第2話


「さぁ、着きましたよ」


そこは小さな村のようだった。うすいオレンジいろの空にみずいろの月が浮かび、エメラルドグリーンの川が流れ、あたり一面きいろい花で覆われていた。


息をのむような美しさだった。

この世のものとは思えなかった。


しかしそのすぐあとに、言いようのない不安が僕を襲った。すごく遠くまで来てしまった、わかっていることはそれだけだった。


「かえして!僕をもとの場所へかえして!」

思わず叫んだが、

「しーっ!」

おばあさんから返ってきたのはそんな言葉だった。

「そうじゃなくて…!」

苛立ちを隠さずに叫ぶ。噛みつくような勢いでおばあさんに突っかかったが、スッと避けられた。〈これぞ短距離瞬間移動!〉…なんて感心してる場合じゃない。


「耳をすましてごらん?」

さらに言葉を吐こうと思っていたが、急に声が出なくなった。のどの奥に蓋をされたみたいだ。

口を開けたまま固まっていると、いやが上にも耳をすますことになった。

「キラキラキラ…」

「シャラシャラシャラ…」

そんな音があちこちで聞こえた。そして目の前に現れたのは————


はぁ?


心の中で漏れたのはそんな声だった。


あれは……僕の膝くらいの身長しかなくて、背中に羽があって、その小さな体の周りをキラキラの粉が舞っている、あれは俗に言う……妖精か?

いやいや、いやいやいやいや。

自分の考えを自分で否定する。

ありえない、妖精なんかいるわけない。でもじゃああれは?あれはなんなんだ。


「あれはフェポックルだよ。妖精だと思ったかい?」

聞いてもいないのに答えが返ってきた。

こいつ気味悪い。

「あらあら、口の悪い子だねぇ」

おばあさんは僕の心が読めるようだった。


「はろー?」

声がした方を振り向くと、妖精、いや、フェポックルの女の子がいた。ショートボブがよく似合う、快活そうな子だった。

「は、はろー?」

突然声をかけられた上に英語だったので、どぎまぎしながら答える。


すると、おばあさんが堪えかねたように笑い出した。

「ニコ、この子は日本人だよ」

ニコはふっと頬を緩め、

「なぁーんだ!」

と拍子抜けしたように笑った。

なんだか日本人であることを馬鹿にされたように感じた僕は、顔をしかめて口をつぐんだ。


「あら、誤解しちゃだめよ、彼女に悪気はないんだから」

当の彼女はなぜ僕がムッとしているのかわからないらしく、

「外の世界では英語を使っている人が多いんじゃなかったの?」

とおばあさんに聞いた。

「たしかにそうよ。でも、そうじゃない人たちもいるの」

「ふーん」

聞いたくせに興味なさげな返事だなと呆れた。

「ニコ!」

今度はまた別の方向から声がした。その方を向いたニコは途端に笑顔になり、

「アラン!」

と呼びかけに応えた。

二人はそれぞれ片手を出して手のひらを合わせ、そのまま高く上げて下ろしながら、うやうやしくお辞儀をした。


「元気だった?」

「うん!もちろん!」

この挨拶するの久しぶりだねと、くすぐったそうにニコは笑った。


その後も二人は楽しそうに話し続ける。その会話の内容から察するに、彼女はどこか遠くへ行っていて、ちょうど帰ってきたところらしかった。


「あっちではどんな遊びをしてたの?」

「えっとね…」


二人の楽しそうな会話をどこか引いた目で眺めながら、僕の意識は記憶へと移っていった。

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