女子パーティー、冒険開始

1日目:救助、混乱

「改めて、皆で自己紹介をしませんか?」アズが提案する。

 それぞれが自分のプロフィールを紹介していき、リーダーはアズに決定した。

「あの、もう一つ提案なんですけど……」シアが恐る恐る発言する。

「これからみんなで旅をしますよね。長くかかるかもしれませんし……、仲良くいくためにも、遠慮は無しにしませんか?気軽に声を掛け合ったりして。」

「じゃ、敬語だとよそよそしくない?もしよかったら、みんなラフに話そうよ。」とリア。

 というわけで、年齢や職業の垣根を越え、誰もが気楽にお互いに話せるよう、親しい呼び名と簡素な言葉づかいで会話をすることにした。しかし……

「……でもさすがにジラ様には恐れ多いか……。」

「あら。皆さん、ジラで結構ですよ。私も今は王妃ではなくパーティーの一員ですから。この言葉遣いだけは昔からの癖なので、なかなか直せないのですが……。」

「そうは言っても……じゃあ、ジラさん、ってことで!」フィナが大胆に言い放ったが、ジラは嬉しそうだった。


 西側のルートを辿って洞窟まで歩く。街中がしんとして、休業している店もたくさんあった。

「どんどん静かになっていってるみたい。お化けすら住み着かなそうだよね……。」

「ほんとね。早くクロナを見付けないと、リトラディスカがダメになっちゃいそう。」

 そんなことを話しながら歩いていると、スーツを着た女が歩いてきた。胸にはケルのマークを付け、サーベルを携えている。

 パーティーはピタリと立ち止まった。女が剣を振り上げる。

 先頭にいたアズが、振り下ろされた剣を辛うじて避けた。

「何するのよ!ステイプ(気絶せよ)!!」リアの杖から緑の光線が放たれ、女の顔に命中する。女はのけ反るようにして倒れた。

「いきなり、びっくりしたぁ。アズちゃん大丈夫?」

「うん、ケガはないけど……。この女の人は?」

「今のうちに縛り上げておきましょう。」ジラが縄で女をぐるぐる巻きに縛り、草むらへ寄せた。

「これでいいんですか?」

「ええ、これなら目が覚めても身動きが取れませんし、私たちを追撃することもないでしょう。」

「でも、まだ生きてますよね。」

「もちろん。ですが私たちは、魔物以外は出来るだけ殺したり、傷つけたりしないように決まっているのです。よほど相手が攻撃してくるようなら、やむを得ませんが……。」


 そこから先は誰にも出会うことはなく、洞窟が口を開けているところまでたどり着いた。そして、いざ入ろうとしたその時だった。

「Help!!!!」女の子の叫び声が聞こえた。洞窟の中からだ。5人は声のする方へ駆けて行った。

 見ると、赤い服を着た金髪の女の子が体を拘束され、ケルの女に引きずられている。とっさにジラが魔法銃を取り出し、子供を引っ張っている右手と首元を痺れさせた。その隙にアズが少女を抱き上げる。ジラはさらに頭部にも銃を放つ。女は頭痛に耐えられなくなり、一目散に逃げて行った。

 少女を拘束している金具を取り外した。全身を振るわせて、肩で息をしている。

「大丈夫……?言葉、わかる?」

「…………。少し。あまり知らない。」

 その後少女が落ち着いてきたので、事情を説明してもらった。

 少女の名前はウィラ。小学校高学年の頃、ケル族に拉致された。ケル族は我々とは違う言葉を話すため、リトラディスカの言葉を少し忘れかけている。相手が話すことは理解できるが、自分の意思を伝えることが少々難しいらしい。だが、片言なりに一生懸命話してくれた。

「今日はチュソ行く、言われて、やだ、言ったけど、無理やり。嫌だった、だから、行きたくないって、そしたら、叩かれて……泣いたり、叫んだり、したら、縛られて、引っ張られたの。」

