国と国の交はる

 日曜の朝。朝会を終えた後、王家全員が西の国境へと集まっていた。馬車が2台用意され、片方にはジラと王様が、もう片方には付き人たちが乗る。王様や王妃が公務で国外にお出かけする際は、必ず王家の貴族が全員で見送りをすることになっており、一般国民も許可を得れば参加できる。久しぶりの国外公務、さらに日曜日ということで、貴族だけではなく多くの国民が集まっていた。

「では、行ってくるからな。国の事は、しっかり頼むぞ。」

「クーなら大丈夫よ。国民の皆様の平和を第一に考えてね。」

「はい……。頑張ります。」クーは緊張で固まっていた。

 2人が馬車に乗り込むと、貴族や国民から拍手が送られた。御者が手綱を引き、馬車を走らせる。

 ビルテン・アングルはリトラディスカよりも遥か西に位置する。途中のフロンサ―ジュまでは馬車を乗り継ぎ、そこから海を渡って島国ビルテンへと辿り着く。陸路で半日、船で2時間ほどかかるので、着くのは日曜の夕方になるだろう。式典は月曜午後で、火曜の夕方には発つ予定のため、水曜の午前中には帰ってくるという計算だ。

 王様たちを拍手で見送った後、クーが深く息をついた。これから約3日間、ルイと共に国を治めていかなければならないのだ。短い期間とはいえ、大きな責任を感じていた。

「で、まずは何をしなければならないんだっけ?」ルイがクーに歩み寄る。

「後片付けは受付の人と警備員がやってくれるから、僕らは王家に帰るだけだよ。帰ったら、まず官長(政治を取り締まる代表)に報告して、それから書類整理でもしようか。」

 そんな事を話していると、遠くから誰かがクーを呼んだ。

「クーさ~ん!お久しぶりです~!」

 声の主はアズだった。

「おお、アズさん!お元気そうで何よりです。」

「今日から王様になられるんですよね?」

「いやいや、とんでもない!ただの代理ですよ。」苦笑いを浮かべる。

「でも、一応国のトップじゃないですか。お仕事大変そうですね。」

「ええ……。でも、僕が責任もってやらないと。ルイと協力して、何とか頑張りますよ。アズさん、お店は?」

「ちょっとお出かけの許可をもらったんです。こんなイベントなかなかないから、ぜひ王様たちをお見送りしたいと思って。それからクーさんのことも!」

「ああ、ありがとうございます。アズさんもお仕事頑張ってくださいね。」


 2人が王家に帰り、雑用を済ませると、電話が鳴った。ルイが受け取る。

「はい、もしもし?」

「もしも……ルイ?」

「……ネリか!久しぶり!元気?」

「うん!ご心配なく!!

 それより聞いたよ、クーが王様の代わりをやるんだって?」

「そうなんだよ、さっきお見送りから帰ってきたところ。もう大変そうだよ~。」

「あはは、頑張って。で、ちょっと話があるんだけど。

 シェラちゃんって覚えてるよね?」

「もちろん。」

「この前、手紙が届いたの。あの後、無事にセグナに帰って、今はいつも通り学校に行ってるらしいんだけど。その学校のセミナーの一環で、外国の王制について調べることになったらしくて、そのプロジェクトのリーダーになったんだって。でね、リトラディスカの王家を見学したいっていうんだけど。」

「見学……?まあ、公務もいれてないし、大丈夫だと思うけど、いつからいつまで?」

「えっとね、一応2~3日だって。都合のいい日を教えてくださいっていうんだけど……手紙だから、明日は無理だし、早くても火曜日になるかな。」

「そっか。ちょっと確認してみるね。」

 ルイがクーにそのことを話し、二人で幹部たちに確認を取った。特に問題はないという。

「もしもし?あのね、大丈夫だって。水曜になると忙しいけど、火曜に来られるなら。次の日にお迎えの行事もあるから、いい経験になるんじゃないかな?向こうの準備もあるだろうし、早めに返事してあげなよ。あと、楽しみに待ってますって、伝えといて。」

「オッケー。じゃあ、すぐに返事書くね!まあ、2人とも頑張って。シェラちゃんに恥ずかしいとこ見せないでよ~。」

「はいはい、わかってるよ。お前も頑張れよ。じゃあ、またね。」


 日が暮れるころ、ジラたちはビルテンの港に到着した。

 ビルテンの公用語はアングリア。通訳はいるが、王様もジラも教養として心得ていたので、挨拶と日常会話は問題なかった。(ここではすべて通常の言語で表記します)

「リトラディスカの王様、王妃様、ようこそいらっしゃいました!!」

「こちらこそ、お迎えくださってありがとうございます。」

 ビルテンの家来によると、この日は宿で一晩を過ごし、明日、ビルテンの王家へ向かいセレモニーを行うという。

 家来と数人のギルドメンバーに厳重に囲まれ、宿へたどり着いた。すると、1人の少女が、こちらを不思議そうに眺めていた。ジラが足を止める。

「あら、あなたは……もしかして!」

「ジラさん……?」

 クロナ探索を共にした、ウィラだった。金色の髪が伸び、顔だちも随分と大人っぽくなっている。

 ジラは王様と警備たちに先に行くよう指示した。王家と国民ではなく、仲間として話したかったからだ。

「元気そうで安心したわ!今日はどうしてビルテンに?」

「観光で来たんです。久しぶりに、ママと旅行しようと思って……何かお祭りみたいになってるのは、さっき知ったんです。まさか、ジラさんが来てるなんて!」

 ウィラが目をキラキラさせる。その表情はあの時と同じだった。言葉はかなり上達し、会話に詰まることもなくなっている。

「ジラ様にお会いするなら、きちんとしたお洋服を着てくればよかったですわ。お恥ずかしい所を……」

「いえ、こちらこそ突然お声をかけてしまってすみません。ウィラちゃんもお母様も、ご無事でお元気に暮らしていらっしゃるようで……安心いたしました。」

 その後も互いに近況などを話した。ウィラは今、母親と2人で、チュソよりも少し南に暮らしている。高校にも通い、将来は医学者を目指しているそうだ。少し誇らしげに、そして自信に満ちた様子で話してくれた。


