Where should We Go?

 翌朝、シェラが先に目を覚ました。小窓からうっすら光が差し込んでいる。

「ディアさん、ディアさん!」

「あ……、シェラちゃん。おはよう。」

「おはようございます。今何時ですか?」

「6時半。早いね。眠れた?」

「少しは……」いくらシェラでも、こんな狭い所でよく眠れるはずがない。まして、会ったばかりの男がそばにいるのだ。

 だが、少し休息をとるには十分だった。あまり人々が活動をはじめないうちに、外へ出たほうがいい。

 誰も侵入者がいなかったのが幸いだった。内鍵を開け、外へ出る。眩しい光が飛び込み、思わず目を瞑った。

 朝の空気は冷たく、心地よかった。深呼吸をし、再び歩き出す。


 しばらく歩くと、セント・ミンス教会通りにたどり着いた。シェラの記憶だと、ここにヴァジーレに関する施設があるらしい。それがどんなものかはわからないが、とりあえずマークを頼りに探し歩いた。

 突然、シェラがディアの袖をつかんで引っ張った。

「何、どうしたの?」

 口を真一文字につぐんで首を振る。辺りを見渡すと、あるビルの2階の窓から、誰かがこちらに向けて拳銃を突き出していた。

「Freeze!!」

 慌ててビルの裏に逃げ込む。銃弾が一発放たれ、地面を砕いた。通りすがりの人々が悲鳴をあげる。さらに銃口をこちらに向け、撃つ。角を曲がって逃げたが、男が窓からひらりと飛び降り、こちらを追いかけてきた。

 走りながら逃げる2人を、銃を放ちながら追いかける。狙いは外れているものの、危険極まりない。

 シェラが足を引っ掛けて転んだ。

 ディアも足を止めざるを得ない。後ろを一切振り返らず、シェラを抱きかかえて走った。風船を取り出す暇もないし、そんなものが効くわけもない。

 男との距離が徐々に縮まる。そして、放った一発が、ディアの左足を直撃した。激しい痛みが走り、シェラを抱えたまま倒れこんだ。咄嗟にシェラが立ち上がる。

 男がすぐそばに近寄った。ディアも上半身を起こすが、痛みのためにどうすることもできない。シェラが男を睨むように立ちはだかる。

「Die now, here!!」

「シェラちゃん、危ない!!!」

 銃口がシェラの顔を指す。ギュッと目を瞑った。

 男の放った一発は、シェラの前に突如現れた薄いベールに当たり、力なく地に落ちた。男が目を見開いてこちらを見る。そして、ベールは徐々に形を変え、矢になった。男が次の一発を準備する前に、その矢が男の中心を力強く射抜いた。男は倒れ、息絶えた。

 シェラはその間ずっと目を瞑っていた。男の倒れる音にびっくりして、目を開く。

「ディアさ……大丈夫です……か?」

「シェラちゃん、今のは……」

「え……?」

 痛みを堪えて立ち上がる。シェラが男の姿を認め、震えだした。

「私……まさか…………」

 ディアも男が死んでいるのを確認する。矢はいつの間にか消え失せていた。

「すごい……。助けてくれてありがとう。」

 シェラが何も言えないでいると、警察がやってきた。

「What…what happened?」

「あ……えっと、ディス・マン、チェイス・アス、ガン、アンド、ショット・ミー。バット……」

「This man is dead, as I can see.」

 どう説明したらいいかわからない。起こったことをありのまま説明して、果たして信じてもらえるだろうか。シェラを一瞥したが、震えていて喋れる状況じゃなかった。

「あ~、あの……サムシング、マジカル・パワー。ゴッド・セイブ・アス……?ウィ・ハブ・ノー・ウェポン、ソー、ウィ・ドント・キル・ヒム。バット、マジカル・ボウ、フロム・サムウェア、イット・フライ・アンド・アタック・ヒム。」

 なんとかつたない言葉で伝えた。本当に武器を持っていないか確認されたが、ディアの足に傷があるのを見つけると、少なくともこちらが被害者であるという事は分かってもらえたようだ。

