隣国

Who are You?

 ディアはニッタナーに入ってすぐの税関にいた。

「Where are you from?」

「アイム・フロム……リトラディスカ。」

「What is your purpose?」

「えっと、ビジネス。」

「Let me check your baggage.」

 手荷物のバッグを台に乗せ、中を確認される。さらに金属探知にかけられる。異常なしだ。

「OK. Have a nice day.」

「あ、サンキュー。」

 身分証明書は求められなかった。ホッと息をつき、ニッタナーの中心街へと向かった。


 手がかりははっきり言って、無い。あるのは例のマークだけだ。もし何かにそのマークが記されていたらそこが怪しいという事になるが、何しろニッタナーの中心街は大都市、建物も無数にあり、全てをチェックしていたらキリがない。まして、マークが分かるところに、目立つように付けられているかも定かではない。それなりに力を持った悪党のアジトなら、全く分からないようにしているはずで、第一、そのアジトがここに在るという確証も持っていないのが現実だ。リトラディスカの警察を気にしなくていいのは幸いだが、決して安全ではない街でうろつくにも限界がある。

 歩いていると、誰かと肩がぶつかった。

「Oh, sorry.」

「あっ、すみませ……あ、エクスキューズ・ミー。」

 これを利用して、手がかりを訪ねてみることにした。

「あ、えっと……ハヴユー・エヴァー・シー……ディス・マーク?」

 例のマークをその女性に見せる。しばらく怪訝な表情を浮かべていたが、何か思い出したように口を開いた。

「Oh… That’s a… Vasire?」

「ヴァジーレ?」

「Maybe. Their mark.」

「アイ、シー……サンキュー。」

 きっと悪党の名前だ。ヴァジーレ。今度はその名前を頼りに探していけばいい。基本的なアングリアは何とか言えるし、使えるフレーズはさっきタウに教わった。それに、人と人の会話だから、きっと伝わるだろう。少しだけ、力が湧いた。


 その後も、何人か通行人に声をかけ、マークとヴァジーレの事を聞いた。大体の人が、聞いたことある、と答え、悪いやつだから関わらない方がいい、とも言われた。この街でも有名なようだ。しかし、アジトの位置や、具体的な活動内容まで知っている人はいなかった。引き続き尋ねるつもりだが、やはりそう簡単には見つからない。

 歩き続けるうちに、どことなく雰囲気が暗くなってきた。壁には落書きが溢れ、ゴミ箱は倒されている。道行く人々も、あまり他人と会話をせず、鋭い目つきで通っている。慌てて路地を曲がり、違う大通りに向かって建物の隙間に入った。

 すると、少女が道端に腰かけ、泣いていた。

 最初は、厄介ごとに巻き込まれたくないので通り過ぎようと思ったが、その少女は、感情を押し殺すように息を詰まらせ、涙が溢れるのを必死に堪えている。ディアはどうしても見逃せなくなり、振り返った。よく見ると、リトラディスカ人のようである。

「あ……、アー・ユー・オッケー?」

 少女がハッと顔を上げてこちらを見つめた。大きな瞳が涙で潤んでいる。

「あの……ワッツ・マター?」

「え……えっと……」

「あれ?もしかして言葉分かる?」

 彼女が小さく頷く。ホッとして、しゃがみ込んで話しかけた。

「だ……大丈夫?どうしたの?」

「あの……えっと……」

「お名前は?」

「シェラ・ラノフィーダ……。」

「いくつ?」

「17……。」

「どうして泣いていたの……?具合が悪いとか……」

 シェラが首を振る。

「……俺は、ディア。ディア・ヘイルブリッド。リトラディスカから来たんだ。あの、別に怪しいやつじゃないよ、ただちょっと心配だったから……あ、こんなだったら余計怪しいよね、ごめん。」

