2日目:漸進、前進

 夜明けと共に起き、荷物を片づけると、早速冒険を再開した。それぞれ6時間寝たおかげか、足取りは夕べよりも断然軽い。

 1時間ほど歩くと、洞窟の中が急に明るみ始めた。太陽の光が差している。

「あれ?出口?」

 確かに、岩のトンネルは終わっていた。そこは、ジャングルのような草むらで、見上げると青空があった。しかし、その空は薄いドーム状の天窓で覆われている。その草むらを割るようにして、一本の道が続いている。そのしばらく先は、崖になっていて、山道に変わっているようだ。

「なぜ……、洞窟の中にこんな空間があるんだ??」クーが戸惑う。

「少々お待ちを……。チュソは、所謂洞窟のようなものだけに非ず。岩場を抜ければ、そこには未知の空間有り。空。山。海。草木。炎。チュソは全てを内包す。……洞窟だけではなくて、山だったり、海だったり、あらゆる地形が含まれているようです。」タウが本をめくりながら話す。

「早く言ってよ!」

「ごめんなさい……。まさか、本当だとは思ってなかったので、皆さんを混乱させてはいけないから……。」

「その情報があっただけ、ありがたいですよ。どうやら、一筋縄ではいかない秘境のようですね。とにかく、進みましょう。」


 崖に到達して、一列に並ぶ。デュー、ディア、クー、ユノ、タウ、ミルの順。

 きつい上り坂を、ぐんぐんと進んだ。そして、少し平坦になったその時……

 デューが突然視界から消えた。悲鳴が山に響く。

 地面が腐っていたのだ。土が突然崩れ、そこに足をとられた。

 ディアがとっさに身をかがめ、手を伸ばした。ぎりぎりのところで、デューの右手を掴む。

 デューは必死の形相で左手を振ったが、なかなか崖を掴めない。ディアが渾身の力を込めて、右手を引き上げた。やっと左手が崖に引っかかる。宙ぶらりんな足を引っ掛け、よじ登った。

 ディアもデューも、息を切らしている。デューは四つん這いになり、激しく肩で呼吸した。

「あぁ……びっくりした……。お2人とも、大丈夫ですか!?」ユノが駆け寄った。

「僕は大丈夫です……。デューさん……。助かってよかった。」

「デュー!これでわかっただろ!ディアさんがいなかったら……本当に死んでたぞ!!」ミルが後ろから檄を飛ばした。

 デューは涙を頬に伝わせていた。

「デューさん。大丈夫ですか。本当に、死ななくて良かったです。それに、ケガも無さそうですし……。ですから、顔を上げてください。」

 そう言って、デューの肩に右手を伸ばした。そして、うめき声をあげた。

「どっ……どうしたんですか!?」

 ディアが右肩を抑え、歯を食いしばった。

 デューを引き上げた時に痛めてしまったのだ。ズキズキと疼くため、言葉が出せない。

「ディアさん。何が起こったんですか?」クーが心配そうに問いかける。

「……右肩が疼くんです……。」やっと答えた。しかし、無理やり笑顔を作った。

「ご心配おかけしてすみません。大丈夫です。慣れないことをしたから、ちょっと痛めただけで……。」

 デューがようやく立ち上がった。まだ息が上がっていて、小刻みに震えている。

「ディア……さん。…………。大……丈夫?この薬を飲めば、痛みは消えるかと……。」

「デューさん……」

「僕のせいでケガをさせてしまった。当然このくらいは……。いや。ちょっと反省した。僕も……、みんなと一緒だ。特別、能力があるとか、失敗しないとか、そうじゃない。1人でなんでもやってきたから、それに気付けなかったけど……。ごめん、うまく言えない。でも、現実を受け入れようと思う。」デューの涙はもう消えていた。ディアも、痛みをこらえ、優しく微笑み返す。

 薬を飲むと、痛みが引いた。右腕がうまく動かないが、手先は辛うじて使える。

 列を整え、慎重に先へ進んだ。


 数キロほど山道を登ったところで、奇声が聞こえた。

「Geeeeaaaaaaaahhhhh!!!!」

「何事!?」ユノが頓狂な声をあげる。

 山の向こうから現れたのは、3メートルはあろうかという怪鳥だった。

「タウさん、この鳥は……?」

「ちょっと待ってくださ……ああぁ!!!」

 急降下してきた鳥の大きな嘴に、タウのノートが弾き飛ばされた。ミルがすぐさま矢をつがえ、怪鳥の胸元を目がけて放つ。見事に命中し、鳥は息を失ったが、ノートもろとも谷底に落下してしまった。

