2-4


    * * *


「うお……」

 二科の家の前にとうちやくして、家を見上げて思わず声を漏らす。

 何やら立派な家ばかりが並んでいるので、ここら辺は所謂いわゆる高級住宅街という場所なのだろうが、周りの家に負けずおとらず、二科の家も大きくて立派だった。

「ママにはこれから友達連れてくるってライン送っといたから」

「あ、ああ……」

 いきなり家に来いと言われたときにはびっくりしたが……ちゃんと話を聞いてみると、単に、次の出会いの場を探すのに二科の家のPCで調べよう、という話だった。

 二科のスマホの、今月のデータ通信の残量がわずかだったようで、外だとWi‐Fiも安定していないので、家のPCを使おうという発想に至ったらしい。

 正直、俺は今のこのじようきように激しくどうようしていた。

 いくら調べごとをするだけとはいえ……いかんせん、女の子の家に遊びに行くのなんて、覚えている限りようえん以来である。

 おやさんに変に思われたり彼氏とかんちがいされたりしないのだろうか。俺はどういう態度でいればいいんだ?

「……! あれ? かぎかかってる……」

 げんかんとびらを開けようとして、二科は言葉を漏らす。

「あ、ママからライン来てた」

 制服のポケットからスマホを取り出して、かくにんする二科。

「あ……そっか、今日友達とお茶してるんだっけ」

「え……」

「ま、いっか」

 二科は特に気に留める様子もなく、スマホをってからさいを取り出し、中から鍵をだして扉を開けた。

 ちょ、ちょっと待てよ。つまり、それって……。

 心臓の音が大きくなる。手が震えそうになる。自分でもびっくりするくらい動揺をかくしきれない。

「? 何固まってんの?」

 二科は扉を開けて家の中に入りながら、どうだにしない俺を不思議そうにり返る。

「い、い、い、いや……え、えっと、その……」

 なんでこいつ平然としてやがるんだよ。だれもいない家に二人っきり、って……それ、まずくないか?

 いや別に俺は、こいつのことなんてなんとも思ってないし、二人っきりだからってどうもないけどさ、でも、高校生の男女が誰もいない家に二人きり、って……!

「え……ちょ、ちょっと、あんた……何意識し出してんの!? ちょ、マジやめてくんない!? ただ調べるだけだってのに……」

 二科は俺の様子に俺が動揺していることを察したらしく、ドン引きした様子でしんらつな言葉を投げかけてきた。

「は、はあ!? 別に意識とかしてねえし! 親がいない間に勝手に入っていいのかって思ってただけだろ!」

 その様子に、カッとなってあわてて言い返した。

 クソッ、いちいちムカつく反応を返してくるやつだな。こんな奴相手に動揺していた自分に腹が立ってきた。もういつさい何も気にしないことにしよう。

「ただいまー」

「お、おじやします……」

 二科の後ろに続いて家の中に上がり、ろうを進んで扉を開いた。

 広くてれいなリビングをっ切って階段を上がり、いよいよ二科の部屋までやってくる。

 二科の部屋の扉を開けると、なんともいえないフローラルないいかおりがしてくる。さっき何も気にしないようにしようと決めたばかりなのに、どうていにはげきが強すぎていつしゆん意識が遠のきそうになった。

 俺は小三ごろまでは女子ともつうに話せていたが、その頃にじよじよにオタクに目覚め、それ以降、女友達なんて一人もいなかった。同世代はもちろん、近所のおばさんですら女性というだけで会話するのにきんちようする。