 翌朝、宿で朝食を済ませた後、再び馬車に乗り込み、セレモニーが行われる宮廷へと向かった。ビルテンは工業的にも経済的にも大きく発展していて、馬車道も国中いたるところに敷かれている。リトラディスカは通常、中央部と国境を結ぶ道、さらに国内の主要な数本の大通りのみ、馬車が走っている。それを使用できるのは基本的に王家と救急隊だけで、それも緊急時など限られた時しか使わない。故に、王様でさえも、公務へは徒歩で向かうのだ。

 宮廷では、多くの国民がお出迎えに集まっていた。馬車を拍手が取り囲む。広場で停車し、王様とジラが降りると、さらに大きな拍手が送られた。

 すると、宮廷の赤い階段から3人が姿を現した。ビルテンの国王、女王、そして王子だ。国王と女王はこちらの王様と同じくらいの年齢で、王子はジラと同じくらいに見える。3人とも、大国の王家という威厳を纏っていた。

「ようこそおいでくださいました。歓迎いたします。」

「こちらこそ、お招きくださってありがとうございました。光栄に存じます。」

 互いに深々と礼をし、それぞれ握手を交わした。その後、すでに到着している各国の来賓たちと会談するため、宮廷内へと招き入れられた。


 その頃、ネリからの手紙がシェラの元に届いた。火曜日なら大丈夫だからぜひおいで、とのことだ。シェラは嬉しそうに手紙をしまい、両親にそのことを告げると、早速用意した荷物を背負い込んだ。あとは出国の手続きをしてリトラディスカへ向かうだけだ。

 ちょうど、ケル自治区の上あたりにセグナは位置している。シェラの家からリトラディスカ王家までは徒歩でおよそ5時間。たまたま近くで人力車に出会うことが出来たので、距離分の金額を払い、国境まで乗せていってもらった。そこから先は頑張って歩き、夕方には王家にたどり着いた。門を叩くと、受付の家来に続いて、クーとルイが出迎えてくれた。

「ようこそ王家へ!って、前も来たよね。元気だった?」

「はい。今日から……お世話になります。あの、早く着きすぎちゃったんですけど、大丈夫ですか?」

「全然平気だよ!王様とジラ様は、水曜まで帰って来ない予定なんだけど……いつまでいられるんだっけ?」

「えっと……予定では大体3日ぐらいなので、木曜ぐらい……」

「それなら、お帰りになってからもいられるんだね。せっかくだし、お迎えの行事も見ていってよ。それに、王様たちがいたほうが、王家らしいところも見せられるからさ!」クーが照れながら話した。この日の朝会は、緊張して、挨拶の言葉も噛み噛みだった。まして、いつも寝坊気味のクーの事だ。眠い頭を働かせ、何とか初日の大仕事を終えた。

 シェラの目的は、王家の生活を見ること、仕事を学ぶこと、そして国民との関係を感じることだ。他の国の王家だったら、初日から中に入れてはくれなかっただろう。だが、リトラディスカの王家は、シェラをとても大切に思っていて、信頼もしている。出来る限り、望むようにさせてあげたかった。

「どこか、お宿を取ってるの?」

「いえ、特には……」

「じゃあ、もしよかったら、滞在の間王家においでよ。ネリのベッドを貸してあげられるし、どっちみち今は2人少ないんだからさ。その方が、王家をより感じられるでしょ?なかなかない機会だし、せっかくならたくさん学んでいってほしいからね。」

 シェラは予想外の出来事にとても恐縮していたが、お言葉に甘えて、王家に滞在することになった。


 ビルテンでは晩さん会が行われていた。各国の来賓がずらりとテーブルにつく。ジラは、ビルテン王子の隣だった。

「ようこそ、おいでくださいました。」

「あら、王子、ジュプニッシュを……」

「はい。わたし、すこし、ジュプニッシュを、はなせます。だから、リトラディスカン、おいでくださった、とてもうれしいです。」

「こちらこそ、光栄でございます。」

「こうえい……」

 即座に隣の通訳が訳した。

「ああ、ありがとうです。

(アングリアで)王妃様、お名前は何でしょうか?」

「ジラと申します。」

「素敵なお名前ですね。僕はジグと申します。王妃様は、おいくつでいらっしゃいますか?」

「31です。王子様は?」

「僕は今年35になります。」

「あら、失礼ながら、私と同年だと思っておりました……お若くいらっしゃいますね。」

「ええ、でも王妃様も大変お綺麗です。

 こちらのお料理はいかがでしょうか?お口に合いますか?」

「ええ、大変美味しゅうございます。普段なかなか食べる機会がございませんが、このような特別な場で頂くものはひと際美味しいですね。」

「僕もリトラディスカのお料理は大好きです。ビルテンにそちらから一流のシェフがいらっしゃいましてね。彼がたまに王家で料理してくれるんです。その繊細な味が大好きで。」

 2人は自然と意気投合し、互いの王家の事や生活について、楽しそうに話をしていた。

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