2-3

「この後カラオケでも行く!?」

「あ、いいねー」

 会場の外では、男女のグループがそんな話をしている光景が目に入った。

 俺と二科はたがいにどうすることもできず、ただただその場に立ちすくむ。

 結局二科としか話せないままにイベントが終わってしまった……。まあ、あのまま帰ろうとしていたのだから、どちらにせよしゆうかくゼロで終わっていたことには変わりないが。

うそ……パーティー、これで終わり……?」

 気付けばとなりの二科は、真っ青な顔で周りをわたしていた。

めつにないチャンスだってめっちゃ気合い入れてきたのに……! 服もネイルも新調して、イメトレだって何回もしたのに……! それなのに、全然好みじゃない二人と、あんたと喋って、それだけで終わりなんてっ……嘘でしょっ!?」

 二科のショックを受けている様子を見て、こいつも今日のパーティーに俺と同じくらい、もしかしたらそれ以上に、期待して気合いを入れてきたのだということが分かった。

「で、でも、お前だったら彼氏なんて学校とか友達のしようかいとかでいくらでも作れるんじゃないのか?」

 俺とちがってリアじゆうでモテモテなこいつであれば、わざわざこんな場所に来なくたって出会いのチャンスなんて無限にあるように思える。

「さっき言ったでしょ、私学校ではオタクかくしてる、って。なおつ、彼氏にするなら絶対オタクがいいって。そしたら、学校で作るのも無理だし、友達に紹介してもらうのも無理じゃん!」

「ああ、まあ確かに……」

「だからわざわざオタクの出会いの場を探して、勇気出して申し込んだのに、それなのに……」

 ……ん? 待てよ。つまり、ってことはもしかして……。

「じゃあ、い、今まで彼氏できたことは……?」

「だーかーらー、オタクと付き合いたいのにオタクの知り合いゼロなんだから、無理だったんだってば!」

 つまり……俺と同じく、恋人いない歴イコールねんれいなのか!?

 こんな見るからにビッチっぽい女が……マジかよ!

 い、いや別に、だからといってこいつが俺の好みとは真逆であることは変わりないし、だからどうってことはないのだが……一気に親近感がわいたな。

 オタクの恋人がしいけど、学校では出会いがない……つまり、二科も俺と全く同じじようきようだったのか。

 リア充と陰キャで、学校での立場は百八十度違うってのに、皮肉なものだ。

 俺たちは互いにかたを落としながらも、とりあえず駅に向かって歩き始めた。

「ねえ……一ヶ谷って、オタク友達とかいないの?」

 二科の顔を見ると、期待に満ちたまなしで俺を見ていた。

 もしかしてこいつ……俺のオタク友達を紹介してもらおうと期待してるのか? そこまで出会いに必死なのかよ。

「学校に一人いるくらいで……あとはツイッターでつながってるだけとか、中学の時の友達とかチラホラ……」

「へぇ~!」

 明らかに目をかがやかせて食いついている。ゲンキンなやつだ。

 まあ、こいつが彼氏に求める条件が本当に『オタクであること』だけなら、中学の時の友達などでオタクの男を紹介することは可能だ。だが……。

「一応参考までに聞いとくけど……お前が期待してるオタク男子ってどんなだよ?」


「えっと具体的にはー、くろかみで、目立たないんだけどよく見ると格好良くてー、清潔感があって、クールなんだけど彼女にはやさしくて、ゲームがめっちゃ上手うまくて、ニワカオタとかじゃないちゃんとオタクで、彼女がどんだけオタクでもくさってても許容してくれて、むしろ女性向けオタクコンテンツも好きだとなお良し! それからいちで、線が細くて背が高くて、コスプレとかもいつしよに付き合ってくれてー……」


「そんなオタクいねーよ!」

 思わず言葉をさえぎってっ込んだ。

 どんだけオタク男子に理想をいだいてやがんだよこいつ!?

