2日目:千姿、戦士

 2日目が始まった。荷物を片付け、再び歩き出した。

 蛍光塗料でぺかぺかと光っている洞窟を進む。そして、しばらく歩くと、洞窟が大きく開けていた。

「あれ?洞窟おしまい?」

「まさか……でも、そうだね……。」

「ね、あれ見て!?」

 リアが指さした方向を一斉に見上げた。太陽が照り付けている。だが、透明な分厚いガラスでドーム状に覆われていた。

「あ、あのね。この前見つけた本に面白いことが書いてあったんだけど……『チュソの洞窟を抜けると、空の下に、様々な景色が広がっています。水辺、雪山、森……その全貌はいまだ謎のままです』だって。これから先、いろんな景色を見ることになるのかも。ちょっと怖いけど、わくわくしない?ずっと洞窟の中を彷徨っているよりはさ。」フィナがノートを覗き込みながら言った。


 数十メートルの草原が続いたが、すぐ目の前に鬱蒼とした森林が待ち構えていた。森の中からは時折奇妙な声が聞こえてくる。

「さっき森って書いてあったけど……なんか、怖いね。」

「うん、確かに……。入るのにはちょっと勇気がいるかも……。」

「でも。入ろう。続けなきゃ。クロナ、探すんでしょ?怖くないよ。」ウィラに急かされて、先頭のアズが震えながら足を踏み入れた。

 森の中は、木々の隙間からようやく光が届く程度で、昼間なのに薄暗かった。あの洞窟よりも暗いぐらいだ。

 しかも、湿気が多くじめじめして、むせるような匂いに包まれていた。

「蒸し暑くて息苦しいですね……。早いとこ通り過ぎてしまいましょう。」

 地面は、あちこちの植物から伸びてきた蔓や蔦に覆われている。気を付けないと、足が絡まって転んでしまいそうだ。

「あ!ねえねえ、あれ見て!きれいなお花!!」

 フィナが指をさした。草むらの中から、きれいな赤い花が顔を出している。

「あらなんでしょう。こんなところに。かわいいですね!」

「あれ、確か……。ベニザクラだっけ?」

「違う。アカネザクラだよ。たぶん。」

「あ、そっか。ウィラちゃん、フローリスト志望の私より知ってる!」フィナが恥ずかしそうに笑った。

「疲れた時に癒されるんじゃない?取ってきてあげるよ。」

 リアが草むらをかき分け、アカネザクラを一輪摘み取った。

「わ~い!!ありがとう~!!めっちゃかわいい……。」

 フィナが花弁を優しくなでた。すると、大きな吠え声がした。

 鋭い牙を剥いた大きなイタチが、草むらから現れ、フィナに飛び掛かった。

「きゃあ!!」思わずフィナが倒れる。そして、牙だらけの口を大きく開け、今にもフィナに噛み付こうとしていた。

「やめて!!!!!」

 アズが近くにあった棒を拾い、イタチを強く打つと、フィナの体から離れていった。さらにリアが「リルーサ(放せ)」を唱えると、どこかへ吹き飛んだ。

「だ、大丈夫?」

 フィナはしばらく仰向けに倒れていた。よく見ると、胸元に引っ掻き傷が付いている。先ほどのイタチが鋭い爪を立てていたため、それでケガをさせられたのだ。

「いや、傷だらけじゃない!痛む?」

「……うん……、大丈夫だけど……、あぁっ、頭痛い!」

「きっと、倒れた時にぶつけたんだね……。ごめんね……。私がお花を渡したばっかりに。それに、お花ごとどこかに吹き飛ばしちゃったし。」リアが涙目で見つめた。

「ううん、気にしないで。きっと、テリトリーを荒らされたのが気に障ったんじゃないかな。」

「魔法薬いっぱい持ってきたから、使って!」

 傷薬を塗り、頭を氷で冷やすと痛みはひいた。服の泥を払い、列を整えてまた歩き出す。


 蒸し暑さはずっと変わらなかった。日差しの強さも徐々に増す。葉と葉の間から漏れる光が眩しい。

 足元には丈の長い草が生い茂っている。その間に太い木の根が張り巡らされているため、先ほどよりも慎重に歩かないと、いつ足を取られるか分からない。歩みは一気に遅くなった。