 それなのに、女の子の部屋で二人きり、なんて……果たして無事に帰ってこられるのだろうか。

「あっ……」

 そこで突然、二科が何かを思い出したかのように俺の顔を見た。

「はあー……」

 ガッカリしたかのような顔でなぜかため息をついた。

「な、なんだよ!?」

「いや……ごめん、こっちの話。初めて部屋に上げる男子は彼氏が良かったなーって……。よりによって……あ、うん、なんでもない」

「よりによって、何だよ!? お前が家に来いって言い出したのに失礼すぎねえか!?」

 二科の言葉に頭にきて言い返す。

 しかし、初めて部屋に上げる男子、って……男を部屋に上げたのこれが初めてなのかよ。マジで、今まで男と親密になったことないのか……。人は見かけに寄らないもんだな。

「…………」

 気を取り直して、二科の部屋を見る。

 白とピンクを基調としたデザインのかべがみやインテリアで、なんとも女の子らしい部屋だった。

 ほんだなには少女まんが並び、壁にかけられたコルクボードには友達との写真がられており、ベッドにはハートのクッションやぬいぐるみが置かれている。

 普通の、イマドキの、女の子らしい部屋。

 俺は感を覚えた。

「オタクっぽさが欠片かけらもない部屋だな」

「ああ……私、家族にもオタク隠してるから」

「え!? な、なんでまた?」

「色々あって、うちの親、オタクにいい印象持ってなくてさ」

 二科は俺から目をらして少しさびしそうに言った。

 そういう親って、やっぱりいるんだな。ということは二科は、学校でだけでなく家でもオタクを隠してきたのか。

 二科がどの程度のオタクなのか分からないが、もし自分だったらと考えると、常にしゆを隠して生きるなんて、相当きゆうくつで大変な生活だろうと思う。

「あ、そーだ。いいもの見せてあげる! 人に見せるの初めてなんだけど……」

 突然二科がウキウキした様子で言い出した。不覚にも、一瞬その様子を可愛かわいいなんて思ってしまう。

 人に見せるのは初めて? 一体俺に何を見せるつもりなのだろう。

 二科は机の引き出しの中から鍵を取りだして、クローゼットの前まで移動し、持ち手付近の鍵穴に差し込んだ。

 クローゼットにわざわざ鍵がついているのか? 一体何でまた……。

 二科が鍵を開けて、クローゼットを開ける。

「……っ!?」

 中を見て、俺は絶句した。

 本棚には、大量の漫画。漫画雑誌やアニメ雑誌、ゲーム雑誌。アニメのBD‐BOX。声優のライブBD。CD。

 アクリルキーホルダー、丸まったままの、おそらくポスターやタペストリーかと思われるもの。

 男性キャラの、ぬいぐるみ多数。様々なサイズのフィギュア。

「ちょっ、なんじゃこりゃあ!?」

 フィギュアが並んでいる棚の一部に、思わず目を疑う光景があった。

 イケメンキャラのフィギュアなのだが、ほぼぜんのような格好で顔を赤らめているのである。

「あっそれはねー、『ドラマティカルメーデー』っていうちようにんBLゲーの初回特典のフィギュア! 超出来いいでしょ!? 主人公の『りよく』っていう総受けキャラなんだけどー、エロいでしょ!? 顔もめっちゃ可愛いしここの腹筋から下半身にかけてのライン超シコいでしょ!? 初回特典がしいがために発売日に並びに行ってめっちゃ大変だったんだからー!」

 二科が今までの様子と一変して、声は少し低くなり、興奮気味に早口で一気に得意げに語り出した。

 ちょ、待て、女としていいのかってレベルの発言してるけどだいじようか!?

 こいつ、急にガチオタじゃん。むしろこの早口でしやべってる様子とかただのキモオタじゃん! いつもの学校での二科とはまるで別人……。

「つーかお前、ナチュラルにBLゲーとか買ってんのかよ!?」

「え、別にそんくらい普通に買うでしょ」

「お前な……え、ちょ、なんだこれ!?」

 動揺する俺の目に、フィギュアよりもさらに理解に苦しむ物体が飛び込んでくる。

 壁にバッグがかけられているのだが、バッグには大量のかんバッチやキーホルダーが取り付けられ、元のがほとんど見えないほどくされている。そのグッズはすべて同じキャラのものだった。