「そう……。怖かったでしょう。でも、もう大丈夫よ。お家はどこかわかる?」

「お家、無くなった、だから、わからない。帰る、できない……。」

「でも、ここに放置しておいたら、また誰が悪さするか分からないよね……。どうしよう。」

 しばらく黙り込んでしまったが、ジラがあることを思いついた。

「ねえ、ウィラちゃん。リンキー・クロナって、知ってるかな。」

「聞いた。さっき。それ探す、言われた。何?」

「もしウィラちゃんが、これからお母さんとかお父さんの元に帰るとすれば、もう一度リトラディスカの人になるのよね。今ね、クロナを見付けないと、この国が無くなっちゃって、みんな死んじゃうの。きっとウィラちゃんの家族も、みんな。そして、私たちはそれを防ぐために、クロナを探しているの。悪い人に横取りされる前にね。だから……、もしよければ、私たちと一緒に行かない?無事にクロナを見付けて帰って来られたら、絶対にウィラちゃんを元のお家に返してあげるから。約束する。ね、どうかな?」

「うん。わかった。行く。」

「よかった!皆さん、私が勝手に決めてしまったけど……、よろしいですか?」

 反対する理由はなかった。ジラのこんなに優しく無警戒な姿を見るのは初めてだ。

 そういうわけで、ウィラを加えた6人で旅をすることになった。


 洞窟の中は、ランプを必要としないほど壁が光っていた。まるで蛍光塗料のような黄色い光が6人を包む。

 数メートル進んだあたりで、全員が異変に気付いた。雨上がりの道のように、地面がぺちゃぺちゃと音を立てるのだ。最初はただ踏み心地が悪いだけだったが、次第に靴を上げるのに力がいるようになってきた。

「ねえ、何か地面がぐちゃぐちゃしてない?」

「そうよね。歩きづらい。」

「どうやら、土が水分を多く取り込んで、ぬかるんでいるようです。それも、徐々に粘度を増しているみたいで……。靴が固まって身動きが取れなくなる前に」

「あの、歩く、できない!動かない!」ウィラが言葉を遮った。

 先ほどは気づかなかったが、ウィラはとても底の薄いサンダルを履いている。他の靴よりも強度がないため、ぬかるみにくっついてしまったのだ。

「大変!私たちも何か考えなきゃ……」フィナが焦った。

 リアがサンダルを引きはがそうとしたが、あまり強くやると靴が割れそうだ。

「いいこと考えた!」シアがぬかるみの中に、行けるところまで手を突っ込んだが、手首くらいの高さで底に到達した。

「これ、あんまり深くないみたい。だからここは思い切って、水にしちゃう。靴は濡れちゃうけど、水たまりだったら動けなくなる心配はないし……、それに、粘度が増すごとに靴が入り込む深さは無くなっているから、きっとこの先ただの床に戻るよ!」

「本当?……でも、どうやって水にするの?」

「あ~、それならあれを使えばいい!」

 リアが杖をぬかるみに突っ込んで叫んだ。

「アクエル・マキシア(多量の水よ)!!」

 杖の先から大量の水が噴きだし、泥がどんどん流れていく。そして杖で泥水を後ろに掻くと、粘度が下がり、ウィラの靴も簡単に上がるようになった。

「これでよし!しかし、泥を水にするとは……さすがシアちゃん!」

 皆が嬉しそうに小さく拍手したので、シアは照れ笑いを浮かべた。


 シアの読み通り、水たまりは100メートルほどで消えた。その後は特に大きなトラブルもなく、旅は順調に進んでいった。

「フィナちゃん、よくフローリストって言ってるけど、それって何?」

「お花屋さん、っていう意味なんだけど、ただ花を売るだけじゃなくって、お花を使って芸術品を作ったり、病気の人にセラピーしてあげたり、お花で出来ることを何でもやるお仕事。私お花が大好きだから、勉強してるんだ。」

 そんなたわいない話をしている時だった。突然、アズが悲鳴を上げる。

「どうしたの!?」

 洞窟の奥から伸びている長い手が、アズの体を絞めていた。

「これ、生物の本で見た!暗黒種の、マターなんとか、テナガ系!」フィナが悲鳴交じりの声を上げた。

 リアが「リルーサ(放せ)」「スラッシャ(切れよ)」などを唱えたが、黒い手は特殊な粘液で覆われているらしく、全て弾いてしまった。ウィラが飛び出してきて、持っていたナイフで斬りかかったが、ゴムのように跳ね返された。

 アズの息が次第に荒くなっていく。テナガの握力がどんどん強くなった。

 その後ジラが再び銃を放ったが、やはり無駄足に終わった。

「……痛い……、放して……、助けてっ……!!」アズが声を奥底から絞り出した。

 もう通る武器も魔法もない。アズが苦しむのを唯見ているだけだ。

 アズの息が限界に達する頃だった。体を締め上げる手が、白い光に包まれた。光は手の根元までどんどん進んでいく。同時に、アズの顔から苦しみが消えていった。その背中には、小さな羽がついていた。