 森の中に入るときに聞こえた奇妙な声が、再び聞こえ出した。声の主は近くにいるようだ。

「さっきから気になってるんだけど、あれ何の声なの?気持ち悪い。」

「少なくとも街の中では絶対に聞かない声ですよね……。確か、王家にある音声資料の中に混じっていたような……何でしたっけ……」

「頑張って、思い出して。」

「あ、あれです。あの~、キノボリ……」

「!!!!!!」

 ジラが言い終わるか終わらないかというところで、木々の中からキノボリレオ――山間部や森林に生息する中型のライオンが飛び出し、ウィラ目がけて突進してきた。そして、ものすごい勢いでウィラを突き飛ばした。

 しかし、ウィラはとっさに体勢を整えた。そして、持っていたナイフを取り出し、レオに向かって突き出した。レオの首元が引っ掛かり、体を大きくくねらせて倒れこむ。だが、再び大きな口を開けて飛びついた。ウィラはその前足の隙間をするりと抜け、後方へ回る。そして叫んだ。

「誰か!武器!ちょうだい!」

 ジラが躊躇いながら、銃を投げた。ウィラはそれを受け取ると、もう一度立ち向かってくるレオの頭目がけて引き金を引いた。弾丸は見事に命中し、レオはその場にばったりと倒れ、やがて死んだ。

 5人がウィラのもとへ駆け寄った。

「ウィラちゃん!大丈夫!?ケガはない!?」

「平気。」

「驚いた。ウィラちゃん、強いんだねぇ。かっこよかったよ。身のこなしが本当に戦士みたい。私じゃ絶対に無理!」シアが感嘆の声を漏らした。

「普通だよ。レオは怖くない。自分のこと、自分で守る、しなきゃ。」

「でもね。無茶だけはしちゃ、だめよ。命はたった一つしかないのだから。自分のことを守れるのは立派なことだけど、いざとなったら私たちのもとへ逃げてきていいんだからね。夕べも言ったけど、頼っていいのよ。」ジラが優しく諭した。

「それに……、手を擦りむいているじゃない。」

 ジラがリュックから包帯を取り出し、右手に巻いてあげた。


 しばらく進むうちに、木々の数が減り、次第に視界が開けてきた。

「あ~、やっとジャングルが終わった~!!すっきりした~!」

「蒸し暑いのが一気に吹き飛んだね。さわやかな風……あ、なんか水の音が聞こえる。」

 耳を澄ますと、せせらぎが聞こえてきた。遠くを見ると、大きな川が広がっている。

「あそこでちょっと休憩しよう?」

 一行は川にたどり着くと、手や足を洗った。川とはいえ、幅は数十メートルもある。しかも、かなり流れが速い。

 アズが水を掬って飲んだ。

「この水、飲めるみたいだよ。暑かったから、喉乾いちゃった。」

 それぞれ、一口ずつ水を飲んだ。


 少し休憩を取った後、この川をどうやって渡るかという話し合いになった。

「あまり深くはないみたいだね。」

「でも、流れがめっちゃ速いよ。気を付けないと、流されちゃう!」

「そのために、泳ぐこと、じゃない、の方が、いいんじゃない?」

「泳がないで渡る……となると歩くのか……。う~ん。」

 シアがしばらく考え込んだ後、ぱっと閃いた。

「誰か、ロープ持ってる?」

「わたくし持っておりますが……」

「使ってもよろしいですか?」

「ええ、もちろん、存分に使ってください。」

「ありがとうございます。じゃあ、私のプランを説明するね。まず、1人が足にロープをしっかり巻きつけて、残りのロープを……そうだな、3人ぐらいでしっかりと持つ。最初の1人が渡っている間、ロープを支えてあげて、無事に岸にたどり着いたら、ロープをこっちに戻して、次の人。で、3人が渡ったところで、今度はロープを向こう岸の人が持って、こっちの人がロープを結んでまた1人……って。もし万が一のことが起こった場合は、ぐいっと引っ張って、助けてあげる。

