3日目:悪夢、奇跡、受容
全員が目覚めた後、再びパーティーは歩き始めた。荒れ地を進んでいくうちに、だんだん草がちらほらと見えてきた。そして、100メートルも行かぬうちに、荒野はすっかり草原と化した。
「草地のほうが歩きやすいね。岩場だと足が痛くて……。」
アズの言う通り、メンバーの疲労もだいぶ溜まってきた。まだ若いが、食事をとって一晩寝たくらいでは回復しきれない。それほど、このチュソの洞窟は生気や体力、精神力を吸い取られるということだ。
おまけに、今日は朝から曇っている。さらに冷たい風も吹き始めた。
「寒っ!急に気温が下がったみたい……」
それでも、立ち止まることはできない。できるだけ体を近づけながら団子になって進んだ。
ある地点を過ぎたあたりで、草がサクサクと鳴り出した。霜柱ができているようだ。出発した時の季節とはまるで正反対だった。
「冷たっ!何!?……雪だ。……え!?雪……!?」シアが動揺する。
空からは、白く細かいものが降りてきた。紛れもなく、雪だ。数分もしないうちに積もりだし、降る勢いも増してきた。
「このままじゃ、途中で凍死してしまいますわね……。せめて、皆さん、レインコートを着ませんか?雪が直接当たらないだけ、マシになると思われます。」
気休めだが、とりあえずレインコートを着用した。これで雪の冷たさを全身で感じることは何とか防げる。
足元が安定しないため、歩みは一気に遅くなった。ウィラはサンダルしか持ってきていないため、足が凍りそうだ。寒さに強いアズが靴を交換してあげた。
目的はあれど、ゴールが見えてこない旅は、苦痛を感じさせた。体力温存のため、出来るだけ会話をしないようにしていることが、さらに空気を重くさせる。
すると、フィナが突然立ち止まり、うずくまった。
「あれ!?フィナちゃん!!大丈夫!?」
「…………寒い…………」言葉をやっと絞り出した。
フィナは暖かい地方で生まれ育ったために、最も寒さに弱かった。大きいタオルを取り出し何とか暖めようとしたが、体の震えは収まらない。リアが炎を放って焚火を作ろうと試みたが、大雪のためにかき消された。
アズがフィナと向かい合うように座り、フィナの肩に手を乗せる。テナガに放った時と同じような白い光が、アズの両手とフィナの肩を包んだ。光は次第に大きな羽へと姿を変え、フィナを首元からすっぽりと包んだ。
「……あったかい……毛布みたい……。」
アズは何が起こっているのか全く分からなかったが、取り乱さず光を出し続けた。
数分後、ようやくフィナの顔色が良くなった。アズが手を離すと、すっと光と羽が消えた。
「凍死する寸前だった……。アズちゃん、本っ当にありがとう!」
「私は……、何にもしてないんだけど……。何なんだろう、この力……。」
「それ。エンジェルさんだと思うよ。おとぎ話、知らない?」
「うん……。」
「あのね。むかし、戦争が、ありました。みんな、戦士が、死んじゃって、街の人、巻き込んで、困った。もう、誰も、戦うこと止める、出来ない。そしたら、空から、エンジェルさんが、降りてきた。で、死んじゃった人、お空に連れてった。ケガした人、治した。困ってる人を、良くしてあげたんだ。怒ってる人は、つまんない、ってなって、怒らなくなった。だから、みんな、仲良くなって、めでたしめでたし。って言う話。
さっきとか、この前とか、アズちゃん、エンジェルさんにそっくり。戦う気持ち、無くなったし、困った人、助けた。ね?」
「私が……エンジェル??でも、私は人間よ。」
「アズさん。実は今ウィラちゃんの話を聞いて思い出したのですが、私も昔その話を親から聞かされました。実話だったそうです。ある研究によると、そのエンジェルは、もとは人間でした。それが、力を神から授かり、戦いを諌め、窮する人を救うエンジェルとなったそうなのです。もしかしたら……これは私の憶測ですが……、このクロナ探索を成功させるために、あるいは、迫りくる困難を乗り越えるために、神がアズさんに力をくださったのかもしれません。」
