心の潰るるに届く手の眩し
カンドのメンバーが作業を再開して10分ほど経った頃。
ボンッ、っと大きな音がした。見ると、火口から火花の混じった黒い煙の塊が噴き出している。煙はみるみるうちに増え、鼓動のように何度も火を噴いた。
「みんなーーー!逃げろーーー!来るぞーーー!」
一斉に作業を中断して、火山から離れた。炎をまとった大きな噴石が再び降り注ぐ。風がないため、すぐに落ちて、山を転がり落ちた。
山の麓にある建物は、せっかく再建したのに、また燃えたり潰れたりしてしまった。そして開きかけた西の国境の道にも、続々と岩が積もっている。
数分後、噴火は停止した。だが、まだ黒煙が上がっている。このままでは、ろくに作業が出来ない。近づいて直しても、また噴火が起これば、すべて水の泡だからだ。カンドの復興は絶望的な状況になった。火山が静かになるのを、ひたすら待つしかない。
「どうしよう……。」リーダーが嘆きながら呟いた。
「とは言っても、噴火を止めることは出来ないからね……せめて、国境を開く間だけでも落ち着いてくれたらいいんだけど。欲を言えば、あと数日は噴火しないで欲しいけどな。」
リーダーが、そのことを王家に報告しようと通信機を取り出した時だった。
シュカが1人、火山に向かって駆けだした。真剣な眼差しで、手には杖を握っている。
「おい!君!どこへ行くんだ!」
「火山を落ち着かせてきます!」
「待て!君はギルドの研修生だろう、無理だ!やめなさい!」
しかしシュカは止まらなかった。デューの後継者と評されている自信とプライドが、確かに胸の中にあった。ここにデューはいない。だが、もしいたら同じことをしていただろう。ならば、自分も……
策が無いわけではなかった。まず、コーパシア(固まれ)やグレーサ(凍れ)を使い、流れているマグマを固める。必要があれば、エクスティ(消火せよ)で火を収める。そして火口からマグマに向かって、レット・イット・カルマス・マキシア(大いに穏やかになれ)を放つ。もっとも、この魔法は名前を知っているだけで、使ったことはなかった。
モクモクと立ち込める黒煙を、ウィンダス(風よ)で払いながら進んだ。麓ではメンバーが口々にシュカに向かって「やめろ」「止まれ」と叫んだが、シュカの耳には届かない。また、誰も、火山に近づくことさえ出来なかった。
赤々と流れ出すマグマを、次々に固まらせていく。作業は順調だった。時折、岩肌の隙間から火が噴き出した。シュカは間一髪のところで避け、エクスティをかける。そして、ついに火口までたどり着いた。シュカは大きく息を吸い込み、覗き込んだ。
その時、マグマが足に触れた。靴底は溶け、熱さが直撃した。たまらず飛び退き、転倒した。その瞬間、火山が大きく轟き、巨大な噴石と共にマグマを吹き上げた。
メンバーが一斉に悲鳴を上げた。
火砕流と共に岩石が山を転がり落ちる。麓からはシュカの姿は確認できない。岩はごろごろと落ち、国境より東のところへ積み上げられた。数分経ち、火山はまた静かになったが、頂上に人影はなかった。
「少年が巻き込まれたぞー!誰かー!集まってくれー!!!」リーダーが声を張り上げて、出来る限りの人数を召集した。
ヒオが集団から飛び出し、叫んだ。
「シュカくん!!!聞こえたら返事をして!シュカくん!!レット・テレ・アウディブレ(遠き音よ、聞こえよ)……」だが、何も聞こえなかった。
ヒオは涙ぐみながら、杖を握りしめた。そして、岩石に向かって、ひたすらにボムド(破壊せよ)を唱えた。
「ちょっと待って、お姉さん、危ないよ……!闇雲にやったら……」
ヒオは魔法をかけ続けた。魔法使いとして、初めて出来た友達。職業は違えど、同じ志を持つ仲間だ。どうしても、助け出したかった。この災害で、死んでほしくなかった。
出来るだけ上の方の岩を砕く。そして、今度は岩山をよじ登り、さらに砕いていった。岩は熱いが、そんなことは言っていられない。火傷を覚悟で登り続けた。
しかし、悲劇は終わらなかった。ヒオが手をかけた岩は脆く、頭から岩山の中へ真っ逆さまに落ちてしまったのだ。再びメンバーが悲鳴を上げる。助け出そうとすればするほど、被害者が増えてしまう状況に、もはや誰も手を出せなかった。
この騒ぎは、シェラがいる街の方にも伝わった。メンバーの数人はリーダーの呼びかけに答えて集まったため、さらに手薄になった。
すると、馬車に荷物を運び終えたシェラが、はっと顔を上げ、カンド火山の方へ走りだした。
「シェラちゃ……あれ?シェラちゃーーん!」
何かに導かれるように、一心不乱に走っていた。なぜそうしているのか、シェラにもわからなかった。ただ、足がそちらへ向かうのだ。ちょうど、ヒオが岩山に落ちた頃だった。
<木曜午後、ニッタナー辺>