 きんぱつのイケメンキャラで、男子アイドルゲームか何かのキャラだと思うが、女子向け作品にはうといのでくわしくは分からない。

「これ、痛バってやつか……!?」

 痛バッグ……ツイッターで見たことはあるけど、本物を見たのは初めてだった。

 同じキャラのグッズを大量に持っているのは分かるにしても、缶バッチなど全く同じ商品がいくつもかばんを埋め尽くしており、きようみている。

「なんで同じ缶バッチが大量についてるんだよ?」

はしもとかおるのグッズは無限回収してるから」

「無限回収……」

 恐ろしい言葉をオウム返しした。無限回収……言葉の通り無限にグッズを回収するってことだろうか。

 二科は、俺以上にやばいオタクだったということがこの短時間でよく分かった。

「あとね、あとねー!」

「いや、もう十分分かった! 大丈夫だ!」

 二科が引き出しを開けようとしたのを必死に止める。なんとなく、ここで止めておいた方が自分の身のためだと思った。

「クローゼットにかぎがかけられてた理由がよく分かった……」

「まあ、親にバレたら気絶もんだからね、これ」

 さっき、親がオタクにいい印象持ってない、と言っていたことを思い出す。

「でも……学校でオタ隠して、家でも隠して、ってそれ、結構しんどくねえか?」

「そうなの? 昔からずっとこうだから、慣れちゃった。あんたは家で、家族にオープンなの?」

 二科はクローゼットを閉めて鍵をかけてから、部屋にある床に座る用のクッションの上にこしを下ろし、俺にもクッションをわたして座るよううながす。俺も座って、話を続ける。

「ああ。いつしよに住んでたときも全く隠してなかったな」

「……? 一緒に住んでたとき?」

「あ、ああ……今俺、一人暮らしなんだ」

「一人暮らし!? 高校生が一人暮らしって……何そのアニメの設定みたいな話!?」

「父親の海外にんが決まって、でも俺は絶対日本からはなれたくなかったから、絶対日本に残りたいって言い張って、必死で説得したんだよ」

 両親と妹が海外に引っして、一人暮らしを始めてから、半年がつ。

 父親の転勤が決まった当初、俺も家族と来るように強く言われた。

 しかし……父親の赴任先は、インド。

 インドじゃ日本のテレビなんて当然られないから、アニメはネットで観ることになるのだろうが、調べたところ、インドは現状あまりネットかんきようが整っていないらしい。それに、もしネットができたって観たいものが上がっているとは限らないし、そもそもアニメをほうで観るのは好きじゃない。

 それに加え、ネット環境が整っていないと、ソシャゲもネットもSNSもできない。

 日本の新しい漫画やゲームだって、買うことができないんじゃないだろうか。

 俺は小学生でオタクになってから、常に日本のアニメや漫画、ゲームと共に生きてきた。

 日本のオタク文化を心から愛している。今更オタク文化と離れて生きていくことなど、考えられない。そんなの、何を楽しみに生きたらいいのか分からない。

 強くそう感じて、両親にうつたえた。『オタク文化と離れるのはいやだ、一人で家事もできるし勉強も両立するから、日本で一人暮らしをさせて欲しい』と。

 最初は当然、反対された。まだ高校生なんだから一人暮らしなんて無理だ、一緒に来いと何度も強く言われた。

 だが長期にわたり毎日根気強く説得して、一人でがんって家事も覚え、両親に家事ができるようになったところを見せているうちに、ついに両親が折れた。

 親父おやじの海外赴任が終わるのは、予定では約二年後。俺が高校を卒業した後だ。

 そこまで言うなら二年間、頑張って一人で暮らしてみろ。親父は俺にそう言った。

 きよくたんに成績が落ちたり、長期休みに親が様子を見に日本にもどってきたとき、れた生活を送っていたら、すぐに海外に連れて行かれるという約束で、俺は今両親に学費と生活費を送ってもらいながら、一人暮らしをしている。

 慣れないうちは家事と学校、勉強を両立させるのは大変だったが、オタク文化と離れて暮らすことを思ったら頑張れた。今ではすっかり慣れたものだ。

 といっても、料理はたまに簡単なものを作る程度で、スーパーや弁当屋、総菜屋、コンビニなんかで済ませることが多い。

 母親に、一人暮らし中、毎日料理をする必要はないが、身体からだに悪いものは食べるなとか、栄養を考えろとか色々言われたので、一応それは守っている。

 あとは週末にそうせんたくをまとめて片付ける。部活にも入っていないので、やってみたら案外できた。

「へー。意外とこんじようあんだね。オタクのかがみってやつじゃん」

 俺が簡単にけいを説明すると、二科に感心された。

「でも確かに、気持ちはめっちゃ分かる。私も海外転勤なんて絶対やだもん! ネットが自由にできないなんて論外だし、好きなアニメはすぐに観たいし、好きなキャラのグッズとかコスプレしようとかは海外じゃ買えないだろうし、私が同じ立場でも日本に残りたいって思うだろうなー……」

「ああ、オタクだったらそうだよな」

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