 ……と、こんな感じでどうでしょう?」

「賛成!」


 まずはアズが渡ってみることにした。足にロープを何度も巻き付け、慎重に川に足を浸す。そして、一歩一歩踏みしめるように歩いた。無事に岸にたどり着いた。ロープを引き戻し、次はリア。そしてフィナ。役割を交換し、ウィラ、ジラと続いた。そして最後にシアがロープを結ぶ。

 シアが残り数メートルのところで、苔むした岩の上に足を乗せてしまった。

「ひゃあ!!!!!」足を大きく滑らせ、悲鳴を上げる。

 パーティーの誰もが唖然としてしまい、一瞬、ロープを手繰り寄せるのを忘れた。その瞬間に、シアの体は水に浸り、どんどん流されていく。

「助け……」

 5人が慌ててロープを握り直した。そして、5人分の力を乗せ、渾身の力でロープを引っ張った。

 幸い、シアも岸に生えている木の根を掴んでいた。ロープに繋がれた足が仲間の方へと引き寄せられていく。シアは所々の枝や根を掴みながら、体を支えた。

 数分後、シアがようやく5人のいる岸まで引っ張られた。足を川底に深く降ろし、やっとの思いで立ち上がり、倒れこんだ。アズがシアを支えて水際から離れた。

 シアは顔を真っ青にし、息を切らしながら声を絞り出した。

「……ごめん……なさい……、本当に……」

「シアちゃん、大丈夫だから、無理に声を出さなくてもいいよ……?」

 シアはうずくまり、大きく身体を震わせながら、涙を溢れさせた。リアがそっと肩を撫でた。他の4人も、心配そうに見つめている。

 背中を優しくさすってあげると、シアはようやく泣き止んだ。

「みんな……、本当にごめんね……。」

「何言ってるの、謝らなくていいのよ。シアちゃんのおかげで、みんなこの川を無事に渡りきれたんだよ。あのアイデアがなかったら、冒険が終わってたかもしれないし。」

「でも……、言い出した私が、こんな失敗で迷惑かけるなんて……。」

「だから、迷惑なんかじゃないよ。みんな一緒にクロナを見つけるんだ、って思ってるんだから、危険な時は助け合わなきゃ。今までだってそうだったでしょ!とにかく、シアちゃんが流されないでよかった。」

「困った、の時は、お互いでしょ?大丈夫?」

 水に浸かったために寒さで震えていたが、目立ったケガは無さそうだ。

「濡れたままだと、風邪ひいちゃうわね。」

 リアが杖を取り出し、「ディスプラシア(脱水せよ)」を唱えた。シアの髪と衣服から水気が吹き飛んだ。

「ありがとう、リアちゃん!」


 川を離れてしばらく歩くと、地面から草が消え、荒れ地になった。所々から尖った岩が顔をのぞかせている。

 地平線の向こうでは、太陽が沈み始めていて、オレンジ色のまばゆさを誇っていた。

「今、何時でしょうか?」

「えっと、18時ちょっと前です。」

 あっという間に暗くなった。フィナとアズがランプを取り出す。空は澄み渡っていて、満天の星空だった。

「見て見て!めっちゃ綺麗だよ!」

「ホントだ~。今日はお天気だったからね。あ、あの星座なんだろ?」

 そんなことを話しながら歩いていると、19時を過ぎてしまった。

「この辺で今日は終わりにしようか。」


 ゼリーを食べ、寝具を用意する。ここでフィナから提案があった。

「皆さ~ん。夜の見張りの順番、交代しませんか~?えっと、最初だった人が真ん中で、真ん中が最後で、最後の人が最初。明日はまたその順で動かして……。どうかな?」

「賛成で~す!!」

 今日の最初の見張りはジラとウィラのコンビとなった。

「ふぅ~。お疲れ様、ウィラちゃん。」

「お疲れさま。ジラさん、いつも、何やってる人?」

「いつもはね、リトラディスカの王家……ってわかるかな。」

「偉い?すっごく、でしょ。」

「まあ、そうね。その王家で、一番上にいるのが、王様。そして、そのお手伝いをしてるのが、私。王妃って言う名前で呼ばれているけど、自分では自分がどのくらい偉いのか、よくわからないのよ。もちろん、国の上に立って、みんなを指揮する立場だから、しっかりしなきゃって思うけどね。」