シアはギルドが作業をしているところにたどり着いた。メンバーが集まってざわざわとしている。辺りには、フィナの姿は見当たらなかった。
「あの……すみません、この辺で女性を見かけませんでしたか?行方不明になって……」
「女性かどうかわからないけど、断層に人が落ちてるみたいなんだ。その子じゃないといいけど。」
シアは胸が冷たくなった。嫌な汗が体を伝う。祈るような思いで、断層に近づいた。メンバーの数人が上から断層を覗き込み、おーい、と声をかけている。
「困ったな……もし落ちていたら塞げない。かといってこのまま放っておくわけにもいかんだろう?」
「揺れがまた来たら溝が狭くなる。被害者が押し潰されちゃうよ。」
「あのー……落ちた方って、どんな方ですか?」
「学生さんみたいな女性だよ。余震の前に、何か手伝うことはありませんかって、随分焦った様子で聞いてきたんだ。とはいえ魔法も使えないようだから、特にないよと言っていたんだけど……いろんなメンバーに当たってたみたいなんだ。そのうちにあの揺れが来て……気が付いたらいなくなってた。落ちたんじゃないかと思ってね……」
話を聞いている間、シアは気を失いそうだった。おそらくその女性はフィナだろう。断層に落ちて、生死もわからない状況にある。だが、シアにも、出来ることはなかった。ただただ、狼狽していた。
メンバーはいろいろ魔法をかけ、中の人の救助に努めた。だが、いかんせん断層は深く、魔法が奥まで届かない。人が入っていこうにも、崖がきつく、下手したら落ちてしまう。もどかしくも、手をこまぬいている状態だった。
遠くから、誰かが走ってきた。
アズだ。
「アズちゃん!!あのね、フィナちゃんが……!」
しかし、アズは表情を変えなかった。口を真一文字に結ぶ。瞳は小さな光をたたえていた。シアは話を続けようとしたが、思わず動きを止め、アズが断層に向かっていくのを見つめた。
アズの背に、白く大きな羽が宿った。
同時に、小さな羽がシェラにも宿った。
彼女たちは、エンジェルの本能によって、向かう先に救うべき悲劇があることを悟っていたのだ。
<木曜午後、カンド>
シェラは、半ば浮かび上がるように、軽やかに駆けて行った。そして、例の岩山のところに降り立った。
最初は誰も気づかなかったが、1人がシェラの姿を認めると、一斉に振り向き、目を丸くした。
シェラは何も言わず、岩山まで歩み寄った。そして、息を大きく吸い込み、ふわりと浮かんだ。そして、両手の平を合わせ、目を閉じて祈った。
すると、積みあがった噴石に次々とヒビが入り、砂のように細かく砕けた。砂屑が落ちるにつれて、ヒオ、そしてシュカが姿を現した。2人ともぐったりと倒れている。ほとんどすべての岩が塵になり、それもまた舞い上がって消えた。シェラは祈るのを止め、地に降りると、崩れるように倒れた。
メンバーが3人の元へ駆け寄る。
シュカは、ひどい火傷を負っていたが、奇跡的に生きていた。エネルーガ(気つけ)をかけたが、意識は戻らない。呼び寄せておいた救急馬車まで慎重に運び、すぐ搬送した。
ヒオも固く目を閉じていたが、魔法をかけると目を覚ました。手足に火傷があり、肩を強く打ったようだが、幸い命にかかわるケガはなかった。話すことも出来る。
「あの……何があったんですか……?」
「ん?えーっと、うん……ごめん、私にもよくわからない……。信じられないかもしれないけど、小さな少女が来て、魔法をかけてくれたのよ。まるで天使みたいだった。積みあがった岩を全て崩して……おかげで国境も片付いちゃったわよ。」
「あ……!シュカくんは……無事ですか!?」
「大丈夫よ。まだ意識はないみたいだけど、大事には至ってないって。病院に運ばれていったから。」
「そうですか……よかった……」
そのうち、救急隊員がヒオの元へやってきた。担架に乗せ、同じように国立病院へ搬送した。
シェラは、メンバーがやって来る前に自分で目を覚ましていた。だが、さっきまで何が起こっていたのか、何をしていたのかは、覚えていなかった。
「あ……気が付いた?助けてくれて本当にありがとう。君の魔法はすごいね。」
「え……あの……ここ、どこですか?」
「ええ?何も覚えていないのかい?天使がやって来たと思ったのに。」
「天使……まさか……」
ニッタナーでのことは、もちろん覚えていた。あの時ディアから聞いた話のことも。だが、アズ同様、その力を自覚することはなかった。そもそもセグナには文献が少なく、調べようがない。その後、メンバーがシェラの様子をいろいろ語ってくれたが、何一つとして身に覚えがなかった。ただ、前回のように、誰かを殺してはいないと分かり、少しだけ安心した。