 警官が男の身体を調べ、さらにディアの足に包帯を巻いた。アングリアが上手くないことはもう十分伝わっているので、ゆっくりと、身振り手振りを交えて説明してくれた。終始シェラを気にかけている様子だったが、特に彼女に話しかけるという事はせず、この辺は悪い輩が多いから気を付けなさいというような事を言って、男の遺体を抱えて去って行った。魔法の力で男が死んだという事も、ある程度は分かってもらえたようだ。

 包帯を巻かれたとはいえ、まだ痛む。引きずるようにしながら、シェラに歩み寄った。うつろな目で、まだ全身を震わせている。シェラの手を引いて、ゆっくりと近くのベンチまで歩いて行った。


「大丈夫?怪我はない?」首を振ったが、何も言わなかった。

「とにかく……助けてくれてありがとう。シェラちゃんがいなかったら、俺、死んでた。」

「あの人…………死んじゃったんですよね……。」

「うん、たぶんね。でもそれでよかったんだよ。助かったんだからさ。」

「私……どうしたら……」

「今まで、ああいう風に、不思議な力を使った事ってある?」

「ないです。」

「そっか……じゃあきっと、神様が助けてくれたんだね。シェラちゃんの身体を使って。

 俺もね、言ってなかったけど、実はとても不思議な力が使える……いや、使えたんだ。魔法使いじゃないのに。ファントムっていう氷の力でね。」

「……!それ、本で読んだことがあります……!」

「あ、知ってるんだ!よかった。俺、なぜかは分からないんだけど、それの後継者っていうか、それの魂が乗り移ってたんだ。」

 ディアはシェラに、自分がファントムであること、今までに起こったこと、そしてネックレスの事を簡単に説明してあげた。シェラは終始興味深そうに聞いていて、ようやく体の震えがおさまってきたようだった。

「もちろん、力が使えるって最初に分かった時は本気でびっくりしたし、どうしたらいいのかわからなくて戸惑った。それに、その力で、もう3人もの命を奪ったんだ。でもそれは、一緒にいた仲間たちの命を救うためにね。その時まで、自分が人を殺すなんて考えもしなかったから、罪悪感はあったけど、でもそのおかげで命を救えたって考えたら、少し気が楽になったんだ。だからさっきの事も……確かにびっくりするし、怖いかもしれないけど、命を救うために神様が力をくれたんだって考えてごらん?それに、そういう力がもらえたってことを、誇りに思っていいと思うんだ。俺だって、ファントムの後継者に選ばれて、今は誇りに思うから。」

「神様が、力を……。」

「すぐには分からなくても……時間が経てば、そのうち分かるようになるよ、きっとね。」

 ふと、アズの事を思い出した。彼女もまた、特殊な力の持ち主だ。ディアは直接現場を見ていないが、彼女からある日、チュソで起こったことを聞かされた。彼女が自分なりに調べた結果、それはエンジェルの物であるという事が分かり、やはり一度その力を受けたら死ぬまで失うことはないとされているが、ファントムのように1人しか存在しないわけではないらしい。もちろんごくごく稀であり、それなりの素質が求められるが、同時に2人以上のエンジェルがこの世に存在することもあり得るのだ。もしかしたら……

「シェラちゃん、苗字ってなんだっけ?」

「え?……ラノフィーダ(Ranofeeda)。」

「由来とか、意味って分かる?」

「ラノは神の社、フィーダは……土地だっけな……。そんな感じです。」

「苗字って、そういう力の話をするうえで結構重要なんだよね。俺の名字も氷を交配するっていう意味があるんだよ。それに、知り合いに天使の力を持つ人がいて、彼女の苗字にはエンゼルっていう音が入ってるんだ。シェラちゃんにも、生まれながらの素質があるのかもしれないね。」


「ディアさん、足大丈夫ですか?」

 しばらくそのことを忘れていた。思い出して、また若干痛みが走る。そこまで深い傷ではなさそうだ。

「うん、まだ痛いけど、とりあえず大丈夫だよ。そんなにひどくないし、ゆっくりなら歩けるから。ただ、さっきみたいにもう早くは走れないかもしれないけど……」

 今度こそ、慎重に行かなければならない。ディアが逃げられなかったら、シェラも巻き添えになる。勝手に預かった命なのだから、それだけは絶対に避けなければいけない。特殊な力も、シェラが認識していない以上、当てにはできない。

