3日目:危機、覚醒、結心
朝日が岩窟の奥からゆっくりと差し込み始めたころ、パーティーは支度を整え、3日目の冒険をスタートさせた。
岩窟を抜けると、しばらく大草原が続いていた。まっすぐ歩かないと、どこを進んでいるのか分からなくなりそうだ。地図などというものはないから、なおさら気を付けないと、どこか違うところへ辿り着いてしまう。
コンパスを取り出し、慎重に方角を見定めながら歩く。以前見た写真では、東から西へと未開の地が横長に広がっていた。しかし、西側入り口まで遠くはない。女子パーティーが進む道とぶつからないように、方向転換がなされているはずだ。今向かっている方角は北。とりあえず、北を目指していれば、西側入り口から抜け出してしまうなんていう最悪の状況は防げるだろう。
視界を遮る障害物もなく、一行は止まることなくぐんぐんと進んだ。敵もモンスターも現れない。
その代わりに、数キロ進んだあたりで大きな大きな活火山が徐々に現れた。始めは霞で見えなかったが、近づくにつれはっきりと、北西の方向に見え始めた。
この位置からでも、火口から赤い炎が噴き出しているのが見える。同時に、黒い煙もモクモクと上がっている。
「情報にあった炎って……これですかね。」
「おそらくそうでしょう。ますますこの秘境が意味不明になる……。」
火山の姿が大きくなると、地面の草は消え、溶岩が固まったような岩盤に変わった。歩き心地も途端に悪くなる。歩き詰めの足には応えた。
「……なんか、煙くないですか?」
確かに空気がうっすら濁っている。細かな火山灰等が舞っているのだろう。
万が一、毒ガスなどが発生した際の為に、マスクを用意していた。この濁りの正体がはっきりしないため、全員それを装着した。
しかし、火山の近くはとても熱気に満ちている。マスクをしていると余計暑い。そして暑いと、体力の消耗も早い。
できるだけ早くこの火山地を抜け出すため、速足になった。
ところどころ、岩盤の割れ目から溶岩が流れ出している。ちょっと近づくだけでも火傷をしそうな熱さだ。時折、その溶岩池から炎が吹き上げるため、大変危険だ。
突然、デューが後ろに傾いた。慌ててディアが受け止める。
「わ!……デューさん、大丈夫ですか?」
肩を支え、ゆっくりと地面に座らせた。あまりの暑さに意識を失いかけたらしい。デューはしばらく、力なく目を閉じていたが、やがて少しずつ目を開けた。
「……デューさん……?」他の4人が心配そうにのぞき込む。
ディアが左手で背中を支える。すると――
初日のゴブリン戦の時に見た黄色い光が、その手から放たれた。ただし、あの時ほど光は強くない。手のひらを包み込むような、穏やかな光。
「なんか……、背中が冷たい……。氷のように……」
ディアはまたもや戸惑ったが、身体を支えるこの左手を離すわけにはいかない。
火照った体を冷やすのには最適だった。デューの顔色がようやく戻ってきた。そして、光も段々と弱まり、消えた。
「その光は……、氷の効果があるみたいですね。ゴブリンの時は凍結させたし、今はデューさんの体を冷やした。それも、力を使い分けてる……。」
「ディアさん。これでもまだ、この力が分からないとでも?」
「ええ……。分からないというか、制御できないというか……。」
「昔読んだ伝説に、ファントムという男が出てきたんです。そいつも、あらゆる氷を操っていて……。氷を使って人を助けたり、魔物を倒したりしていました。そこに、『ファントムと呼ばれし者、黄の光もち、掌に湛え、邪悪を凌駕せり。邪悪凍りて動かざりけり。仄かに光りて、熱病に苦しむ者助けり。』という記述があったのが印象的で、いまでもはっきり覚えてます。それと、ディアさんが……状況があまりに似てるんですよ。」
「……いや、僕は人間ですよ?ファントムの伝説は初耳だし……。」
「いや、確か、ファントムも元は人間でした。それがある日、変身するんです。不思議な力が乗り移ったとかなんとかで。ですから、可能性も……無くはないんです。」
デューがディアを凝視した。
「ふうん……。だとしたら、僕はファントムに助けられたんだ。あなたは気づいてないけど、僕にはわかる。やっぱり、そうだったのか……。」
「……何のことでしょう……。」すっかり混乱している。
