の者。今日はこの決起集会に集まられたこと、族長として誇りに思う。昨今、リトラディスカによる我々への挑発と制裁は日に日に強度を増しており、大いなる怒りと反発を禁じえない。各施設の分断が進み、完全独立までもう一歩というこの状況に於いて、今こそケル族が一致団結し、リトラディスカの悪政を頓挫させるとともに、我々がいかに屈強で威厳ある民族であるかを世界に知らしめてやろうではないか!」

 エネがそう言い切ると群衆から大歓声が沸いた。雄叫びを上げなかったのはティノだけだった。

「では、エネ様、具体的な行動指針を我々にお示しくださいませぬか。」

「それを今から言うつもりだ。

 世界に我々の力を誇示するには、まずは手近なところからやっつけていく必要がある。賢き民どもなら、何をすべきか、もうわかっているだろう?」

「リトラディスカをやっつけろ!」「リトラディスカ人を殺せ!」群衆からぽつりぽつりと起こった掛け声は、徐々に声量を増し、ついにはシュプレヒコールまで巻き起こす事態となった。エネは満足そうに口角を上げ、手まねで興奮する民をなだめた。

「まあ、静かに。だが分かっているようだな。さすがはケル族だ。本来なら敢えて私からは何も言う必要はないが、この中には愚かにも事態を理解していない民もいる。誠に残念だが、そういう者どものために私が分かりやすく説明してやらないといけない。

 自治区に入り込んだリトラディスカ人をもれなく殺せ。それから国へ侵攻し、見つけ次第誰彼構わずやれ。女子供も容赦するな。あるいは殺さず、財物を巻き上げ、徹底的に苦しめるのもよい。相手が愚かだと思えば、奴隷にするのも悪くないわね。その裁量は各々に任せる。例え数年かかろうと、確実にリトラディスカを殲滅させよ……それにて、初めて真の独立が成り立つのだから。」

 再び怒号のような歓声に包まれた。その中を、ティノは必死に人混みをかき分け、壇に向かってずんずんと進んだ。声がようやく止んだ頃に、最前列にまでたどり着いた。

 ティノはひとつ深く息を吸った。そして目を決め、階段を上った。警備が慌てて動き出す。

「族長様、私から少しよろしいでしょうか。」

 警備が今にも飛びかからんとするのを、何かを察したらしいエネが止めた。ティノはマイクの前に立ち、今度は大きく息を吐いた。

「無差別にリトラディスカ人を殺戮するなど野蛮の極み。威厳あるケル族ともあろうものが、何も考えることが出来ない愚かな獣に成り果てようというのだろうか?」

 会場は、反逆者の登場に怒りさえ忘れ静まり返った。眼前で惨殺が起こるかもしれないと慄いた者もいた。怯えていないのは、ティノだけだ。

「私はまだ両民族の平和の道を諦めていない。憎しみに駆られ、力でぶつかり合うだけでは、どちらの民族も一生発展は見込めないだろう。一致団結してするべきことは、無批判の殺戮ではなく、思慮深き対話なのではないか。互いに本音を……」

 話の途中から、大ブーイングが発生した。警備は今だとばかりに、ティノを取り押さえた。

「黙って聞いてりゃ、何を言うか!!お前は我がケル族の恥、失せるべき裏切り者だ!!」

「ええい、今ここでこいつの首を叩き斬れ!」

「待ってくれ!!まだ話は終わっていない!!聞いてくれ!!」

「反逆者に話などない!!おいこら、早くしろ、剣はどこだ!!」

 ブーイングは喚き声と怒声に変わった。

「待て!!!」

 その一声で、群衆に静寂が戻った。声の主はエネだった。

「待ちなさい。まだ斬るのは早い。おい、この者の身辺を調べよ。」

 エネの指示に逆らえるものはいない。警備の1人がせわしく動き始めた。

 誰も何もしないまま、十数分が過ぎた頃、エネの元に情報がやって来た。

「彼の名はティノ・ユーディネイ。私立第三高校の第3学年に在籍し、学年随一の成績を誇るようだ。父親はかつて王家に仕えたリトラディスカ人、母親は市内の商店に勤めるケル族。なるほど、父親の身を案じての行為か……。混血の分際で……」

「黙れ。お前はただ情報のみを提供すればよい。意見など無用。あたしがこの青年と話したいのだ、他の者は去れ。」

 ティノを捕らえる2人の男以外、壇の袖に引っ込んだ。エネが歩み寄り、ティノの顎を持ち上げた。それでも、彼は真っすぐエネを見、恐れの表情は一切浮かべなかった。

「ふん。あたしの顔を見て怖がらないなんて、ずいぶん度胸の据わっていること。明晰な頭脳がそうさせるのか?両親への献身か?はたまた、ただのバカなのか?あんた、自分でどう思ってるの?」

「私は……幼いころから、2つの民族はきっとまた歩み寄れると思ってきました。民族は違えど、同じ人間同士なのです。それは単に、私の中に両民族の血が流れているからではありません。この世を学び、等しき目で見つめた時に、見出した思いです。」

