What should I Do?

 そんな事を考えていた時だった。

 まだ時間は昼の2時ごろだ。家のドアを、何者かが激しく叩いた。窓からそっとそちらを伺うと、また別の警官だった。この家がばれたのだ。たった3時間程で。

 ディアは大慌てで、さっきのメガネをかけ、ブーツを手に、裏口へ走った。鞄には財布など、必要最低限の物しか入っていない。裏の勝手口から外へ出ると同時に、玄関のドアが壊され、警官が銃を構えて家に上がり込んだ。すれ違いで、何とか逃げ出した。

 ひたすら走りながら、もうこの家には帰れないと思った。今日中に事が片付くとは思えない。どこでどうやって逃げ暮らそう……そんなことを心配しながら、ただ走り続けた。

 すると、ある女性とぶつかった。女性は持っていた布生地を落とした。

「あっ……、すみません、大丈夫ですか!?」

「ええ、こちらこそすみません……あら、あなたもしかして……」

 女性はディアの母より少し若いぐらいの見た目だった。なんとなく見覚えがある。

「もしかして、ディアさん?」

「えっ!?」

「そうよね!あらごめんなさい、私すっかり……デューの母です。ギルドの。いつもお世話になっております~。」

 言われてみればデューの顔に似ていた。

「あっ、お母様ですか。いえ、こちらこそ大変お世話になりまして……」

 しかし正直、立ち話をしているヒマはない。おそらくほとんどの警官が自分を知っている。ぐずぐずしていたら見つかってしまう。

「あ、あの、せっかくのところ大変申し訳ないのですが、ちょっと僕すぐ行かなくてはいけないんです。」

「あら、どうかしたのかしら。」

 面倒だと思ったが、デューの母親を邪険にはできない。簡単に事情を説明した。さすがギルド一の勇者の母とだけあって、飲み込みが早かった。

「それは大変!引き留めてしまってごめんなさいね、十分お気を付けて!」

 どうやら彼女はアズの仕立て屋に行く途中だったらしい。礼を言って、その場を離れた。

 数分もしないうちに、別の警官と目が合った。顔を認識して、「待て!!」と追いかけてくる。もう足が疲れているが、止まることは出来ない。

 途中で、誰かとすれ違った。

「……ディアさん??……警察!?」任務から帰る途中のデューだった。

 デューが警官に話を聞く。

「……で、あの男を追っているんです。」

 状況を即座に理解したデューは、手に拳銃を構え、警官の2倍の速さでディアを追いかけた。

 ディアが振り向くと、デューが銃を片手にこちらに向かってくる。全く訳が分からない。

「えっ!?何で!?」

「待て!!止まれ!止まらないと撃つぞ!!」

「ちょっと待ってください!僕です、ディアです!」

「そんなことは分かってる。たとえディアさんだろうと、罪を犯した者は逃がさない!」

 今のデューには到底話が通じそうにない。街角をぐるりと曲がり、アズの仕立て屋に飛び込んだ。デューの母親がもう来ている。

「いらっしゃいませ~。……ディアさん!」

「はぁ……、あのっ、ちょっと、あの、かくまって……」

「え??」

「動くな!!!」ドアを開け放ち、デューが銃を構えてこちらを睨んでいる。驚きのあまり口を開けたまま固まるアズ。

「えっ……あのっ……」

 緊迫した状況を打破したのは意外な人物だった。

「ちょっとデュー!おやめなさい!」

 母親の存在を認めて、明らかに戸惑っている。

「かっ……母さん今それどころじゃないんだ、黙っててくれる。」

「それどころも何もないでしょう!いいからちょっと話をお聞きなさい。」

「話も何もあるか、この人は殺人犯……」

「デュー!いい加減にしなさい!まったくすみませんねぇ、ギルドに入ってからというもの一度も家に帰らないんだから……すっかりのぼせちゃって。ほら、手を下げて。ディアさんは今間違って追われてらっしゃるのよ。あなたなら、その辺の事詳しいんでしょ?とりあえず話を聞きなさい、さあ、ほら座って。」

 デューは顔を真っ赤にしていた。しぶしぶと拳銃を下げ、店内の椅子に腰かけた。アズもようやく口を閉じ、ディアもカウンターの椅子に座った。

「あの……何があったんでしょうか……?」

「あ、すみませんね、びっくりさせちゃって。ちょっと訳ありで……。」

「で?ディアさんは犯人じゃないとでも?」

「ええ、どうか信じてください。」


 ディアは改めて皆に事情を話した。デューは最初は疑わしそうにしていたが、話が進むにつれて徐々に真剣な顔になっていった。

「不運だねぇ、あなたも。」

「不運というか、僕の不注意というか……」

「いや、注意していたら防げていたわけでもないでしょ。まあもうちょっと考えてくれたらよかったんだけど。警察に目を付けられるとやっかいだよ~。ここの警察は愚かだからね。一度こうだと決めつけたらろくに調べもしないで、誰彼構わずタイホなんだから。」

