新世代
日々の風あたらし
ディアの事件から少し経った秋の事。
タウは学業のためスウェドに戻り、ネリも研修のためロイダという国に赴いていた。ディア、ユノは、休みを取ってニッタナーのテーマパークに旅行していた。そして王家では、夕食後、あることが王様から告げられた。
「ああ、ちょっと聞いてくれ。
実はな、ビルテン・アングル国から、この前のクロナ探索の功績を表彰する式典に招かれたんだ。それで、わしとジラが出席することになった。その際、クロナの瓶を向こうの宮殿で披露するので、持って行かなくてはならないんだよ。」
「えっと……いつ頃ですか?」
「そんなに時間はかからん。式典は来週だから、今度の日曜ぐらいに発とうと思っている。式典が終わり次第帰ってくるから、遅くても水曜までには戻るだろう。」
「ほら、最近特に大きな事件も事故もなかったし、今後大きなイベントの予定もないし……だからお受けしたのよ。」
「でも、その間、国はどうするんですか?数日とはいえ、お父様もジラも両方出かけることは、今までなかったはず……二人が位についてからは。」
「そうだ。それで、わしの代理をクーに頼みたいんだ。」
さすがに仰天して、クーは目を丸くしたまま動きを止めていた。
「そう、だから、さっき言ったように、大きなことが起こりそうにない期間でしょう、それならクーに任せても大丈夫かなって思ったのよ。外交事業とか、難しい仕事は入ってこないだろうし、特にやることといえば朝会の挨拶とか、王家の代表として仕事に当たるぐらいだから……政治的なことは、各管轄が取り仕切ってくれるわ。このことはもちろん国民の皆様にも通知するから、そんなに心配いらないわよ。あなたなら出来ると思ったから、私たちも安心して出かけることにしたの。」
「王家が空になっては困るから、公務はいれないようにとお願いしたんだ。それから、日曜までは、お前は私たちと一緒に仕事をしなさい。何をしたらいいのか教えるからね。」
当然、こんなことはそう起こることではない。王様と王妃がともに国を空けるというのは、確かに危険も伴うのだ。だが、2人はクーを信頼していた。あのクロナ探索や、数々の任務を今までこなしてきた実力は、王家のみならず国民にも認められている。
「となると、僕は補佐につくんですか?」とルイ。
「ええ、お願いできる?その方がクーも安心でしょう。」クーがぎこちなく頷いた。
翌日、そのことが朝会で発表され、ラジオで全国に伝えられた。その頃、仕立て屋にはフィナがシャツを取りにやってきていた。
「へえ~。すごい。」
「なになに?」
「王様とジラ様がビルテンにお出かけする間、クーさんが王様の代理を務めるんだって。」
「へぇ、そうなんだ。でもクーさんならきっと安心だね!」
「そうね。あ、シャツ出来てるよ~。」そう言うと、アズは店の奥にシャツを取りに行った。
今日は午後から授業だという。今年に入ってからますます勉強が忙しく、アズの店でゆっくり話す時間もあまり取れないでいた。
「そういえばずっと気になってたんだけど……アズちゃん、あれから不思議な力が発動した事ってある?」
するとアズが心配そうに目線を落とした。
「ないの……。調べたりしたんだけど、結局よくわからないし、自分で制御する術は特に見つからなかったのね。だから、あんまり考えないようにしてるんだ。」
「ふ~ん……。でもどうして?危険なものじゃないじゃん?」
「でも……それで、その私の力で、確かに1人の人間が死んでるのよ……。その事を考えたら、怖くて。天使だから殺戮はしないとは思うんだけど、でもないとは言えないでしょう。だったら、使わないに越したことはないかな~、って……。」
「そっか……。アズちゃんもいろいろ悩んでるんだねぇ。」
「フィナちゃんも何かあるの?」
「うん、実はね……」
フィナは、学校の勉強が難しくてなかなかついて行けないこと、フローリストになるのがこんなに大変だとは思わなかった、とか、果たして一人前のフローリストとしてやっていけるのか分からない、など、気になっていることを洗いざらい吐露した。アズは、フィナの話に優しく耳を傾けた。
「あ~、喋ったらスッキリした!アズちゃん、お仕事中なのにありがとう!」
「ううん、大丈夫だよ~。まあ、いろいろあるけど、お互い頑張ろうね!あ、いらっしゃいませ~!」
婦人がコートをもって店を訪れたところで、フィナは荷物を受け取って店を出た。
ギルドでは、ミルが国立病院から戻ってきていた。ギルドマスターに報告する。
「どうだ、デューの調子は。」
「う~ん、相変わらずですね……。意識ははっきりしているんですが、まだ会話をするのは辛そうです。」
