男子パーティー、冒険開始
1日目:疑心、発現
クロナを見付けて国を守りたいという熱意が一番大切なことだ、と言われ、男性チームのリーダーはディアということになった。案の定、それが告げられた時のデューの表情は暗かったが。
東側のルートを辿り、チュソ洞窟を目指す。しかし、たどり着くまでがひどく退屈だった。道を歩いている人が1人としていないのだ。パーティーに声をかけてくれる人もいない。期待してはいなかったが、いざ実際にこのような状況に出くわすと寂しいものだった。
ほとんど会話も無いまま、ただ歩き続けた。すると、全身黒ずくめの男が、曲がり角からぬっと現れた。
男の正体は、どうやらケル族の護衛兵らしい。やはりチュソ洞窟周辺を警戒して見回っていたのだ。こちらの存在に気付くと、とっさに銃を構えて威嚇した。
ディアはおののき、固まってしまった。ユノとタウも同じような表情をしていた。クーは焦り、ミルは厳しい目をしていた。
男と出くわしてから数秒後。デューがポケットから麻酔銃を取り出し、一瞬で相手の胸を射た。男は左胸を押さえて倒れこむ。すると、ミルが男の腕を後ろで縛り、木に括り付けた。
「これでもう大丈夫です。先を急ぎましょう。」
2人とも、慣れた手つきだった。普段からこのようなことはよくあるのだろう。
しかし、ディアは自分が勘違いしていたことに気付いた。ギルドは、ケル族などは殺してしまうものだと思っていた。
デューにそんなことを聞く勇気は無かったので、ディアは小声でクーにその事を尋ねた。
「彼らは、人間に対する殺戮は基本的に禁じられています。あのように括り付けておいて、後で警官がそれを連行するのです。とにかく、宝が守れたり、探査が遂行できたりしさえすればいいのですから。ただし、よっぽど相手がこちらに危害を加える場合……または銃や刀で激しく競り合った際に、相手を傷つけたり、死なせてしまったりすることももちろんあります。それは致し方ないことだと思います。正当防衛と言うものでしょうね。しかしそれ以外は、無駄に殺したりはしません。ケルは違いますが。」
この会話に気付いたデューが、凍り付くような冷たい視線を送った。
またしばらく歩いたのち、ようやくチュソの入り口にたどり着いた。とにかく暗い。先が全く見えない。すると突然、ユノが悲鳴を上げた。先ほどのような男が、彼の首を締め上げたのだ。もう片手にはナイフを持っている。
今度はすかさず、クーがバックから輪のようなものを取り出し、ひょいと投げ上げた。男はそれに気をとられた。その隙に、ユノは男の腕をはねのけ、飛びのいた。投げた輪は広がり、男の首を絞めた。驚いてナイフを落とす。そうして、喘ぎながらその場を走り去った。
「びっくりした……。」ユノが半分涙目になっている。
「あれは……死なないのかな。」タウが不思議そうに呟いた。
「あんな程度じゃ死ぬわけないでしょ。ただ驚かしただけだよ。学者さんでも知らないことがあるんだね。」
「それはそうですよ、僕だって……」デューと張り合うとろくな結果にならないと悟ったのか、タウはそこで言葉を切った。
相変わらずデューは心を閉ざしている。そして、他の人、とくに戦闘や訓練の経験がない人が出来ることも少ない。ディアには不安しかなかったが、気を取りなおし、懐中電灯を取り出した。
「さ……、さあ、入りましょうか。」無理やり笑顔を作った。
6人が懐中電灯で照らしても、足元がやっと見えるくらいの暗さだった。しかし、誰も見たことが無い洞窟なので、どこに何が仕掛けられているかもわからない。
「足元だけ照らしていたら、不安じゃないですか?」ディアが振り向いて呼びかける。
「それもそうですね。しかしこの暗さでは、良く照らさないと危ないので、仕方ないかと。」
ミルがそう言うと、ユノが何やらきょろきょろし始めた。
「ちょっと皆さん……いや、ディアさん、ミルさん、いったん電気を消してもらえますか?」
言われるままに2人がスイッチを切ると、ユノも光を消した。今下を照らしているのは3人。それでも、歩くには十分の明るさだった。
つまり、6人がまとまって同じところを照らしていたので、光が重なってしまったというわけだ。
「これでも見えるでしょ?ですから……今消してくださったお二方は、上を照らしてもらえますか?」
「それなら、先頭を歩くディアさんが前、ユノさんが左上、ミルさんが右上。そして他の皆がそれぞれ被らないように下を照らしましょう。」
クーが意見をまとめたところで、再び歩き始めた。
