事件発生

Who Done it?

クロナ探索から2年ほど経った夏のこと。

ディアが自宅でくつろいでいると、誰かがドアを強めに叩いた。

「はいはい、はい!」

ドアを開けると、興奮で息を切らせたタウが何かを手に持って立っていた。彼は今スウェドという国に留学しているが、夏休みのため一時帰省していたのだ。

「あ、タウさん!お久しぶり……」

「ディ、ディアさん!!大変です!!あの、発見が、そのっ……!」

「だ、大丈夫ですか?ちょっと落ち着いて……とりあえず中へどうぞ。」

「あ……、ごめんなさい。では、ちょっとお邪魔します。」

ディアがタウを招き入れる。クロナ探索の際に出会った二人だが、今ではすっかり気心の知れた友人となっていた。

「……で、いったいどうしたんでしょうか?」

「ちょっと、これを見てもらってもいいですか?」

タウが差し出したのは、ネックレスのようなものだった。細い紐に大きめの宝石が括り付けられている。

「ネックレス……ですか?綺麗ですけど……」

「実は、スウェドで様々な研究を進めているうちに、ファントムの力に関してあることがわかったんです。それは……、ファントムの力は、リンキー・クロナと関係しているという事です。」

「え、ってことはこの宝石って……」

まずは話を聞け、とばかりに、タウが頷く。

「クロナのように、地中に秘められている宝石は何種類かあります。伝説上のファントムが死んだとき、地中に埋められた彼の身体から、成分が結晶して、一つの宝石が生み出されました。つまり、その宝石の中にファントムの力が詰まっているという事です。ですが、今まで、それは誰にも発見されませんでした。そのうちに、クロナと一緒になって、例の瓶の中に詰め込まれたようです。それが地上に近づいてきて、ついに姿を現したのが……2年前です。そしてディアさんが初めてファントムの力に気づいたのも、あの探索の時……」

「ええ、そうですけど……でも、僕の前にファントムになった人っていなかったんでしたっけ?」

「いませんよ。クロナが地上に近づいたのはあの時が最初ではなく、古代何度も現れてはこの星を救っていますが、伝説のファントムが死んでから先は、この前まで、クロナが上がってきたという事実はありません。よって、その結晶も然りです。」

「えっと……、まとめると、伝説のファントムが死んで、その力が結晶となって、クロナと一緒に埋められていた。それがこの前初めて一緒に上がってきて、僕らが見つけ……というか、後継者である僕に力を及ぼした、ってことですか?」

「その通りです。なぜディアさんなのかという説明にはなっていないかもしれませんが……」

「そうですか。いや、詳しい話をありがとうございます!さすがですね!」

タウが照れ笑いを浮かべたが、その目は厳しかった。

「ところで、この結晶、どうして手に入ったんですか?」

「王家に、クロナと一緒に保管されていたのですが、この前王家に行って、僕の研究結果と共にその話をしたら、持ち出して見せてくれました。で、僕のことを信頼してくださって……悪用しないのであれば持ち出しても構わない、と。僕は真っ先にディアさんに渡す気でいたので。」

「なるほど。でも悪用も何も、この力が使えるのって僕だけじゃないですか。」

「そこなんです。」表情が一層厳しくなった。

「ディアさんが以前読まれた本では、霊が乗り移ってそうなるという事でしたが、実際には霊ではなくこの結晶なんです。そしてこの結晶は『属する者』を選びます。地上に近づき、結晶はディアさんを選びました。ゆえに、その力を行使できるのはディアさんだけ、そして、言い換えると、この結晶はディアさんに『属している』といえます。……ですが、それは、その結晶が『リトラディスカ』にあって安全であるという条件の下、なんです。つまり違う国の誰かに盗まれたら、属する権利はその国と人間に移らないとも限らないんです。絶対ではありませんが、安全とも言い切れません。この研究は完全に個人の趣味でやっていたことなので、ディアさんの安全が確保されるまでは公表しないつもりですが、どこの誰がこの結晶の存在を嗅ぎつけているともわかりません。実際、目の前にこうして実物があるわけですから……」