「これ、デュー。そんな口聞いちゃいけません。」

「……だって本当の事なんだもん……。それで?その誰かさんを追いかけるんでしょ、手立てはあるの?」

「う~ん……」

「無さそうだね。でも警察からはどっちみち逃げるんでしょ。」

「ええ、絶対に。少なくとも真犯人が出てくるまでは。……お手伝い願えますか?」

「悪いけど、ギルドと警察は別物だからさ、何も言えないんだよ。王家なら別だけど。知り合いが何言っても信じてもらえそうにないし。でも強いて言うなら……うん。国から出るか。」

「ニッタナーあたり?」

「アングリア大丈夫?」

 首を振る。

「まあでも一番近いね、そこが。国外の事はこの国では手に負えないことになっているんだ。国の中に犯人が見つからなくなったら、ちょっとは諦めるでしょ。ほとぼりがさめるまで、適当に他の国にいたほうがいいよ。」

「どのくらいでしょうか……。真犯人が見つかるまで?」

「……しょうがないな、じゃあ、もし何か進展があったら、教えてあげるよ。なんとかして。」

「ありがとうございます!」

「でもなんでニッタナーがすぐ出てきたの?」

「実は犯人の言葉なんですが……」

 思い出した男たちの言葉と国旗の事を話す。アズが用意したメモに、覚えている限りで国旗を描いてみた。

「……こんな感じだったと思いますが……。」

「え~?こんな国旗無いよ!」

「あれ、違ったかな……?」

「……もしかして、これの間違い?」

 デューが何やらメモに描き足した。

「あ!!それです!!」

「な~んだ、これ国旗じゃないよ。」

「えっ、違うんですか!?」

「……厄介だなぁ。これ、最近あちこちで何かとやらかしてるグループのマークだよ。出会ったことも、依頼が来たこともないから詳しくは分からないけど、何かと悪評が耳に入ってくるんだ。本部は確かにリトラディスカじゃないみたいだけど、世界中に支部があるとも噂されてるし。案外、ニッタナーあたりにあるのかもね。」

「誰も摘発されていないんですか?」

「うん。手口が巧妙でさ……。リトラディスカには被害者がいないから、誰も動いていないってのもあるけど、他の国では手を焼いているらしい。ただ今回の件はこの国で起こったことだから、もし捕まればそれを糸口に次々と摘発されるかもね。」

「責任重大ですね……。」

「でも、それだけのグループだとやっぱり危ないんじゃないですか……?」アズが心配そうに口をはさんだ。

「かなりね。……だからディアさん一人で手に負える相手じゃないと思うんだけど。ただね、今ギルドは結構忙しいの。しかもあなたお尋ね者ですからね……ギルドに依頼もできないでしょ。さっき言ったけど、僕とディアさんが知り合いってもう国中に知れてるじゃない。今こうして会ってることも、実はまずい。ほう助って分かる?犯人に協力しちゃってる状況なわけじゃん。だから公にディアさんに協力は出来ないのね。申し訳ないけど、もし追いかけるにしても逃げるにしても、少なくとも僕らは手助け出来ないし、ほう助の疑いを誰かに掛けたくなかったら、主なことは全て一人でやる必要がある。それなりの覚悟はある?」

「ええ……ネックレスの事もありますし、単なる殺人事件じゃないので。僕がやらなければいけないのは分かっています。」

「あの……何か私にお手伝いできることはないでしょうか……?店長さんには内緒で。」

 ディアはもうすぐにでもニッタナーに発たなければならないと思った。これ以上国内で逃げるのは体力が持たない。遅くても明日には国を出たい。

「ちょっと特殊な依頼なんですけど……既製品でもなんでもいいんで、これじゃない服を用意してくださいますか?できればあまり目立たない色で。」

 アズが在庫を確認しに行った。そして、上下1セットを持って現れた。

「これ、いかがですか?」

 地味な服だが目立ちはしない。ディアが持っているどの服とも嗜好が違う。

「サイズだけならすぐ調整できますが……急いだ方がいいですよね。」

「ええ、出来れば明日にでも。」

「じゃあ、朝には仕上げておきますので、取りに来られたら取りに来てください。もし無理だったら、キャンセルしちゃっても大丈夫です。」

「じゃあ、僕はそろそろ行くから。ばれないうちに帰らないとね。」

「いろいろと教えてくれてありがとうございました。」

「……幸運を祈るよ。それしかできないけど。」

「はい……。頑張ります。」

 デューが店を出ると、母親も注文を済ませ、挨拶して店を出た。ディアもアズに重ねて礼を言い、店を後にした。


 だが、店を出たところであることに気づいた。

 家に帰れない。

 おそらくあらゆるものが捜査され、押収されているだろう。無論、無実が証明されれば返却されるが、とにかく今は帰れない。そして今後一切……真犯人が出てくるまで……帰れない。明日の準備をすると言っても、今持っている最低限の荷物以外、何も手にすることが出来ない。