「お父さんとお母さん、いないね……。どこにいるんだろうね。シェラちゃんのこと探してるかな?」

「……。もしかしたら本当に、何かに巻き込まれているかもしれないです。」

「やっぱり……警察に届けたほうがいいかなぁ。」

 シェラは否定した。

「たぶん警察も当てにならないと思います。それに、届けたとしてもすぐには見つからないし……また独りぼっちになっちゃう……」

 気丈なシェラが、唯一嫌うのは孤独だった。警察に安全に守られたとしても、言葉の壁もあり、結局一人でいることに変わりはない。それに、もしかしたら両親には二度と会えないかもしれない……とてつもない不安がシェラを襲っていた。今現在、信頼できる人のそばを離れることは出来ないのだ。


 ゆっくりとベンチから立ち上がり、歩き始めた。しかし、先ほどの男はなぜディアを狙ったのだろう。この辺りは悪者が多い、という警官の言葉を考えると、ヴァジーレのアジトが近いのかもしれない。彼らは何らかの理由でディアの命を狙っている。ゆえに、近くに来ないかどうか見張っていたのだろう。

 命の危険が迫っている。出来るだけ早くアジトを突き止めたいところだが、そうしたところで、果たして自分の手に負えるのだろうか。警察に言って話が分かるとも限らないし、仮にも本国の警察から情報が伝わっていたら、身柄を確保される可能性だってある。そうしたらすべてが終わりだ。

「Excuse me, are you from Littladisca?」

 突然、青年に声をかけられた。

「え?あ~、イエス。」

「おお!まさか、Nyttanerで会うとは思わなかった、Littladiscan. あ、いきなりごめんなさい。僕はDissa(ディサ)です。」

 あんなに流暢なアングリアを喋る青年から、ジュプニッシュがポンポン飛び出すとは思わなかった。発音はネイティブではないが、意味は十分伝わる。

「あ……、僕はディア。」

「シェラです。」

「Nice to meet you. あ、こういうの、なんて言うんだっけ……。」

「はじめまして?」

「あ~それ!はじめまして!」

 いきなり話しかけられて戸惑ったが、悪い人ではなさそうだ。

「で、何で話しかけたかって……あの、この辺、とても危ないです。Nyttanerの人でも、近寄らないぐらい。だから、観光客が来ているの、とても心配で、つい。」

「ありがとうございます。でも実は、僕たち観光客じゃないんですよ。」

「Sorry. ではbusinessですか?」

「いや、ビジネスでもなくて……これ言うともっと心配されちゃうかもしれないんですが、ヴァジーレというグループを探しているんです。」

「Vasire!? Oh…それは大変。でもどうして?」

「大切なものを、盗まれてしまいまして……」

「ならPol……あの、警察に言ったらいいじゃないですか?」

「ちょっと事情があって、それが出来ないんですよ……。何とか、自分の力で見つけなきゃいけないんです。アジトがどこにあるか知っていますか?」

「……あのgroupはこの近くに住んでいます。知っていますが、途中までしか連れていくことは出来ません。」

「それでも大丈夫です!お願いできますか?」

「ええ、でもとっても危険ですよ、大丈夫ですか?」

「ディサさんが大丈夫なら。僕らは覚悟していますから……。」

「じゃあ……それでは、こっちです。」


 ディサはビルの間を縫って2人を案内していった。

「あの……ヴァジーレはセント・ミンス教会通りにあるって聞いたんですけど……。」

「Aha. それはきっと仮の住所ですね。この近くにあるのはあるんですけど、本当は誰も知らないんです。とりあえず、Saint-Mins Church Avenueって書いておくんでしょうね。」

「では、ディサさんはどうして知っているんですか?」

「僕がまだ子供だったころに、散歩をしていました。そうしたら、Dangerに、あの、そのつまり……網ですね。近寄っちゃいけないところ。そこに行っちゃって。で、とても強そうな男の人たちに、怒られたんです。その時、胸につけているmarkを見ました。あとで、それがVasireだってわかって、その網についているマークも同じだったので、きっとそこから先が、Vasireのアジトだったんでしょうね。」