「今気づいたの。あなたの目が、その力を使っている時は、うっすら、青に変わっている。一瞬、幻かな?って思ったけど、そうじゃなかった。」
「ああ!ファントムも、変身した時は瞳が青くなるって……!」タウが驚嘆の声を上げる。
「僕も、ファントムの話くらい知ってる。しかし、まさかあなたが本当にそれとは……。」
「僕が……ファントム……?」
「信じられないんだろうけど、確実にそうだよ。」
こんな話をしている間にも、太陽が照り付け、暑さも増す。ファントムの話はとりあえず終わらせた。デューもしっかりと立ち上がり、また歩き出した。
歩き続けるにつれ、火山の姿は迫るように巨大になって来る。昼間でも、その巨大な影のせいで視界が暗い。
デューだけでなく、パーティーの誰もが暑さにやられかけていた。足取りもふわふわとして落ち着かない。
早くここを抜けないと危険だ……と全員が思った時だった。
隊列の真ん中を歩くユノが、かすれた悲鳴を上げた。
「っっっっっっ!!!」
驚いてユノの方を見ると、足元に何かが巻き付いていた。
「いちいち変な声出さないで……!?」
つるりと細く、2~30メートルの長さを誇る火蛇だった。5人が一斉に飛び退く。
火蛇は見る見るうちにユノの足に絡みついていった。
「熱っ!……ぅわぁ!助けて!!!」
デューが短剣を叩きつける。しかし、弾力のある皮膚に跳ね返され、全く刃が通らなかった。ミルの振りかざした大剣でも、傷一つ与えられない。
2人が苦戦しているうちに、火蛇がユノを追い詰める。パニックで呼吸が荒くなった。 「これは火山竜種の細身型クサリヘビ……だから魔法攻撃が有効です!!」
クーがポケットから短い棒を取り出した。手を添わせると、20センチほどの木の杖になった。そして、それを火蛇に向ける。
ユノの足を這っていた蛇は、何かに反応したのか、ピタリと動きを止めた。そして鎌首をもたげ、杖の先を睨む。
「レット・ヴァイパー・エヴァネス(蛇よ去れ)!!」
そのクーの声に合わせ、白い閃光が蛇の頭を弾く。するすると巻き付きを緩め、ついにユノから離れた。ユノはどっと倒れるように座り込んだ。
「大丈夫か?火傷は?」
「…………たぶん、大丈夫です……。」
ズボンを捲り上げたが、幸い傷はついていなかった。剣で叩かれ続けたこともあり、威力が十分に発揮されていなかったのだ。
「よかったね。火蛇の火傷はタチが悪いから。毒性もあるし……。」
ホッとしたのも束の間だ。まだ火蛇は生きている。
呪文を浴びせられた火蛇は怒り心頭だった。口を大きく開け、クーに向かって火を吐く。思わず後ずさりしたが、杖はまだ蛇を指している。
「エヴァナ(消えよ)!エヴァネッサ(消去せよ)!!」
だが蛇は消えるどころか、今度はクーをターゲットに変え、舌をチラつかせながら突進してくる。
「何か別の魔法を!」
「ちょ……とこれぐらいしか……!」
「攻撃の魔法は!?何でもいいから!」
通常なら、デューか誰かが応戦してもいい。しかし、頭の後ろからは攻撃を受け付けない。弱点は顔だけなのだ。
「ステイプ(気絶せよ)!ボムド(破壊せよ)!アクエル(水よ)!!」
クーのありったけの呪文は全て、首を振りながら交わされた。
しかも、武器は頭部だけではなかった。10メートルほど先にある尻尾が、勢いよくクーの足を叩きつけた。
「!!!」熱棒で叩かれたような衝撃に、クーは杖を落としてその手を地についた。
その瞬間を火蛇は見逃さなかった。素早くクーの右手に擦り寄り、一気に肩まで上り詰めた。クーも覚悟して目をつぶる。
デューが走り寄って杖を拾った。そしてクーの後ろに回り、蛇の顔面を指す。
「レティット・デッダ・マキシア(完全に命を終わらせよ)!!!」
激しい紅の閃光がほとばしり、火蛇の顔面を直撃した。蛇は硬直し、クーから滑り落ち、尻尾の先から徐々に消え失せた。
「クーさん!!」
見たところ、腕にも首にも傷はない。火傷もしていないようだ。
他の4人も駆け寄った。クーがゆっくりと立ち上がる。
「……魔法、全然だめですね。何も効かない。死の魔法……すごいなぁ。」うっすらと笑みを浮かべながら、冗談っぽく言っていた。
とたんに眼つきが虚ろになる。見る見る、顔色が悪くなっていった。