「では、気を付けないと、もし盗まれたら……力を失う可能性もあるという事ですね。」

「そういうことです。」

ひとしきり情報を伝え終わり、タウが大きく息をついた。

「驚かせてすみませんね。誰かに見られないうちに、いち早くお届けしたかったので……。」

ディアは何か思考していた。

「どうかしました?」

「いえ……、僕の苗字ってヘイルブリッドっていうんですよ。直訳で、氷を交配する。なんか、意味あるんですかね。」

「ああ……そうかもしれませんね。運命として、そういう名前を持つ方を選んだのかもしれません。」

あらためて、ディアはネックレスを手に取って眺めた。そして、右手で宝石の部分に触れた瞬間、例の黄色い光が放たれた。

「ディ……ディアさん、その手を、机の上へ!」

言われるがままに、黄色い光を手に称えたまま机を触った。すると、机の表面が霜に覆われた。徐々に光が強くなるにつれ、氷も厚くなる。

「え、ちょっ、これどうすれば……!」

「もう片方の手で、宝石を……」

左手で宝石を掴むと、右手から光が消え、机の上の霜も徐々に溶け始めた。

「これ、うまく使えば、力を自分の意思で制御できるんですかね?」

「どうもそのようですね。だとしたら、力が悪用されないように、絶対に取られてはいけませんね……。」

「ええ。でも、身につけていようと思います。力を自分で把握したいので。とにかく、ありがとうございました。」


それから数日後、ディアはネックレスを身に着け、いつもと同じように市場へ出かけた。

「いらっしゃいませ~。はい、小瓶ですね。150エスクになります。200エスクお預かりします。50エスクのお返しです。

ありがとうございました~!!」

隣で服飾品を売っている男性が、暇つぶしにラジオをかけていた。

「ここで、ニュースです。昨日、中央部3丁目にて、一般宅に何者かが押し入り、40代の男性と30代の女性夫婦を殺害した後、現金およそ25万エスクを強盗しました。警察では犯人の行方を追っていますが、有力な手掛かりはまだ発見されておりません。」

「まったく、毎日物騒だねぇ。」

「すみませんが、このような雑談はお客さんにご迷惑……」

「わかったわかった。あんちゃんも気を付けなよ?何せこの国じゃ有名人だし、高そうな宝石も持っているようだし。」

「ええ、まあ……。」

1時間後、男性は商品を片付けて去った。市場にはディア一人だけだ。

すると、軍服のような恰好をした2人組の男が現れた。何気なく「いらっしゃいませ」と声をかけたが、男たちがマスクで顔を隠しているのを見て、身構えた。

「……~~~、~~~~~、……、?」話しかけてきたが、言語が不明な上にもごもごしていて聞き取れない。

「え??何か??」

「……!!!~~~、~~Dia?」

「ディア……はい、そうですけど」

突然、黙っていた男が銃を取り出しディアに手をかけた。そして話しかけてきた男が間髪入れずディアの頭部を殴打し、商品がならんでいる布の上に体を倒した。抵抗する隙もないまま、男はさらにみぞおちに蹴りを入れる。ディアは気を失った。


数分後、目が覚めた。男たちの姿はなかった。痛む頭を押さえながら起き上ったが、顔の擦り傷以外、大きな怪我はしていないようだ。

だが、自分の身体以上に大変なことに気づいた。

ネックレスがない。

ディアは大慌てで周囲を探したが、どこにもない。手探っていた左手に鋭い痛みを感じた。見ると、大量の血がついた短剣がそばに落ちている。どうやらそれで手を傷つけたらしい。だが、左手を見ても、そんなに大きく傷ついてはいない。とすると、この血はいったい何だ……?短剣を手に取り調べたが、何も思い当たらない。

そうしていると、道の向こうからざわざわと声が聞こえた。誰かがやってくる。

少年が警官に、あっち、という風に指を差した。警官がやってきて、ディアの様子を一瞥した。きっと、倒れているディアを見て誰かが警察に知らせたのだろう。

「あの、ちょっとお話よろしいですか?」

「は、はい、何でしょう?」声がうわずった。

「こちらの……」警官が短剣に目を留めた。そして、こちらの顔も見ず、大急ぎでノートを取り出し、さらに綿棒のようなもので短剣の血液を採取した。小さな袋を取り出し、中の綿棒と見比べる。次に特殊な紙で柄の指紋を拭き取った。

「手を出しなさい。」

言われるがままに右手を出した。指紋を取られる。そして、特殊な紙を虫眼鏡で調べた。

この間、ディアは頭が混乱し、警官に対して何も言えなかった。この短剣は自分のものではない、さっき男に襲われた……そんな話が出来ていたら、どれほどよかったことか。

「ちょっと、署までよろしいですか。」明らかに命令だ。

「え、いや、違うんです、僕はあの、さっき……」

「詳しい話は署にて伺う!」警官が左手を掴もうとしたが、咄嗟に交わした。そして何を血迷ったか、短剣を手に取ってしまったのだ。

「あの、違うんです!」

「武器を放せ!抵抗はやめろ!」警官がピストルを構えた。

……この時、ディアの頭にあることがよぎった。以前タウから犯罪心理学などの話を聞かされていた時の事。リトラディスカの警察は、まず疑わしいことがあったら調べ、証拠が挙がれば本人の意思にかかわらず、とりあえず連行する。あとから何を言っても、証拠がそこにあれば、後出しじゃんけんにしかならないのだ。というわけで、もし重大な犯行の犯人だと冤罪をかけられたら、まずはその場を立ち去り、真犯人が現れるまで逃げるしかないそうだ。仮に連行に従い、真犯人が出てこなかったら、本当に逮捕されてしまう……