「ディア……さん……」

 こんな年の少女と話すのは久しぶりなので、ディアは戸惑っていた。しどろもどろになったが、シェラはディアを信じてくれたようだ。


 路地裏は危ないので、とりあえず場所を移動して、近くの公園のベンチに腰掛けた。

「ここなら大丈夫かな……。シェラちゃんは、どこから来たの?」

「今住んでいるのはセグナです。」

「……どの辺?」

「あ、えっと、リトラディスカよりも西です。」

「あ~、なるほど。それにしては言葉上手だね。」

「リトラディスカに住んでいたんですが、両親の転勤でセグナに越したんです。だから今はセグナの言葉も、ジュプニッシュ(リトラディスカの公用語)も話せます。」

「そうなんだ……。アングリアは?」

「学校で習っているので、まあ……一応。」

「へぇ~、すごいね。俺なんか習っても分からなかったよ。」緊張しているシェラを何とか和ませようとした。ようやく、少しはにかんでくれた。

「今日は1人で来たの?」

 シェラが首を振る。再び表情が暗くなった。

「……両親と来ていたんです。一緒にお店に入ったのに、外に出たら姿が見当たらなくて……どこを探してもいないんです……。」

「いつから?」

「……昨日の夜から……。」

「そんなに!?……大変だったね……。疲れたでしょう……」

 シェラが俯き、再び肩を震わせた。だが、涙を必死にこらえ、顔を真っ赤にしている。

「ああっ、ごめんね!だ、大丈夫!?」

 肩に優しく手を置いたが、まだ表情をこわばらせている。

「あの……嫌じゃなかったら、俺と一緒にご両親探そうか?」

 驚いたように、ふっと上を向いた。

「実はね、こんなこと言うと怖がられるかもしれないけど、お尋ね者なんだ。あ、でも悪いことしたんじゃなくて、警察に間違って追われているのね。それで、リトラディスカから逃げてきたんだ。ずっとここで暮らすわけにもいかないし……だから、本当の犯人を追っているんだ。ここに来たのは、ついさっきなんだけど。よかったら、お互いに協力してくれるかな……?もちろん、ご両親が見つかったらそれでいいんだけどさ。ね、どうかな?」

「いいんですか……?でも、本当にどこにいるか分からなくて……。」

「きっとどこかにいるよ。俺は真犯人を見つけるまではここを出ないつもりだし、もしこっちの事件が先に解決しても、絶対にシェラちゃんを家族のもとに帰してあげるからね!どう?」

「あ……お邪魔でなければ……ありがとうございます。」

 こうして、シェラの両親と、ファントムのネックレスを盗んだ真犯人の両方を同時に探すことになった。


「ちなみに、このマークって見覚えある?」

「う~ん……、えっと……どこかで見たような気が……それ、国旗じゃないですよね。」

「うん……。さっき聞きかじった話だと、『ヴァジーレ』っていう悪のグループのシンボルらしいんだ。」

「ヴァジーレ!?」今までになく大きな声を上げた。

「え?何か知ってるの?」

「いや……、前に父がニッタナーの人とお仕事したことがあったんですけど、その人がヴァジーレとかそんな名前を名乗る男の人たちに襲われて……殺されちゃったんです。父は巻き込まれていないんですけど、家でその話をしてて。……だから見たことあったのかな……。」

「じゃあ、やっぱり、この辺では有名なのかな。さっき何人か街の人に尋ねたんだけど、みんな名前は聞いたことあるって言ってたんだ。でもヤバイらしいから気を付けろって。……まさか、場所までは分からないよね……?」

 シェラはしばらく考え込んだ。

「セント・ミンス教会通りの何百番地だか……あの時父が持っていた事件の資料にそう書いてあって……」

「じゃあ、とりあえずそのミンスってとこに行ってみようか。何かわかるかもしれないし……悪い予感だけど、信じなくてもいいけど、もしかしたらご両親も何らかの事件に巻き込まれた、って可能性も無くはない……。ただ単に、連絡が取れないだけならいいんだけど。

 ……で、それってどこ?」

「こっちです。」


 セント・ミンス教会までは少し距離がある。シェラによると、このまま歩いていても今日中にたどり着くかどうかわからないという。現在の時刻は昼の2時ごろ。いかにニッタナーが広い国なのかが分かる。

 高層ビルが立ち並ぶ路地を縫うように歩く。少し歩いては休憩を取り、疲れているシェラを気遣った。また、夕方には2人で缶詰を開けて食べた。

 日が沈み、ビルの灯りがともり始める。だが、路地裏は一層暗くなった。不審者に絡まれないように、できるだけディアがシェラをかばうようにして歩いた。

 しかし、悪い予想は的中した。酔っぱらった男が、ろれつの回らない声で話しかけてきたのだ。

「~~~~……、……・※※※??」

「え、ちょっとなんですか……ノー、ノー!」

「○○○~!!!……~……!!」

「Leave us alone, please.」

 シェラのアングリアはとても流暢だった。だが、それが男の気を引いた。

「~~~!?ヨーエングレアイズヴェレイグー、ガール。」

「ドント・タッチ・ハー!!」

「~~!!!」男が手を伸ばし、シェラを触ろうとする。ディアが咄嗟に男の手を払い、シェラを自分の後ろに隠した。そして、男が訳の分からないアングリアでまくし立てている間に、びっくりフウセンのひもを引いた。なんとか男の手をかわし、風船が膨らむのを待つ。そして、男の目の前で破裂させた。