デューは体調を崩して入院していた。ある地に赴いた際、感染症に罹ったらしいのだが、重い任務が続いて疲れがたまっていたのもあり、重症化してしまったのだ。命に別条はないが、絶対安静と点滴が必要なため、国立病院に入院している。なんとか快方に向かってはいるのだが、未だに熱が高く、しばらく退院できないそうだ。
「まあ、難しいだろうな。少しでも快復しているのなら、心配はいらんと思うが……あの生命力だしな。とにかく、ご苦労だった。今日は特に依頼はないから、好きに過ごしなさい。」
ミルは依頼が入らない限り、週に何度もお見舞いをしては、マスターに状況を報告した。だが、いつも一緒に行動していた仲間がおらず、心なしか寂しそうだ。
そんなギルドには、数年前から期待の新人が志願者として入学していた。
名前はシュカ・カノフィルト、17歳。入学試験の時から、魔法もそこそこ使え、知識も運動技能も合格だったが、特にここ2年ぐらいで実力が一気に伸び、マスターも目を細めている。ただ見た目は小柄で可愛らしいため、同学年はもちろん先輩たちからも、そしてデューからも可愛がられ、力を認められている。
今朝の3年生のカリキュラムは剣の訓練だった。シュカと剣を交えたのは、今年ギルドに入ったばかりのティス。刃のない模擬剣を、実戦形式でぶつけ合う。お互い手加減することなく真剣だった。が、ティスは徐々に疲れてきて、剣を差しだす力が弱ったところを、シュカが見逃さずにその剣を払った。
「そこまで!」
2人とも汗だくだ。互いに礼と握手を交わした。
「シュカは疲れ知らずだな。何せ、体力を使う効率がいい。だから、長期戦になっても手が止まらないんだ。」とマスターはその腕を褒め称えた。
「ええ、ありがとうございます。でも、僕の目標は、デューさんとミルさんみたいな剣士になることですから……まだまだです。」
一方、シアが所属する劇団にも、新人が入った。ヒオ・オリジオム、19歳。一般の高校に通っていたが、シアの舞台を見て憧れ、劇団のオーディションを受けたという。早速、デビュー作の稽古に励んでいる。
「さあ、こちらへ!早く!」
「ストップ。……もっと、こう、緊迫というか、声を張るようにしてごらん?たくさんの子供たちを率いるんだから、リーダーはしっかり、ね!」
「はい!
……さあ、こちらへ!早く!!」
「よくなったねぇ!そうそう、そんな感じ。」
実は、彼女の初舞台はシアが演出に携わることになっていた。ヒオはオーディション時から、他の候補生よりも群を抜いて演技がうまかった――というわけではないが、演技への並々ならぬ情熱があった。磨けば光る原石だ。そして何より、シアに憧れていた。それを知った団長は、彼女のデビュー作の演出に、シアを抜擢したのだ。尊敬する女優から直接指導を受けられるとあって、ヒオは気合十分、演技を磨いていった。
「よし、じゃあいったん休憩しよっか。あ、そうそう、お友達のリアちゃんからね、お菓子が届いたのよ~。食べる?」
「わ~、いただきます!」
ヒオと、その他数人の劇団員を連れて、シアは休憩室にやってきた。
「シアさん、ここなんですけど、これって……」
「うんうん、そこはね……」
「わかりました、ありがとうございます!」
シアはこの劇団の中でもかなりの実力派女優であり、ヒオだけではなく後輩みんなから慕われ、先輩たちや監督からも一目置かれている。そのため、若い団員から演技について質問を受けることも少なくないのだ。そしてシアがいつも的確なアドバイスを与えている。女優としてだけではなく、良き指導者としても腕を振るっていた。
「じゃ、そろそろ戻ろうか。今日はあと2シーン確認しようね。」
その日の夕方、リアはギルドの魔法訓練場で、攻撃と防御の練習をしていた。
「ステイプ・マキシア(完全に気絶せよ)!スラッシャ(切れよ)!……プロテクティア(物理を守れ)!えっと、次は……、ガーディアン・マキシア(最大に魔法を守れ)!!」
リアが攻撃をするときは、画面に現れた人形に魔法を当てる。適切な効果があれば人形が倒れていく。反対にリアが防御をするときは、機械から打ち出される様々な攻撃を、その属性(物理であるか魔法であるか)に合わせた防御魔法で防がなければならない。機械のレベルは自分で調整できるが、リアはいつも高難度に設定してあるため、人形の防御力は高く、時には回避もする。そして向こうから打ち出す魔法の攻撃力もかなり高いため、上手く防げないと危険も伴う。さらに、攻撃と防御がころころと入れ替わるのだ。足や手が止まると途端に攻撃されてしまう。緊急時のため、機械には停止ボタンが備えられている。
リアのレベルでは1セットおよそ10分。全てこなすと彼女でも息が切れ、膝に手をつく。すると、奥の扉からシュカが入ってきた。先客のリアに軽く会釈をし、機械のレベルをリアのたった1つ下に設定した。リアが心配そうに見つめる。