「それが本当なら、恐れ多いことです。ですが……自覚が全くないので、この力を操ることが出来ないんです。」
「持っているだけでも、立派なことです。それに、必要とされたときには、きちんと発揮したでしょう。」
雪は降り続いている。同じことが起こらないように、みんな毛布を体に巻き付けて一足ずつ進んだ。
もうすでに数メートルもの雪が積もっている。手が凍えることを覚悟で雪をかき分けながら、道なき道を拓いていった。
1時間ほど歩いていると、突然、奇声が響いた。
「kkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkk!!!!」
「なっ……何!?今の声!!」
「あれは……ユキワシ属!あれを見て!!」
フィナの言う通り、大空から一羽のユキワシが急降下してきた。そして、鋭い爪と嘴でジラの襟を引っ掴んだ。
「きゃあ!!たっ、助けてください!!!」
そう言い終らないうちに、ユキワシはジラを掴まえたままみるみる上昇していった。
「ステイプ・マキシア(完全に気絶せよ)!」リアが杖を差し出して叫ぶ。光線は見事に命中し、ユキワシはジラを離した。シアが急いで走りジラを受け止める。
「おケガは……ありませんか?」
「いえ、私は大丈夫です……。ただ……」
そう言ってジラは振り返った。ユキワシは気絶していなかったのだ。リアの呪文が逆鱗に触れた。そして、ターゲットを切り替えた。
だが、嘴をドリルのようにねじりながら突進してくるユキワシにも、怖気づくことはなかった。リアは、自分の覚えた呪文に絶対の自信を抱いている。知っている呪文をとにかく並べ立てた。
「インセンダ(火を噴け)!アクエル(水よ)!グレーサ(凍れ)!スラッシャ(切れよ)!あとは……コーパシア(固まれ)!……ぎゃあ!!!!!」
どの魔法もユキワシは素早くかわしていた。その間にも、嘴を回転させ、突き進んでくる。
ユキワシの嘴が、リアの首元に突き刺さった。
しかし、リアはすぐには負けなかった。もう一つの呪文をようやく思い出し、残っている力を振り絞って唱えた。
「……レット・イット・デッダ(命を終わらせよ)……!」
最後の呪文はユキワシの頭に飛び、ユキワシは羽を散らして息絶えた。嘴は血に染まっている。同時に、リアも倒れた。
メンバーが大急ぎでリアに駆け寄る。ジラは消毒液を含ませたタオルで、傷口を拭いた。幸い傷はそれほど深くなく、急所も外れている。
だが、リアは息も絶え絶え、苦しそうに喘いでいた。その上から、容赦なく雪が降り注ぐ。早く手当を済ませないと、衰弱したリアの命がどこまで持つかわからない。
赤く染まったタオルを捨て、ジラが傷口に杖をかざした。そして、祈るようにつぶやいた。
「キュア・ヴァルネル・マキシア(大いに傷を癒せ)……。神よ、彼女に救いを……。」
ジラの放った優しい光が、リアの痛みを取り除く。呼吸もようやく元のペースに戻ってきた。
「リアさん……。ご気分はいかがですか?」
「あ……。鳥は……死にましたか?」
「ええ……まだ傷が痛みますか?」
「はい……。でも、さっきよりだいぶマシです。傷よりも、痛みのせいで死にそうだったので……。」
「ユキワシがリアちゃんを刺した時はホントにどうなるかと思ったよ。生きててくれてよかった!!」
「うん、みんな助けてくれてありがとう。」リアがほほ笑んだ。
「今生きているのは、リアさんご自身の力ですよ。私たちは支えただけにすぎません。リアさんがお強いから、死なずにいられたのです。そして、私を救ってくださりありがとうございました。リアさんがいなかったら、死んでいたのは私だったかもしれませんから。」
