10月3日

 早朝。起床したぼくはパジャマも着替えずに、朝食の準備をしている母さんにおはようも言わずにテレビを点けた。


 テレビに映し出される朝の番組では、有名アーティストの新譜の紹介を行っていた。すべてのチャンネルを回してみても、菅瑠実音という名前は出ていない。


 ほっとため息を付いた。


 けど、まだ安心できない。なぜなら、甲斐夏男と書かれたメールを受け取ったのは彼が死んだ2日前に受け取っていたからだ。つまり、菅瑠実音さんは、明日か明後日に死ぬ可能性もあるってことだ。


「どうしたの? 着替えもせずにテレビなんか見て。珍しいわね」


 テーブルに朝食を並べる母さんがぼくを不審がっている。


「え? あ、うん……着替えてくる」


 ぼくは自室に戻った。


 ――――


 考え事をしていると食事の手が自然と遅くなってしまう。


「どうしたの? 勇、なんかちょっと変よ? つらいなら学校休む?」



 母さんが心配そうに声をかけてくれる。


「ううん。大丈夫」


 そう言って、ぼくはそれを証明するように朝食を食べるスピードを上げる。


「そう? それならいいけど……。あ、それから今日も遅くなりそうだから。お金は置いていくからちゃんとご飯食べるのよ。それから勉強もやんないと駄目よ」


「う、うん。わかった」


 返事をして朝食を済ませ、ぼくは学校へ行く準備に取り掛かった。


 …………


 メールのことが気になって授業のほとんどが身に入らないまま放課後になっていた。


 ぼくがボーッとしたままノロノロと帰り支度をする中、前の席の赤木くんはちゃっちゃと帰り支度を済ませていた。


 いつも以上のテキパキ動作が気になり、声を掛けた。


「慌ててるように見えるけど、どうかしたの?」


「ん? おう。今日の夜、母ちゃんが友だちに会う約束があるらしくて、代わりに家事とかやらないといけなくなってさ。んで、なるべく早く帰って早く済ませて、自分の時間作りてぇじゃん?」


「へぇ、赤木くんて凄いね」


 ぼくは素直に感心していた。


 ぼくも母さんの帰りが遅いときはご飯の後片付けくらいはやるけど、ほとんど家の手伝いなんてしない。ぼくくらいの年齢の男子はほとんどそうなんじゃないかって思う。


「んじゃ、そういうことで」


 シュッと手を上げると赤木くんはダッシュで教室を出ていった。


 これは余談だけど、赤木くんのお母さんは若くてきれいな人だ。初めて会ったときはお姉さんかと思ったくらいだ。あれだけ美人な母親なら、赤木くんが張り切っちゃうのも頷ける気がした。


 …………


 その日はぼくはカムライ教へは行かなかった。なんとなく気分じゃなかったから。


 気分の優れない原因は言うまでもなくあのメール。


 ぼくの杞憂だといいんだけど……


 夕飯を食べながらテレビのチャンネルを切り替える。CMに切り替わるたびにチャンネルを変えニュースの話題が変わるたびにチャンネルを変え――

 行儀悪いとわかっていても止められなかった。いつ菅瑠実音という名前がテレビに映し出されるかわからなかったから。


 だけど結局菅瑠実音という人のニュースが報道されることはなかった。

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