洞窟の中では特に何もなく、パーティーはどんどん歩みを進めて行った。このまま順調に行ってくれれば……とディアは願った。
クロナ探索はそんなに簡単ではなかった。
いきなり、ディアの足が止まった。危うく将棋倒しになりそうになる。
「何?!」デューが声を上げた。
「ごめ……あの、足が全く動かないんです。ちょっと、照らしてください……。」
6人が一斉に電灯を向けた。そして見えた光景に、ディアは気を失いそうなほど驚いた。
真っ黒で、人間の2倍ほど大きなスライムのようなものが、ディアの両足をしっかりと押さえつけていた。飛び出した1つ目が、6人をじろりと眺めている。
ディアは全く身動きが取れない。
「これは……ゴブリン種のマター族、入道型!」タウの声も震えている。
デューが再び麻酔銃を取り出して撃ったが、全く効かなかった。ミルの剣も、するりと抜けてしまった。
「ゴブリンの分際で……。なぜ剣が通らない!麻酔も!」さすがのデューも焦っていた。
「入道型だからでしょうか……?」クーがレーザー銃を向けたが、びくともしなかった。
そうこうしているうちに、ディアの足から力が抜けていく。どうやら、生命力を吸い取られているようだ。このままでは力尽きてしまう。
その後、あらゆる武器や魔法で抵抗を図ったが、どれも無駄だった。とうとうディアがかがみ込む。ここで終わるのか……。
床についたディアの手から、まばゆい光が放たれた。自分でも驚いたが、なんとかその光を魔物に向けた。すると、魔物がその1つ目をぎゅっと瞑り、のけ反った。そして、その黒い足から徐々に凍り始めた。見る見るうちに魔物の体が凍りつき、最後には倒れ、砕け散った。ディアもようやく足枷を離されたが、腰が抜けて尻餅をついてしまった。
「な……何が起こったんですか……?」ユノが恐る恐る尋ねた。
「あ……の……ごめんなさい。自分でもよく……。」答えるのも精いっぱいだった。
「状況を整理すると……。ディアさんがしゃがんで、両手から黄色い光が出て、それをゴブリンに向けると、足元から全体が凍って、倒れて、砕けて無くなった。という感じですね。」クーが冷静に分析する。
やっとディアも立ち上がった。みんなの視線が突き刺さるようだ。自分でも、全く自覚がない。
デューが近寄り、ディアに詰め寄る。
「自覚があろうが無かろうが、あなたは今魔力を行使した。しかも呪文すら唱えていない。僕だってそんなこと出来ないのに。なぜだよ。無力なあなたが、なぜ?」
「申し訳ないですが、僕にもそれが全く分からないんです。なんでこんな力が自分にあるのか、ましてそれを今発揮できたのか……。何が何だか。」
「あなたが僕よりも強いなんて考えられない!!
……いったいあなたは、何者なんだ!?」
しんと静まり返った。ディアは、もう居ても立っても居られなくなった。
「と、とりあえず、誰もケガをしなくてよかった!ディアさん、体は大丈夫ですか?」
「……ええ。」
ユノは気まずい雰囲気をとりなそうとして必死だった。
その後は、特に何にも遭遇しなかったが、クロナの手がかりも何も見つからない。
いろいろと歩き続けたせいで、足がもう鉛のようになっている。皆も疲れて、ますます会話が無くなってきた。
ミルが懐中時計を一瞥した。
「もう19時です。一度、休憩しませんか?これから先、洞窟の中とかで野宿することも普通になりますから、いろいろと決めておかないと。」
「そうですね。ここらで、今日の探検は終わりにしましょう。」
洞窟の中でも比較的広い空間に、6人は腰を下ろし、荷物を置いた。
ユノが用意してくれた特殊缶詰を1つずつ開け、それぞれがひたすら食べた。ちなみに、この缶詰は特殊な食材で作られていて、1つ食べれば20時間ほど何も口にしなくて済む。栄養と水分が効率よく摂取できるので、探検家などが好んで購入するが、高価だ。
「ユノさん、この缶詰どこで買ってきたんですか?」
「ああ、これ、実は、買ったんじゃなくて……。王家御用達の商店でこの探索の話をしたら、『じゃあ、もう誰も買っていかないだろうから全部あげるよ』って。おまけどころか、ただである分いただいちゃいました。」
「そうですか。1人10缶……てことは60缶。だいぶ損ですよね。」
デュー以外の4人が笑ってくれたので、少しだけほっとした。
その後、夜寝る際の相談を始めた。無論、全員が一斉に眠ってしまうのは危険である。話し合いの結果、2人ずつ3時間交代で、9時間の休憩の間の見張りをすることになった。
