留まりて働かざるは口惜し

 <水曜午後、ニッタナー>

 テーマパークに旅行に来ていたディア、ユノの耳にも、この災害のことは当然届いていた。しかし、ニッタナーとリトラディスカをつなぐ道――数か月前、ディアが決死の覚悟で渡ったあの道は、真っ二つに分断されてしまっている。もちろんそこにもギルドが来て、適切な措置を取っているが、ディアたちがすぐに帰ることは出来なかった。

「ニッタナーの税関がリトラディスカに向かうことさえ禁じていますからね……僕たちにはどうにもできないですね。」

「ええ……仮に行けたとしても、ファントムの力で地割れが直せるかと言ったら、ちょっと……。事態がよくなることを祈るしかないですね。」

 彼らは今、パーク近くのホテルに留まり、ラジオの電波を何とか国営放送に合わせ、情報を得ている。国境が復活し次第、当初の滞在予定を切り上げてすぐ帰るつもりだ。

「ディアさん、一回外に行きませんか?ここにいても息が詰まりそうですし、ダメ元でも国境近くまで行けば何かわかるかもしれません。」

 二人は再び国境付近まで歩いて行った。しかしやはり、税関の前には警備員がずらっと並び、一歩も近づけない。なんとか後ろの様子を覗くと、確かに道が寸断されていた。これでは当分帰れそうにない。

「Excuse me?」

 背後から聞き覚えのある声がした。

「Ex…ディアさんですか?」

 声の主はディサだった。初対面のユノはきょとんとしていたが、ディアはすぐに顔を思い出した。

「ああ~!ディサさん!お久しぶりです!!」

「おひさしぶりです。あの……ここ、通れないですよ。」

「ええ、そうみたいですね……こんなときに旅行に来ちゃって。帰れなくなってしまいました……

 あ、ユノさん。彼、この前ここに来た時に出会ったんです。ヴァジーレのアジトまで導いてくれて。」

「はじま……はじめまして、ディサです。」

「こちらこそ初めまして、ユノです!」

「ディサさん、どうしてここに?」

「あ、いや……ディアさんのこと思い出して。Littladiscaってラディオで聞こえたから、心配だったんです。まさか、ディアさんがこっちに来ているとは。」

「来てくれてありがとうございます。少し元気が出ました。」

 ディサも特に予定はないので、ちょくちょくディアたちの様子を見に来てくれた。税関に状況を聞く時も、ディサがアングリアをサポートしてくれる。異国の地で仲間に出会えたことで、心強くなった。


 <水曜午後、ビルテン>

 各地域の作業の状況は、随時クーの元に報告され、さらに中央部の係に伝わった。それをまとめた電話が、ビルテンにいる王様の元へ届く。

「はい、チックには……それで……なるほど、では、カンドは……順調のようですね、ありがとうございます……。

 王様、このような状況で……早ければ明日の午後には一つ開通するかもしれないそうです。一方向でも開けられれば、迂回することもできますし……本当に国民の皆様のご協力のおかげです……」ジラは目を潤ませ、声は震えていた。まだショックは癒えておらず、時折テーブルを離れてうろうろしては、また戻って突っ伏して泣いたり塞ぎこんだりした。王様も大変心配していたが、リトラディスカとの連絡や現地の臣下との協議に忙しく、つきっきりにはなれない。その代わりに、常にそばにいたのはジグ王子だった。ジラが不安そうに落ち着きを無くしていると、お茶を淹れたり、背中をさすったりしてくれた。

「プリンセス・ジラ、大丈夫、大丈夫。リトラディスカン、みな、立派です。心配ない、大丈夫。」一生懸命ジュプニッシュを使って、声をかけた。


 <水曜夜、リトラディスカ>

 日が沈んで暗くなり、作業もしづらくなったため、一旦手を止め、休むことにした。それまでほとんど休憩を取っていなかったので、メンバーたちも疲れが出ていた。きっちりと回復させ、万全の状態で、危険な仕事に当たらなければならない。近くに避難所があればそこに入り、そうでない地域は、再建された建物の中で配給の缶詰を食べて過ごした。

 アズのいる避難所でも、それぞれが身を寄せ合って2日目の夜を過ごしていた。真っ暗な体育館の天井を見上げ、フィナがため息をつく。

「私……何してるんだろう……」

「どうしたの、フィナちゃん。」

「前にアズちゃんとこうして外で寝ていた時は、クロナを探していたんだよね。でも今は……助けを待っているだけ。自分では何も出来ない。」

「それは仕方ないよ……そんなこと言っても、私たちには何も……」

「アズちゃんは……悔しいって思わないの?こうしていることが。」

「そりゃ、もどかしいよ。でも……」

「でも、でもって。アズちゃんこそ、力があるのに。」

「ねぇフィナちゃん、その話やめて?もう無理なの、私がエンジェルの力を使うのは。出来ないことをやろうとしたって、失敗するだけだし……。」

 フィナがタオルをはねのけ勢いよく起き上がった。

「……もういいよ、アズちゃんがいつまでもそんな態度でいるなら……私がやる!出来ないってなんでわかるの!?やりもしないのに!じゃあなんでクロナの時は行こうと思えたわけ!?」

「フィナ、みんな寝てるんだから静かにしなさい!」フィナの母がたしなめた。

「私の方がアズちゃんよりよっぽど何も出来ないのに、それでもこの国のために何かしたいって昨日からずっと思ってるんだよ。力が消えてるかどうかなんて、危険かどうかなんてわからない、少なくとも持ってるのになんでそれをみんなのために使おうとしないの!?ただ怖いってだけで無駄にしちゃうの!?そんなのただの意気地なしだよ!」