ディアは武器を捨て、後ろの藪に隠れながら逃げた。

「待て!!!」

ひたすらに藪の中を走った。クロナ探索のおかげで、数年前よりも足腰は強くなっているが、警官も若く体力がある。藪の反対側に飛び出し、自分の家の方へ駆け抜けた。時折わざと角を曲がっては、警官の目を欺いた。しばらく走り、ふと振り返ると、警官の姿はない。息が切れそうだったので、走るスピードを緩め、家路を急いだ。

すると偶然、パフォーマンスが終わった後のユノに出会った。

「お~!ディアさん!お久しぶりです~!!」

「……お久しぶりです……。」息を整えながら言葉を絞り出した。

「大丈夫ですか?どうかしました?」

ディアは一瞬ためらったが、ユノは信頼できる友達だ。彼になら話してもわかってくれるだろう……ディアはユノに、今までの成り行きをざっと説明した。こうしているうちに警察が再び彼を見つけるかもしれない。ユノは不安そうな顔を浮かべたが、しっかりと話を聞いてくれた。

「ディアさんは、ケガは大丈夫なんですか?」

「ええ、ほんのちょっとですから……ですが問題はネックレスの方で……逮捕されることよりもそれを失う事の方が大ごとなので……。」

「男の行方は?」

「それが全く……何しろ気を失ってしまったので……。」

すると、ユノが顔色を変えた。道の向こうに警官の姿を見かけたのだ。

「ディアさん、警察が……!」

咄嗟にユノは袋からチューリップ帽とメガネ、ヘアゴム、黒いジャケット、ブーツを取り出し、ディアに着替えるようにと手渡した。警官は遠くにその姿を現したが、反対側を向いており、こちらに気づいた様子はない。ディアは帽子を被り、眼鏡をかけ、ゴムで髪を縛り、ジャケットを羽織り、靴を履き替えた。パッと見ではディアとはわからない。その間ユノはずっと警官を見張っていた。幸い、着替えている間は気づかれなかったが、すぐにこちらへ走ってきた。

「この服は、明日ここに来た時に返してくれれば大丈夫です。15時の部でここにいます。では、気を付けて。もし話しかけられたら、鼻をつまんで話すと声が変わっていいですよ。」小声でアドバイスをくれた。

警察が怪しみだす前に、そこから足早に去った。心臓が激しく脈打っている。見つかったらもう終わりだ。

だが、よく考えれば最初の警官は自分の顔と声しか知らない。名前は名乗っていないのだ。市場の関係者に取り調べが行けば一発でばれてしまうが、今の時点では顔さえ割れなければ大丈夫だ。

