行商人、勇者、道化、貴族、学者、戦士

 闇雲に行動しても仕方がない。まずは、情報を集めることにした。今日の商売を取りやめ、街へ繰り出した。

 ディアはギルド本部の前を通りかかった。人だかりができている。おそらく、クロナ探索を誰に託すかで揉めているのだろう。

「簡単な話じゃあない。マスターが行くべきだ。」

「いや、柔軟な思考を持つ、若者に任せてはどうだ。」

「でも経験が無ければなにも乗り越えられまい!」

「経験と斬新さ……両方を持つ者。そんなやついるか?」

「皆の者。クロナ探索はこの青年に任せることにした。異論は受け付けぬ。」

 マスターの後ろから、1人の青年が出てきた。想像以上に若かった。

「名前はデュー。まだ10代と言う若さだが、これまで数々の秘境を冒険し、力を発揮してきた。経験と斬新さ、両方を期待できる。だが、さすがに一人で行かせるわけにはいかない。誰か、ともに旅しようとするやつはいないか?」

 ピタッと声が止まる。誰も実行する勇気を持ち合わせていないのだ。まして、年端もいかない若者と一緒など……。

 ディアも戸惑った。が、ここで前に出れば、何かが変わるはずだ。

「ぼ……僕が行きます!」声がうわずった。

 皆の視線が注がれる。あまり大勢の前に出るのは得意ではないので、萎縮しそうになった。

「君は、誰かね。」

「行商人のディアと申します。あの、どうしてもこの国を守りたくて……誰もいないなら僕が……お手伝いできることがあるのではないかと……」

「ふむ。その勇気は素晴らしい。デュー、どうだね。話をしてみるか。」

 デューはディアを一瞥した。年齢に似合わぬ、冷たい目をしている。ディアは前に進み出て、デューと対峙した。

「は……初めまして。」

「弱そうだな~。力になるのかな。あなたは自分でどう思う?」

 射抜くような視線だ。明らかにこちらを試している。ここで負けてはいけない……。

「確かに、僕は力は弱いかもしれないけど……クロナを見つけ出したいという気持ちは、誰にも負けないと思ってます。リトラディスカを守りたい。出来ることは何でもしたい。」

「なるほどね。熱意はあるんだ。でもお荷物にならなけりゃいいけど。」

「もし邪魔なら、途中で置いて行ってもいいです。僕も1人ではなにも出来ないし、仲間を探していたので……」

「僕は、1人で十分だと思うんだけどね……。まあ、いいよ。1週間後の、王家の打ち合わせで会おう。その時に最終的に決めるから。」

 生意気だ、と思ったが、よほど自信があるのだろう。自分との力量差を考えると、偉そうなことは言えない。


 自分に何の取柄もないと思っていると、誰も仲間にはなってくれない。ディアは長所を探し始めた。

 まず、熱意。それから、何だろうか……そんなことを考えながら歩いていると、また人だかりに出くわした。なにやら大道芸をやっているらしい。

 1人のピエロが、可笑しな帽子と衣装を身に着け、ジャグリングを披露している。しかし、拍手はない。観客の視線は冷たい。芸が終わり、帽子を掲げて料金を求めたが、誰も銭を入れる者はなかった。

「こんな大変な時に、人を笑わせようだと?不謹慎にもほどがある!これほどのバカ者は初めてだ!何が道化だ。それじゃ国は救えんのだぞ!お前に払う金なんかあるものか!」

 ピエロは視線を落とした。そして帽子を片づけると、そそくさとその場を去った。

 散り散りに立ち去る観客をかき分け、ディアはピエロを呼び止めた。

「あの!ちょっと待ってください!」

「え?何ですか?」

「お金、お支払いします!」

「え……そんな、結構です。確かに僕のやっていることはあまりにも場違いですから。」

「いえ、こんな時こそ、笑顔が必要だと思うんです。」

「ありがとうございます。しかし、世界が終わるだなんて……。

 あ、申し遅れました。僕はユノと言います。」

「初めまして、ディアです。何とかして、クロナを見付けなければいけませんね。

 ユノさんは、クロナ探しには行かれないんですか?」

「う~ん、その力は凄いって聞いたから、自分でもぜひ見つけたいんですけど……何せ取り柄が無いですし、力も弱いし、1人じゃ不安で……」

「僕は来週の会議に出席しようと思ってまして。でもやはり仲間を探しているんです。どうですか、一緒に?」

「いいんですか!?是非お願いします!」ユノの顔が輝いた。


 そしてディアはユノと共に、王家へ向かった。掲示板を眺めたが、特に変わったことはなさそうだった。

 すると、1人の青年が通りかかった。王家の紋章が入ったローブを羽織っている。

「クロナ探索に申し込むつもりですか?」彼が話しかけてきた。

「ええ、何か情報が入っているかなと思いまして。」

「クロナは謎が多いですからね~。そう簡単には見つからないでしょうね。」

「あの、失礼ですが、貴族の方ですか?」

「はい。クーと申します。ジラの弟です。」

 とんでもなく偉い人に気安く話してしまったことに焦った。だが、身分の割に気さくな人らしい。ディアは調子に乗って話をつづけた。

「実は今、クロナ探索の仲間を探しているんです。」

「なるほど。では王家の会議に参加なさりますか?」

「ええ、その予定です。」

「2人きりで?」

「いや……本当はもっと協力してほしいんですが、なかなか……」

 ディアはさらに調子に乗ってみた。

「もしよろしければ、一緒に行きませんか?貴族の方に協力を求めるのもなんですが……。」

「ええ、まあ、そうですね……。見つかるかどうかわからないのに探す気はしないんですが、国を救うためですし……。来週までに考えておきます。」

 探索自体にあまり興味がなさそうだが、とりあえず手ごたえはあった。

 ディアはユノと別れ、家路についた。


 翌朝、一番にラジオを付けたが、新しい情報は何もなかった。やはりクロナは謎の存在らしい。自分でもある程度情報を仕入れておいた方がよさそうだ。伝説程度の知識しか得られないが、無いよりはましだろう。