「フィナ!!」

「だったら私の方が何かできる。こんなところにいてアズちゃんに付き合ってられない。ギルド、手伝ってくるから。じゃあね!」

 アズは何も言い返せなかった。ただただ、唇を噛み、震えていた。フィナはタオルを放り、靴を履いて、避難所を飛び出した。どこへ向かうのか、当てはなかった。フィナの家族が大声で呼び戻し、父が捕まえようと外に出たが、もうフィナの姿は暗闇の中に消えていた。


 アズは、立ち上がることも、話すことも、眠ることも出来なかった。涙が自然と頬を伝い、手元に冷たく落ちるのを、ただ見ているだけだ。フィナの家族が顔を真っ青にして体育館に戻ってきた。そして、警備員に状況を伝えた。

「わかりました。本部に連絡して、捜索してもらうよう届けます。

 あー、もしもし、こちら○○体育館避難所です。えー、今避難者の方のご家族が一人体育館を抜け出しまして、行方が分からなくなっています。フィナ・ヴィラガフィーさん、女性、21歳。中央フローリスト養成学校の学生で、身長は160センチ強、細身、髪は中くらい、白のカットソーにベージュのカーディガン、ジーンズに黒のスニーカー。持ち物無し、以上です。捜索をお願いします。」

 フィナのほかにも、避難者やその家族、友人などの中に、行方が分からない人々もたくさんいる。このように情報を集め、警察本部へ送り、必要に応じて各地のギルドや警察支部に捜索を依頼するのだ。

 フィナがどこへ向かったのかは見当がつかないが、一晩で行ける距離には限界がある。ギルドを手伝う、と言っていたため、チック寄りの体育館から考えると、チック川流域か、ニッタナー辺が濃厚である。

 一通り連絡を終えると、家族はアズの元へやって来た。

「アズさん、本当にごめんなさいね、迷惑ばっかりかけて……どうか、ご自分を責めないでね。フィナが勝手にやったことだから……ひどいこともたくさん言ってしまって。」

 アズが、ようやく顔をあげ、消え入るような声で話し始めた。

「……いえ……私が……はっきりしないから……フィナちゃんの言うことも、正しくて……私のせいです……」

 フィナの母も、かける言葉がない。重苦しい雰囲気が、二つの家族を包んだ。


 <木曜朝、リトラディスカ>

 クーもルイも現場から帰らなかったため、朝会は休止となった。その代わり、各地からの連絡を受けた家来が、王家からラジオを通して作業の状況を伝えた。その後、ラジオは前日と同じように避難情報や関連するニュースを報じ始めた。

 クーに取材をしたユンは、あの後なんとか本部へ戻り、淡々と報告を済ませて原稿をまとめていた。上層部はユンの体調など気にする素振りもなく、次々と新しい仕事を申し付けた。ケガがばれたら何を言われるか分からない、もしかしたら二度と取材の仕事をもらえなくなるかもしれない……体を資本にやってきた彼女にはそんな不安もあり、何も言わずに仕事を全てこなした。

「ここで、昨日クー様にお話を伺いましたので、お伝えいたします。

『特別編成ギルドが大変一生懸命に各地で働いて下さり、王家としても感謝しております。常に連絡を取り合い、状況の把握に努めてまいります。今のところ、各グループとも順調に作業を開始した模様です。避難されている国民の皆さま、この度の災害に関しましては私どもも大変心を痛めております。また、ビルテンに滞在中の王様とジラ王妃も非常に心配されています。困難な状況ではありますが、皆さまぜひ、互いに支えあい、助け合い、励ましあって、乗り越えましょう。皆さまを信頼しております。』

 とのお言葉を頂戴しました。……」

 キャスターを交代すると、さっそく取材部の上司に呼び止められた。

「取材は昨日の朝だよね?1日たったじゃない、今どんな状況か、王家から話はあったけどさ、もう一度クー様に聞いてきてくれる?やっぱり取材ってのは生の声が大事じゃない、できれば今日の夕方にはお届けしたいんだけど。昨日許可をもらったのは君なんだよね?じゃあ、お願いできるかな。できるだけ早くね、頼んだよ。」

「いや、あの、クー様も大変忙しくて……」と言った声は彼には届かなかった。ユンは深くため息をつき、取材に出かける準備を始めた。


 ラジオでは、続いて、行方不明者の情報が提供されていた。ちょうど、シアが、ヒオのいるグループの身を案じながら、耳を傾けていたところだった。

「ここで、現在行方不明となっている方々のお名前と特徴をお知らせします。手がかりがありましたら、お近くの警察またはギルドにお伝えください。

 ……フィナ・ヴィラガフィーさん、女性、21歳、学生。昨夜、○○体育館付近で行方不明。身長は……」

 シアは思わずラジオを床に落とした。そして、真っ青な顔で、ラジオの情報を聞き取った。

「フィナちゃん……どうして……。まさか……。でも、昨晩……?地震が起こってすぐではないのね。何らかの事情で、ご家族か友人と離れてしまったんだわ。どうしよう……もし、二次災害に巻き込まれていたら……」

 そう思うと、いてもたってもいられなくなった。そして、かつてクロナ探索の時にシアを突き動かした思いが、再びよみがえった。

 行かなきゃ。

 貴重品だけを手にして、シアは避難所を出た。そして、フィナが向かっているであろう、ニッタナーあるいはチックが接する東の国境に向かって、歩き始めた。そこにフィナがいるという確証はない。ただ、大切な仲間への強い思いだけが、彼女を進ませた。

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