「WOOOOOOW!!!!」

 粉が吹き出し、男がのけぞって目を瞑る。その隙に、シェラの手を掴み、路地裏を一気に走り去った。男がしばらくむせ返っている間に、ビルの角を曲がり、人混みに紛れた。おそらく酔っ払いなので、しつこくは追ってこないだろう。

「はぁ、はぁ……、いきなりごめんね。大丈夫?」

「……、大丈夫です。」シェラのほうが幾分息が切れていない。

「あの風船、何だったんですか?」

「ああ、あれね、この国に来る前に、友達からもらったんだ。もしああいう風に絡まれたら、ちょっとびっくりさせるぐらいには使えるよ、って。音が大きいから、びっくりしたでしょ。」

「ええ、まあ……。」

「しかし、本当にアングリア上手だねぇ。それにもびっくりしちゃった。」

「好きなんですよ、アングリア喋るの。あと、父が話せるんで。」

「へぇ、すごいね。困った時にお願いしちゃうかも。」ディアは小さく笑いかけた。


 そして2人は深刻な問題に気付いた。今日中にセント・ミンスに行けないとなると、どこかで夜を過ごさなければならない。もちろん、あてはない。ディア1人なら目立たない路地裏で眠っていてもよいが、シェラが一緒だとそういうわけにもいかないし、危険すぎる。かといって、この辺りには安い宿もない。

「もう夜だね……どうしようか。」

「どこか、公園にでも隠れてましょうか……?」

「う~ん、さっきみたいな人がいると危なくないかなぁ……。でもお宿もないし……。お金、持ってないよね?」

「あんまり……ダール(ニッタナーの通貨)は。」

「あ、そっか……俺も持ってないわ……。」

 すると、ビルとビルの間に潰れかけた倉庫が見えた。錠前が外れかけている。ダメ元でそっと開けてみると、中には何もなかった。シェラが扉の表示を読み上げる。

「……。なんか、貸し倉庫らしいです。それも随分昔の。たぶん、誰も使ってないんじゃないでしょうか。」

 中は大人が3人入れるくらいの広さだ。小窓までついていて、中から鍵がかけられるようになっている。隠れ場所にはいいかもしれない。

「ここ……じゃ嫌だよね。」

「いや……、別に大丈夫です。眠れればどこでも。」

 シェラはディアが思っていた以上に、心身ともに強かった。

 こっそり中に入り、鍵をかける。息苦しいので窓を開けると、ちょうど月明かりが差してきた。窓はディアの背よりもちょっと高い位置にあり、かなり小さいので、入られる心配はない。

 だが何となく不安なので、シェラを内側に、ディアは扉に近い方にもたれかけた。

「大丈夫、狭くない?」「はい。」

「じゃあ、おやすみ。」「おやすみなさい。」


 リトラディスカでは、ミルが任務を終え、デューに今日起こったことを話した。

「たぶん、もうニッタナーにいると思うんだけど。その情報をもってしても、この国の警察はニッタナーには手を出せないでしょ?」

「うん……。国内限定だからね。ディアさんに伝えて、帰ってきてもらおうか?」

「いや、帰ってきたところで、真犯人はこの国にいないんだろうから、迷宮入りしちゃうよ。なんとか、ディアさんに頑張ってもらわないと。」

「俺たちにできること……何かないかな……。でも、ギルドでも国外には許可がないと行けないし……。」

「……。あ、そういえばさ、もうディアさんが犯人じゃなくなったんだよね、とりあえず。じゃあ、例えば僕が警察に情報提供とかしても、ほう助にはならないよね。」

「まあ、そうだね。何かあるの?」

「ちょっと考えが。」

 そういうと、デューは寮を出て、近くの駐在所へと向かった。

「あの~、夜分にすみません。」

「はい、どうしましたか?」

「今、強盗殺人事件でいろいろ捜査しているじゃないですか。実は僕、現場の近くであるものを見つけたんですけど、それにこんなのが描いてあって。」例のマークを見せる。

「どこに描いてあったんですか?」

「近くの地面です。たぶん、もう風で消されちゃってると思いますが、何か意味深だったので、犯人と関係あるのかな~、って思って。」

「情報提供ありがとうございます。捜査させていただきます。」

 やってきた人がギルドのデューだとは、気付いていない様子だった。

 駐在所からマークの事が中央警察に伝えられ、さらに警察庁へと伝わった。その情報を聞き、ノッティージュ氏が、何やら書類に書き込み、ギルド宛のポストへと投函した。

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