「とんでもないです。ジラさんにおケガがなくてよかった。見習い魔法使いなのに、すっかり思い上がってました。自分の呪文は強いんだって。でも、実戦じゃまだまだ歯が立たないから……。ほんと、迷惑ばっかりかけてすみません。」
「そんなことないよ!だってリアちゃん、自分が大ケガしてるのに、最後の力でユキワシを倒したじゃん。それに、自分は弱いからとか言って何にもしない人より、ちょっとぐらい思い上がって挑戦している人のほうがよっぽど強いと思う!」
雪は相変わらず降り続いていたが、リアも元気を取り戻し、パーティーは再び北を目指して歩き出した。
だいぶ歩いたあたりで、ようやく雪が止み、足元は再び草原に戻った。空気もぐんと暖かくなる。メンバーは一斉にレインコートを脱いだ。
磁石で慎重に方角を確認しながら、どんどん進んだ。空は青く晴れ渡り、ドームの向こうから太陽が照り付けてくる。
すると、大きな黒い影が一瞬、太陽の光を遮った。それに気づいたのはアズだけだった。
「ねえ、今の見た!?」
「何を~?」
「今、真っ黒い何かが空を横切って行ったじゃん!見えなかった?」
「???ごめん、わからなかった。」
「また、出てくるかも。なんか、それを聞いて、怖い思い、ちょっとした。やな感じ。」
また黒い影が飛んだ。今度は誰もがその姿を認めた。ジラの顔が青ざめる。
「あれはまさか……、邪悪眼竜では……?いえ、信じたくありませんが……。」
「じゃ、邪悪眼竜??何でしょう、それ。」
「チュソのような、誰も立ち入らない秘境のみに生息するという、名前の通り恐ろしい竜です。怒りに触れれば誰彼かまわず襲いますが、それと同じくらい邪な心を持った人間のみ、竜を手なずけることができます。その竜がここにいるとしたら……」
「……したら?」
「……単独ではなく2匹以上いる。それから、誰かが手なずけて……操る人がいる。恐らく、邪の心を持った人といえば……ケル族!?」
話が暗転していった。邪悪な力を持つ竜が2匹以上いるのに加えて、さらにそれを飼うケル族がいるのだ。
そんな話をしていると、空がパッと暗くなった。見上げると、2匹の巨大な竜の影が、獲物を嗅ぎまわるようにぐるぐると旋回していた。そして、北の岩窟へ一直線に飛び去った。
「申し上げるのも恐ろしいですが……あれは確実に邪悪眼竜です。しかも、ケル族に操られて、私たちのような邪魔者がいないかどうかを監視しているのでしょう。さらに悪いことに、おそらく竜は私たちの存在に気づきました。今、そのことを岩窟にいる飼い主に報告しに行ったものと思われます。」
「そうなると……ど、どうしましょう……。」
「このまま岩窟に向かって行ったら、きっと私たち、まんまと餌食にされちゃうよね。ちょっと作戦を考えてから行動しない?」
ということで、どのように竜に対処するかの話し合いが始まった。
「飼い主は、たぶん1人。この竜は、絶対と信じた人にしかついていかないから。」
「その1人、強いのかな。」
「どちらにせよ、相当悪い人だってことはわかるわね……。私が魔法でぶち当たっていこうか?」
「竜じゃなくて、飼い主を重点的に狙ったらどうだろう?リーダーがいなくなったら、竜が言うこと聞かなくなって、扱いやすくなるかもしれないじゃん?怒り狂った竜は……何とか凌ごう。少なくとも、操られているよりは楽……だよね。」
「それはいい考えですね。では、リアさんが、魔法をもって、飼い主を制圧する。私は、ありったけの武器を駆使して竜を抑えます。それから、もう一匹手伝っていただけると……」
「私やる。大丈夫。怖いのないから。でも、何もないから、なんかちょうだい。」
「本当に大丈夫?竜はとっても恐ろしく強いわよ?」
「大丈夫だよ!」
「じゃあ、一番殺傷能力の高い武器を……でも、操れるかしら……。」
ウィラが何度も頷くので、信頼することにした。
「私たちも、何か手伝いますよ!」