「怪我はありませんでしたか?」

「大丈夫でした。怒られて、すぐに逃げたので。」

 リトラディスカでは見たことも聞いたこともないヴァジーレだったが、シェラにせよ、ディサにせよ、過去にそのグループを見知った経験がある。リトラディスカとニッタナーがいかに異なる世界なのかを改めて痛感した。

 あちこち歩いて十数分後、金網が張り巡らされた空き地にたどり着いた。

「Oops. これが例の網です。なので、これ以上は行けません。」

「ありがとうございました。では、どうか気を付けて……。」

「ええ、でも2人も気を付けてください。奴らは本当に危ないです。命も平気で狙います。だから……絶対に気を付けてください。でも、頑張ってください。Good luck!」

 そういうと、ディサは人の目を逃れるように足早に去って行った。


「ここが……それなんですかね……。」

「たぶんね……でも、どこから入るんだろう。」

 金網にはディサが言う通り、大きく黄色い文字で「DANGER」と書いてある。さらにドクロのマークと、例のヴァジーレのマークが記されている。

 今までいろいろ集めてきた情報や事実で、このヴァジーレが今回の事件にかかわっていることは確かだった。ディアが襲われた時に見たマーク、街の人々の声、シェラやディサの話……思い返せば、先ほど2人を銃で襲ってきた男の靴にも同じマークがついていた。

 金網の周りをぐるりと歩き回る。すると、潰れかけた一階建てのオフィスのようなものが目に入った。そのドアの隣には、男が2人、銃をもって立っている。2人は即座に足を止め、近くの木陰に隠れた。

「どうしよう……入れないね……。」

「あの2人、許してくれそうにないですよね……。」

「下手に行って、俺の正体がばれたら、銃殺されるかもしれない……。」

「ディアさん!だめですよ行っちゃ……。私こんなところに置いていかれてもどうしたらいいか……。」

「そうだよね。とりあえず、反対側に行ってみようか……?」

 ここにいても埒が明かないので、そっと足音を立てずに木陰を抜け、さっきディサと辿り着いた場所まで戻った。幸い、守衛の2人はこちらに気づいていない。そして、今度はさっきとは反対に歩き、再びアジトらしき建物へと近づいた。

 しかし、仮にアジトに入れたとして、その後どうしたらいいのか。丸腰で乗り込んだら、返り討ちにされる。シェラの事を考えても、決して無茶は出来ない。かといって、話し合いで平和解決するようなグループとは思えない。奴らは本気で命を狙ってくる。無条件に、見つけ次第殺されるのだろうか。それとも、何か条件を提示されるのだろうか。どちらにしても、全くもって安全ではない。


 歩いているうちに、建物の裏側が見えた。扉は半開きで、守衛の姿は見えないが、中の様子までは確認できない。光が漏れていないので、おそらく中は薄暗いのだろう。ディアとシェラは再び木陰に隠れ、様子をうかがった。

「あそこからなら、入れそうですけど……。中に誰かいるんでしょうか……?」

「よく見えないね……。でも、近寄ってすぐにこっちの存在を確認できる人はいなそうだよ。もしかしたら、中に人がいないから、守衛を立てているのかもしれないし。誰もいなければ、ネックレスを探すチャンスがあるかもしれない。それに、誰かいたとしても、たぶん……ずる賢いから、簡単に人をすぐに殺したりしないんじゃないかな。示談に持って行くとか、もっと利益を得ようとすると思う。それに、あのネックレスを持っているだけじゃ力が発揮できないし、俺から何か情報を得たいんじゃないかな……。となると、すぐには殺されないよ。」

「え……?まさかディアさん……」

「うん……。ここにいても日が暮れるだけだ。シェラちゃん……、少しの間だけ、ここにいてくれるかな?この木陰なら、そう簡単には見つからないし。ここから動かないで、待っていてくれる……?」

「でも……」

「絶対に戻ってくるから。だってまだ、ご両親見つかってないもん。それに、もしもの事があっても……罪のない、武器も持っていない少女を無条件に傷つけることはきっとしないよ。ディサさんが前にされたように、帰れ、って言われるだけで。そしたら、逃げていいから。……でも、絶対に戻ってくる。約束する。だから、待っていて、ね?」

 そういうと、ディアは木陰を飛び出し、半開きのドアへと向かった。

「あ、ディアさん……!」

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