民の力の集めて逞し

 <水曜朝、リトラディスカ>

 ほとんどの人が避難所もしくは病院で朝を迎えた。シアたちのように、まだ取り残されている人もいる。あの大きな揺れ以来余震はなく、火山なども落ち着いているが、たとえ倒壊していなくても、まだ家には帰れない。国境が片付き、王様とジラも帰還し、インフラが整ったところで、目立った二次災害がなければ、ようやく安心して帰れるのだ。それまでは、今いるところで身を寄せ合って生活するしかない。

 王家の朝会は緊急時用だった。住み込みでない家来の中には、避難所などにいて通勤できない者もいる。出席できる家来だけが広間に集まり、クーとルイが壇に立った。ラジオでは通常通り中継された。そこで定例の朝の挨拶を述べた後、昨日の時点で入った状況を説明した。そして、改まった声で、クーが切り出した。

「えー、ここで、緊急の勅令を、王様に代わりまして私から申し上げたいと思います。昨夜災害対応について、ビルテンのジラたちとも意見を交わし、会議した結果、災害時特別編成ギルドを招集することといたしました。主に、倒壊・損壊した建物の回復、道路や川岸などのインフラの整備、閉ざされた国境の開通を目指していきます。ギルドに所属の皆さん……えー、これは魔法ギルドも含みます。またそれ以外でも活動を志望なさる方は、本日10時から12時までに、王家の門のところへお集まりください。特に、建物や瓦礫などを魔法で処理することを予定しておりますので、少しでも魔法を使える方は、ご協力いただけると幸いです。お集まりいただいた後、分担して配属いたします。また、消防団や警察の皆様は、取り残された方々の救助や搬送をお願いするため、ギルドにはご参加いただけませんことをご了承ください。こちらの事情が片付き次第、私とルイも各地に参ります。皆様のご協力をお願いいたします。以上です。」


 アズのいる避難所でもラジオがあちこちで響いていた。

「特別編成ギルドか……リアちゃんとか、参加するのかな。」

「するんじゃない?本当なら私も行きたいけど、今回ばかりは魔法が使えないと足手まといになりそうだね……フローリストとして、何か手伝えることなんてないだろうし。ていうか、まだそんなに知識ないし……。」

「ギルド以外でも活動を志望する方は、って言ってはいるけどね。腕力に自信があるわけじゃないしなぁ。」

「ねぇ、アズちゃんのエンジェルの力、使えるんじゃない?」

「エンジェル」という単語が出た瞬間に、アズの表情は曇った。

「……使えないよ……。危険すぎる……こんな時に制御できなくて暴走したら、それこそ足手まといどころじゃないよ……。」

「でも、もし発動したら、とっても助かると思うんだけど。」

「フィナちゃん。あのさ……もうエンジェルのことは忘れたいんだ。思い出したくないの。だからごめんね。今は被害のことでいっぱいいっぱいで。」

 フィナは何も言い返せなかった。自分だって、エンジェルの力を熟知しているわけではないのだ。アズが嫌というなら、仕方ない。だが、一刻も早くこの国が元に戻ってほしいのはフィナも同じだ。煮え切らない思いを抱いたまま、ラジオに耳を傾けていた。


 劇場内の2人も、ラジオを聞いていた。まだ救助は来ていない。比較的目立つ建物で、外から見てもドアがつぶれているのは明らかだが、救急馬車の足音は聞こえなかった。缶詰も今晩までしかなく、水も一本しかないので、何とか今日中には抜け出したい。