「それでは、効果がランダムで相手に読まれにくい魔法武器をお渡しします。このようなことに備えて、いくつか用意がありますから。」
結果、リアは魔法でケル族を、ジラが両刃剣、ウィラがサーブルを持って竜を、それぞれ攻撃することになった。さらに、シア・フィナ・アズの3人には、打つたびに効果が変わる魔法銃が手渡された。
「あの……もし、ケル族の命を奪ってしまっても、仕方ありませんか?」
「そうですね……極力避けたいところですが、今回はかなりの苦戦を強いられるでしょうし、強力な攻撃も飛び交いますから……やむを得ないでしょう。私たち、そしてリトラディスカを守るために、犠牲になる命があっても仕方がないことです。」
「人を殺してしまったら……たとえ、それが正義のためで、相手が邪悪なケル族だったとしても……心が傷つくような気がします。こんな私でも、戦えるでしょうか?」
「ええ……。確かに辛いことです。私にも経験はありませんが……。みんながいれば大丈夫です。私たちは一つですから。」
出来るだけ物音を立てないようにして歩いた。数十メートル行ったあたりで、咆え声が轟いた。6人が身震いする。どうやら、すぐ近くに待ち構えているようだ。
「じゃあ、まず私が前に出るね。きっと、いきなり攻撃しないで、相手も様子を見るだろうから……。そしたら、ウィラちゃん、ジラさんがついてきてください。」リアが小声で確認を取った。
さらに数メートル進む。広く開けた空間に、ケル族の女が1人、巨大な邪悪眼竜が2匹、こちらを睨んでいた。竜の凄まじい迫力に、思わず声を失った。
「あら、誰かしら?わたくしたちの計画を邪魔する悪い子は。」
「……!?パウ……?」
「な~んだ。エネの『お友達』だった、アズじゃな~い。元気~?私のこと覚えてる~?あ、覚えてるから名前知ってんだよね、あはは。何、クロナなんか探してるの?あんたも随分変人ね~。」
「アズちゃん、知り合い?」
「……思い出したくなかったんだけど……。エネと仲が良かったの。中学生の時かな……いじめられてたんだ……」アズが言葉を詰まらせる。
「何よいまさら。復讐するつもり?悪いけど、あんたみたいな弱虫には無理ね。クロナは私たちがもらうの。あんたたちにはいずれ死んでもらうつもりだから。それとも、今ここで殺してあげようか?今のお友達と一緒のお墓に入れるうちに。きっとそのほうがいいわよね!さあ、やっておしまい!」
「ステイプ・マキシア(完全に気絶せよ)!」間髪を入れずにリアが唱えた呪文は、素早く避けられた。
竜の目がどす黒い紅に変わる。そして、2匹同時に大きく息を吸うと、口から真っ赤な炎を吐いた。パーティー全員が後ずさりする。だが、ジラとウィラがそれぞれ竜に向かって剣を突き出した。
ジラの剣が竜の右前足を叩いた。が、皮膚が厚く、全く通らない。今度は胸元目がけて突き刺そうとしたが、これも弾かれた。ウィラも同じようなことをやっていたが、結果は同じだった。つまり、剣の類はほとんど受け付けないということだ。
その間、リアは「死の魔法」を含むありったけの呪文をパウに唱え続けた。たった1つ、「スラッシャ(切れよ)」のみが命中し、パウの右手に大きな傷をつけた。だが、彼女はまるで痛みを感じていないようだ。そして、おもむろに振り返り、バズーカの筒を取り出した。
「プロテクティア・マキシア(完全防御せよ)」の呪文も虚しく、放たれた砲弾にリアは吹き飛ばされた。
「リアちゃん!!!!」運悪く、先ほどユキワシにやられた傷付近に弾を受けてしまった。その痛みに耐えきれず、リアは気を失った。
それに気を取られたウィラは、竜の前足から繰り出される攻撃をよけることが出来なかった。背中に傷を負って倒れる。その衝撃でサーブルが真っ二つに折れた。そのウィラを、パウが捉えた。
「お前は私たちの奴隷!奴隷ごときが……思い知らせてやるわ!」
