仕立屋、族長、学生、女優、魔女
国にクロナ探索の勅令が出たころ、1人の女性がラジオを真剣に聞いていた。
名前はアズ。街の仕立て屋で働いている。彼女もまた、クロナに対して興味を抱いていた。
「へえ、リンキー・クロナねぇ。ほんとにそんな物あるのかしら?」店長が話しかけてきた。
「ええ、本当のところは誰もわからないらしいです。でも、望みはあるから……。それに、クロナってとっても綺麗なんですって。それだけでも素敵だなって思いません?」
「まあね。でも見つけてくださいとか言われても困るけどねぇ。」
「見つけなければならないんですって……。店長さん、もし私が探索に参加したいって言ったら、許してくださいますか?」
「ええ?!……っまあ、別に構わないけど……。どっちにしろ、もうお客だってそうは来なくなるだろうしね。でも、危険だって。」
「それでも……危険を冒してでも、行く価値はあると思うんです。このままおしまいになるのを見つめているよりは。それに、これがケル族の仕業だって聞いたら……。」
アズはそこで言葉を詰まらせた。
ケル族とリトラディスカの民族は、元々1つの国家だった。ちょうど、アズが小学生くらいの頃は、クラスメートにケル族も当たり前のようにいた。
アズには親友がいた。ケル族のエネだ。
2人はいつも一緒にいた。勉強の時も、休み時間も、放課後も……。クラスでも有名な仲良しコンビだった。
しかし、彼女たちが中学生の頃、長い間ケル族を指揮していた族長が死んだ。族民は、本当は独立したくてたまらなかったのだが、族長の言うことに従ってきた。その族長がいなくなった……独立への一歩を踏み出すには絶好の機会だ。
ケル族の表情が見る見るうちに変わっていった。独立運動を推し進めるうちに、だんだんとリトラディスカの民とは心理的に距離を置くようになり、やがて完全に敵視した。
無論、エネも例外ではない。その上、アズには信じられない出来事が起こった。成績優秀で、運動神経も抜群、さらにリーダーシップも強いエネが、まだ中学生ながら、族長に抜擢されたのだ。
エネは見る見るうちに変わっていった。あれだけ仲が良かったアズを最大の敵とみなし、会うごとに冷たい視線を向けた。さらに教科書を隠すなど陰湿ないじめを企て、アズを攻撃した。
アズの心はバラバラに砕けた。最大の友を失ったばかりか、その友が人生最大の敵と変わり果てたのだ。2人の少女から、笑顔が消えた。
中学を卒業すると同時に、ケル族は完全にこの国から独立し、新たな地に住み始めた。それ以来、アズはエネに会っていない。それどころか、ほとんど顔も見ていない。彼女の事を忘れたかった。記憶の奥底に沈めておきたかった。
アズが生地を整えていると、1人の女子学生が店にやってきた。
「こんにちは~!この前頼んだセーター、出来てますか~?」
「お~、フィナちゃん!久しぶり!ちょっと待ってね~!」
アズは店の奥へセーターを取りに行き、カウンターに戻ってきた。
「最近どう?フローリストの勉強、うまくいってる?」
「それが……」フィナが顔を曇らせる。
「学校の先生が誰も来てくれないんですよ!だから毎時間自習、って感じで。やっぱり、この世界が終わっちゃうのもあるんですかね……。」
「ええっ?!それは酷いね。早くクロナを見付けないと、フィナちゃんもまともに勉強できないわけだ。」
「そうなんですよ。てか、みんなクロナクロナって言ってますけど、あれって結局何なんですか?」
「ものすごい力を持ってて、世界を救ってくれるんだって。しかもすごく綺麗らしい。」
「へぇ~。フィナも見てみたいな。すっごく気になります。」
「じゃあさ、今度の会議、出てみない?私も探索に参加したいんだけど、さすがに1人じゃ怖くて。お店も暇だし、もしよかったら。」
「私もこの状況じゃ勉強も出来ないので……。はい。一緒に行きます!」
今、国がどんな感じになっているのか。本当に活気を失って沈んでしまったのか。その状況を確認するため、アズとフィナは街へと繰り出した。
確かに、どのお店も全く賑わっていない。お客もほとんど入っていないし、営業すらしていない店も多い。
2人は街で一番大きな劇場に入ってみた。
警備も受け付けもいないため、会場内まで入っていけた。薄暗い照明の中で、1人の女優が稽古をしている。
観客は誰もいない。女優は2人の姿を見付け、驚いたように稽古の手を止めた。
「あ……。お邪魔してしまってすみません。」
「いえ、大丈夫です。それより、何か御用ですか?」
「あ、特に何っていうことはないんですけど、……次の公演って何を演じられるんですか?」
「本当はいろいろ予定もあって稽古もしていたんですけど、きっとお客さんも入ってくれないですし、稽古してても虚しいだけなんで……取りやめになっちゃうと思います。」
「そうですか……。凄く残念です。あの、お名前は?」
「シアと申します。お2人は?」
それぞれ名乗った後、話題はやはりクロナのことになった。
「昔、クロナについての話を両親から聞いていて。それで、すごく素敵だなって思ったんです。凄い力を秘めているし、輝きを讃えているし。だから、見てみたいなっていうのはありますね。」
「探索には行かれますか?私たちは、行こうね、って話をしてるんですけど……。何せこんな状況なので、誰かが動かなきゃ仕方がないですから。」
「来週会議がありますよね。私でよければ、お手伝いしますよ!」
「本当ですか!ありがとうございます!」
2人と別れた後、シアは稽古を切り上げ、劇場を後にした。今日の稽古にはシア1人しか参加していなかった。
そして、友達の家を訪ねた。
「ごめんくださ~い。リアさんいますか~?」
「は~い!あら、シアちゃん!いらっしゃい!久しぶりだねぇ!」
「いきなり訪ねちゃってごめんね~。今大丈夫?」
「全然暇だよぉ!」リアはシアを迎え入れた。
「最近変な空気よね。みんな沈んじゃってさ。稽古に1人も来ないんだよ、信じられる?」
「マジで!?そりゃないよねぇ。やっぱりクロナを見付けなきゃ始まらないのかな。」
「そうみたいね。あ、それでさ、相談なんだけど……。
さっき1人で稽古してたら、2人の女の子が来てね。クロナ探索に一緒に行きませんか、って誘われたの。とりあえずOKしたんだけど、結局何をしたらいいのか分からなくて……。」
「へぇ~。いるんだ、行く人。てっきり誰も行きたがらないと思ってた。でもシアちゃんなら大丈夫よ!実はね、私も行こうかな~なんて考えてたところ。」
「一緒に行ってくれる?」シアが目を輝かせた。
「その話ならもちろん!せっかく魔法が使えるんだし、使えるときに使わなきゃ!」
リアは魔法使いだった。その能力を何かに活かせないかと、日々考えていたところだったのだ。
「まだまだ見習いだけどさ。ま、何もしないよりは役立つんじゃないかって。」
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