傷こそなかったものの、火蛇の生み出す毒の液がたっぷり染み込んでしまったのだ。
それに気付いたデューがクーの倒れる体を支え、呪文を唱えた。
「ヒール・ポイゾナ(毒よ、消えよ)。お願い、効いて……。」
小さく青い光が杖先にともり、そしてクーの胸元に飛んだ。
魔法が効いたのか、クーの顔に血の気が戻り、薄く目を開いた。
「クーさん。しっかり。大丈夫か?」4人も祈るような思いで見守っていた。
クーは意識を取り戻すと、両手を膝の裏にやった。先ほど、尻尾で激しく叩かれた箇所だ。痣が出来ていたが、傷薬を塗ると痛みはすぐに消えた。
「なんでも無茶するのは、僕も同じですね。……ご心配おかけしてすみません。」
「そんなこと……何より、大事に至らなくて良かったですよ。それより、具合は大丈夫ですか?」
「まだ、全身が重いです。火蛇の毒はかなりのものと聞きますからね。ですが、歩くことに問題はなさそうです。何よりも、デューさん、ありがとうございました。いろいろ、助けてくださって……。」
「いいえ。だって……助けるのが、当たり前だから。あなたに死なれたら、僕が困る。それから……
国を守り、クロナを見つけるために、このパーティーの誰一人欠けてはいけない!」
クーが瞬きをすると、一粒の涙がこぼれた。それを拭い、両手をつきながらゆっくりと立ち上がる。
他の皆も安心して、いよいよ歩き出そうとしたが、クーはまだふらついている。
「肩貸しましょうか?」ユノが歩み寄る。
「すみません、迷惑かけちゃって……」申し訳なさそうに寄りかかった。
「いえいえ。元はと言えば、僕がやられていたのを助けていただいたんですから……。どうぞ、僕たちを頼ってください。皆、仲間です。」
真ん中の2人のペースに合わせたため、歩みは先ほどよりも遅くなった。しかし、デューは文句ひとつ言わなかった。それどころか、柔らかい表情を浮かべながら、軽い足取りで歩いている。
それに気付いたディアの、もやもやとした不安は消え去っていた。様々な苦労や困難を経て、仲間は結びつく。離れていた心の距離が、徐々に縮まる。そうして、より大きな壁を乗り越えるだけの力を付ける……。最も遠いところにいたデューが少しでも心を開いてくれたことが、ディアは何よりも嬉しかった。
他のメンバーも、歩きながらたまに声を掛け合ったり、笑ったりしている。初日や昨日はそんな余裕がなかった。パーティー全体の雰囲気が、少しずつ変わってきている。
ゆっくりながらも、パーティーは確実に前に進んでいた。まだ暑さは続いている。それに、水分は缶詰である程度まとめて摂れるので、実際の水はあまり用意していない。
それでも、焦りはなかった。それは雰囲気の変化の影響だけではない。火山に大きく開いた抜け道を、もうそろそろ通り抜けるからだ。そしてその先は、再び見通しの良い草原になっている。
ようやく火山地域を抜け出したところで、全員が暑苦しかったマスクを脱いだ。爽やかな空気を、一斉に大きく吸い込む。
すると、遠くの方から何かが聞こえてきた。マーチングのような音だ。トランペットの高音が良く届く。
「何の曲ですかね?」
立ち止まってよく耳を澄ませてみる。かすかにメロディーは浮かんでくるのだが、何の曲なのかが特定できない。
「何だっけな……。どっかで聴いたんだけど。あ~出てこない。」
気にしないで行きましょう、と誰かが言いかけたその時、ディアがひらめいた。
「あ~!!あれです、あの……、ケルの賛美曲!」
「それか……え!?ケル!!??」
気づかなければよかった。この曲はケル族の国歌のようなもので、声明を述べるときや決起集会を開くときなどに必ず歌われる。ディアたちも、ラジオの放送で何度か耳にしていた。しかし、リトラディスカの人間で歌ったり演奏出来たりするものはいない。ということは……。
「どこかに、ケル族の集団がいるってことですかね。しかも、この近さで聞こえるってことは、結構近く……」
「あの、向こうの方に、また小さく洞窟が見えるんです。そこで潜んで練習でもしているんでしょうね。丸聞こえですけど……。」
「どうしますか。このまま無防備にあの洞窟に近づいても、何の意味もありません。もし、彼らよりも僕らの方が少なかったら、袋叩きは確実です。あまり近づきすぎずにバレないあたりで、作戦を練ってから行きませんか?」