「タウさん、大丈夫?」

「僕の情報源が……痛!」左手を抑えた。

 嘴でケガをしたらしい。袖にかすかな血がついている。

「ノートも取られて、ケガして……。踏んだり蹴ったりですね……」

 幸い、傷は深くない。ディアが包帯を巻いた。

 しかし、あらゆる情報が書き留められたノートを失ったことは、タウだけでなく、パーティー全体にとって大きな痛手だった。

「このノートしか持ってきてなかったの?」

「自分なりに知識を整理していたのがあのノートだったので、一番使いやすかったんです。ですが……、これから先は、僕の記憶で頑張ります。」

「でもそれって正しいかどうか。」デューが口をとがらす。

「もともと、クロナやこの秘境に関する情報自体が、怪しいものです。タウさんはよく研究なさっているでしょうし、元から正しくなかったのだと思えば、諦めがつくのではないでしょうか?」クーがフォローした。


 その後、山道は下りになった。嘘のようだが、目の前は大きく開け、湖が広がっている。

「海ありって、本当だったんですね。もっとも波が立っていないから、これは湖でしょうか。」

「しかし、どうやって渡りましょうね……。」

 まずは、先ほどのいろいろで汚れた服や手足などを洗った。ディアは少量水を掬って飲んでみる。淡水で、毒などはなさそうだ。

 ただの湖とはいえ、先はだいぶ長い。辺りをぐるりと見渡したが、無論、橋もボートも用意されていなかった。

「クーさん、何か防水っぽい道具とかありますか?」

「いやぁ……折りたたみ長靴ならありますが、この湖で使えそうな道具はどうも……。」バッグをごそごそとかき回す。

「今まで湖を渡るような秘境に出くわしたときってあります?」

「僕は洋服をリュックに詰めて、泳いで渡ったことがほとんど。」

「でも、この湖は無理そうだな。僕は一度小舟を作ったことがありますが、そこに適当な木が生えていたから出来たことですし、せいぜい1人分です。何せ時間がかかりますし。」

 6人とも黙って考え込んでしまった。何とかして渡らないと先へ進めない。

 ユノがきょろきょろしながら歩いていた。湖の淵の辺りを、眺めたり、手を突っ込んだりしている。

 実はこの湖、大きさはそれなりにあるが、外周を辿れば何とか向こう岸に着けそうなのだ。ユノはそれに気付いたらしい。

「クーさん、長靴ってどんな感じですか?」

「こんなものしかありませんが……。」と、バッグから袋のようなものを取り出した。1つ開けると、中から丸めたビニールのようなものが出てきた。それをくるくると広げ、形を整えると、大人の足をすっぽり覆うくらいの長靴ができる。

「ああ、これなら……。」ユノはそれを履き、湖の際まで歩いた。さらに、そろそろと足を水におろす。長靴の半分くらいまでが水に浸かった。両足を付けても水位は変わらない。軽く歩いてみたが、ずぶ濡れになることはなさそうだった。

「こうやってゆっくり歩いていけば、なんとか渡れますよ!」嬉しそうに駆け戻ってきた。

 それぞれ長靴を履き、一列になって、そろりそろりと渡りはじめた。

 意外とスムーズに行ける。慣れてきたのか、スピードも徐々に上がった。

 500メートルほど歩いた時だった。後ろから2番目のディアの後ろで、大きな水しぶきが上がった。驚いて振り返ると、しんがりのユノの姿が消えていた。

「え!?あれ!?」

 左手側の林から山犬が顔を出した。が、勢い余ったのか、山犬も湖に飛び込んでしまった。 「ユノさんは!?」

 右を見ると、ユノが必死にもがいて、山犬を追い払っていた。やがて、木の根っこにしがみつく。山犬は犬かきをして、湖の向こう側へ去って行った。

「だ……大丈夫ですか?」

「はぁ……、すみません。犬がいきなり飛び出してきたもんで、足が滑っちゃって……。」

 びしょ濡れのまま、ゆっくりと浅い岸へ上がった。他の4人はゴール地点で待っている。

「びっしょりですね……。何かしないと、風邪ひきますよ。」ディアの差し出したタオルで一応顔と手足は拭いたが、洋服は完全に濡れてしまっている。長靴の中も水が溜まっていた。