「えー!? いやいや、いるでしょ! 別にめっちゃイケメンを求めてるわけじゃないんだよ!? 男性声優によくいるちょっとえないイケメンレベルでいいんだよ!?」

「男性声優ディスってんのか?」

「じゃああんたはどんなオタク女子がタイプなわけ? なんかさっき、今日可愛かわいい子いなかったー、とかってめっちゃ上から発言してたけど」

 話しているうちに秋葉原駅しよう通り口に着いたので、俺たちは通行人のじやにならないように柱の側に寄って立ち話を続けた。

「俺のタイプ、か……。そうだな……」

 改めて、想像をふくらませる。俺の理想のオタク女子は……。


「まず黒髪ロングのせい系美少女は絶対ひつ条件で、俺とオタクしゆが同じ子、かな。具体的にはアニメでもソシャゲでも美少女系コンテンツが好きな子が良くて、BLとか乙女おとめゲーが好きな子はちょっと……。彼氏できたこともなければ男友達もいなくて、身長はちょい低めで色白で、あとできれば、同い年か年下で、バブみがあって優しい……」


「バカか?」


「……えっ!?」

 いつしゆん、二科の言った言葉の意味が理解できずフリーズした。

 バカ? 今バカって言われたのか? 俺。

 見れば、二科はさげすんだ眼差しで俺をにらんでいる。

「あのさあ、それマジで言ってんの? 頭だいじよう? そんな子現実にいると思う?」

「お前にだけは言われたくねーよっ!」

「っていうかさあ、まずあのパーティーにあんなにたくさん女子がいて、『特別可愛い子がいない』って……あんた、どんだけ面食いなの!? 自分の顔鏡で見たことある!?」

「なっ……!?」

 い、今俺、めちゃくちゃひどいこと言われてないか?

「べ、別に俺だって自分をイケメンだなんていつさい思ってないし、っていうか、聞かれたから理想のタイプを話しただけなのに、なんでそこまで言われなきゃならないんだよ!?」

「イケメンうんぬんっていうか、あんたって全然自分の身なりに気をつかってないじゃん。それなのに、自分は見た目がいいオタク女子がいいって言ってるわけでしょ? そこがおかしいって言ってんの!」

「クッ……!」

 二科の言葉のやいばようしやなく俺の胸にクリティカルヒットした。

「ぜ、全然身なりに気を遣ってない……? 今日はパーティーだから、一応、自分の持ってる服の中で一番マシな服着てきたんですがそれは……」

 ふるえ声で必死にはんこうする。

「それが一番マシな服……!? そのクソダサい英字のなぞにロックっぽいTシャツとか、めちゃくちゃ安そうなジーパンとか、ドクロのネックレスとか、小学生のころからいてそうなスニーカーとか……いかにもザ・オタクファッションのテンプレだよね」

「……っ!? オ、オタクファッションのテンプレ……!?」

 自分の身に着けているアイテムをすべて否定されて、あしもとが震えてくる。

「あんたはまず、こういうところに来る前に、ファッション誌買ったり、しぶとかはら宿じゆくで同世代の男子がどんな服着てるのか調べるところから始めるべきじゃない?」

「……くっ……」

 くやしさのあまり、こぶしにぎりしめた。

 言い返したいが、服装に関しては二科がお洒落しやれであることはさすがに俺でも分かるので、返す言葉もない。

「でっでも……オタク女子だって、変にあかけてるチャラ男とかよりは、同じオタクと付き合いたいって思うんじゃないのか!?」

「そりゃあそういうオタク女子は多いよね。だから今日のパーティーにもあれだけたくさんの女性参加者がいたんだし。まあ多分、たいていのオタク女子の理想はー……同じオタクで、女子のオタク趣味にもかんだいで、むしろ興味持ってくれてて、ちゃんと身なりに気を遣ってる、できれば自分の好みの外見のオタク男子、って感じ?」

「え……」

「間違っても、あんたみたいな外見からして一目でオタクって分かるタイプは好かれないだろうし、それより何より……BLとか乙女ゲーが好きな子はちょっと、って言ってたよね? 自分もオタクのくせに女子のオタク趣味は全否定、ってマジ最悪だから。そんなんだったら趣味を認めてくれる非オタ男子の方が数千倍いいから」

「な、な……!?」

 ただでさえショックを受けていたのに、その上にさらに追い打ちをかけられる。

 別に俺だって、じよや乙女ゲー好きの女子を否定しているわけではない。ただ、自分が付き合うならそうでない女の子がいいって言ってるだけで……。

 でも、その考え自体が良くないということなのか……?