一度立ち止まり、作戦会議を開いた。
「聴こえてくる音からすると……3~4人ですかね。」
音がごちゃ混ぜになっていてはっきりとわからない。ディアは再びよく耳を澄ませた。
「トランペット。小太鼓。フルートかピッコロ。だから……、3人です。」
「この距離でよくわかりますね。でも言われてみると確かにそうです。」
「じゃあ……。まず僕たちが前線で切り込む。ね、ミル。」
「そうだね。きちんと装備を……盾と、剣?」
「片方は銃の方がいい。」
「じゃあ俺が剣で行く。お前が銃。で、あと1人は?」
「どうしよう……」
しばらく沈黙が流れた。
「僕が手伝います!」そう名乗り出たのは、クーだった。
「まだ使ってない魔法武器があるんです。それも、結構威力のあるやつ。いざというときのために取って置いたんです。」
そういうと、リュックから小さなライフル状のものを取り出した。
「光線銃です。殺傷能力が結構あるんで使い道がなかったんですが……。」
「普段はあまり殺戮を好まないんでしたっけ。」
「ええ、極力傷を付けずに、力を抑えるだけです。」
「でも相手はケル族と決まってます。しかもこんな秘境の中にいるってことは、僕らと同じように罠を乗り越えてきたのかもしれない。とすると、それなりの力の奴でしょう?初日に出会った奴みたいに、すぐにやっつけられるとは限りません。」
「傷つけたとしても、万が一殺したとしても……仕方ないですかね。」
「やむを得ないよ。だってケル族は僕らに悪さをしてくるのは確実だよ。100%邪魔になる。しかも、生ぬるいことやってたら、逆にこっちがやられるかもしれないし。僕だって誰だって死にたくない。ケガもしたくない。ましてここまで来たのに……。だから、今回の場合は、殺戮をも厭わないでいこう。」
誰もが、納得するしかなかった。
「ですが、クーさん。具合は大丈夫なんですか?」
「いくほどマシになりました。」
「でも……悪いけど最高のパフォーマンスは望めないよね。」
「対応しきれない場合は、僕らも少し手伝います。」
「では、僕らが持っている武器から、比較的扱いやすいやつを渡します。もし誰か襲ってきたら、なんとか応戦してください。正直、僕らは皆さんを見ている暇はないので……」
ということで、ユノは短剣、タウは麻酔銃、ディアは槍を受け取った。
「慣れていないんだから、無茶してケガしないように。」デューが釘をさした。
「そういえばさ。ディアさんの力は利用できないの?あれ、かなりの武器になるんだけど。」
「出来たらいいんですが、何せ力の発動方法とか制御法とか、何にも分からないんです。今使いたいから、光を出して……っていうのが出来ないんです。自分でもわからないうちに勝手に手が光ってるので。ですから、ごめんなさい……僕の力は期待できないです。」
「それが分かればねぇ。折角の力、もったいないなぁ……。ま、分からないんだから仕方ないけどさ。僕だって分かんないし。」
なぜ自分には「ファントム」の力があるのか。戦いとは全く無縁の世界で生きてきた自分が、なぜ……。自分ではなく、デューなどが持っていれば、余すところなく力を発揮し、平和維持に役立てることが出来ただろう。だが、その力は自分が持っている。有用でも、使えなければ宝の持ち腐れになる。
完全装備で洞窟の入り口に立つと、音楽がはっきりと聞こえた。確実に3人だ。
すると、気配を察知したのか、音楽がピタッと止んだ。パーティーに緊張が走る。
「大丈夫だよ。そのために準備してきたんだ。弱気になるな。」デューが小声で励ました。
ランプを2つ付けて、忍び足で洞窟を進む。
ガサリ、と音がした。そうして、向こうからオレンジ色の光がやって来る。パーティーは息を殺した。
現れたのは、鎧をほとんど身に着けていない初老の男、中年の男、手ぶらの若い男。
「おやおや、誰ですかね?こんなところをうろついているのは。」
初老の男の声を聞いた瞬間、デューがドキリと止まった。
「お前は…………」
「おやあ、デュー、でしたかな?お久しぶりですねぇ!覚えてますかな、このロモを。」
「おい、知り合いか?」