「その目……あたしを見つめるその目で見定めたことが、正しいのだと、本気で思っているのだな?」

「愚かだと思われてもかまいません。例え学校を追われようと。そういう扱いには、慣れていますから。それから、正しいかどうかは、まだ分かりません。なぜなら、誰も行動していないから。その答えは……エネ族長、あなたがお決めになることなのです。もし殺戮の道を歩めば、私の考えは間違っていると証明される。しかしもし対話を選べば……」

「混血の賊徒に指図などされたくない。そう、あたしが決めるのだ。あんたではない。だが、このあたしとケル族に異議を唱えた度胸と心意気は認めてやろう。それに、今まで誰も考え付かなかったことを我々に与えたその頭脳にも、多少なりと敬意を示してやるべきだ。

 全てのことは、あたしが決める。さて、あんたの言うように、本当に両民族が友好的な関係を築けるのか、はたまた血で血を洗う結果となるのか……もしも後者なら、首が飛ぶと思え。期限は3年。それまでは、この謀反の罰として、獄に捕らえておく。3年後、答えが出るのが、実に楽しみだ。」

 このやり取りは、全ケル族民の面前で行われた。しかし、ティノの父も、母さえも、この顛末を嘆くどころか、動きを見せることさえ出来なかった。もし彼を擁護するようなそぶりを見せれば、自らの命も危うくなるのだ。例え愛する息子が捕らえられようと、それを助ける真似は出来ない。そして、それ以上に、絶望していた。対話なんて実現するわけがない。息子の命はもはや……

「先の指令を少しだけ訂正してやろう。この自治区に入り込んだ者を殺すのは、変わりない。だが、隣国に攻め入った時は、抵抗しない限りは殺すのを見送れ。青年の言う通り、少しは理性を見せておかなければならないからね。ではこれにて集会を終える。」

 エネがさっさと舞台の袖に消えたので、群衆は戸惑いの中で散り散りになった。


 ティノは身柄を拘束され、自治区で最も大きい牢獄に閉じ込められた。その間、少しも暴れたり抵抗したりする様子はなく、静かに自分の運命を受け入れていた。

 一方、集会を終えたエネに、家来の1人が問いかけた。

「エネ様……先ほどは難儀でございました。ご無事で何よりです。ところで……なぜあの反逆者を殺さずに猶予を与え、しかもご指令まで変更なさったのですか?」

 エネはしばらく目を伏せていたが、ふと顔を上げ、威光を湛えた瞳で、家来に問い返した。

「ではお前は、あの青年をどう思った?」

「え……と申されましても……身の程知らずの愚か者だと……」

 エネは失望の溜息をついた。

「愚か者は……どちらよ……。まあ、いいわ。

 あの男は……何かが違う。それは混血だからとか、向こう見ずだからとか、そういうことじゃない。頭がいいとか、視点が違うとか、そういうんでもない。何か特別な……この先、偉大なことを成し遂げそうな予感がする。それがどんな内容でも、きっとその時の我々にとって有益なことをもたらしてくれるだろう……あいつの目を見た時、そう直感したのよ。

 もちろん、あの場を乱したことは許されることじゃない。3年以内に対話が実現しなかったら、残念だが処刑するしかない。そうなったらそうなったで、惜しいと思うが……あたしのプライドが許さないから。」

 その場にいた誰も、なぜエネがそこまでティノを重く見ているのか分からなかった。


 獄中では、他の受刑者と同じく、厳しい労働が待ち受けていた。ティノは毎日命を削りながら、贖罪の勤めに汗した。地獄のような日々の中でも、自らエネに投げかけた問いの答えは、決して疑うことなく持ち続けた。明日が来れば……また明日が来れば……きっと世界は変わる。いや、いつの日か、自分の手で世界を変える。その信念を抱きながら、置かれた場所での役割をひたすらに果たし続けた。

 そうして、約束の3年が経った。結果は、知れた通りだ。エネがアズの献身によって改心し、リトラディスカとの関係修復に向けた対話が実現した。

 和解に向けた基本的な条約が結ばれた後、エネは族長という立場を廃止し、自治区事務長という形で政治に関わることになった。独裁体制も一新し、他国と同じように、自立した民主化を目指した。

 だが獄中のティノは、和解の知らせを手放しでは喜べなかった。エネの性格が一変したことを知らない彼は、きっと結果の如何に関わらず、自分は処刑されるだろうと思っていたのだ。また、さすがのティノも、3年に渡る重労働に疲れ切っていた。一時は早く楽になりたいとさえ思ったほどだ。

 そんな折、エネが牢獄を訪れた。実を言えば、謀反という重罪で3年も処刑を猶予されているのはティノだけで、他の重罪人はせいぜい1年働いたところで死刑になっていた。そのため、和解以前に投獄され、今もここに残っているのはティノぐらいだった。

