10月4日

 朝の教室はいつにも増してざわついていた。そんな中ぼくは自分の席に座りずっと考え事をしていた。


 ――これはもう偶然なんかじゃない。


 今朝のテレビのニュースを見て確信した。


『殺されたのは、菅瑠実音すがるみねさん56歳――』


 アナウンサーが原稿を読み上げる姿を思い出す。甲斐夏男さんにつづき菅瑠実音さんも遺体で発見された。場所は上納市の郊外にある公園だった。殺人事件として報道されていることから、誰かに殺されたってことだ。

 ぼくが謎のメールを受信していることを警察に言おうかとも考えたけど、「殺される人の名前がメールで送られてくるんです」って言って果たして信じてもらえるだろうか。……たぶん信じない。

 しかも最初の1通目は削除してしまっているので、実際ぼくの携帯の中に残っているメールは菅瑠実音さんの名前が書かれたものだけ。いたずらだと思われるに決まってる。


 じゃあ、ぼくはどうすればいいのか……


「はよっす」登校してきた赤木くんがぼくに挨拶する。「――どうした? なんか浮かない顔してるぞ?」


「え? あ、うん。おはよう」


「おいおい、マジで元気ねぇじゃん?」


 赤木くんはぼくの親友だ。だったら……赤木くんならぼくの言葉を信じてくれるかもしれない。そう思って、ぼくはこれまでのメールの件を赤木くんに話してみることにした。ぜんぶ話してみると、ひとりで考え込んでいるより、共有できる仲間ができたことで心が少し軽くなった気がした。


 しかし、赤木くんの反応は――


「ただの偶然なんじゃね?」という軽い反応だった。


「いや、でもほら――」とぼくは自分の携帯のメールを赤木くんに見せる。


「勇の言ってることはわかるぜ? でも同じ名前の奴ってこの世に結構いるもんだろ?」


「まあ……」


 そう言われると反論できなくなる。


 甲斐夏男に菅瑠実音という名前は結構珍しいような気がするけど、でも絶対いないとも言い切れない。


 ――いや、


「待って。だとしても偶然この近辺で同じ名前の人が2人殺されたってことになるけど」


「おぅ? そういやそうだな……」


 赤木くんは腕を組んでうぅんと唸る。そして何かを思いついたようにぱっと表情を明るくする。


「よし! 3通目だ! 3通目に期待しようぜ!」


「え? それって……」


「もし3通目のメールが来て、そこに書かれている名前の奴が死んだら本物ってことだ。――な?」


 そうじゃない。ぼくが思っていたのは、3通目のメールが来るってことは、また人が死ぬかもしれないってことだ。それに期待するってことは、人が死ぬことに期待するってことになってしまう。

 赤木くんに信じてもらうためには3通目が必要。けど、たとえ赤の他人とはいえ人が死ぬのは気持ちのいいものじゃない。

 ぼくはとても複雑な気持ちになっていた。


 …………


 夕食を終え自室に戻ると、机の上に置いてあった携帯電話がメールをの受信を知らせるように点滅していた。


 それを見て反射的に身構えてしまう。


 緊急連絡用に親に持たされた携帯電話。その用途はこれまでもずっと変わっていない。だからぼくは普段携帯を見ることなんてほとんどない生活をしている。充電用のケーブル差しっぱなしの日だってしょっちゅうだった。

 そんなぼくだから周りのみんながスマホを使っていている中で未だに折りたたみ式のガラケーを使っている。別段スマホを持ちたいとも思わない。

 だけど、ここ最近になって携帯をよく確認するようになった。すべてはあの迷惑メールのせいだ。

 母さんは今家にいる。赤木くんだって、よほどのことがない限りこんな時間にメールを寄越したりなんかしない。


 ということはつまり――


 携帯を手にしてベッドに横になり、メールを確認する。アドレスを見た瞬間――ああ、やっぱりか……って思った。届いてほしくなかった3通目がきてしまった。

 件名には相変わらず『divineition of the spirit』と書かれていて、本文には『戸浪玲香』とだけ書かれていた。


 ――戸浪玲香……となみれいか……


「って、戸浪さん!?」


 驚きのあまり思わず大声がでてしまった。


 戸浪玲香というのはぼくと同じクラスの女子の名前だ。これまでの2人は上納市で殺されている。確か戸波さんも上納市からこっちの学校通っていたはずだ。そう考えると一致してしまう。


 ――クラスメートが、死ぬ?


 そのとき、部屋の戸をノックする音が聞こえてきた。


 扉の向こうから「何を騒いでるの? 明日も早いんだから、さっさとお風呂入っちゃいなさい」と母さんの声が聞こえてくる。


「うん!」


 とりあえず返事をする。


 3通目がきたということは明日赤木くんに相談することだってできる。それに、メールに書かれていた人はほかでもないクラスメートだ。本人に直接注意を促すってのもできる。


「ただ……」


 ぼくは戸浪さんに対してかなり苦手意識を持っている。もっと言えばぼくだけじゃなくクラスのみんなが彼女に畏怖の念を抱いている。


 そんな彼女に話しかけるのはかなり勇気がいる行為だ。


「はぁ……」


 その事を考えると辟易とする。だからといって言わないという選択肢はない。だってそれは彼女を見殺しにすることとおんなじだから。


 いろいろ考えるのはここまでにして、さっき母さんに言われた通りお風呂に行こうと携帯電話を閉じようとして、あることに気が付いた。


「あれ……?」


 受信ボックスに謎のメールが3通ある事に気づいた。


 今見たメールが3通目だから何もおかしくないじゃないか……というのは間違いだ。だって、最初の1通目はすでに削除済み。だから本来ならぼくの携帯に残っている謎のメールの数は2通しかないはずだ。

 しかも、1つ前のメールの着信時間は今日の5限目の授業中になっている。ちょうど体育の授業で教室にいなかったときだ。


「なるほど、だから気が付かなかったのか……。いや、でもやっぱりおかしい」


 なぜならそのメールは既読になっていたからだ。


 ――ぼくはこのメールに今気がついたんだぞ? なんで既読になってるんだ?


 とりあえずメールの中身を見てみる。件名はやはり『divination of the spirit』。本文は『鳩場詩愛』。


 頭の中を整理する。


 3通目だと思っていたメールは実は4通目だった。しかも、3通目と4通目は同じ日に届いたってことだ。


 するとそのタイミングで再び扉がノックされ、母さんが早く風呂に入れと催促してきた。


 ――明日赤木くんに相談してみよう。


 ぼくは携帯を閉じ机に置いてお風呂に向かった。

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