バズーカの引き金が引かれる寸前で、アズが魔法銃を作動させた。「空気弾」だった。だがそれもほんの妨害にしか過ぎない。次の一手は「光線」だった。しかし、パウが翳した手によって光は屈折し、あろうことか、光線はウィラに当たった。
「いやぁ!!」アズは即座に引き金から手を離したが、ウィラの意識はもうなかった。
その横で、竜が再び息を吸い込んだ。その眼はジラを捉えている。
「ジラさん、危ない!」シアが魔法銃を放った。「砲弾」だ。それが見事に竜の口中に入った。竜が喘いでもがく。その隙に、ジラは脆そうな腹部を刺しにかかった。竜はさらに痛みに暴れだした。
その様子を見たもう片方の竜が、口から焔の弾を突然吐き出した。それがシアを直撃し、吹き飛ばした。シアは火傷を負って仰向けに倒れた。
怯えて体が思うように動かなかったフィナが、ようやく銃に手をかけた。「水噴射」を放ち、まだ何も傷を負っていない竜を狙った。すると竜はそれを避けるように飛び上がり、翼をはためかせた。一直線にフィナの方へ突進する。フィナは次に「雷撃」を発射し、その稲妻が竜の羽に穴をあけた。これに怒った竜は、尻尾を思いっきり振った。それはフィナではなく、もう片方の竜を攻撃していたジラに当たった。たまらず跳ね飛ばされ、岩の壁に激突する。さすがのジラも、意識を保つことは出来なかった。
その光景を目の当たりにしたフィナは、再びショックで硬直してしまった。アズがそれに気づき、魔法銃から繰り出したのは「槍」だった。それが竜のもう片方の翼を貫いた。竜は飛行能力を失って墜ちたが、まだ死にそうにない。
さらに、先ほどまで痛みにもがいていた竜が立ち直り、邪悪な紅い目をギラリと光らせた。フィナは、その眼を直視してしまった。フィナは石化魔法をかけられて失神した。
竜が小さな炎を吐き、魔法銃を焼き払い、ジラの剣を溶かした。さらに、アズの持つ銃も、その炎によってはたき落された。もう使える武器は何もない。パウが不敵な笑みを浮かべた。
「かわい子ちゃんたち、もういいわよ。」竜が炎を止め、元の位置へ着く。
「アズの仲間ってろくなの居ないわね~。まあ、類は友を呼ぶっていうし?しょうがないかぁ。さあ、もう少しであんたのお友達はみんなあの世行きになるけど、どうする?ここで死ぬ?それとも見殺しにして逃げる?戦うなんて選択肢はあんたにはないわね、あはは!」
「どちらも、私の選ぶ選択肢では……な……」
「ん?なんか変じゃない?まぁいっか。あれ、この人、あんたの国のお姫様だっけ。ちょうどいいわ、最後に絶望を見せてあげる。今からこの人を殺しまぁ~す!」
1匹の竜が顔をジラに近づけ、口をあんぐりと開けた。
「あれ!?ちょっと、アズ?話聞いてんの?こっち見なさいよ!」
アズは俯き、大きく深く息を吸った。そして、ハッと顔を上げた。
邪悪なエナジーの塊がジラに放出される寸前だった。
アズは背中に真っ白な翼を抱いていた。手には黄金に輝く弓矢をつがえ、体全体から淡い黄白色の優しい波動を飛ばした。その波動は空間全体に広がり、気絶していた仲間の意識を回復させた。
「なっ……何なのよ!アズごときが!」パウはすっかり取り乱している。
「エンジェル……さん……だ」ウィラが声を振り絞った。
アズは両手を大きく振り上げ、弓矢を構えた。ジラを狙っていた竜が再び睨み付けるが、アズには何の効果もない。キリリと矢を引き、まっすぐに放つ。矢が光を伴って突き進み、竜の心臓を射た。
もう片方の竜が怒り狂って尻尾を叩きつけようとしたが、アズはふわりと飛び上がって交わした。その後、アズの目を直視した竜が、脳天を突き裂かれて墜ちた。
さすがにパウも恐ろしくなって逃げ出したが、無駄だった。アズが純白の翼を広げて追いかけ、矢をパウの中心に命中させた。
アズは元いた場所に柔らかく降り立った。羽を閉じると、それは弓矢とともに光の中に消え去った。そして、力尽きたように膝を折った。
