したたかなる努めに不穏の隠る
<木曜午後、チック川流域>
「おさまった?……ぎゃー!堤防が!Aチームの方、先に行ってください!Dチームにも伝えて!とにかく水を止める!無理にでもいいから固めてください!僕もすぐ行きますから!
で、ユ……あれ?ユンさんは?誰か知らない?」
また裂け目に落ちたのだろうか。脆くなった丘を慎重に下りながら、探して歩いた。すると、岩陰からユンが顔をのぞかせた。どうやら、揺れでしゃがんだ際、再び足に力をかけてしまったため、痛みがぶり返したらしい。こちらに手を振って合図をしているが、歯を食いしばっている。クーが駆け寄り、声をかけようとした。
その時、2人が立っている斜面の土砂が、一気にストンと崩れ、崖の外から、もろとも麓まで滑落してしまった。魔法をかける暇もなかった。
落ちながらも、クーはなんとかユンをかばおうと、とっさに腕を伸ばした。そのまま、絡み合うように生えている木々にぶつかり、ようやく止まった。
「誰か落ちたぞー!」「ク、クー様ーーー!!大丈夫ですかーーー!」「記者さんもいない!どうした!?」
数分後クーは目を覚まし、倒れたまま辺りを見回した。あちこちに傷が出来ている。右手は、太い木の根とユンの左肩の間に挟まれて、激しく痛むが動かせなかった。ユンは、まだ苦しそうに目を瞑っている。
「ユンさん。大丈夫ですか?聞こえる?もしもし!」返事はない。
そのうち、メンバーの数人が崖を降りて助けに来てくれた。右手を慎重に動かし、体を支えてゆっくりと起こすと、クーはその場で座ることが出来た。ユンは、魔法使いが「エネルーガ(気つけ)」をかけると、ようやくうっすらと目を開けた。
「ユンさん、わかる?大丈夫?」
「……どういう……状況でしょうか……?」
「崖が崩れたんです。僕もユンさんも落ちちゃって。魔法で止められればよかったんですけど……間に合わなくて……すみません。今、下のメンバーが救急馬車を探しに行ってくれたので……そのうち救助隊が来ると思いますから、安心して。」
「救急馬車」という言葉を聞き、ユンは大慌てで、がばっと起き上がった。しかし、頭を打ったため、目が眩み、再び倒れかけた。クーは思わず右手を差し出したが、激痛が走ったため、引かざるを得なかった。他のメンバーが代わりにユンを支えた。
「ユンさん、無理しちゃだめ……痛っ!」
右肘は骨折してしまっていた。「キュア」をかけてもらったが、動かすと当然痛い。残念ながら、骨を治す魔法は誰も持っていなった。
「クー様……本当に申し訳ございません!私のせいでお怪我させてしまって……それに、私は取材を……それも、急ぎのもので、しかも余震が起こったとなれば、それなりの情報を抱えて帰らなければならないんです。皆様が大変なところとは重々承知しておりますが……でも今、私が病院へ搬送されてしまったら本局に何と言われるか……まして、こんなにもご迷惑をおかけしてしまって……!」
タオルで右手を肩から吊りながらクーがなだめた。
「大変なお仕事であることは、私たちもお察ししているつもりです……。でも、倒れてしまったら、何にもなりませんよ?それに、こういう状況ですから、誰かが迷惑をかけたとか、そんなことを考えている場合ではありません。国民の皆様の多くが今ケガなどで苦しまれています。手当てするのが迷惑だなんて……とんでもない。僕も無茶は出来ませんし、ユンさんだって……。国営放送の皆様にはこちらからきちんと連絡しておきます。誰も、ユンさんを責めませんよ。足も含めて、しっかり治してから……また取材に来てください。その時にはこの国が元通りになっていることを約束します。」
ユンは涙をこらえきれなかった。そのうち、救急隊がやって来た。ユンを担架に乗せ、クーも付き添って馬車まで歩いた。
「クー様、お手を……」
「あ、これは……まあ、大丈夫です、というか、チック川が落ち着いてからじゃないと、僕は絶対ここを離れられないので……後でちゃんと伺います。
ユンさん。余震は驚きましたが、落ち着いて行動すれば、問題ないと思います。ギルドの安全が心配されますが、優秀な方々であると信頼していますから。どうやら、クスモの方で国境が開きそうです。それから、さっきも言いましたけど……絶対にこの国は元通りになります。僕たちがそうしてみせます。……ってことを、国営放送の方に伝えておきますね!」クーがいたずらっぽく笑った。救急隊はユンを馬車に乗せ、国立病院へ向かった。
