復興

生くるは嬉し失するは憂し

 <木曜午後、ビルテン>

 王家の元へ、国境が開いたという情報が続々と伝えられた。確認し、それをビルテンに伝える。

 ビルテンでは王様自ら電話をとり、家来と話し合っている。そして、最終的に、クスモの国境を通って帰国するということでまとまった。明日の朝に出発し、その日のうちに到着する予定だ。

 ジグがこのことをジラに伝えに行った。

「プリンセス・ジラ。具合いいですか、どうですか。」

「あ……王子……私、いったい……」

「ああ、心配ないで、ください。大丈夫。リトラディスカ、道、開きました。今、知らせが。お帰り、できますよ。」

 ジラがはっと目を覚まし、飛び起きた。

「ほ、本当ですか!!国境が開いたのですか。」

 家来が続いてやってきて、改めてジラに今の状況を説明した。ジラは涙を流し、何度も感謝を述べた。

 ジラは途端に元気になった。ベッドから降り、王様の元へ駆け寄る。

「おお、ジラ!大丈夫か!具合は……」

「大変申し訳ございません。お役目をまったく果たせず……」

「いいんだ、そんなことは。それより、クスモの国境が開いたぞ。お前の体調が良ければ、明日の朝にでもここを発とうと思うが、どうかな。」

「私は大丈夫です。ジグ王子と、皆様のお蔭で……本当にご迷惑をおかけしました……。」

「とんでもないです。プリンセス・ジラ、元気で、よかった。道開いたこと、嬉しいです。」

 話を聞いて、ビルテン国王も現れた。

「この度は、本当に大変でしたな。」

「いえ、長居してしまって申し訳ありません。明日には帰れるようです。」

「今度は、名残惜しくなりましたなぁ。しかし、このビルテンを訪れてくれて、本当に光栄に思いますぞ。そしてこのリンキー・クロナ……大変貴重なものを見せていただきました。どうかこれからも、この宝石を大切に、国民の為に使ってあげなさい。今度は、リトラディスカ国が落ち着いたときにでも、またいらしてください。」

「本当に、本当にお世話になりました。この御恩は一生忘れません。我が国が復興いたしましたら、ご連絡差し上げます。もし機会がございましたら、今度はぜひ、我が国にもお越しくださいませ。」ジラは深々と頭を下げた。

 王家一行はビルテンの城を出て、宿に向かった。そして馬車を手配し、旅立つ準備をした。


 <木曜夕方、リトラディスカ>

 余震や二次災害の被害に遭った患者が搬送され、国立病院は再び忙しくなった。ユン、ヒオ、そして後に運ばれたフィナは、頭を打ったため検査を受けたが、幸い異常はなかった。捻挫や打撲、火傷の手当てを受け、とりあえず今晩は病院で休むことになった。

 シュカも、検査を受け、手当てを施されたが、火傷がひどく、まだ意識が戻らない。ただ、命にかかわる危険な状況ではないので、点滴を打ち、しばらく入院させることにした。医師曰く、順調に行けば明日には目を覚ますだろう、とのことだ。

 このことがミルに伝わり、そこからデューにも伝わった。

「そうなんだ……でも体を張って挑んだんだね。助かるといいな。」

「入院すれば大丈夫だろうって。しかし逸材だとは思っていたけど、さすが……お前そっくりだ。ある意味では先が思いやられるというかなんというか……」

「なんだよ!意気地なしよりいいだろ。どこの部屋にいるの?お見舞いに行きたい。」

 まだ退院は先だが、話をして院内を歩けるほど、デューは回復した。1日前まで、ひどく咳をして臥せっていたのに。何も出来ないでいる悔しさが病気を吹き飛ばしたのか、主治医が驚くほど元気になっていった。ミルもあらためて、デューの生命力の強さを見せつけられていた。


