活動開始

災いの被ること甚だし

 いよいよ、特別編成ギルドが動き出した。地域組はさっそく割り当ての場所に向かい、住宅を優先的に直し、取り残された人々を救助した。救急馬車や消防団も、慌ただしく動き回っている。

 国境組も、続々と現地に到着した。


 <水曜午後、チック川流域>

 クーたちは数時間かけてチックにやって来た。川の姿が見えたところで、メンバーは愕然とした。堤防は無残に崩れ、源流の方は崖が大きく削れているため、いつもより水の流れる量が増え、周辺の建物を土壌ごと流していた。犠牲者もたくさん出ているだろう。しかし、道を泥が厚く覆ってしまっているので、馬車も入れない。

 手あたり次第やっても、意味がない。クーは必死に優先順位を考えた。

 まず、源流までの道を確保する。そして、崖を直し、水の量を元に戻す。水が減ったところで、徐々に堤防を回復させる。その間、メンバーの数人は流された建物を調べて出来るだけ住民を見つけ、救急馬車が入れるところまで運ぶことにした。

「ディスプラシア(脱水せよ)」、「コーパシア(固まれ)」などの魔法を駆使しながら、足が取られない程度に土を固める。クーと数人のメンバーがその道をたどり、迂回しながら山の上を目指した。以前は川の周りを木々が取り囲んでいたが、それらは全てなぎ倒されており、山肌が露わになっていた。

 時折、両手両足で這うようにして、メンバーたちが登り続ける。すると、下流域で救助をしている班の元へ、ある女性がやって来た。

「あのー、お忙しいところ大変申し訳ないのですが……国営放送のユンと申します。少しお話をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」

 話しかけられたのは、がれきを撤去中の消防団員だった。

「あー、取材ですか……。あの、僕に聞いてもちょっとわからないと思うので……あれ、クー様は……」

「こちらにクー様がいらっしゃるとお聞きして伺ったのですが……ご不在でしょうか?」

「いや、山の方に行ってるんです。ほら、川の源流に。あっちです。」

「なるほど、わかりました、ご協力ありがとうございます!」

 そう言うと、ユンは構えていたノートとペンをしまい、上流へ歩き出そうとした。

「ああ、ちょっと待ってアナウンサーさん、そっち危ないよー。いつ崩れるか分からないんだから……クー様が降りてくるまで待った方がいいんじゃないの?」

 ユンは足を止めた。しかし、彼女の使命は「一刻も早く有用な情報を伝えること」だ。そして、先輩から(半ば強引ではあるが)任された重要な仕事への責任感も強い。新人の頃は、険しい山道や足場の悪い現場を、取材のために何度も歩かされたため、経験もある。ここで待っていてもクーがいつ降りてくるか分からないし、何も聞かずに帰るわけにもいかない……。

「取材は慣れておりますので……ご心配ありがとうございます。」

 次の瞬間には早足で山道を登り始めていた。


 クーは、山道を塞いでいる大きな岩石を「ボムド(破壊せよ)」などで破壊して道を開いていた。

「あのー!すみません!!クー様?」

 驚いたクーは魔法の手を止め、目を丸くして振り向いた。

「は、はい?なんでしょうか??」

「お忙しいところ大変申し訳ございません、国営放送のユンと申します。今、少しお話を伺うことは出来ますでしょうか?」

「あー、国営のアナウンサーさんですか……そうですね、少しだけなら。」

「ありがとうございます。現在、こちらのチック川流域では、どのような復旧作業を予定していますか?」

「えーと、まず僕たちが源流まで行って……水が溢れすぎてるので、その口を塞ぎます。その間にも、下流の方では、弱くなってしまった地盤を固め、崩れてきた岩などを取り除いてます。あとは……もちろん建物の再建と救助ですね。」