こうしている間に、チック川の堤防が再び固まってきた。あとは土砂を綺麗にすれば、南東の国境が開くのも時間の問題だろう。
その頃、リアの母が、余震後の自宅の状況を見にやって来た。実は、本震の時点では家にいたのだが、その後友人が家を訪ね、リアとは違う市民ホールに避難していたのだった。
母は自宅を見ると、その場で泣き崩れた。先ほどまでなんとか持ちこたえていた柱は、余震で完全に折れ、床や屋根は無残に潰れていた。2日前、正確には1時間前までの姿からは信じられないほどだった。
「なんてこと……リア、あの子はどうしただろうか……伝えないと……」
押し入れや物置にしまってある大切な物は無事だろうか。母は、ドアがあったところから、瓦礫と化した我が家に入った。床がめちゃめちゃで、足の踏み場もない。ただ、2階だけは崩れず、そのまま1階に沈んだ状態になっていた。なんとか瓦礫を登り、2階の窓から部屋に入った。そこに、あの小型通信機が落ちていた。
「あら……?これ、まさか……あの会社の……でもどうしてここに?あの人、帰ってきていないのに……」
不思議に思いながら、スイッチを入れてみようとした時だった。奥にある、倒れた棚の下に、靴と足が見えた。
ぞっとして、恐る恐る近づき、よく見た。人が挟まれている。棚の下の敷物に、血が染みだしていた。母は恐怖に怯えながら、壊れた棚を押しのけた。
「ぎゃああああ!!!!!!!!!!!!!」
<木曜午後、クスモ>
余震による二次被害が最も少なかったのが、ここクスモだった。山にある雪が再び落ちたが、大量ではない。
「お!!あの看板、国境ですよ!!!」
メンバー全員から歓声が上がった。
「ボムド(破壊せよ)!」「イグニタ(点火)!!」「リペイラ(直れ)!!!」
「やったぁーーー!万歳!」
ついに、国をまたぐ道が顔を現し、馬車も通れるほどに片付いた。さっそく、連絡係が王家に報告する。
「みなさん、ほんっとうにお疲れさまです!!あとは、残った建物を直していきましょう!これで王様たちが帰ってこられますね……!」
リアが嬉しそうにチームを労った。
そこに、通信機が振動した。
「もしもし!?お父さん!?」
「リ……ア……」
「えっ!?誰!?もしもし?」
「わたし……」
「お母さん!!!!どうしたの!無事だったの!?今どこ!?」
「家に……戻って来たのよ……」嗚咽でほとんど話せなかった。
「ちょっと何……どうしたの……家潰れちゃった?」
「そうなんだけど……ううっ……だけど……お……お父さんが……」
「……!?」そこまで言うと、母はマイクの向こうで大声をあげて泣き出した。リアの顔が真っ青になる。すべて、悟った。
「ちょ、お母さん……今から行くから!そこで待ってて!動かないでよ!ね!大丈夫だから!!」メンバーに申し出て、チックへと走りだした。
<木曜午後、トロア>
王家に伝わった通り、せっかく固めていた泉の岸が、余震によって再び数キロにわたって崩れ、水が漏れてしまった。メンバーたちは揺れが収まると、大慌てで修理に向かった。
再び、「コーパシア(固まれ)」が飛び交う。ルイがぐんぐんと先へ進むと、後ろで悲鳴が上がった。少女が体半分以上地中に沈んでしまっている。どうやら、コーパシアをかけ損ねた部分が深い泥沼になっていて、そこに足をはめてしまったようだ。魔法が優秀な少女だが、重たい泥を押しのけて上がるのは容易ではなかった。
「だ、大丈夫!?」
少女は必死にもがくが、そうするほど周りの柔らかい土まで巻き込んでしまい、ますます身動きが取れなくなった。
ここで下手にコーパシアをかけたら、泥が彼女の身体をロックしてしまう。魔法を探すより、直接腕で持ち上げた方がよい。ルイは一旦杖をしまって、少女の腕を掴んだ。
「しっかり掴まって!引くよ!」
ルイは足を踏ん張って、思いっきり少女の腕を引き上げた。しかし、まだ完全に固まっていない地面は脆く、踏みしめると土が崩れてしまう。たまらず腕を離して尻もちをついた。
「ダメだ……ごめんね、腕が痛いよね……どうしよう……」
他のメンバーは復旧作業で忙しく、周りには誰もいなかった。だが、時間が経つほどに、少女は苦しくなってしまう。ルイは必死で考えた。
「そうだ!!ねえ、ちょっと洋服濡れてもいいかな?あとで乾かしてあげるから!