だが、いざやり始まると、その力は想像以上だった。攻撃も防御もリアに劣らずキレがある。そして、童顔だったその表情も一変するのだ。目は鋭く、口をきっと結び、その姿はデューを彷彿とさせた。8分ほどのサーキットをこなすと、肩を震わせて荒く息をしたが、すぐにさっと立ち上がり、リアを見てはにかんだ。
「すごいねぇ。私とほぼ同レベルで。見とれちゃったよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ギルドの子?いくつ?」
「あ、一応ギルドで……17です。」
「じゃあ、まだ訓練生じゃん!すごい……。」
そんな話をしていると、奥から一人の少女が入ってきた――
ヒオだった。
「あ……、これ、使いますか?」
「いえいえ、どうぞ~。」
ヒオは鞄から、20センチ程の綺麗な杖を取り出した。そしてリアたちが使用したシミュレーション型訓練機ではなく、魔法の知識を試すためのテストマシンへと向かった。
ここでは、機械から多くの質問が出され、その答えとなる魔法を実際に放つ。正解かつ成功なら次の問題に進み、間違える、あるいは失敗すると3度まではチャンスが与えられ、3度とも間違えると自動的に次の問題へと進む。レベルに応じた問題数が終了したところで、成績表がプリントされる。ギルド所属の魔法使いは定期的にこの試験を受け、結果を提出することが求められているのだ。
ヒオは中くらいのレベルに設定し、問題を解き始めた。
『闇属性、サーペント。スピット攻撃。盾を作れ。』
「ルミナス・プロティカ(光の防御)!」
正解、成功。
『熱帯植物の群生。塞いだ道を突破するのに最も適切な魔法を……』
「スラッシャ(切れよ)!」
『……次の3つから選べ。イグニタ(点火)・ルミナ(光)・ウィンダス(風よ)』
「あ……そっか。イグニタ!」
成功したが間違いだ。
「あれ、違う……ウィンダス!」
正解。次の問題へ――
シミュレーション型と違って向こうから攻撃してくることはないので、体力の消耗は少ないが、頭を使うので結構疲れる。問題が終わるとヒオはふうっと大きく息をつき、成績表を受け取った。
その様子を見ていたリアとシュカ。リアが思い切って声をかけた。
「あの~、新米魔法使いさん?」
「え?」
「あ、いや、新米って、そう言うことじゃなくて……魔法使いって、女性は大体魔法ギルドに属してるじゃない?初めて見るお顔だから……でも魔法上手だし。」
「あ、ありがとうございます。私、劇団員やってるんですよ。ギルドには属していないんです。」
「へえ、そうなんだ!劇団……もしかして、シアちゃんのとこ?」
「はい!シアさんと、お知り合いなんですか?」
「うん、舞台もよく見に行ってるんだ。そっか、劇団にも魔法使いがいるんだ……でもシアちゃん、何も言ってなかったな。」
そう言うと、ヒオの表情が曇った。
「あの……実は、秘密なんです。ギルドに属しているわけじゃなく、ただ使えるから趣味でやっているというレベルなので……それに、もし打ち明けたら、なんか言われるんじゃないかと思って……。」
魔法使いは、今では決して珍しくない。ただ、中には、魔法に偏見を持つ者も未だにいるのだ。魔法から妖術、そして呪いを連想する層も一定数いて、彼らは魔法使いを敬遠する傾向がある。劇団にそういう目を持つメンバーがいるわけではないのだが、人気商売ゆえ、大きく知らせるのははばかられる。客が遠のいては困るからだ。
「そっか……。じゃあ、シアちゃんにも今日の事は言わない……」
「あ、よかったら、シアさんには言ってください……。周りの目もあるから、私からは直接言えないんですけど、シアさんには本当の事を言っておきたいんです。魔法使いのお友達がいるなら、分かってくれるかなとも思うし……。」
「うん、分かった。シアちゃんは魔法使いについてよく知ってるよ!まあ、この私がいるからね!」悪戯っぽい笑みを見せる。
「……もしかして、リアさんですか??」
「なんでわかったの!?シアちゃんから……、聞いてないか。」
「いや、いつも魔法大会で優勝してる方ですし……大会はよく見に行っていて、すごいなぁって……。会えてうれしいです!!」
いきなり褒められてリアも照れていたが、ヒオが差し出した手を握った。
その後も演劇、魔法の話で盛り上がっていた。シュカが気まずそうにマシンに手をかけて立っている。
「あ、ごめんね、女子会で盛り上がっちゃって。」
「いえ、大丈夫です。」
改めてそれぞれが自己紹介をした。年の近いヒオとシュカは、すぐに打ち解けた。
「もしも……もしも、私が魔法大会に出たら……」
「私と決勝で当たろうよ!」
「じゃあ僕、その時見に行きます。楽しみにしてます。」
そんな約束を交わし、3人は訓練場を後にした。
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