 ユンは必死でメモを取った。その後も、他の地域の復興予定や、それらにあたる際の心構えなど、放送で伝える予定のことを聞き取っていた。

「いやもう……ジラがいないのがタイミング悪くて……」

 ふと、クーが視線を落とした。

「そういえば、ここまでどうやって登って来たんですか?」

「え?あ、いや……取材で、足を使うのには慣れているものですから……」

 ユンが恥ずかしそうにはにかんだ。すると、上流から声がした。

「危ない!!気を付けろー!!」

 崖で作業をしていたメンバーがかけた魔法が外れ、土砂の塊が雪崩を起こした。下に向かってすごい勢いで落ちてくる。

「あ、ちょ……!ゆ、ユンさん、降りて!!」

 大慌てで駆け下りたが、突起につまずいた。クーが杖先を土砂に向け、叫ぶ。

「アレスタス(止まれ)!!!」

 土砂はクーの目の前でぴたりと止まった。そしてユンの方を振り向いたが、その姿はなかった。

「ん?あ、あれ!?ユンさん!?」

 実は、駆け下りている途中で、つまずき、裂け目に落ちてしまったのだ。這い上がろうとしたが、足に力が入らない。クーがゆっくり下り、ようやくユンを見つけた。

「あ!だ、大丈夫ですか!?」

「も、申し訳ないです……ちょっと、足が……」

「キュア(治れ)」をかけたが、足にいつものような力が入らない。肩を支え、慎重に立ち上がらせた。そして、なんとか裂け目の上まで戻ってきた。

「本当に申し訳ないです……ご迷惑おかけして……」

「いえ……危険な場所ですから、ね。また土砂崩れを起こさないうちに、ここを離れた方がいいですよ。せっかく取材してくださったんだから、無事に放送局まで持って帰って、伝えてくださいね。あ、でも……歩けますか?」

 本当はまだ痛みがあったが、これ以上クーたちに迷惑をかけるわけにもいかない。ユンは改めてお詫びとお礼を丁寧に述べた後、片足をひきずりながら局へ戻っていった。このことが先輩たちに知られたら目玉を食うだろう……結局、会社の誰にもケガのことは言わず、淡々と取材を報告した。


 <水曜午後、トロア地区>

 ルイたちのチームも、なんとかトロア地区までやって来た。そして、同じように、愕然とした。

 トロアには、もともと大きな湖があった。北の海から流れ出した水が、盆地状だったトロアの土地に溜まっていたのだ。また、地下からも間欠泉が噴き出しており、人々が近寄れないくらい、湖が広がっていた。しかし、太古の人々は、山々から土を運び出し、何十年もかけて湖を埋めていった。その結果、居住可能な土地が広がり、現在は間欠泉周辺の大きな泉を残して、周りをぐるっと地面が囲んでいる。北からの海水は、もう長い間せき止められていた。

 しかし、今回の大きな揺れで、埋め立てただけの土壌は海水と泉の水によって無残に流され、舗装された道路もぐちゃぐちゃに断たれていた。もはや、トロアの街は、原形を留めていなかった。建物は土台を失って倒れ、あちらこちらから水が漏れだしている。

 ルイはメンバーと相談した。まず、液状化した地面を固める。噴き出した水を塞ぐ。そして、北の境へ行って、海水を再びせき止める。そうして、泉が元の形になるまで周りの土を固めていき、国境付近のインフラまで整える、という手順になった。チックと同じく、地道にやるしかなさそうだ。

「リペイラ(直れ)」「コーパシア(固まれ)」があちこちで飛び交う。ルイは、クーほど魔法が得意ではないが、幸いこの2つは習得していた。道を固める。建物を直す。そしてまた、道を固める……出来ることは少ないが、確実に街は回復していった。時折、ぬかるみに足を取られた。気を付けないと、割れた地面に落ちてしまう。単純作業とはいえ、油断は禁物だった。


 ルイと同じ方向に進みながら、魔法を懸命に唱えている少女がいた。おそらく年齢は15~6歳程度だろう。しかし、両親や友達と離れ、ただ1人でこのギルドに参加した。淡々と呪文をかけていく姿が気になり、ルイが声をかけた。