 そんな中、チックにある倒壊した自宅へ、リアが血相を変えて走ってきた。

「お母さん!!!どこ!!!」

 中から、弱弱しい泣き声が漏れてくる。倒れそうになるのをこらえ、瓦礫を踏んで部屋に入った。そして、ついに膝から崩れ落ちた。

「……嘘だ……嘘でしょ……ねぇ……どうして……!!!」

 すすり泣いていた母がまた声を上げた。リアは、涙も出なかった。

 リアの父は、倒れてきた家具に挟まれ、頭を強打した。その上から、崩れた天井が積み重なり、身動きが取れなくなったのだ。至る所から、鮮血が染み出している。

「エネルーガ(気つけ)……!キュア・ヴァルネル(傷よ、癒えよ)!!キュア・マキシア(大いに回復せよ)!!キュ……う……わあああああ!!!」もう、手遅れだった。リアは泣き叫び、咽び、父の冷たい手を握った。母がリアの肩をさする。声が枯れるまで、泣き続けた。

 どのくらい経っただろうか。泣きつかれ、声も出なくなったリアは、抜け殻のように柱に寄りかかっていた。少しだけ正気を取り戻した母は、近くを走っていた救急馬車を呼んだ。もう手当ては出来ないが、リアたちで処理も出来ないので、一旦病院に運んでもらう。

「リア。お父さん、今病院へ行ったからね。でもあなた……お父さんが来てること、知ってたの?」

「うん……地震があってすぐ、ばったり会ったんだ……十数年ぶりだね、って。で……お母さん、避難所に来なかったでしょ。だから探してくるって……もし見つかったら、この通信機鳴らすねってことだったの。でも私は忙しいから、話すことはなかったけど……なんで……会えたと思ったのに……」そこから先は、口を開くことはなかった。母も、リアを急かすことはせず、気丈に振る舞った。その後、近くの避難所に向かった。


 王家には、一通り国境開通作業を終えたメンバーたちが、広間に集まっていた。クーも病院で応急手当てをした後、すぐ合流した。

「皆様!!

 この度は、本当に、お疲れ様でした。そして、本当に、ありがとうございました。皆様のご協力のおかげで、無事、国境を開くことが出来ました!

 もちろん、まだ、建物の再建は終わっていないと思います。ですが、皆様にも普通の生活に戻っていただきたいので……明日からは、随時ボランティアを募集したいと思います。同じように、各地に派遣し、徐々に建物を元に戻してもらいます。強制ではありませんので、お時間のある方は、是非また協力をお願いしますね。

 王様とジラは、明日ビルテンを出発し、クスモを通って帰国する予定です。そこで集会などは開きませんが、明後日にでも、特別集会を行う予定です。でも、皆様のおかげで、全ての国境を開くことが出来ました。本当にありがとうございました。

 残念ながら、ケガ等により、今ここに集まることのできなかったメンバーもいます。まぁ、という私も、こんな有様なのですが……しかし、なんとか、命を落とした方はいらっしゃらないということで、大変喜ばしいこと……というか、安心いたしました。王家一同、今回の特別編成ギルドの皆様を、大変誇りに思っております。

 また、国民の皆様が、この大変な状況に耐え、苦しい中を助け合い、励ましあった結果であるとも思っています。王様がいない間の代理という、頼りない私でしたが、少しでも皆様のお力になれていたら、幸いでございます。

 最後に改めて、感謝を申し上げます。ありがとうございました!!」

 ギルドメンバー、そして家来たちが、万雷の拍手を送った。この模様は中継され、ラジオの向こうの国民も、彼らを讃えた。クーは、恥ずかしそうに、しかしどこか誇らしそうに微笑みながら、壇を降りた。


 <後日、リトラディスカにて>

 地震発生から1週間ほど経った。ボランティアには連日多くの魔法使いが参加し、見る見るうちに建物とインフラは復旧していった。一時は仮設住宅を建てるという計画もあったが、家屋の再建が進んだため、数日の避難所暮らしの後、すぐに自宅に戻れた国民が多かった。