「まったくこれだから……。仕方ないな。」デューは魔法の杖を取り出した。

「ディスプラシア(脱水せよ)」杖先から放たれた突風が、水気を吹き飛ばした。

「どうもすみません、ご心配をおかけしました。」


 時間はあっという間に過ぎる。洞窟から出た時は太陽が東に傾いていたが、今は西の空を赤黒く染め上げている。

「そろそろライトを付けた方がいいですね。もう18時です。」

 岩のドームが大きく口を開け、目の前に広がっていた。全長はおよそ1キロぐらいある。しかし出口がはっきり見えているので、気分的にはだいぶ楽だった。

 さすがに歩き疲れたため、スピードはかなり遅かった。洞窟の半分ほど来たところで、19時を超えてしまったので、今日の探索はここで打ち切った。

「睡眠を途中で断ち切ると、疲労が完全に取れないそうです。ですから、真ん中の担当だけ、その点で負担になってしまいますよね……。どうでしょう、ペアはそのままで、順番を交換しませんか?」タウの意見に全員が賛成した。

 ミルとデューが1番、ディアとタウが2番、ユノとクーが最後ということになった。


 当番でない4人が早速寝付く。前日の洞窟の中より涼しくて解放感もあった。

「水の音が聴こえる。湖にもかすかな波が立っているみたいだね。」

「…………。」

「……。デュー、どうした?大丈夫か?」

「……。」

 眠っているわけではなかった。ただ、眼をギュッとつぶっていた。

「おい、デュー!」

「……気づけよ……後ろ……」

 ミルがさっと振り向いた。黒づくめ――それも、顔を黒いマスクで覆い、黒いニット帽をすっぽりとかぶって、手袋もブーツも完全な黒、そんな男が立っていた。そして、突きつけているライフルも真っ黒だった。銃口は確実にデューの中心を捉えている。

 この状況では、デューは動けない。その上、ミルも、下手に動けばデューの命が危ない。

 しばらく時が止まった。しかし、このまましていても仕方がない。次の当番が目覚めてしまうと厄介だ。

 ミルはわずかな隙を伺っていた。そして、相手が瞬きをしたそのわずかな瞬間を狙って、銃を掴み、デューの背から逸らした。

 男が気づいて、引き金に力をいれる直前まで銃口はミルに向いていたが、とっさに上に向けたため、弾丸は岩屋根を打ち砕いて弾けた。

 この騒ぎで、他の4人も目覚めてしまった。下手に動いてはいけないと悟ったのか、固唾を飲んで2人と男を見つめる。

 銃を奪おうとしたが、なかなかそうはいかず、しばらく引っ張り合った。男がついに引き金に掛けた指に力を入れる。ミルは銃口を左手で押さえた。

 弾は2発で切れた。そうしたらこちらのものだ。銃をひねり取って立ち上がり、相手を殴り倒した。気を失って倒れたところを、デューが駆け寄り、もう一発足蹴りを食らわせた後で、金具で手足を縛り付けてしまった。

「ミル!左手!!」

「……っ。いや、大丈夫だよ……傷は深くないから……。」そう言葉を振り絞るが、声がかすれている。

 デューが傷口に杖を向け、小さくつぶやいた。

「キュアー・ヴァルネル(傷よ、癒えよ)……。」

 鮮血は消え、ミルも歯を食いしばるのをやめた。

 ディアが起き上がって、2人に歩み寄る。

「本当にありがとうございました。ミルさんがいなかったら死者が出たかもしれません。左手……大丈夫ですか?」

「ええ。デューの魔法のおかげで、痛みはだいぶ消えました。こういう時に無茶しちゃうのが、僕の悪い癖です。」と小さく笑った。


 男から数十メートル離れたところに休憩場所を移した。

 護衛は先ほどの2人があと2時間で、あとは通常通り行うことにした。

 しかし、さっきの事件の後、ディアは全く寝つけなかった。鼓動が異様に早く、体が震える。先ほどまで何ともなかった右肩も、また疼きだす。呼吸も整わず苦しい。

 しかし、熱などの症状はない。精神的なストレスが募り、体調を崩しているのだろう。

 だが、クロナ探索のパーティーのリーダーが、このような調子では困る。責任を最後まで果たすためにも、途中で倒れるわけにはいかない。ディアは無理やり呼吸を整えた。

 見張りが終わって再び寝床につく。ディアは強く目を閉じた。そして、混乱を何としてでも鎮めようと、深呼吸し、さっきタウに教わったまじないを唱えた。

「空、水、風、大地、木々よ……。安らぎと栄光を与え給へ……。」

 意味はよくわからなかったが、なんとなく心が落ち着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る