 ヒオはラジオでギルド編成が呼びかけられるのを聞き、目線を落として考え込んだ。

 そして、決心した。

「あのっ……シアさん、実は……」

「ん?なあに?」

「私、魔法が使えるんです……。あの、ずっと言ってなかったんですけど、でも、いつか、シアさんには言っておきたくて……でもみんなの目が怖くてなかなか……。」

 ヒオは怯えるような目でシアの顔を見た。

「あら、そうなの。隠すことなかったのに……私も魔法使いのお友達がいるから、偏見とかないしね。それなら……」

「もし扉壊せたら、出ましょう……昨日言わなくてごめんなさい……。」

「ううん、いいの。ヒオなりに悩んだんだろうし。よく教えてくれたね。で、もしかして、ギルドに参加したいとか……?」

「あ、それも、もし力になれるなら、って思って……。」

「その気持ちはとっても大事よ。私もクロナ探索に参加したときそうだったから。

 じゃあ……とりあえずここを出て、体育館に行こうか。まだギルドの集合時間には早いから。」

 2人は重たいカーテンを押しのけ、缶詰を1つずつ抱えて、裏の小さなドアに向かった。屋根の重みでひしゃげて、開かなくなっている。ヒオが杖を取り出した。

「シアさん、ちょっと何メートルか離れてくれますか?」

 そして、杖を振りかざし「ボムド(破壊せよ)」を唱えた。潰れた扉に穴が開き、ちょうど人1人通れるくらいになった。

「わぁ!すごい!リアちゃんみたい!!そっか、ヒオも魔法使いだったんだね……ありがとう。」

 シアはヒオの手を取り、最寄りの体育館へ向かった。


 リアも避難所でラジオを真剣に聞いていた。無論、ギルドに参加するつもりである。本来なら母も避難所に来ているはずだが、姿が見当たらない。ただ、彼女も少し魔法が使えるので、そこまで心配していなかった。ラジオのニュースが終わってすぐ、荷物をまとめて避難所を出た。何もせずじっとしていることのほうが苦痛だったのだ。避難所の周りには、取り残されている人は居なそうだった。召集の時間が来るまで、リアは念入りに、建物に「リペイラ(直れ)」をかけながら歩き回っていた。

 その途中で、聞き覚えのある声がリアを呼んだ。ふっと振り返ると、そこには父の姿があった。長い長い海外出張から、帰ってきていたのだ。もう10年以上顔を合わせていなかった。離婚はしていなかったが、それも同然だった。遠くの国に行っているため、全く連絡が取れなかったからだ。

 それでも、父はリアのことを忘れてはいなかった。そして、リアも……

「え……っ!?お父さん!?」

「はは、まさか、こんなところで会うとはね……!元気だったか?」

 2人が最後に会ったのはリアがまだ中学生のころだ。父も年を取り、リアも立派な女性になった。初めは、互いにどう接したらいいかわからなかったが、すぐに昔の調子を取り戻した。

 実は数日前から帰って来ていたという。勤めている企業の支社に資料を届けるため、数日間近くの宿に泊まっていたが、リアたちを尋ねる前に災害が起きてしまった。昨夜は宿に留まったが、今日になって元の国に帰ろうとしていたところ、国境閉鎖の知らせを聞いて、どうにもならなくなってしまったのだ。リアも近況を話した。

「そうか、立派な魔法使いにねぇ……。そういや、母さんはどうした?」

「昨夜は避難所に来なかったんだよ。家に閉じ込められてるんじゃなければいいんだけど……でも私、王家のギルドに行かなければならないから、家に帰ってる時間がない……。」

 リアの母が一人で住む家は、チックにあった。もしかしたらそちらの避難所にいるかもしれない。今リアがいる場所から、その家まで行くのは、さすがに時間が足りなかった。

「そうか……父さんもここでうろうろしていても仕方がないし、母さんの家を訪ねてみるよ。場所は変わってないだろう?

 何かあった時のために、これをお前に渡しておくよ。」

 そういって父が手渡したのは、小さくて丸い機械だった。ボタンとスピーカーのようなものがついている。

「これはわが社の発明品。小型携帯通信機。トランシーバーを小さくしたようなものだ。使い方は簡単で、ボタンを押すともう片方が振動する。そっちがボタンを押すと、互いに会話ができるんだ。終わるときはどちらかがボタンを押せばいい。ね?母さんの居場所が分かったとか、何か情報があったら、知らせるようにしよう。もちろん、それ以外でかけてきてもいいけど……」

「ありがとう。たぶん忙しくなるから、あまり話す時間ないかも……。もう王家に集まらなくちゃ。……じゃあ、また何かあったら……。」リアは通信機を受け取ると、王家に向かった。

「リア!

 ……魔法を使うときは十分気を付けるんだぞ!」

 リアは振り向いて、大きくうなずいた。そして、足早に去った。


 ギルドには、昨晩救助に向かった者も含め、デューたち以外全員が集合した。もちろん、ほとんどが特別編成ギルドに参加する予定だ。いつものように任務を読み上げる代わりに、マスターが参加にあたっての心構えを伝えていた。

「どういう組み分けになるかはまだわからんが、普段特別な訓練をしていない志望者もたくさん集まると思う。その時、お前たちが率先して動くんだぞ。非常時には上級生も下級生も関係ない。人任せにせず、自ら考え、出来る最善を尽くすのだ。良いか。」

 メンバーの誰かがぼそっと呟いた。「デューさんも、ミルさんもいないんだよな……。」

「ああ、そうだ。我々としても、誠に残念だ……デューの調子がまだ回復しないし、病院は大変忙しいから、ミルも付いて手伝わなければならない。だが、こういう時こそ、1人1人が力を発揮せねばならん。お前たちだって日ごろ多くの難しい訓練をしているのだから、あいつらに劣らぬ能力があるはずだ。自信を持て。

 さて、では各自準備をしなさい。武器は最低限で、動きやすい格好をするのだ。ただ、その分、救急道具は多めに持っていきなさい。準備ができ次第、時間を見て王家に向かえ。」

 シュカは真剣にマスターの話を聞いていた。そして、ロッカーに向かい、革の鎧を肩や腰に当て、カバンに薬を詰めた。そして手には、デューに次ぐ腕だと見込まれた、魔法の杖をしっかりと握りしめている。


 集会を終えたクーたちは、ギルドの召集に向けて慌ただしく準備をしていた。まず、官庁と共に会議室に集まり、ギルドが派遣される地域を細かく分ける。主な仕事は、行った先で救助を手助けすることと、魔法使いが「リペイラ(直れ)」で倒壊した建物を直していくこと。店など、居住用ではない建物よりも、一般の住宅を優先する。まずは、避難所から国民が自宅に早く戻り、普通の生活を取り戻すことが重要だからだ。魔法が強ければ、再建する時間も速いが、どうしても数が多いため、1人に頼りっきりには出来ない。使える魔力にも限りがある。

 しかし、それよりも重要なのは、国境を回復させること、特に、カンド・クスモ辺を整え、ジラと王様が帰国できるようにすることだ。早く帰ってきてほしい……クーの一番の願いだった。昨日の午後から今朝までの重責の数々に、疲れ切っていた。

 国境回復は住宅再建よりも難しく、危険も伴う。そのため、派遣する人数を増やすよりも、厳選したメンバー……つまり、ギルドの中でも特に力の強い者を派遣することにした。地域には数、国境には質だ。

 もちろん、クー・ルイもメンバーに加わり向かう。どちらも魔法が使え、力もあるので、国境の方に携わることになった。後は、多くの志願者が12時までに集まるのを願うだけだ。

 シェラは、もちろん見学どころではなくなった。今はまるで家来の一員のような意識で、出来る仕事を探している。そしてシェラは、ニッタナーでの、あの事を思い出していた。もし、あの不思議な力が再び降りてきたら……

 彼女の決断は早かった。

「あの……私も、特別編成に参加してもよろしいですか?」

 担当のメイドが目を丸くした。

「え……?でも、シェラちゃん、魔法は……」

「……魔法は使えないんですけど、でも……もう、ここで待っているわけにもいきません。私にも、お手伝いできることはあるんじゃないかと思って……決して邪魔はしません。もし、力不足であると感じたら、考え直します。」

 シェラの言葉は、今までで最も力強く、決意に満ちていた。メイドも、頷かざるを得なかった。

「そうね……では、会議の時間に、門の所へ来てくれる?クー様たちと一緒に、会議に参加してもらって、そこでどうするか決めてもらうわ。それでいいかしら?」

 シェラはしっかりと首を縦に振った。


 <水曜朝、ビルテン>

 朝の光が差し込んだところで、ジグがジラを優しく起こした。

「プリンセス・ジラ……大丈夫ですか?朝、です。起きて、ください。」

 ジラははっと目を覚ました。勢いよく顔をあげ、辺りを見回す。

「あら、私……も、申し訳ございません……眠っていたんでしょうか……」

「ええ、私、ここに、来た、そして、プリンセス、寝ていました。寒いですか?具合、悪いですか?」

「いえ、大丈夫です……本当に失礼いたしました……部屋に戻らないと……」

 ジグは温かいお茶を一杯注いでくれた。そして、王様たちがいる部屋まで付き添って歩いて行った。ジラの足取りは覚束なかった。


 <水曜昼、リトラディスカ王家>

 12時までに、ギルド・魔法ギルドのほとんどのメンバーと、ヒオなどの無所属の魔法使い、そして、手の空いた自警団や消防団のメンバーが集まった。次から次へと人が増え、締め切りの時点で2000人ほどがやって来た。クロナの時とは大違いだ。

 朝会を行う大広間を開放し、外へ働きに行ける家来たちも参加した。皆、めいめいに話をしながら指示を待っていたが、祭壇にクーが現れると、一斉にしんとなった。

 壇上のクーは、顔色も悪く、やつれきっていたが、それでも足取りはしっかりとし、話す言葉も明朗だった。

「ええー、皆さま、お集まりくださいまして大変ありがとうございます。今回発生した地震により、全国各地で甚大な被害が発生しております。家屋の倒壊のみならず、国境付近では、あらゆる二次災害によって、そのすべてが封鎖されている状況となっています。今回、お集まりいただいた皆さまのお力をお借りして、一刻も早い国境再開通と、インフラその他の回復・復興を目指してまいりたいと思っております。ご協力よろしくお願いいたします。」

 その後、ルイが、「地域には数、国境には質」の配置スローガンを説明した。後に合流したギルドマスターが、両ギルドから実力のあるメンバーを選び、自警団長が特に力仕事の得意な団員を選出し、それ以外の志願者が、細かく計算されて各地方に配属された。

 その時、リアが声を上げた。

「ヒオちゃーん?ヒオちゃんいる?」

 魔法ギルドに所属していなかったため、一般の志願者と同じように、地方に配属されるところだった。しかし、リアの呼びかけで、国境チームの元へやって来た。

「リア君、彼女は?」

「あの、実は訳あってギルドに所属はしていないんですが、彼女も魔法がかなり使えるんです。」

「あ……、でも、そんな……」

「いや、この前の訓練を見てたら、すごい実力だよ。僕らのチームに来てほしかったんだ。」シュカも賛成した。

「君たち2人が言うなら、きっと良いのだろう。なぁ、クーくん。」

「ええ、少しでも実力のある方にご協力いただけるなら、ありがたいですから。」


 その結果、シュカ・ヒオたちはカンド火山周辺、リアたちはクスモの雪山付近、クーたちはチック川流域、ルイたちはトロア地区へ、それぞれ向かうことになった。さらに、メイドから話を聞いていたシェラについては、一度メンバーが各地へ向かって概況を見てから、必要なところに順次合流するという形にした。彼女は今、厨房でコックたちの片づけを手伝っている。そのほか、一部家来が出勤できないために滞っている雑務をメイドと共にこなしていた。

 配属の話がまとまったところで、再び集合し、クーが声をかけた。

「それでは、早速、活動に取り掛かりたいと思います。各自、チームリーダーの指示に従い、しっかりと準備をしたうえで、落ち着いて行動してください。建物の修復だけでなく、要救助者を発見した場合は、積極的に救護活動の手助けをお願いします。また、さらなる二次災害や余震の可能性もありますので、特に国境チームの方々は十分注意し、できるだけ安全に作業を行ってください。どうしても難しい場合は、無理をせず、出来るところからで結構です。皆さま、力を合わせて、頑張りましょう!」

 王家の情報部から国営放送にこの旨が伝えられ、すぐさま速報が流れた。


 避難所にもラジオが流れた。シアは、すでに最寄りの地域ホールに到着している。アズも、フィナも、特別ギルドの成功と無事を祈っていた。と同時に、クロナ探索時とは異なり、ただ避難しているという状況に、無力さを感じていた。もちろん、彼女たちには魔法などがないため、無理に参加するのは却って危険だということは十分わかっている。やるせない思いが心にのしかかっていた。

「エンジェルの力、使えたらなぁ……」

 そうフィナが呟きかけたが、飲み込んだ。アズも、何もしたくないわけではない。むしろ、できることはなんでもしたい。だが、とにかく、エンジェルの力を恐れているのだ。フィナもそれが分かっているため、あまり強くは言えなかった。

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