 商売をする気も起きなかった。どうせ、店を広げても誰も買う人なんかいないだろう……。商品のチェックもせず、近くの図書館へ向かった。


 図書館ですら閑散としていた。もう、国民のだれもが、やる気と活気を失っているのだろう。

 ディアは「伝説・神話」のコーナーへ行き、片っ端から手を伸ばしては読んでいった。

『クロナは地中深くに埋められている。』『クロナは水中に身を潜めている。』『クロナは書物の一種だ。』『クロナは杯だ。』『不老不死の薬が採れる。』『媚薬が入っている。』

 ディアは失望した。どの伝説書も、好きな事を好きなように書いている。信憑性がまるでない。

 諦めて戻ろうとして、読書机の方を見た。一人の学生が、メガネをかけ、食い入るように書物を読んでいる。そして、しきりにノートをとっている。

 よく見ると、その本もまたクロナに関するものらしい。しかし、それなりに優秀そうな学者が必死になって勉強しているのだから、きっと有用な情報があるのだろう。ディアもその本が読みたくなった。

 あまりにじっと本を見つめていたので、学生に気づかれてしまった。

「あの、何か御用ですか?」

「あ!す、すみません……。クロナの本を探してまして……。」

「探索に行かれるんですか?」

「まあ、その計画をしている途中です。」

「そうですか。ろくな本が無いでしょう。僕も大学から研究の命令が出たんですが、何も確かな情報が無くて。でも、この本だけは信じられそうなんです。」

「ちょっと読ませてくださいますか?」

 そう言って本を借りた。が、眉をひそめた。見たこともない言葉で書かれていたのだ。全く読めない。

「これ、何語ですか?」と、実に愚かな質問をしてしまった。

「ああ……、これはジュダ語です。」

 それもさっぱりわからない。どうやら、彼らにしか読めないようだ。

「ごめんなさい、お返しします。」

「いえ。でも確かな情報ではないんです。大学も無茶言いますよ……。あ、いきなり話し込んですみません。僕はタウといいます。」

「僕はディアです。結局今のところ、クロナは何なんですかね?」

「この本によると、明らかに生き物ではないらしいです。それから、埋まってるわけでもなくて、宝箱に入っている。あと、その場所は北西側だそうで。」

 かなり有力な情報だ。北西側の地上にある宝箱に入った物質か。

「でもその宝箱が埋まってるってことは?」

「今のところそこまでは……。実物を見た方が早いですよね。あの、もしよろしければ、探索に協力させていただけませんか?僕もどうしても真実が知りたいので。」

「もちろん!逆に僕からお願いしたいくらいですから。」

 タウは無人のカウンターで本の貸し出し手続きをして、ディアと共にギルド本部へ向かった。


 あのデューとかいう若者の姿はなかった。その代わり、重そうな盾を下げた青年がギルドマスターと話し込んでいた。

「頼むから護衛係をやってくれ!デューに冒険に行かせることを考えたら、あとはお前しかおらんのだ。」

「でもそんなこと言ったって、どこをどう守ればいいんですか?大体、あるかどうかだって怪しいのに……。」

「デューには1人で行かせるつもりだ。お前はとりあえず、一番怪しい秘境に行って、魔物やケル族が近づかないように見張ってくれればいい。」

「ですから、その秘境ってどこなんですか……?」

「北西側にある、チュソの洞窟ではないでしょうか。そこが最も有力とされていて、ケル族や多くの魔物も昔からそこに出没しているらしいです。」タウがいきなり横から口を出した。

「本当かね、君。」

「僕の研究の結果です。確実ではありませんが、かなり有力かと。」

「この2人はなかなか信用が行きそうだ。どうだね、ミル、今度の会議で彼らと組んでみては。」

「構いませんが……お二方、お名前は?」

「僕はディアです。行商人です。」

「僕はタウ。大学でいろいろ研究をしています。」

「なあ、ミル。あ、ちなみに彼は戦士でね。数々の魔物を倒したり、ケル族を駆逐したりしてきた実績があるんだ。……あ、そういえば、ディア君、だったかな。デューの仲間になりたいと頼んだのは。」

 今それを言わなくても……と困惑しながら、小さく頷いた。

「デューは気難しいから、協力して何かするってことには不得手なんだ。ミルはそんなことないがね。」

「そりゃ、デューよりは。でも僕は、クロナ自体無いものと思ってるんですがね。まあ、いいでしょう。来週の会議でお待ちしております。」

 この後、会議の期日までディアたちは交渉を続けたが、大きな手応えは得られなかった。


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