シェラについていた家来が走ってきた。シェラの代わりに、メンバーが説明をする。家来は驚き、シェラを見つめた。
「あなたにそんな力が……すごいわ。神様のお恵みね。
国境が開いたということで、街の作業も大分進んだの。あとはギルドの皆さまだけでやれるというから……シェラちゃんも疲れたでしょうし、ひとまず王家に帰りましょうか。」
シェラはメンバーたちに深々と礼をした。皆、感謝するのはこちらの方だと言わんばかりに、次々に会釈をし、握手を求める人までいた。シェラは戸惑ったが、はにかみながら応じ、家来と共に王家に帰った。
<木曜午後、ニッタナー辺>
アズは何も言わずに浮かび上がり、断層へと飛んだ。その姿は、クロナ探索で見たエンジェルそのものだった。辺りで働いていたメンバーたちは、半ば恐れるような様子で、その場から後ずさりした。シアだけが、アズをまっすぐ見つめていた。
アズは両手を大きく広げた。まばゆい光が辺りを包み込む。その光は、大きく割れた大地に、染み渡るように広がった。深く、深く、光が浸透していく。そして、倒れて動けなくなっているフィナを、まるで抱くように、地下から救い上げた。
アズは、エンジェルの力をコントロールしていた。シェラとは異なり、わけも分からず力に任せているのではない。自分が、何をしたいのか。それに合わせて、きちんと、光の進む道を決めることが出来た。もはや、恐ろしい謎の力ではなくなっていたのだ。知識ではなく、本能と経験が、エンジェルの力をアズのものにしたのである。
フィナを救い出すと、光は徐々に弱まった。あの大きな断層は、何事もなかったように、閉じて平らになっている。今度はアズが自らの手でフィナを抱きとめた。そして、風のように降り、フィナをそっとおろした。
驚いたメンバーたちがアズの元に駆け寄る。
「き……君、いったい何をしたんだ!」
「どういう魔法なのかね!」
「助けてくれてありがとう。しかし、何者だい??」
アズは、最初は震えていたが、深呼吸をすると、いつもの柔らかい笑顔で答えた。
「いきなりお邪魔しちゃって……すみません。どうしても、彼女を助けたかったんです。私の力は……えっと、うまく言えないんですけど……神様がくださったものです。」
「いや、こちらこそ、助かっちゃったよ。女の子も助けられたし、断層も閉じたし、作業がいっぺんに片付いちゃったね。ともかく、邪魔しに来たわけじゃないようで、安心したよ。何せ、驚いちゃったもんだから。まさか天使が実在するなんて……。」
アズのことが分かると、もう誰も追及しなかった。しかしアズは、急に青ざめた顔で、フィナの肩をゆすった。
「フィナちゃん……!もしもし、分かる?」
するとフィナはゆっくりと目を開けた。大きなケガはないようである。
「……?アズちゃ……ん?シアちゃん?ここ……どこ?」
フィナの無事が分かると、シアは涙を流し、フィナの手を握りしめた。
「よかった……生きてたのね……心配したのよ……!」
「どこでどうなったか、覚えてる?」
「えっと確か……揺れが来て、足をとられて転んで……そうだ、落ちたんだ。崖みたいなところに。頭打っちゃって、その後はどうなったか……。」
「そう……。アズちゃんが、助けてくれたのよ。」シアは、今あったことをフィナに説明した。フィナの目からも、涙が溢れだした。
「アズ……ちゃん……ありがとう……ごめん……なさい……フィナ、ほんとバカだった……ひどいことばっかり……何もわかんないのに……勝手に……ごめん……なさい……!!」声を絞り出し、涙で顔をくしゃくしゃにした。
「ううん。フィナちゃん……私も良くなかった。自分が怖いのを認めようとしないで、フィナちゃんを突き放して……可能性を潰して、目を背けてた。フィナちゃんの言葉が、とっても痛かった……あの後、迷いに迷って、悩みに悩んで、何も出来なくなった。でも、余震が来たとき……決心がついた。他の誰かじゃない、私にしかできないことがあるって。たとえそれが危険だったとしても、動かなければ恐怖のままで終わっちゃうって……そう思った時には、避難所を飛び出してた。正直、フィナちゃんがどこにいるか分からなかったけど……もうその時には、エンジェルの力が助けてくれたのかな。ただ、本能のままに、足を動かしてた。そうしたら……ここにたどり着いたんだ。だから、フィナちゃんが私を導いてくれたんだよ。結果的に……このことがなかったら、エンジェルの力は怖いままだったし。フィナちゃんは、少しでも復興の力になろうとしたんだもん……バカなことなんかじゃないよ。」アズの目も真っ赤だった。
フィナは起き上がり、アズとしっかり抱き合った。
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