aftermoon

幸那。

第1話

この町のはずれに、どんよりとした森があって、その真ん中に大きな切り株がある。

人が四人座れるくらい大きくて、子どもの遊び場にでもなりそうなものだが、誰も近寄らないらしい。


なぜか。

不思議に思った僕は、一人で森へ行ってみた。


日頃人が入ることがないので、道のようなものはなく、草木をかき分けてなんとか前へ進む。昼間だというのに薄暗く、なんだか気味が悪いが、少年特有の持て余す好奇心が、僕の背中を押した。


しかし、行けども行けども草木で、ずっと同じところを回っているような気しかしない。


「あれは…?」

前方に何か光が見え、思わず声を出す。


その光のほうへ歩いていくと、突然道がひらけ、ぽっかりと森に穴があいたような場所に出た。そしてその穴の真ん中に例の切り株があった。

そろりそろりとそれに近づいてみた。なにも起こらない。

触れてみたいと思ったが、やはりなにか恐ろしいものが感じられるような気がして、躊躇していた。手を伸ばしては引っ込め、伸ばしては引っ込める。


やっとのことで意を決し、そっと手をのばす。中指の先が微かに触れた瞬間、僕を包み込むように光が射して、体が宙に浮いた。








思わず瞑っていた目を開けると、目の前に小柄なおばあさんがいた。

「はじめまして、キヨシくん」

その意味ありげな微笑みに、明らかに怪訝な顔を返す。

「僕、あなたに会ったことないんですけど」

小学生にしては可愛くないこの返事、これが僕。良い機会だから自己紹介しておこう。


名前は清志、僕はどことなく古くさいこの名前が嫌いだ。年は小学三年生。AB型。おとめ座。あと何か言うことあったっけ…あ、そうそう、誕生日は8月24日。あんまり意識することがないから、つい忘れがちになる。


「こっちへいらっしゃい」

僕の返事なんか無視して、おばあさんは歩き出した。



飛ばされる前となにも変わらない、全く同じ森——な気がするのは僕の勘違いなのだろうか。きっとそうだろう。同じだと思いたいのだ、僕自身が。だが、まわりの木々の色が明らかに違っていた。


葉っぱが、うすいピンクやみずいろをしていた。葉っぱといっても、ふわふわのかたまりみたいなもので、なんとも言えない素敵な匂いがした。


興味津々で見つめていると、

「とっても美味しいわよ」

突然おばあさんが後ろを振り返って言った。


背中に目でもついてるのか?などと思いながら、近くの木に手を伸ばしてみる。


「あ…」美味しい。


素直にそう思った。ほんのり甘く、でも甘いだけじゃない、りんごとももとぶどうを混ぜたような味。それでいて最後に、ほのかなレモンの香りが鼻をすりぬけていく。口の中で一瞬で消えたそれは、わずかな余韻も残さなかった。


もう一口食べたいと思ったが、おばあさんを見失いそうだったので、諦めて走り出した。

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