各自、毛布にくるまって横たわる。最初はディアとタウだ。
「では、皆さんお休みなさい。」
4人はあっという間に眠ってしまった。
「どうです、疲れてないですか?」
「いや……、かなり疲れました。もともと運動は得意じゃないし、心臓に悪いこともいっぱいあったし、余計に神経を使ったというか……。」
「わかります。ただ歩いているだけなら、まだいいんですけどね。」
「ディアさん。さっきの魔法について、もっと聞いていいですか?」
「……なんでああなったのか、全く分からないんです。まさか魔法を使えるとも思ってない……ていうか、あれが魔法なのか何なのかも分からない。本当に、突然あんな風になったんです。」
「おかげで、デューさんに文句言われてましたね。彼も、無茶言いますよ。」
「彼なりに考えとか、プライドがあるのでしょう。間違ったことを言っているわけではないので、反論できませんね。でも、皆の心がバラバラだとうまくいかないと思うんです。とは言っても、心を1つにするために何が出来るのか、わかりませんが……」
「どんな困難でも、共に乗り越えることではないでしょうか。心理学でもよく言われます。心を通わせるには、苦しい経験こそ不可欠だ、って。」
途中ディアが居眠りをして、何度もタウに起こされたが、なんとか3時間守り切った。
次の担当は、ユノとクー。前の2人が眠りにつく。
「お昼の時は、本当にびっくりしました。まさか自分が命を狙われるなんて。」
「そうですよね。普通の生活をしていたら、まず経験しないですからね。あれは、誰だって……僕だってビビりますよ。」
「でも、それにしては冷静でしたよね。そのおかげで助かりました。」
「いえ、普段から、王家では訓練をしているんです。やっぱり、国の上に立つものとして、ある程度護身というか、危険に対応できるようにしないといけないんで、こう来たらこう返すとかは、いつも徹底してます。」
「なるほど~。さすがですね。僕なんかすぐ固まっちゃうし……。何せ、いつも大道芸しか訓練してないので。
王家って、やっぱり敷居が高いですが……王妃様とか、普段どんな感じなのですか?」
「みんなが思っているほど、お高くとまった感じではないです。貴族たちとも普通に会話してますし、僕なんかとは冗談を言い合ったりもして。僕が見る限りは、一般的なきょうだいとそう変わりないと思います。ただ、皆の前で演説したり勅令を発表したりするときは、さすが威厳があるなって、弟の目から見てもそう思いますね。」
「そうですか。いろいろありがとうございます。明日も、誰もケガ人が出ることなく、冒険が続けばいいですね。まだ、お互いに慣れてないのでしょうけど……。いざとなったら、助け合えるようにしなければいけませんね。あ……すみません、偉そうに。」
「いえいえ、正論ですよ。早いとこクロナを見付けて、また元の生活に戻りましょう。」
2人はその後も楽しそうに言葉を交わし、3時間過ごした。
彼らが再び寝床に戻ると、ミルとデューが起きだした。
「疲れたな……。普段の護衛より、倍は疲れるような気がした。」
「普段は、みんなを引き連れて歩き回ったりしないからだよ。それから、やっぱりこの秘境は厳しいらしい……。」
「だから言ったろ。お前1人じゃ、絶対無理だったって。王妃様の言うとおりだよ。下手したら、俺たち、ゴブリンごときにやられてたぞ?あの人、何だっけ……、ディアさんがいなけりゃ。」
「あれは……ああいうのに出くわさなければ、僕だって……。あの人は何も力になってくれないはず、だったのに……。なんであんな力が。」
「相変わらずだな、お前も。誰だって力は変わらないと思うよ。ただ経験があるとかないとか、そういう問題で。正直、デューのその態度が嫌悪を作ってる。」
「だってムカつかない?危険が迫った時も、ただびっくりして固まってるだけ。クーさんは、まだ魔法器具の使い方に慣れてるっぽいけど。」
「そんなこともないさ。思い込みで、周りを良く見てないからだよ。ユノさんは、周囲の状況をよく判断して、機転が利く。タウさんには、多くの知識がある。ディアさんは、あの力だけじゃなくて、何かと指揮をとってくれてる。」
「でも……。こんなことも出来ないのか、ってなることも多々だし。実戦で使えないのは本当に困る。思い込み……なんかじゃないよ……。」
2人とも、ため息をついてしまった。
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