2-5

「あ……そうだ、長話してる時間はないんだった。さつそく本題に移らなきゃ」

 二科はローテーブルの上のパソコンの電源をつける。

「出会いの場、探さないと! なんてけんさくしよっかなー、『オタク 出会い』とか……」

 二科が、次に俺たちが行くオタクの出会いの場を探そうとした、そのとき。

 下の階から、とびらを開ける音が聞こえた。

「あ、ママ帰ってきたのかな……」

 二科が立ち上がり部屋の扉を開け、下の階の様子をかくにんする。

「……っ!」

 直後、あわてた様子で扉を閉めた。

「? どうした……?」

「やばい、パパまで帰ってきてる……! なんで……!? あんたのことバレたら色々めんどうかも……」

 二科は俺の顔を見て真っ青になる。

「ママにバレんのは別にいいけど、パパは……彼氏とか好きな人いないのか、ってしょっちゅう聞いてくるから、かんちがいされたら色々面倒なことになりそうで……」

「え、それって、俺がいんのバレたら親父さんに殺される系?」

「いや、それはないんだけど……うちのパパ、れんあい脳っていうか……私にも彼氏できたら真っ先にしようかいしろってよく言ってて」

 そこまで話したところで、足音が部屋に近づいてきた。

「やば! 階段上がってくる! とりあえず一ヶ谷かくれて!」

「えぇ!? 隠れるって……」

 二科は慌てて立ち上がると、俺のうでを引っ張って立たせる。

「ほら、早くこの中に!」

 二科が先ほどのオタクグッズの隠されていたクローゼットとは別のクローゼットを開ける。そこには服がたくさんハンガーにかけられているが、下には空間があり、身体をかがめればかろうじて入れそうだ。

 そのとき、扉がノックされ、心臓がね上がった。

「心、帰ってるの?」

「ちょ、ちょっと待って! 今、えてるから!」

 俺は慌てて屈んでクローゼットの中の下の空間に入り込む。二科がクローゼットを閉めた。くらやみの中、二科の服からいいにおいがしてきて、みような気分だ。

「き、着替え終わったよ!」

 完全にクローゼットが閉まってから、二科のそんな声が聞こえた。

 扉が開く音がして、わずかに足音が聞こえてくる。

「ど、どーしたの!? パパ、今日会社は……」

「ああ、今日は代休だったんだ。心、今いいか? ちょっと大事な話があるんだが」

「あら? 心、今日友達が家に来るって言ってなかった?」

「あ、それ、きゆうきよナシになったの! それより、大事な話って……?」

 二科の親父さんとおぼしき人の声は、なんだか深刻そうに聞こえた。

「じゃあ、パパから……」

「ああ。心、急な話で悪いが……来月から海外転勤が決まった」

「えっ!?」

 か、海外転勤……!? とつぜんの話に俺までおどろく。

「場所はイギリスだ。母さんにも心にも……付いてきて欲しいと思っている」

「……! 転勤……? イギ、リス……?」

 来月から、海外に転勤……。つまり、二科の家は家族で海外に引っ越すと……?

 なんだよこれ……まるで半年前の俺と同じようなじようきようじゃないか。こんなことってあるのか?

「期間は一年半だから、心の高校卒業前には日本に戻ってこれると思う」

「や、やだ……」

 二科が泣きそうな声でつぶやいたのが聞こえてくる。

「私……ママとパパと離れるのは嫌だけど、それよりも……日本から離れたくない!」

「え、心!? あなた、何言ってるの!?」

「私一人で日本に残りたい!」

「……本気で言ってるのか? どうしてそんなに日本に残りたいんだ?」

「だ、だって……友達とか、しゆとか……」

 俺には二科の今の気持ちが痛いくらいよく分かる。俺自身が、半年前全く同じ心境だったから。

 さっき二科にオタグッズコレクションを見せられて、二科がどれほどガチなオタクであるかよく分かった。それはもう、この俺が引くほどに。

「趣味? 趣味って何なの? イギリスではできないの?」

 お母さんの質問に、二科はだまり込んでしまう。

 家族がオタクにへんけんがあるなら、ここでオタク趣味のことなんて言えるはずがない。むしろ、言ったら余計に日本に残ることなんて許されないだろう。

「わ、私の友達で、家族が海外に引っ越して、一人暮らししてる人がいるの! その人もちゃんとやってるみたいだし、私だって、家事と勉強ちゃんと両立するから!」

 それってもしかして、俺のことか?