アズが最後の力で祈りを捧げる。すると、メンバーの致命的なダメージが回復した。アズ自身も体力を取り戻したが、そのまま眠ってしまった。
1時間ほどたった頃、アズがようやく目を覚ました。
「あ……。私、どうしちゃったんだろう?」
「ずっと、寝ていたんだよ。」
「パウは?竜は?」
「アズちゃんがみんな倒したんだよ。紛れもない、エンジェルの姿になって……。もしかして、覚えていないの?」
「う~ん、かすかにしか……。頭がぼーっとして、考えられない。それよりみんな、ケガは大丈夫!?」
先ほどアズが放った波動のおかげで、たいていの傷やダメージは回復していた。
「いろんな攻撃がいろんな方向に飛び交ったから、訳わからなくなっちゃったね。とりあえず私は……今のところ大丈夫みたい。首の骨折れたかなって、死ぬのも覚悟してたんだけどね。痛みもそんなに強くないし。」リアは自分自身に治癒魔法を唱えた。次はシア。
「私もかなり火傷したはずなんだけど、治ってる。跡も残ってないし……。まだ、ヒリヒリするけどね。」火傷用の薬を塗った。次にウィラ。
「背中、痛かった、だけど、治った。体が、電気みたいに、ぴりぴりする。」
「ウィラちゃんごめんね。私の光線が変なところに曲がって当たっちゃったみたい……。」
「ううん。大丈夫だよ。それに、気付かなかったし。もう、頭が、真っ白、だから。」薬は必要なさそうだ。次に、フィナ。
「私は全然平気だよ!というか、記憶が全くないんだけど……竜がものすごい怖い目でこっち見たところまでは覚えてる。あのあと、私どうなった?」
「竜の目にやられて失神しちゃったんだよ。」
「そっか……。でも、体に傷はないから大丈夫!」次はジラ。
「油断は禁物でした。思わぬところから尻尾が飛んできたものですから、避けきれませんでした……。壁に激しく衝突したはずなのですが、不思議と痛みはありません。」
「アズちゃんは?ケガ無い?」
「うん、目立った傷は……。それよりさ……混乱しちゃって……。」
「落ち着いて、アズちゃん。大丈夫よ、悪いことしたんじゃないんだし。さっきも言ってたけど、人間を死なせちゃうのは怖いよね。
アズちゃんは本当にエンジェルだったよ。どこかで聞いたんだけど、邪悪を制するのは純粋無垢な正義なんだって。つまり、悪者が最も恐れているのが、純白の善、ってわけ。エンジェルはその象徴でしょ?だから、邪悪な攻撃は何も効果がなかったし、アズちゃんが繰り出す攻撃に耐えられなかったの。そして、不思議な光で、私たちみんなを助けてくれた。もしあれがなかったら、仮にケル族がいなくなっても、傷のせいで死んじゃったかもしれない。でも、今みんな生きてる。それは、絶対にアズちゃんのおかげよ。あの光が、みんなの命を救ってくれた……。
だから、怖がることは何もない。アズちゃんは良いことをしたんだから!」シアの言葉に誰もが頷いた。
「ありがとう、みんな……。私も、恐れないで、この力と向き合わなくちゃ。」
「急ぐ必要はありませんよ。特別なことですし、アズさんにしか本質は分かりません。ですから、ゆっくり、自分と向き合ってくださいね。受け入れるのはそれからでもよいのです。」
時間は17時をまわったところだが、この広間から少し離れたところで休憩することにした。
次の朝、疲れ切った体を鼓舞して、また旅を始めた。
「ケル族や、邪悪竜のような強大な魔物がいたということは、案外、ゴールは近づいているのかもしれません。もう少しだと思って、頑張りましょう!」
ジラのその声に励まされ、6人は着実に歩みを進めた。
少し歩いたところで、東側からの道とぶつかる空間に出た。そこで、男子パーティーと合流した。
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