「1人で大変じゃない?僕も手伝うよ。」

 少女は丸い目ではっと見つめた。

「え??ル、ルイさん……あ、ありがとうございます、でも大丈夫です。」

「こういう時は協力した方が早く進むんだよ。1人で来たの?」

「はい。魔法ギルドで……でもこの学年は私しかいないんです。」

「そっか……いや、すごい志だね。参加してくれて本当にありがとう。僕もこっちに進むからさ……、そうだ、分担しない?僕が道を固めるから、君はその上を直してくれるかな?」

 少女は恐縮した様子だったが、その提案を受け入れた。ルイが「コーパシア」、少女が「リペイラ」を担当する。2人で行うと、作業のスピードがぐんと上がった。

 今まで、誰かと作業をすると言えば、相手はクーかネリぐらいだった。公務を除き、貴族以外の人と仕事したのは初めてだ。この緊急事態を前に、貴族も一般人も関係ない。見知らぬ者同士が手を取り合い、共に問題に立ち向かう。ルイには新鮮な感覚だった。


 <水曜午後、クスモ地区>

 リアたちは、クスモの雪山連峰のふもとにある街までやって来た。いくつか建物が倒れてはいるが、たいていの人は避難し、被害はそこまで深刻ではないように思えた。しかし、山が近づくにつれ、状況は次第に変わっていった。真下の小屋や案内所はことごとく雪で潰され、なぎ倒された低木が下方に押し寄せていた。頂上付近は厚い雲がかかり、おそらく吹雪いているため、目視では確認できない。雪崩れた雪は確かに国境までの道を完全に塞いでいた。

 まず、やるべきことは何か。

 とにかく、積もってしまった分厚い雪を無くすことだ。しかし、これだけの雪を動かせる場所はない。山に戻せれば一番いいのだが、荷車などに詰めていては時間ばかりかかってしまう。

 つまり、溶かすしかないのだ。

 使用する魔法は、「ボムド(破壊せよ)」と「イグニタ(点火)」。前者で固まった雪を細かく壊し、後者で溶かす。そして、邪魔な木や岩石は「ロコモビリオ(動け)」で、一旦どかしておき、道を開けることを最優先とした。


 リーダーのリアが声をかけた。

「提案なんですけど、ボムド部隊とイグニタ部隊、モビリオとリペイラ(直れ)部隊に分けませんか?まずボムド部隊が雪をガンガン壊していって、後ろからイグニタ部隊が溶かしてく。そのある程度綺麗になった道で、さらに後ろのモビリオ・リペイラ部隊が色々元に戻していく。どうですか?」

 全員が賛成し、魔力の強い者から、ボムド、イグニタ、モビリオ・リペイラに分かれて、およそ3列に並んだ。軍隊の行進の如く、前列が雪を壊し、中列が雪を溶かし、後列が諸々を片付けるという、理想的な体系が出来上がった。魔法能力のないメンバーは救助者を探すなどして手助けした。

 しかし、うっかり前の2列が、必要な建物を砕いたり燃やしたりしないように気を付けた。砕けたものはリペイラで直るが、燃え尽きてしまっては戻せないので、中列は特に細心の注意を払った。

 作業は順調に進んだが、時折メンバーが雪に埋もれた瓦礫でケガをしたり、寒さと冷たさのせいで杖を上手く動かせないことがあったりした。無理は禁物、焦らず、着実に、そして安全に作業をするよう、各自が声をかけ、助け合った。即席の部隊だったが、団結力は抜群だ。

 そんな中、リアはしきりに右のポケットを気にしていた。そろそろ父が実家に着くころだろう。母の姿があれば、連絡してくるはずだ。しかし、連絡があっても、なくても心配だった。もしあれば、母は避難をせずに、実家に取り残されているということになる。なければないで、行方がわからないとなると気がかりだ。だが、そんなことを気にしている場合ではない。よぎる不安を振り切って、作業に集中した。