「ユーディネイ。来なさい。エネ事務長から話がある。」

 重い身体を起こし、独房のドアを開けた。看守の後ろを力なく歩く。この時、自分は処刑台に向かっているのだと思っていた。冷たい微笑みでエネが剣を振り下ろす画が浮かび、身体は小刻みに震えた。死すら怖くない……と普段から言い聞かせてはいたが、いざそれを前にすると心身は正直に反応するものだ。

 看守が小部屋のドアを開く。その光景に、ティノは足から力が抜けそうになった。そこにいたのは、最後に見た時からは想像もつかないほど優しい微笑みを湛えたエネだった。

「エネ様、ユーディネイを連れて参りました。」

「よかったわ、獄死してなくて。しばらく放っておいたから、心配だったのよ。ここの労働体制は、半分死なせるために作ったようなものだから……そのうち、改革が必要ね。

 あら、どうしたのよ。足がガクガクしてるじゃない。早く座りなさい。」

 それもそのはず、ティノは殺される覚悟で部屋に入ったのだ。急に柔らかい言葉を聞いて、かえって腰が抜けてしまった。看守からは変な目で見られたが、なんとか椅子に腰かけた。


「あんた、3年前に全民族集会であたしに言い放ったこと、覚えてる?リトラディスカと我々は、きっと平和な関係に戻れるだろうって。その答えが正しいかどうか、あたしの行動で決まるんだって……」

「ええ、もちろんです。あの頃はもちろん、牢獄で過ごした数年間も、その願いを捨てることはありませんでしたから。そして、その答えは……」

 エネは小さく声を立てて笑った。自然な笑顔を見たのは初めてだった。

「まったく……あんたには負けたよ、ティノ。まさか本当に実現するなんてねぇ……数か月前までは想像していなかったよ。あたしだけじゃなく、ケル族みんなそうだろう。あんた以外、かな。

 あの時、なんでその場で殺さずに保留しといたか、わかる?」

 ティノは首を振った。

「苦しめてから殺されるのだろうと……正直今も、エネ様直々に処刑されるのだと思って来ていました。」

「あっはっは……あたし、どんだけ恐れられてたのよ……でも仕方ないよね。それなりのことをしてきたんだし、自分でもそれを良しとしてたんだから。

 ともかく。あんたに、可能性のようなものを強く感じた。あたしを恐れない、まっすぐな目を見て……こいつはただものじゃないな、ってさ。もちろん、それをみんなの前では言えなかったけど。あの頃のあたし、確かにおかしかった。いっつも、頭に血が上ってて。目の前の、盾突く人間を全員殺すことしか考えてなかった。でもこの前のチュソで、いざ自分の手で人を殺してみると、その恐怖がよくわかった。人ひとり死ぬって、こういうことなんだ、って……。ごたごたが済んだ後、ふとあんたの顔とあの時の言葉がよぎったんだよ。ただの殺戮は、野蛮な獣でしかない。本当に強くなりたかったら、理性をもって思慮しなければならない。自分の弱さを痛感したし、ケル族をただの蛮人の集まりにしようとしてたことを後悔した。と同時に、あんたをあそこで殺さなくてよかったって心底思ったよね。

 答えは出た。ティノが正しかったんだよ。」

 ティノはすっかり恐縮してしまった。目には涙が浮かび、返す言葉が見つからなかった。

「もう誰もあんたを殺そうなんて思わないから、安心しな。ところで、3年前、区立政経大学を志望してたんですって?家庭の事情があったし、まあこんなことになったから、結局諦めたって後で聞いたけど。」

「ええ……もっとも舞台に駆け上がった時に、そんな夢は忘れてしまいましたけどね。僕の家庭は決して裕福じゃないし、移民が入学を許可されるとも思っていませんでした。」

「3年間、ある意味無実の罪で、あたしが勝手にあんたを投獄しちゃったじゃない。それでますますその夢が遠のいちゃったと思って。

 そっちがよければ、あたしの力で学ばせてあげるけど、どう?」

「本当ですか……!?」ティノは目を丸くした。

「うん。罪滅ぼし半分、あんたへの期待半分。その代わり、行ったからにはちゃんと勉強するのよ。根回ししてまで入れてやるんだから、ポシャったらあたしが恥をかくわ。それから、今後リトラディスカと対話をしていく上で、国内外でいろんな問題が出てくると思うの。まだ和解を受け入れられないやつらもたくさんいるし、民主化なんてやったことないし。その時、あんたに意見をもらいにいくから、それまでの間に学を積んでおきなさい。それを承認するなら……

 3年前の罪科と刑罰に関して、ティノ・ユーディネイを放免とする!」

 ティノは勢いよく立ち上がり、深々と礼をした。

「エネ様の多大なるご厚意、心より感謝申し上げます。このご恩をお返しできるよう、必死に勉学に励み、必ずやケル族とリトラディスカの平和に向けて尽力いたします!」

「よろしい。その意気だ。

 だけどその、軍の大将に挨拶するみたいなのやめてよね。あたしもう、ただの人なんだからさ。」エネが苦笑しながらティノの肩に手を置いた。

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