「家事と勉強の両立……それは大した問題じゃない。それよりも、高校生の女の子が一人暮らしなんて、そんな危ない、させられるわけがないだろう?」

「…………」

 話を聞きながら、思う。親から海外に引っ越すと聞かされたとき、本当にショックだった。

 海外の言葉が話せないとか、現地で友達できなそうとか、行きたくない理由はたくさんあったけど、やっぱり一番嫌だった理由は、オタク文化と離れることだ。

 今の二科の気持ちが一番よく分かるのは、他のだれでもない俺だ。

 しかし、『高校生の女の子の一人暮らしが危ない』、そう言う二科のおやさんの気持ちも分かる。

 ならば、今この状況をどうにかするには……。

「……っ!? きゃあああっ!?」

「うわあっ!? だ、誰だ!?」

 気付けば俺は、いても立ってもいられなくて、勢いよくクローゼットを飛び出していた。

 二科のお母さんと親父さんが、突然クローゼットから出てきた俺を見て悲鳴をあげる。

 こんなことしたって、かも知れない。むしろ逆に反感を買ってしまう可能性の方が高い。だけど、それでも俺は……!

「い、一ヶ谷……!?」

「は、はは初めまして、僕は二科さんと同じ学校、同じ学年の一ヶ谷景虎と申します!」

「ど、どうしてクローゼットに……!?」

 しんしやを見るかのような表情で、親父さんは俺を見ている。無理もない。

「えっと、その……僕は決してあやしい者ではありませんし、に、二科さんと後ろめたい関係なわけでもありません! 今日はその、遊びに来させてもらってただけで……」

「……! そ、そう! きょ、今日、友達が遊びに来るってラインしたでしょ!? 男子だったから、パパを驚かせちゃうかなって思って、とつに隠れてもらって……!」

 二科は俺に続いて狼狽うろたえながらも説明した。

「えっと、それで……今勝手に話を聞かせてもらってしまって、突然こんなことを言うのも失礼な話なんですけど……」

 二科も、両親も、驚いた表情のまま俺の顔を見る。


「その……二科……いや、心さんの一人暮らしが心配でしたら、僕の家で暮らすのはどうでしょうか!?」


「は……!?」

「い、いやその! ぐうぜんにも僕の家には部屋が余っておりましてですね、その上僕の住んでる地域は治安が良くて、変な事件とかも全く聞かないですし……」

「い、一ヶ谷……!?」

 二科の両親は俺の話を聞いてポカンとしており、二科も驚いた様子で俺を見ている。

 俺自身、自分の発言、行動が信じられない。

 だけど、今の二科と両親のやり取りを聞いていて、今二科を助けられるのは俺しかいないんじゃないだろうかと思った。

 俺の家は二階建てのいつけんで、部屋が余っているのは本当だ。家族も二年は帰ってこないから、二科の両親が海外に行っているという一年半の間だったら、親が日本にもどってきたときさえどうにかせばだいじようなはずだ。

 しかし……。

 自分で言ってから、思う。いくら治安がいい地域に住んでいると主張したところで、親父さんからしたら、一番危ないのはお前だよ! って話だよな。

 当然俺は二科に何かするつもりなどない。というか、色々な面で物理的にできない。

 信じてもらえないかも知れないけど、そう主張しなければ。そう考えていたそのとき。

 二科が俺の顔を見て、難しい表情で固まっていた。

「君は一体、心とはどういう……」

 二科の親父さんが俺に何かを質問しようとしたが、二科が口を開いてさえぎる。


「パッ……パパもママも、心も早くパパとママみたいな最愛の人を見つけろ、見つけたらすぐ家に連れてきなさい、ってよく言ってるよね!? 今までずかしくて黙ってたけど、この人……一ヶ谷君が、私にとってのそういう人なの!」


「……え?」

 二科の言葉に、きっとご両親よりも俺が死ぬほど驚いた。

 に、二科……突然何を言ってんだ!?

「最愛の人ができたら、その人を何よりも大切にしなさい、つねごろからそう言ってたよね!? だから、その……私にとって一番大切なのはこの人で、だから私、絶対に日本をはなれたくないの!」

「こ、心……」

 ご両親は驚いた表情で二科と俺の顔をこうに見た。

 俺はひどく混乱しながらも、二科の考えていることがなんとなく分かってきた。

 つまり二科は……俺が自分の彼氏だと言うことで、日本に残りたいと両親を説得しようとしているのか。

 だけどそんな話、逆効果なんじゃないのか?

 付き合っているだけならまだしも、高校生がどうせいしたい、だなんて、つうに考えたら余計に親父おやじさんに反対されるんじゃ……。

「心……。日本に残りたいのは、そういうことだったのか……」

 親父さんは目を細めて二科を見ると、大きなため息をついた。

「……父さんと母さんが出会ったのも、高校生の頃だった。父さんと母さんはクラスメイトで、当時だった父さんは、あろうことか自分とはタイプが全くちがう、真面目でクラス委員長だった母さんを好きになってしまったんだ」

 二科のお父さんは、なぜか突然昔話を始めてしまった。

「ヤンキーもどきだった父さんは、母さんのご両親に気に入ってもらえず、交際を反対された。一度はけ落ちをしようとしたこともあったが、長年にわたって母さんのご両親を説得し続けて、やっとけつこんすることができたんだ。だから……今の心たちの気持ちは、痛いほどよく分かる」

 二科のお父さんは、さみしげなみをかべて、俺と二科の顔を見た。

 え、ちょっと、この人一体何言い出してんの!?