 <水曜午後、カンド>

 シュカとヒオを含むチームが、カンド地域までやってきた。火山に近づくにつれ、道には雪のように火山灰が積もり、あちらこちらに大小さまざまの噴石が散らばっていた。大きいものは、家屋の屋根を潰してしまっている。揺れによる被害が主である他の地域以上に、「リペイラ(直れ)」をかけるのが大変そうだ。

 幸い、今は噴火は収まっている。だが、いつ動き出すか分からない。それを止める術はないので、活発にならないことを祈るしかなかった。

 問題は、道を完全に塞いでしまっている巨大な噴石の処理だった。国境に続く道は、ちょうど火山の最も急な斜面から、強い風の吹き下ろす方角にあり、他の方面よりも大きな岩石が転がり落ちている。

 ここでも、他のチームと同じように、作業を分担した。建物を直す組、比較的小さめの噴石を「ボムド(破壊せよ)」で壊して道を開ける組、そして大きい岩石を片付けて国境の開通を試みる組。シュカ、ヒオともに最後の組に入った。


 国境への道へ行くには、火山をぐるっと一回りしなくてはならない。チームがそこへ行くまでも時間がかかった。火山灰のせいで滑りやすく、岩も多くて足元が悪い。さらに、その岩の中には新しく降ってきたものもあり、まだマグマが冷え切っておらず熱かった。熱い岩とそうでないものの見分けがつかないので、迂闊に石を踏んだり触ったりすることは出来ない。

 ようやく辿り着くと、先ほどまでとは比べ物にならないサイズの岩石が、メンバーの目の前に立ちはだかった。

「わ……これ、どうやって片付けるんだ……?」

 シュカが恐る恐る、積み重なった噴石の一つに触れた。そして、飛びのいた。

「あっっっっつ!!」

 よく考えてみれば、わかることだった。小さな石は、弱い風でも吹き上がり、落ちてくる前に冷える。しかし、大きな岩は、マグマの奥底にたまっているものだ。吹き上がる力が大きくないと、外に出ることはない。つまり、目の前にある岩は、元々火山の深くにあり、相当な力によって持ち上げられ、熱々のマグマをまとって転がって来たのだ。しかも、まだ冷え切っていないものが多い。

 シュカは自分の手に「グレーサ・ミニマ(弱く凍れ)」をかけ、冷やした。ひどい火傷にはならずに済んだが、近づけないということがよくわかった。

「どうしますか……?」

「その、グレーサ、いいですね。凍らせるまではいかなくても、冷やすことは出来るじゃないですか。ですから、まず冷やして……壊しますか、それとも運びますか。」

「全部砕いていたら時間が足りません。あまりにも大きなものは砕き、そうでないものはどかしましょう。ロコモビリオ(動け)を使えば。」

 年長者が意見をまとめ、いよいよ行動に移った。グレーサの調節が上手なシュカは岩石を冷やす側、ヒオはボムドで砕く側に回った。大きくて熱い岩は、近づくだけでもその熱気が伝わる。秋が深まり肌寒い気候の中、汗だくになって作業をした。


 各地で、概ね順調に、特別編成ギルドが作業を進め、避難所や病院も慌ただしさを増してきた。逃げ遅れたり閉じ込められたりしていた国民は予想以上に多い。国立病院も、ナースや医師が棟内を奔走し、患者の処置に追われていた。とは言っても、元々入院している患者をおろそかにするわけにもいかない。ナースステーションには常に数人待機していなければならないため、新たな患者に対応するのには明らかに人手不足だった。特に院内は女性が多いため、ベッドや重い医療器具を運ぶのに時間がかかる。手伝いに来ているミルも、ナースたちと同じくらいあちこちを駆け回り、そういった肉体労働を手助けした。デューはただ一人で、ベッドに横たわっていた。自分の不甲斐なさが悔しく、眠ることもできなかった。

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