 パーティーの誰もが、その光景に息をのんだ。

 光に包まれたテナガは次第に溶けはじめ、最後には何も無くなった。

 5人がアズの元へ駆け寄る。

「アズちゃん!!大丈夫!?」

「……うん、もう平気……。助けてくれてありがとう……。」アズは息を整えながら何とか喋っている。

「……私たちは何もしてないよ。ていうか、何もできなかった……。」

「え……?だって今、手が光って、するするって無くなっていったじゃん。誰かが魔法をかけてくれたんじゃないの??」

「魔法は全て弾かれてしまいました。今テナガを倒したのは、紛れもなく、アズさん自身の特殊な力です。全く身に覚えがないのですか?」

「ええ、何にも……、自分では何もわからないです。何が起こったのかも……」

「そうですか……。私から見た限りでは、今アズさんが、何らかの力を行使して、テナガを光で包み、テナガは戦力を喪失したように溶けていきました。そして、アズさんの背中には、小さな羽があったのです。天使のような。」

「本当ですか……!?私、どうしちゃったんだろう……。」アズは戸惑いを隠しきれなかった。

「でも、助かってよかった!アズちゃん死んじゃうんじゃないかって、恐ろしかったから。とにかく無事でいてくれて何よりよ。」シアが励ました。


 その後は魔物に出くわすことはなく、ひたすら洞窟の中を歩いていた。しかし、誰もが慣れないことをして、疲労が溜まっている。

「今何時?」

「今ね、18時30分過ぎたくらい。もう夕方だし、そろそろ休もうか?」

 リアの意見に全員が賛成し、今日の冒険を終えることにした。

 広めの場所に腰を下ろし、リュックからそれぞれゼリーを取り出す。

「ウィラちゃんも、はい。」ジラは自分のストックから1つを手渡した。

「これ、なにですか?」

「これはね、栄養補給食品といって、1つ食べるだけで、明日の夕方までお腹が空かないし、水も飲まなくても平気になるの。でも、味はいいのよ。」

「話には聞いていたけど、初めて食べた。確かに、栄養食っていう割には美味しいよね。でもシアちゃん、こんなにたくさん、どこで手に入れたの?」

「王家御用達の食糧店に、クロナを探しに行くんです、って話をしたら、あるぶんだけ無料でくれたの。男子パーティーのユノさんも先に来ていたみたいで、彼らには似たような効果の缶詰をストック分全部渡したんだって。」

「こんなに一杯、しかもタダで!?随分気前がいいねぇ。」

「もう誰も買う人がいないから、持ってたってしょうがないし、使ってくれ、だってさ。」

 かなり空腹だったので、全員が夢中になって食べた。


 夕飯を終えて少しゆっくりすると、みんな眠くなってきた。

「これから、こうやって外で寝ることになるじゃん。でも、何が起こるかわからないから、交代で2人ぐらい起きて、見張りをやるってのはどう?」

「いいね。人間は6時間寝れば大体の疲れが取れるんだって。だから……う~んと……そうだ。2人組を、3時間交代でどう?そうじゃない4人は寝てて、3時間たったら次の2人が起きて、さっきの人が寝て。で、また3時間、ってやれば、9時間で、それぞれ6時間は寝られるよね!」フィナが計算しながら言う。

「ナイスアイデア。じゃあ、順番を決めなきゃ。」

 その後の話し合いの結果、アズとフィナが1番手、次がリアとシア、最後がジラとウィラということになった。


「それではみなさん、おやすみなさ~い。」

 アズとフィナが壁に寄りかかって座った。

「はあ~。疲れたねぇ~。」

「めっちゃ疲れた。明日から大丈夫かな、ってぐらい。」

「今日はいろんなことがあってパニクりそうになっちゃったけど……きっと慣れてくると思うよ。」

「そうだといいな~。そういえばさっき、アズちゃん大丈夫だった?なんか訳わからない手にかなり絞めつけられてたけど……。痛かったでしょ?」

「気を失いそうになった。あまりに苦しくて……。でも、今でも思い出すと混乱しちゃうんだ。どうして私が魔法みたいなのを使えたのかな~って……。」

「う~ん……。私にもわからないけど……。きっと、神様がアズちゃんを助けてくれたんだよ。まだ死んじゃだめだぞ~、って感じ?。それか、もしくは、アズちゃんが気づかなかっただけで、実はすっごい魔法をもってる、とか!」