ユノは、警官から事情聴取を受けていた。

「あの、さっき怪しい男を見かけませんでしたか?こちらの方へ逃げてきたと思うんですが……」

「怪しいと言われても……どんな格好でしたか?」

「特別、目立った格好ではないのですが……実は強盗殺人の疑いがあるのですが、取り調べ中に刃物を向けて逃げ出したんです。」

「ああ、そういえば、さっき手になんか持った人が、あっちに向かって走っていきましたよ。」

もちろん、ディアが行った方向とは真逆の道を指さした。

「そうですか、貴重な情報をありがとうございます!」警官も正直にそちらへ走った。


自宅へ向かう途中に図書館のそばを通る。そこでタウを見かけた。ネックレスの事を話した方がいい。

「あ、タウさん!!」

タウは怪訝な顔つきでこちらを見た。変装をしていることをディアはすっかり忘れていた。

「あの、ディアです。」

「え!?」

近寄ってきて、初めてこの怪しい男がディアだと認識した。

「ど、どうしたんですか、そんな……格好で。」

「いや、実はですね……」

ディアはタウにも事の成り行きを説明した。タウは終始厳しい顔をしていた。

「ほんっとうに、自分の不注意なんです……。せっかくくださったのに申し訳ないですし、危険なこともよくわかっています。あれがないと力を使えないんですよね……。」

「……恐らくそうだと思います。ですが仕方がありませんね。早いところその犯人を特定して取り返さないと。」

「問題はそれだけじゃなくて警察も……タウさん、犯罪心理学の反対って何ですか?」

「え??」

「あ、つまり……、犯人が犯行に至る心理ではなくて、警察が犯人を捕まえる心理です。それについて何か研究は……?」

「いや、そういう視点ではちょっと……」

とりあえず警察について知っていることを語ってもらったが、とにかく冤罪は逃げるが勝ちという話だった。

「ディアさん。大変かもしれませんが、警察からは逃げてください。と同時に、犯人を追ってください。もし捕まったら……それなりの事件ですから、拘束期間も長くなります。その間に奴らが何をしでかすかわかりません。僕が考えるに、奴らがその強盗殺人の真犯人で、それを冤罪の口実に、ネックレスを盗んだのでしょう。ネックレスの力がばれていたとすれば、僕の不手際でもありますし……危険かもしれません。僕も最大限協力します。ですからディアさん……どうか、せめて、警察にだけは捕まらないでください。」

「ええ……。もちろんです。絶対に犯人を見つけて、警察に突き出してやります!」


その後も他の警官に会うたびにビクビクしてしまったが、変装をしている上に、さっき取り調べられた警官以外は自分の顔を知らない。交番の前を出来るだけ避け、遠回りで家についた。

暑苦しかった変装グッズを脱ぎ、ハンガーにかけた。そして居間に腰を落ち着け、改めてゆっくりと考えた。

状況を整理すると……

まず、自分はあの若い警官に顔を知られ、強盗殺人の疑いをかけられて、逃げてしまった(しかも刃物を向けてしまった)ために追われている。きっとあの警官が交番に帰り、警察署にこのことを連絡するだろう。今日中にはたぶん市場関係者に取り調べが入る。そして登録簿によって顔と名前を一致させ、さらに住所まであぶりだす。おそらく数時間もかからない。すると早ければ夕方にもすべてがばれ、この家に取り調べが及ぶだろう。そして警察署が逮捕状を請求する。慌てていたあまり置き去りにしてしまったすべての商売道具とあの短剣が押収され、指紋を調べられ、短剣にわずかについた左手の血も加わって、より一層証拠は確かなものになる。つまり、捕まったら、終わりだ。

正直、逃げ切れる自信や手立てはなかった。ただ、いずれ捕まったとしても、自分が真犯人を突き出してやれば済む話である。要は、警察が自分を捕まえるより早く、自分が犯人を捕まえればいいだけなのだ。無論、そんなに簡単に行く話ではないが。

ディアは椅子に深く腰掛け、大きなため息をついた。そして、記憶の奥から引っ張り出して、自分を襲った悪漢の顔や特徴をよく思い出した。

軍服で、黒い帽子に黒いマスク。リトラディスカの、まして中央部にいそうな顔ではなく、どこか異国風だった。話しかけてきた男の目は緑だった気がする。そして言葉は、聞き取れた限りだが、この国の言葉ではない。

記憶の中の視線が男の胸元に及んだ。国旗だ。軍服よろしく、胸元に国旗らしきワッペンを付けていたのだ。しかし、どこの国だろう。ケル族が使用していたものとは違うし、そもそも言語が違う。だが、どこかで見たはずだ……

ディアは生まれてこのかた一度も外国に行ったことはなかった。この国はチュソ付近以外の国境線を他国と共有している。つまり、カンドやチックよりもさらに西や東、あるいは北東のトロアよりもさらに北に進めば、別の国に入ることになるのだ。税関はあるが、身分が証明されていれば入ることが出来る。リトラディスカと接している国はたくさんあり、小学校でそれらを覚えさせられるが、全ての国旗までは記憶していない。

中学校から先では、他国の言語も習得する。いくつかある中から選択だ。最大の経済大国である、隣のニッタナーなど、多くの先進国で話されているアングリアか、スウェドなどで公用語となっているフロンサか、ケルン(和解後にカリキュラムに入れられた、ケル族の母語)か。ディアはアングリアを選択したが、はっきり言って得意ではない。

そういえば、さっきの男の話しぶりは何となくアングリア調だったかもしれない。だが国旗はニッタナーのものではないことは確かだ。もしかしたら、アングリアを話す別の国の者かもしれない。だとしたら、アジトなどの活動拠点を、比較的リトラディスカ中央部から近いニッタナーに置いている可能性もある。

とは言ったものの、ニッタナーに行けば全てが分かるわけでもないし、第一ディアはアングリアがほとんど話せない。

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