 王様とジラは予定通り金曜日の夜に帰国し、翌朝特別集会を開いた。国民の誰もが、そしてなによりルイとクーが、2人の帰還を祝福し、歓迎した。

「ジラは何度も倒れかけたんだぞ。あまりの国の惨状にね。」

「ちょっと、お父様……」

「それでも、無事に帰ってきてくださって、何よりですよ。」

「クー。立派だったと聞いたぞ。よくやったな。」

「はい……よかった……帰ってきてくれて……。」安堵からか、涙が零れた。

「よくがんばったわね……ありがとう……あなたのおかげよ!少し、ゆっくりしてね。いいでしょう、お父様?」

「もちろん。少し休みたまえ。」


 ディア、ユノは、金曜日に無事にリトラディスカに戻ってきた。

「ディアさん!!ユノさん!!こ、国境が、道が戻って、開きました!」

「本当ですか!?」

 ディサに言われて、税関まで行くと、向こうの道は見事に整備されていた。

「これで……ようやく帰れますね!いやぁ長かった……遊園地は楽しかったけど、まさか帰れないなんて、ねぇ。」ユノが興奮気味に話す。

「僕が税関に話しましょうか?」

 そういうとディサは、流暢なアングリアで、税関にディアたちのことを説明してくれた。まだ確認中だったが、翌日には開通するとのことだった。

 そして、次の日の朝。

「ディサさん……いろいろ、ありがとうございました。僕らだけじゃ、焦っていたかもしれませんが、ディサさんのおかげで元気が出ました。リトラディスカが完全復興するのは時間がかかるかもしれませんが……とにかく自分の国に帰れるだけで安心です。」

「ハハハ、こちらこそ!よかったら、今度は、落ち着いたときに、遊びに来てくださいね!」

 ディサはとびっきりの笑顔で手を振って見送ってくれた。


 シェラは、見学の期間を延長し、金曜の王様たちの帰還を見届けてから、土曜日にセグナへ帰った。木曜に王家に戻った時は何も言わなかったが、金曜の晩餐の時、初めてカンドで起こったことを話した。

「王様、ちょっとよろしいですか?シェラちゃんが、お話ししたいことがあるって。」

「ああ、もちろん、構わんよ。なにかな?」

「実は……私、不思議な力があるんです……。」そう言って、少なくともシェラがわかっている範囲で、エンジェルの奇跡を明かした。王様も、ジラも、大変驚いた様子だった。

「そうなのね……最初はきっと怖かったでしょうけど、でも、とっても素晴らしい力ね。」

「はい。自分がこの力を持っているということは、きっと神様の定めだと思うので……しっかり受け止めて、見つめていこうと思います。」

「そういえば……ニッタナー辺の断層が発生したところでも、同じような事が起こったんだって。誰、とは言わなかったけど、女性がやってきて、地割れに飲みこまれた人を助けて、地面をすべて元通りにしたって。」

「じゃあ、エンジェルは2人いるってこと?」

「そうかもしれんな。古くからの言い伝えにも、何度か出てくる。しかし驚きだな……ネリにも教えてやらんとな。ともかく、ギルドに協力してくれてありがとう。」シェラははにかんだ。

 翌朝。

「本当に、大変お世話になりました。王家の皆さまのご厚意で、こんなに長く、貴重な経験をさせていただいて……一生の思い出になりました。ここで学んだことを、しっかり持ち帰って、セグナでも活かしたいと思っています。」

「こちらこそ……突然のことが起こって、大変な事に巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。でも、シェラちゃんが、何か手伝いたいって言ってくれたのには、正直驚いたけど、とても感心しました。最後は、エンジェルの力で大きな事故を救ってくれて……シェラちゃんがいなかったら、それは解決しなかったかもしれないしね。かえって、たくさんお世話になっちゃったな。疲れたと思うから、お家に帰ったらゆっくり休んでね。ネリにも伝えておくから……また、いつでも遊びに来てよ。」

「はい、是非……本当にありがとうございました!」

 王家の馬車に乗せてもらい、自宅のある町まで送ってもらった。

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