 どこか人目につかないところで、明日まで過ごすしかない。今から国を出ようにも、この服は警察に知られてしまっている。アズに頼んだ以上、今日は国を出られないのだ。

 ディアは路頭に迷う。どこも行くあてはない。迂闊に商店にも入れない。チュソでの時間よりも、今のほうがよっぽど苦しく、絶望的だった。孤独に、ただ悪を追うしかない。

「……!ディアさん!」

 ビクっとして後ろを振り返る。仕事を終えたユノだった。

「ユノさん……!」

「よかった~、まだ無事で。」

「それが……そうでもないんです……」

 ディアはユノと別れてから今までに起こったことを簡単に説明した。

「明日には発つんですか?」

「ええ、本当は今すぐにでも……でも服装がこれじゃいけませんし、アズさんに依頼しているので、受け取ってからです。」

「じゃあ……今日はうちに泊まっていきませんか?」

「え!?いいんですか!?」

「もちろん!特に何かできるわけじゃありませんけど……僕に協力できることがあったら。」

「いや、ホントに申し訳ないです……でも、ばれたらユノさんがほう助とか何とかで危険な目にあう可能性も……」

「心配いりませんよ。仮にそうなっても……仕方ないです。どちらにせよ、正しい犯人じゃありませんから。」

 ディアはユノの優しさに涙をこらえながら、お言葉に甘えて、家まで連れて行ってもらった。


「ちょっと狭いですけど……すみませんね。」

「いやいや、いきなり伺ってしまったので……」

 広さはディアの家と変わらないが、荷物などは壁際にきちんと整頓されていた。居間に通してもらい、二人で椅子に腰かけた。

「……で、ひとつお詫びが……」

「なんでしょう?」

「さっき、いろんな洋服とか貸してもらったじゃないですか。それ、今かけているメガネを除いて全て家に置いてきてしまったんです……。なのですぐには返せないんです。ほんとにごめんなさい。」

 いいですよ、とユノが声をかけたが、ディアは何か考えたような顔を浮かべ、ハッと目を上げた。

「……もしかしたら、押収されてるかも!そうしたらユノさんの物だってことが分かってしまうから……捜査が……」

「それは大丈夫だと思いますよ。いくら警察でも、家にあるものを全部は持って行かないでしょう。犯行に関係のありそうなものだけ……例えば武器とか。それに、きっとその姿をした男の人を見たとしてもディアさんだとは分かっていないでしょうから、取られたりしないですよ。」

「そうだといいんですが……」

 そして、話題は明日の国越えのことになった。

「問題は税関を通れるかどうかですね。」

「身分証明書は?」

「一応持っていますが……もし税関まで手配が及んでいたらどうしましょう。アウトですよね。」

「う~ん……、僕も海外は行ったことないので……及んでいないことを願うしかないですね。あと、無駄に取り調べられるのを防ぐのに、武器とかは持って行けませんね。本当は、護身のために、ナイフでも持って行った方がいいんでしょうけど……。でも、余計に怪しまれますからね。必要なものがあればお貸ししますよ!」

「そうですね……今は財布と、その中に証明書、タオル、手帳、鍵……洋服は明日にお願いしたので、特に必要なものはなさそうです。武器になりそうなものも全くありませんが……あ、このメガネだけ借りて行ってもいいですか?」

「ええ、もちろんです。じゃあ、あと……これ持って行ってください。」

 ユノが段ボール箱の中から取り出したのは、膨らませていない風船のようなものだった。

「こんなの気休めにしかならないと思うんですけど……これ、びっくりフウセンと言って、ひもを引くだけで空気がすぐに溜まって、爆発しちゃうんです。例えばこんな風に。」

 ユノは風船の口から出ているひもを引いた。すると、みるみるうちに風船が膨れ上がり、数秒のうちにバアンと大きな音を立てて割れた。中から白い粉が噴き出す。ディアも、慣れているはずのユノも、思わず目を瞑った。

「うお!すごい。」

「子供たちの前で使うと結構ウケるんです。もし誰かに絡まれた時に、ちょっと目をくらませて逃げるぐらいは出来るかな、って。あと9個ありますから、全部持って行ってください。安物なので使い切っちゃっても大丈夫です。これなら税関の検査にも引っかからないでしょうし、ディアさんが安全に逃げられるなら安いものです。」

「本当にいいんですか。ありがとうございます!」

 夕飯から就寝まで、その晩はいろいろとユノがディアに世話を焼いてくれた。ユノをがっかりさせるようなことがあってはならない……何が何でも真犯人を見つけ、ネックレスを取り返す。そう心に決め、ディアは眠りについた。

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