「……前に斬られたことがある。でも、だから何だ。行くぞ!!」
デューとミルが盾を構え、武器を相手に向けて突き進んだ。ロモと中年男が応戦する。
デューとロモはお互いの盾に隠れ、銃を打ち合う。どちらにも一発も当たらない。ミルはもう1人と剣を交わしている。
そして、若い男は悟ったような目つきでゆっくりとこちらに歩み寄った。サッと杖を構えたが、クーがレーザーで撃ち落す。男は右手にケガを負った。
その様子を後ろの3人が見守る。クーのその一手に見とれていると、うめき声が聞こえた。
声の主は、なんとデューだった。右足の靴が赤くなっている。さらにもう一撃が、顔の横を掠めた。
若い男が杖を取り直し、ロモに向けた。そしてデューの攻撃の手が止んだ隙に、ロモの銃とタウの麻酔銃をすり替えてしまった。すかさず一発放った針はデューに命中し、意識を失って倒れた。それに、ミルは気をとられた。中年男の攻撃を何とか盾で防いだものの、麻酔銃は防げなかった。
主力の2人を片づけると、今度はこちらに向かってきた。クーは眠っている二人を起こそうと呪文を唱えているが、効く気配はない。
タウが目をつむって銃を放つが、重いために手元がくるってしまう。麻酔銃はもう弾が切れていた。ロモはそれを投げ捨て、タウから銃を奪い返し、さらにその銃で彼の胸を強く突いた。ユノが短剣を振り回して、一撃だけロモの右手にヒットさせたが、ひるむ様子は全くない。
そのうち、クーがレーザーを若者の喉に命中させた。男は血を吐きながら倒れこんだが、まだ死んではいない。
それに呼応するように、ディアが、タウに斬りかかってきた中年男に向かって思いっきり槍を突き出した。腹部に深く刺さり、その惨景に思わず顔をそむけた。男はデューのそばにしゃがみ込んだが、こちらもまだ生きている。
この2つの攻撃がロモの怒りに触れた。ユノに向かって、何度も発砲する。ユノは必死に後ずさりしながら、何とか避けている。そして、クーの光線銃と自分の銃をすり替えた。すぐさまユノ目がけて乱れ撃つ。急所は免れたが、あちこちにレーザーを浴び、気を失ってしまった。
先ほどの攻撃から立ち直ったディアが再び槍を突くが、ロモにひょいと取られ、投げ捨てられた。タウが飛び出して、槍を掴んだが、ロモの視界に入り込んだ。光線銃を捨て、タウの腕を掴み、勢いよく洞窟の壁に投げつける。タウは力なく倒れた。
クーが、若者の杖を奪い叫んだ。
「レティット・デッダ(命を終わらせよ)!!!!」
紅の閃光が飛び出した。しかし、鏡に当たったように跳ね返され、真っ直ぐクーの元へ返ってきた。呪文を受けたクーはその場で崩れ落ちた。
呪文の発動主がその効果を自ら受けた場合、威力が半減されるため、クーは気絶で済んだが、動けるのはディアだけになってしまった。それも槍はすでに折れ、銃は全て弾切れ、剣はどこかへ飛び、ディアの使える武器は何もない。パーティーの5人が戦闘不能状態になるまでに10分もかからず、全ての行動が一瞬だった。あのデューですら敗れたロモに、丸腰のディアが敵うわけがない。
ロモは緑の波動を飛ばして、傷ついた仲間を全快させた。3人が同時にディアに歩み寄り、それぞれ杖を向けた。
「インカーシア・バインド(呪いの力で縛れ)」
縄が飛び出し、ディアの手足を縛り付けた。
6人すべてを行動不能にしたところで、ロモは唯一意識のあるディアに向かって嘲笑を浴びせた。
そして、鋭い剣を取り出し、デューに近づいた。
「哀れな少年よ。大事な時に限って、力を発揮できないんだね。君ほどの人間が、何もこんな弱いパーティーに入って、恥をさらすこともなかったのにねぇ。」
仲間の2人がニタニタと気味悪い笑みを浮かべる。ロモは剣の先でデューの中心を真っ直ぐ指した。
「君がリーダーかい?今度来るときは、もっと力を上げてから臨むんだね。強い仲間に頼っちゃいかん。君らの為にも、こうした方がよかろう。」
「やめろ……、殺すな!」
「だからぁ、君らの為なんだって。」
「やめろ!!!!!!」
喉が潰れるほど叫んだが、聞き入れるはずがない。体を張って止めることも出来ない。ファントムの力さえ、何の意味もない。ここで冒険は終わる。デューも、他の4人も、そして自分も、この後殺される。ここで世界が終わる……