「っていうか、なんでお前に全オタク女子の好みが分かるんだよ!?」

「そりゃあ私自身がオタク女子だからね」

 つまり二科は、オタク女子の視点から発言してるということか……?

「つーかなあ、さっきから言いたい放題言ってくれてるけど……俺がオタク女子に好かれないってなら、お前だってオタク男子から好かれるタイプじゃねえからな!」

「え……?」

 ここまで散々こうげきされて、やられっぱなしでは終われない。

 まったヘイトを今こそ発散するタイミングだ、と感じた。

「お前がさっき言ってた……黒髪で地味だけどよく見ると格好良くて、ゲームが強いオタク……だっけ? 万が一そういう男がいたとしても……そういう奴はお前みたいな女は絶対好きにならないからな!」

「な、な……!? なんであんたにそんなこと分かるのよ!?」

「俺自身がオタク男子だから、オタク男の趣味は手に取るように分かんだよ! オタク男子はなあ、ほとんどれなく、清楚系の、オタク男子が好きなコンテンツが好きで一緒に語れる、大人しくて可愛らしい女の子が好きなんだよ! つまり、お前とは真逆!」

「私とは真逆!? 清楚系……?」

 二科はショックを受けた様子で、ブツブツとつぶやいている。

「……そ、それって、確かな情報なんでしょうね……?」

「まあ、大体のオタク男子には当てはまると思うけど」


「そこまで断言するなら……そのオタク男子にモテるオタク女子、ってのを、私に教えなさいよ!」


「えっ……?」

 二科はなみだで俺の方を見たかと思ったら、とつぜん強気でそんなことを言い出した。

「あんたがちゃんと確かな情報を教えてくれるなら、私もオタク女子にモテるオタク男子ってのを教えてあげる! それから……オタク女子と出会えそうな場所も、一緒に探してあげてもいいわ」

「ほ、本当か!?」

「その代わり、あんたも私に全力で協力してよね!? どういう女子がオタク男子からモテるのか教えたりとか、あとは……あんたの友達で私が好みなオタク男子がいたらしようかいしたり、どういう場所に行けば私の理想とするオタク男子と出会えるのか探したりとか……!」

「!」

 今日まで、毎日理想のオタク彼女がしいと思いつつも、一体どうしたら作れるのか分からず、何もできない日々を過ごしていた。

 だから、オタク女子である二科が俺に協力してくれるというのなら、こんなに心強いことはない。

「わ、分かった! 俺も全力で、お前にオタクの彼氏ができるよう協力する! 俺の友達にはお前の好みのタイプのオタク男はいないだろうから紹介は無理だけど……オタク男子がどんな女子が好きとかは教えられるし、出会いの場も探してやる! だから……お前も協力してくれ!」

 オタク男子が好むオタク女子のことは、いやというほどよく分かる。そういう面では、二科に協力できるはずだ。

 今日、せっかく勇気を出してオタクのこいかつパーティーに行ったというのに、何の成果も得られず落ち込んでいたが……ここへ来て、全くの無意味ではなかった、と感じた。

 彼女候補は見つけられなかったが、同じ目標を持つ協力相手を持つことができた。

 それが、ムカつくことばかり言ってくる、よりによって俺が一番苦手なリアじゆうギャルでも、今までのように何も分からず一人で行動するよりは、ずっと心強い。

「よし、そうと決まったら……さつそく私のうちに来てよ!」

「ああ……え!? い、家!?」

 俺は二科の言葉に、自分の耳を疑った。

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