「そっか……。すごいね。王様、優しい?」

「もちろん!国民のことを一番に考えてくださるわ。頼りがいがあって……」

 突然ジラが動きを止めた。つられてウィラもはっと息を止める。

 武装したケル族の女が岩陰から飛び出し、ウィラの口を手で押さえた。

 その騒ぎで、眠っていた4人も目を覚ましてしまった。

「ちょっと、何をなさるの!?その子を離しなさい!」

「ダマレ。ウゴクナ。」女は機械で声を加工していた。

 おもむろに女は上着のポケットに手を入れた。小型のナイフをちらつかせる。そしてその刃先をウィラの首に向けた。

「ウゴクト、コイツ、シヌヨ。」

「なら、条件を聞きましょう。どうしたらその子を離してくれるのかしら?」

「オマエタチ、コイツ、カエセ。コイツ、ワタシタチノモノ。コイツ、カエシタラ、ワタシ、カエル。オマエタチ、ミンナ、タスカル。」

「それだけは、いやですわ。」

 しばらく睨み合いが続いた。ジラは、王家の教えを思い出した。人質作戦で、身動きが取れなくなったら、相手の目を見よ。決して逸らさず、相手が瞬いた瞬間、行動に出る……。何度も何度も訓練をさせられた。よくクーを相手にしたが、彼は瞬きを滅多にしないので、いつも苦戦していた。それよりは幾分楽な相手だ。

 ちょうどその時、風が巻き起こり、砂埃が相手の目を直撃した。こらえきれずに目を瞑った隙に、ジラが相手の腕を掴んだ。女はウィラを手放す。他の4人はこの緊迫した状況に手を出せなかった。

 ジラと女がもみ合いになる。女が思わずナイフを高く放り投げた。運悪く――ナイフが落ちる先にはウィラがうずくまっている。ジラは女から手を離し、落ちてくるナイフの刃先を受け止めた。ウィラが悲鳴を上げる。

 しかし、ジラは顔色一つ変えなかった。もう片方の手で、女を殴りつけ、頭を蹴り飛ばした。女は頭から血を流してその場にうつ伏せた。ジラはロープを取り出し、女の手と足を縛り上げ、荒れ地の彼方へ放り投げた。

「み……、みなさん……、もう大丈夫です……」

 そこまで言ったところで、ジラががっくりと膝を折った。痛みのためか、全身を小刻みに震わせている。5人が駆け寄ってきた。

「ジラさん!!大丈夫ですか!?」

「手が!誰か!薬!大変!」

「いえ……そんな……大事では……っ!」

「キュア・マキシア(大いに回復せよ)!!!」リアが叫んだ。

 もう少しでジラが意識を失うところで、リアの魔法が効果を発揮した。ジラの顔色が徐々に良くなったが、右手は紅に染まっている。

「ジラさん、ナイフを離して!」アズが金切り声をあげた。ジラの手からナイフが零れ落ちる。

 その間にシアが包帯と傷薬を取り出した。大急ぎで手当てを施す。ジラはうめき声ひとつ上げなかった。包帯を巻き終わったときには、いつもの冷静沈着な表情に戻っていた。

「ありがとうございます。本当に、無茶してごめんなさい。」

「そんなこと、ないよ!ジラさん、ケガ、だったけど、私、助かった!だから、謝ることない。ありがとう!ありがとう!」

 ウィラは目に涙を浮かべていた。

 ジラたちの見張り時間はあと2時間残っている。4人は交代を勧めたが、ジラとウィラが大丈夫だと言い張るため、予定通り任せることにした。

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