「君のことは追々知っていきたいと思っているが、心が選んだ男なら間違いないだろう」

 二科のお父さんは、俺の目を見てそう言った。

「え、えぇ……!? えっと……?」

「心……どうしてもこの一ヶ谷くんと離れたくないんだな?」

 二科の親父さんは、視線を俺から二科に移して質問する。

「う、うん……!」

「……そうだな、心と離れて暮らすなんて……正直、今は考えたくもない。海外転勤は限られた期間とはいえ、えられるかどうか……。だがな、こいびとと離れたくないと泣く心を、恋人と無理に引き離すなんて真似は、父さんはしたくない。心の気持ちは、若い頃散々周りに交際を反対されてきた父さんと母さんが、痛いほどよく分かるからな」

 ちょ、マジか……!? この親父さん、物わかり良すぎじゃねえのか!? というより、なんていうんだろ、まさにれんあい至上主義って感じで、すげえ考え方がかたよってるというか……。そういえば二科が、うちのパパは恋愛脳だから、って言ってたっけ……。

 まあ、親父さんは認めても、お母さんの方はさすがに認めないよな? 見た感じ、かたい感じだし……。

 そう思って、二科のお母さんの方を見る。二科のお母さんは俺の方を少し見てから、二科の方を見て口を開いた。

「……心は、高校生になった今でも彼氏どころか男友達の一人もいないみたいで、お母さんずっと心配してたの。心にも、早くお母さんにとってのお父さんみたいな人が現れたらいいのにって、ずっと思ってた。なのに……まさか、お母さんにないしよでこんなにてきな恋をしてたなんてね」

 二科のお母さんは、今までのかたい表情から打って変わって、微笑ほほえんで二科を見て話している。

「心、おめでとう。とはいえ、まだ高校生なんだから、不純なこういつさい。それさえ守れるなら、お母さんも許しましょう」

 二科の両親の物わかりの良さに、おどろきのあまり言葉も出ない。

「……心を、よろしくたのむ」

 二科の親父さんに、やさしい笑顔で声をかけられて、俺は……。

「えっ!? あ、えっと……はい……」

 完全にその場のふんにのまれて、そう答えてしまったのだった。


 元はといえば俺が二科に持ちかけたことだが……とんでもないことになってしまった。



 それから、その後改めてリビングに移動して、夕飯をごそうになりつつ、じっくりと二科の両親と話すこととなった。

 両親そうほうからのしつもんめにい、二科とどうやって付き合うことになったのかとか、その場で必死にねつ造した。

 そして最終的に、「じっくり話してみてもやっぱりいい若者だ」となぜか親父さんに気に入られ、俺と二科が同居することを正式に認められた。

「ただし、二人とも……さっき母さんも言ってたが、高校生の間は、いくら結婚を前提に付き合って同棲しているからって、その、一線をえるのは……」

 親父さんが主に俺の方を見て、暗い表情で言いにくそうに話す。まあ、言いたいことは分かる……。

「はあ!? パパ、何キモいこと言ってんの!? そんなのあるわけないじゃん!」

 二科が心底気色悪そうに全力で否定する。こいつ……そこまで酷い言い方するやつがあるかよ!? 善意で助けてやった俺に対して……!

「……? そ、そう、か……?」

 二科の思いがけない反応に、親父さんはまどいながら返事をする。確かに、付き合ってる彼氏に対する反応にしてはおかしいからな……。

「……だ、だって、いくら結婚前提だろうが、結婚前にそういうことするのはマジあり得ないから!」

 二科は顔を赤くしてきっぱりと言い切った。その様子に、今の発言は二科の本音なのだろうと分かる。こいつ……こんな見た目なのに、そこらへんしっかりしてるんだな……。

「ぼ、僕も同じ考えなので、絶対大丈夫です!」

 二科に続いて、俺がそう答えると、親父さんは少し安心したようだった。

 俺の両親とも話がしたいと言われたが、今海外にいるし、俺から言っておくので大丈夫です、と強く言っておいた。

 二科の両親が日本に戻ってくるのは、一年半後。それまで二科はうちに住むことになった。

 二科の家族が海外に行く少し前に、二科は俺の家に引っ越すこととなった。その日取りも決まった。


 その日は二科の親父さんが車で送ってくれ、精神的につかれ切った状態で帰宅した。


 二科が、俺の家に住む……!?

 他人、それも付き合ってもない女子と暮らすって……。

 この俺が女の子と二人きりで暮らすなんて、できるのか……?


 パニック状態のままベッドにたおれ込み、様々な思いをめぐらせつつ、疲れ切っていたがとりあえずこれだけはやらなければという大事なことを思い出し、スマホのソシャゲを開いてログインほうしゆうをゲットしてから、最低限のデイリークエストをこなした。

 しかしどうやら相当疲れていたようで、気付けばそのままちしていた。

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