アクエル(水よ)!」
ルイの杖から水が噴き出した。たちまち泥が緩くなる。そうして、少女の腰辺りまで泥が解けたところで、体をしっかりと抱え、一気に引き抜いた。そして、頭上に持ち上げたまま、地面が固くなっているところまで移動し、優しく降ろした。
1人のメンバーがその様子に気づき、ぬかるみをコーパシアで元通りの頑丈な地面にしてくれた。少女は息を切らしているが、大きなケガはなさそうだ。
「ふぅ……大丈夫?手間取っちゃってごめんね……ディスプラシア(脱水せよ)。」
ルイも少女も、顔まで泥はねにまみれていた。しかし、少女は気丈に立ち上がり、にっこりと笑った。
「こちらこそすみません、本当に……助かりました。ありがとうございます!」
北の国境へつながる道が整ったらしく、遠くで歓声が上がった。
「ルイ様!国境が開きました!」
「本当ですか!ありがとうございます、早速クーに連絡します!」
ところが、クーはユンの件で忙しく通信機に応答することが出来なかったため、王家にかけなおした。
「了解いたしました。先ほどクスモでも開いたという連絡が来ています。王様に、今お伝えしているところです。大変お疲れさまでした。もう戻られますか?」
「いや、まだ完全でないところがあるので……でもぼちぼち戻ると思います。」
すると少女が再びルイのところへやってきた。
「あの……復興が終わってからでいいんですけど……王家で働かせていただけませんか?」
「えっ?」
「あ、私、高校生なんですけど、今回の地震で学校が潰れてしまって……いつ元の状態に戻るか分からないって、来る前に先生に言われたんです。だから、それまで……
ルイさんのように、どんな時でも誰かのことを思って行動できる人になりたいんです。どうか……お願いします!」
突然の申し出を、ルイ一人で決めることは出来ない。だが、断る理由もなかった。短期で働く若い家来は他にもいるし、彼女の強い志と優秀な魔法を考えれば、決して不可能ではなかった。
「うん。今ここで僕がOKを出すわけにもいかないんだけど、復興が落ち着いたら是非王家においで。僕の名前を言ってくれれば通るから。今回は本当にありがとうね。」
初めて国民から憧れと言われ、ルイも笑みを隠せなかった。
<木曜午後、カンド>
余震の瞬間、誰もが息を止めて火山を見つめた。山全体が唸っている。もう少しで、大きな噴石が片付き、道が開こうとしているのに、さらに岩石が降られたら、たまったものではない。しばらく様子を見ていたが、唸りは低く、小さいため、すぐに噴火しそうではなかった。メンバーは作業を再開した。
シェラは、家来と共にカンドへ向かっている途中に地震にあった。幸いケガはなかったが、馬車の数が増え、予想よりも仕事が忙しくなりそうだった。
「あのー、すみません、王家の者ですが、今何かお手伝いできることはございますか?」
「あー、助かります、もうナントカの手も借りたいくらいですから…。」
「彼女、2日前から王家の見学に来ているんですけど、今回の地震のことで何か手伝えないですか、と……。」
「初めまして、シェラと申します。よろしくお願いします。」
「この女の子?大丈夫かなぁ、結構大変だよ?」
「いえ、どんなお仕事でも精一杯お手伝いさせていただきます。」
「じゃあ……今もう一台馬車が来るから、荷物を俺のところに持ってきてくれる?家来のお姉ちゃんは、そうだな、あっちの建物のゴミをまとめて運送馬車に乗せてちょうだい。」
魔法が使えないため、大きな活動は出来なかったが、シェラは荷物を運んだり、伝言を預かったりと、言葉通り一生懸命働いた。ギルドメンバーたちも、彼女の働きぶりに目を細めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます