大災害

各々大いに乱るる

 火曜日。

 朝会にはシェラの姿があった。コウトが昨日よりもスムーズに挨拶を終えた後、ルイから説明があった。壇上でシェラが小さく礼をし、「よろしくお願いします」と恥ずかしそうに言った。

 その様子を聞いていたアズ。コウトさん、立派な王様みたいだな……そんな事を考えていると、さっそく男性客が背広を持ってきた。クリーニングの依頼だった。

 フィナは午前中から学校にいた。眠い目をこすり、分厚い教科書を開く。情報量の多さにため息をついた。また退屈な1日が始まる……。

 シアたちは、ヒオのデビュー作のゲネプロの準備に励んでいた。午後には監督とスタッフ、そして一部の報道メディアがやってきて、最初から最後まで通しリハーサルをする。その前に、最後の確認だ。

 ギルドではいつも通り朝会をし、今日のミッションを読み上げた。デューはまだ帰れそうにない。シュカは、先輩と共に、カンド西辺の土地へ調査に行くことになった。

 魔法ギルドには、リアの姿があった。明日は魔法大会があり、しかも例のテストを提出しなければならない。また優勝を収められるように、魔法の確認に勤しんでいた。


 ビルテンでは、いよいよ式典が始まった。王家最高級のマントを羽織った王様が壇上に立ち、その隣でジラがクロナの瓶を大切そうに抱えている。ティアラを被った姿は美しかった。向かい側にはビルテンの国王、女王が座っている。表彰状を携え、王子が王様の前に立った。そして、クロナ探索と研究の功績をたたえた賞状を読み上げ、王様に手渡した。そして、記念のクリスタルの盾をジラに渡し、代わりにクロナの瓶を掲げた。王様とジラが深々と礼をする。会場は割れんばかりの拍手に包まれていた。


 あたたかい秋の日差しに包まれた、火曜日の午後2時すぎ、リトラディスカ。

 大地が低く唸り、轟音が国中を包むまで、1分とかからなかった。

 国中から悲鳴が上がった。建物から人々が一気に飛び出す。

 轟音と同時に、リトラディスカは巨大な揺れに見舞われた。3階立て以上の一般建造物は、ほとんどが崩れ落ちた。それ以下の家屋でも、床が破れ、天井は落ち、逃げ切れなかった国民ががれきの中に飲み込まれた。道路は裂け、あちこちが隆起したり陥没したりした。

 建物から出ることが出来た人々は、各地指定の体育館などに避難した。余震はもちろん、噴火や洪水などの二次災害に備えるため、大地震の後は揺れがおさまっても一般の建物から離れて丈夫な避難所に逃げることになっている。定期的に自治体が避難訓練を設け、国民の防災意識は決して低くはないが、いざ大災害が起こるとパニックに陥るのが現状だ。多くの家庭が防災用品を家に置いてあるが、それを持って避難する者は多くなかった。


 アズは数分前に帰った客のスーツを畳んでいた。店長はレジを操作している。

「ん?」

「どうしたのアズちゃん。」

「なんか、揺れてませんか?」

「……あら、本当。ちょっと……危ないかも……!アズちゃん、鞄もって外へ!」

 二人が奥に荷物を取りに行く頃には、揺れは大きくなっていた。立つのもやっとだ。なんとか荷物を手に持ち、店から逃げ出した。

 と同時に、屋根の板が数枚音を立てて落ちた。2人が悲鳴を上げる。そのうちの大きな一枚が、店長の足を挟んでしまった。

「店長さん!!」アズも足を止めて振り返る。

「大丈夫だから、先行きなさい!周りに気を付けて、体育館に行くのよ!」

 アズは手を差し伸べようとしたが、1人で逃げだせるから大丈夫、と店長が言い張るので、中央部の中でも比較的チック寄りの体育館を目指した。凸凹した道を、転ばないようにしながら走る。自宅へ寄って行く余裕はなかったが、体育館に行けば、家族に会えるかもしれない。走っても十数分かかるが、必死で避難所を目指した。

 フィナは授業中だった。教授が話を止めて、きょろきょろする。学生たちも様子がおかしいのに気づき、徐々にざわめきが広がった。

「地震……?ほら、落ち着いて!」

 揺れが明らかになると、女子たちが騒ぎ出した。校内放送が入る。揺れがおさまるまで教室内で安全にしているように、とのことだが、悲鳴でかき消されてほとんど聞いていない。教授も金切り声になって学生たちを静めた。

 そうこうしているうちに揺れがどんどん大きくなり、机の上の教科書や文房具がいくつも落ちた。天井からぽろぽろと建材がこぼれてくる。少し揺れが止まったのを見計らって、避難経路に従って外へ出た。フィナは半泣きになりながら、友人としっかり手をつないで走っている。各々、とりあえず荷物は持っていた。幸い、フィナたちの教室は1階だったので、すぐにグラウンドに出ることが出来た。

 ところが、階段が崩れてしまい、階上の学生たちが足止めを食らっていた。指導員がグラウンドに来た学生たちに、クラスごとの人数を確認し次第、最寄りの体育館に向かうよう指示した。取り残された学生たちは、少しずつ避難梯子で降ろさなければならないため、それを待っていてはそれ以外の生徒の避難が遅れると判断したためだ。

 フィナも、アズと同じ体育館に向かっていた。アズの店よりも幾分近いが、それでも10分以上はかかる。友達と共に、一生懸命走った。


 シアとヒオたちは報道陣の前でゲネプロ真っ最中だった。丁度、ヒオが堂々と台詞を放っているところで、ぐらぐらと音が鳴り始めた。演者たちは気づかなかったが、客席で見ていた報道スタッフと舞台下手にいたシアと他の劇団員は、様子がおかしいことに気づいた。揺れがはっきりすると、客席がざわざわし出したため、監督が演技を止め、団員はみんな舞台に出てきた。今回の劇は若い役者が多く、子役もいるため、皆舞台上で怯えながら立ち止まっていた。

「みんな舞台から降りて!気を付けて!揺れがおさまるまでしゃがんで!」

 シアが大声で指示すると、ぞろぞろと役者やスタッフが舞台から降り、客席の人々もその場でしゃがみ込み、揺れが終わるのを待った。しかし、最後にシアが階段から降りる前に、緞帳とカーテンをつなぐ留め具が外れ、大きな布が落下してきた。

「きゃあああ!!!」

 その布はシアに大きく覆いかぶさった。近くにいたスタッフが受け止めようとしたが間に合わない。自分の3倍ほどもある布を、払いのけることは不可能だった。しかし、さらなる被害が出る前に、報道陣とその他のスタッフは劇場の外へ出て、役者たちも順に劇場を後にして避難所へ向かった。ただ一人、ヒオを除いて。

 2人以外の人間が全て出たところで、劇場の屋根が傾き、あちらこちらに破片が落ちて、扉は全て閉ざされた。

 リアは訓練機を止め、水を飲んで休憩していた。そのため、揺れにはすぐ気づいた。

 咄嗟に立ち上がり、身構える。訓練室には誰もいなかった。そのうち、いろんな機械がカタカタと音を立て始める。「バーゲ(詰めよ)」を唱え、手荷物をまとめた。それを背負い、訓練室のドアを開けるころに、特別大きな揺れが襲った。最初は耐えて歩いていたが、さすがに立つことが難しくなり、仕方なくドアの近くにうずくまって揺れが終わるのを待っていた。ギルドが取り付けたサイレンが響き、部屋の外では他のメンバーや訓練生が慌ただしく動き回っているのが壁越しに聞こえる。

 揺れが小さくなったので、いよいよ動き出そうと立ち上がってドアに手をかけた。だが、先ほどの揺れでひずんでしまい、開かなかった。防災訓練の時、揺れが来たらまずドアを開けろ、と口酸っぱく言われていたのを思い出して後悔した。押しても引いても動かない。そのうち屋根が落ちそうな恐怖に駆られた。

「ボムド(破壊せよ)!」

 壊れはしたが、ドアを抜けると少年がひっくり返っていた。

「ごめんね!!怪我無い?大丈夫!?」

 幸い爆破には巻き込まれなかったようだ。リアが手を取って立ち上がらせ、2人でギルドの非常口に向かった。避難所には向かわず、メンバーたちが集合しているところに加わり、ギルドとしての対応を指示されるのを待った。


 シュカは先輩と、辺境地の調査を終えて帰るところだった。歩いていたため、揺れが大きくなるまで気づかない。しかし、木々や電柱は徐々に大きく揺れ始めていた。

「あ……!地震ですか?」

「ん?……だな!ほら、ちょっと木から離れろ。」

 2人はカンド火山が東に見える辺りにいた。揺れが止まるまでその場でしゃがむ。そして、歩き出そうとした時だった。

「……あれ、あ、あれ見てください!!」

 先輩が顔を上げると、火口から異常な量の黒い煙が黙々と立ち上っていた。鮮紅の炎もちらついている。

 そして次の瞬間、シュカたちまで震えあがるほどの唸りをあげて、火山から巨大なマグマが天高く噴き出した。溶岩と共に火山灰がまき散らされ、大きな噴石があちらこちらに降ってきた。

「やべぇ、逃げるぞ!!」

 2人は猛ダッシュでその場から逃げた。そこに、カボチャ大の噴石が降り注いできた。

「アレスタス(止まれ)!」

 シュカの魔法のおかげで、石は空中でぴたりと止まった。次の石が降ってこないうちに、ギルドへの道を急いだ。

 クー、ルイ、そしてシェラは、王家の政治部を見学しているところだった。ここでは、王様に最終決定権を渡す前の、様々な政治的雑務や経済の管理を行い、問題があれば議論をしている。そうしてまとまった意見を、官長が王様たちに持って行き、通らなければまた考え直すのだ。いわば、王家の頭脳に当たるところである。

 そんなことをクーが説明しているときに、揺れが始まった。オフィスの多くの人々が気づき、すぐに避難の準備をした。もちろん王家は国で一番丈夫に作られているので、揺れによって何かが壊れるということはなかったが、誰よりもしっかりと迅速に動かなくてはならない。災害対策本部が放送室に向かい、サイレンを鳴らした。国の各地に設置されているスピーカーが一斉に作動し、異様な音が鳴り響く。その後、安全の確保と避難を呼びかけるアナウンスを流した。大きな揺れがおさまったのを見計らって、慌ただしく無線を起動し、王家の各支部からの状況報告を待った。各都市に設置された支部では、家来が数人ずつ常駐し、有事の際はすぐに中央部に報告することになっている。国を揺るがす惨事の場合、中央の王家が全国に出向いて確認するには遅すぎるからだ。報告の後、必要な措置を取らせ、その地域に住む人々に指示を下す。

「クー様、ルイ様、安全な場所へ!ここは私たちが責任を持って取り仕切らせていただきます!」

 官長に促され、2人はシェラを連れて、オフィスを出て応接間にやってきた。

「ルイ、シェラちゃんとここにいて。上から何か降ってくるかもしれないから、気を付けて。僕はまた戻って情報を聞いてくるから。

 ……なんで、よりによって、お父様もジラもいないときに……。」

「クー、俺も手伝うよ。そのためにいるんだし。」

「あの……、私はどうしたら……?」

「どうしよっか……シェラちゃん、ごめんね、急にバタバタしちゃって……。とりあえず寝室にいてもらえるかな?何かの時は声かけるからさ。メイドさんも一人つくようにお願いしておくよ。」

 クーは急いでオフィスへと戻って行った。


 しばらくすると、各地の支部からたくさん連絡が入ってきた。

「え~、北部支部です!クスモ北部連峰が大量に雪崩を起こしている模様です!またそれらに起因する土砂崩れにより、北部国境周辺は通行不可となっています!国境封鎖の手続きをお願いします!」

「こちら北東支部、トロアの泉が決壊し大量に水が流れ出している模様。また周辺の土地は液状化し国境付近までぐしゃぐしゃになっています。封鎖をお願いします。」

「応答願います、東部支部です、大きな断層が確認されました、現在ニッタナーと本国を結ぶ道路と周辺は地割れにより通行が出来ない状況となっています、東辺の封鎖を発令してください。」

「もしもし、こちら東南支部。チック川の堤防がほぼ全壊しました……。周辺の土壌は建物ごとすべて川下に流されてしまっています。避難所は無事です。しかし……、国境線まで泥が塞いでしまいました。封鎖の手続きを取った方がいいです。」

「応答せよ、応答せよ。南西支部。カンド火山が噴火。火山岩と噴石が今も降り続いている。えー、強風が南西に吹いているため、国境付近に蓄積、除去するまで通行は不可。噴火による二次被害を調査中。国境を封鎖してください。」

「なんてこった!国境が全て塞がれてしまった!これでは支援物資も届かんぞ。明日までになんとかせねば……王様もご帰還できなくなる。」

 そのうちクーが戻ってきた。遅れてルイもオフィスに来る。

「何か新しい情報は?」

「国境がすべてやられました……それぞれ障害物を除去するまで外部との往来が出来ません。しばらくうちだけで全てやる必要があります。」

 クーは卒倒せんばかりだった。

「国民の皆様は?!」

「とりあえず多くが避難しているみたいですが、建物に閉じ込められたという報告も届いています。また、死者や負傷者も多く発生していて、今王家で馬車を全て稼働させました。国立病院か、施設が無事である地方の病院に搬送させています。また発電所が機能を停止し、各地で大規模な停電が発生しているため、今動くのは魔法動力と電池のみ……急いで復旧させないと限度がありますね。非常電力が作動していますので、王家の管制機器と国立病院の医療コンピュータは今のところ正常に動きます。」

 こういう時は意外とルイの方が冷静だった。クーもこの報告を聞いたが、まだ頭が混乱していてまともに考えられない。

「クー、ほら、何か指示出してよ、こういう時は王様の権限で物が決まるんだから!」

「とっ、とりあえず今出来ることは……傷病者の搬送が終わったら、各避難所に、王家から水と食料を運んでください。あの、例の缶詰とゼリーがあるので、それもある分各地で分けて、あと、お米とパンも、僕らの分は最低限残してくれればいいので、あと、ジラとお父様に電話を繋いでください。」これだけ言うので精一杯だった。


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