「それはないよ~。……たぶん。神様が助けてくれたのかな。だって、魔法とは全く無縁の生活を送ってきたんだし。それより、フィナちゃんって、意外に物知りだったんだね!」

「意外って!まあ、そんな言うほどじゃないよ~。たまたま、教科書や本で読んだところが出てきただけで。冒険前にクロナについてもいろいろ本読んだけど、どれも情報がバラバラだし、言葉が全く分からないのもあって。ただ、せっかく現役の学生なんだから、覚えてる知識は活かせたらいいな。」

 アズとフィナは賑やかに喋っていたが、誰も目を覚ますことはなかった。


 2人が眠りにつくと、シアとリアが起きてきた。

「ふあ~あ。3時間だけど熟睡しちゃった。でも、まだ眠い。」

「あと3時間後にまた寝られるよ。疲れ取れた?」

「半分くらいかな。何か体よりも、メンタルの方が疲れてる感じ……。心臓に悪いこと、いっぱいあったし。」

「そうだよね。ケル族にも、魔物にも、実際に出くわすことってめったにないもんね。ていうか、出会ったらやばい。」

「でも、リアちゃんには魔法があるじゃん?」

「そりゃ何もないよりはマシだけど、さっきみたいな魔物だったらやられるよ。もっとも、マターのテナガだっけ?そんなのが現れるなんてことはないけどね。やっぱりここは特別な場所なんだな。これからが不安……。」

「私も不安だけど、きっと大丈夫だよ。何とかなるよ!みんなが力を合わせれば大丈夫。ジラさんはいろんな武器を持ってるし、ウィラちゃんだってすごい度胸があるし、フィナちゃんは物知りでしょ。アズちゃんはぐいぐい引っ張ってってくれるしさ。それに、あのケル族を一発で気絶させる魔法を持ったリアちゃんだって十分凄いよ。私には何にもないから、うらやましいな~。」

「シアちゃんだって、あのぬかるみ問題を解決してくれたじゃん。でもせっかくの魔法、こういう時に役立てたいって思ってたから、少しでも力になれて嬉しい。」

 2人は一度も居眠りすることなく、見張りを終えた。


 その後、ジラが目を覚ました。

「ウィラちゃん。大丈夫?起きられる?」

「……うん……起きられる。」ウィラは眠い目をこすっていた。

「調子はどう?疲れ取れたかな?」

「うん、まあまあ。まだ眠いけど……。」

「慣れないことばっかりで、大変でしょう。でも、パーティーの皆さんは本当に優しいから、どんどん頼っていいのよ。」

「わかった。ねえ、なにしたら、言葉、思い出せるかな?いっぱい、わからないで、気持ち、伝える、出来るのか……。」

「……そうか。小学生の時までは、リトラディスカに居たんだものね。大丈夫よ、私たちとたくさんお話すれば、いつの間にか喋れるようになるから。ところで、ご家族とか、お友達のことって、覚えてる?」

「それが……忘れたこと、された。ちょっと前、さっきの女の人。お薬、飲んで、『この人だ~れ?』言われたけど、分からなかった。」つまり、拉致されてから、無理やり忘れさせられたらしい。

「そうなんだ……かわいそうに……。そういえば、さっきテナガに遭遇したときは本当にびっくりしちゃった。魔物に驚いたんじゃなくて、ウィラちゃんがナイフを持って飛び出していったから。怖くなかったの?それから、どうしてナイフを持っていたのかな?」

「怖くないよ。だって、アズちゃん……?苦しくて、かわいそうだったから。助けるって思ったから。あと、ナイフは、探検行くよ、言われたから、持ったほうがいい、だから。あ、あとね。小学校、行ったとき、ゴシンジュツ、習ってた。その時、先生が、ナイフとか、銃とか、危ない、だけど、強いよって。」

「へぇ~。凄いね。かっこいいな。頼りにしてね、なんて言ったけど、私たちのほうがウィラちゃんに頼っちゃいそうだわ。」

 ウィラは初めて笑顔を見せてくれた。

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