例えようがないほど悔しかった。情けなかった。ロモやケル族に対する怒りが、体を熱くする。
狂ったような引き笑いと共に、剣が大きく振り下ろされた。
「aaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!」
声の主はディアだった。自分を縛る縄は全て、破裂するように切れた。さすがにロモも驚いて振り向く。デューの体まであと1センチ足らずのところで、剣を止めた。
ディアは勢いよく立ち上がった。その瞳は、海よりも蒼く染まっている。そして、洞窟の気温が一気に零度以下まで下降した。気絶していた5人が目を覚ます。誰もがディアを見つめていた。
「ファントムの……零度世界……」デューが声を振り絞る。
中年男が剣を持って走ってきた。だがディアと目があった瞬間、動きを止め、足元から凍りだし、3秒で全身が凍結した。その間、ディアは男に一切触れていない。男はそのまま後ろにバタンと倒れた。
若者がピストルを取り出してディアに放つ。弾丸はディアの直前で凍りつき、力なく落ちた。男は目を瞑って突進する。それを左手で制すると、若者の氷像が完成した。
これにはロモも驚かずにはいられなかったのだろう。一目散にその場から逃げ出した。しかし、ディアが一瞬で前に立ちはだかる。ロモは踵を返してまた走り出したが、ディアが睨み付けると走った格好のまま動かなくなった。そして、砕けるように地面に叩きつけられた。
零度以下だった気温が元に戻り、ディアは皆のところに戻ってきた。その後、膝を折ってうつ伏せに倒れてしまった。
誰も動くことが出来ないまま、1時間が経過した。最初に動き出したのはディアだ。続いて、クー、ミルが体を起こす。デューとタウも何とか起き上がった。そして、ディアがユノを支えて起こした。
「ロモは……死んだんだよね。」
「ええ……自分が恐ろしいです。」
「力を発揮したことは、記憶がありますか?」
「はい。全て覚えていますが、感覚が暴走していました。自分の意志とは裏腹に体が動いてしまった感じです。」
「でもそのおかげで僕たち助かったんだよね。目が覚めたら、ロモに剣を突きつけられてた。とっくに自分は死んだと思ってた……寒いから、まさか、とは思ったんだけど、本当にディアさんがファントムになっているとはね。やっぱり、力めっちゃ強いじゃん。僕が想像していた、その何十倍も凄かった。」デューが初めて笑った。
「ところで皆さん、ケガは大丈夫ですか?」
様々な攻撃が飛び交い、誰がどうなったのか分からなくなっていた。まずはデュー。
「右足と顔を撃たれたけど、全然大丈夫だよ、このくらいの傷。」
念のため消毒して薬を塗った。次に、ミル。
「僕は目立った傷はないです。まだ麻酔が完全に切れてないのか、少しだけ気分が悪いですが……。」薬を飲むほどではないようだ。次に、ユノ。
「どこをやられたんだろ……。体のあちこちが痛むんです。火傷したみたいに。」
デューが「キュア(治れ)」の魔法をかけたので、少し痛みは軽くなった。次は、タウ。
「もう投げられた時点で死を覚悟しました。生きていて嬉しいです。ところで、左足首が動かないのですが……。」どうやら捻ってしまったようだ。ギプスで応急処置を施した。
次に、クー。
「やっぱり魔法ダメですね。見事に跳ね返されました。でも自分の魔法なので、あまりダメージはないです。」毒の影響もだんだん消えてきているそうだ。最後にディア。
「僕は全然何ともないです。本当に、皆が生きていてくれてよかったです。」
「ディアさん……。」
デューが言葉を詰まらせた。
「あのさ、……、何ていうか、……。その……、……ありがとう。」
ディアはこみ上げる思いを堪えるのに必死だった。
時刻は17時。全員疲弊が激しいので、少し早いが十分な休憩をとることにした。
見張りは立てていたが、自分の番以外の時間は誰もが深く眠りに落ちた。
次の朝、また励ましあって、洞窟の先を目指した。
何にも出くわすことなく歩き続けると、西の方から伸びた道と繋がって、2倍に広く開けた空間が現れた。そこで、女子パーティーと合流した。
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