10月2日
母さんと一緒に朝食をとっている間も、ぼくは“あのメール”のことが気になっていた。
「どうしたの? 箸が止まってるけど」
「え? ああ、えっと、テレビ見てて……」
事実、テレビでは昨日の殺人事件のことが放送されていた。昨晩のニュースと同じように被害者の顔写真と名前が映し出されている。
偶然……の一言で片付けられうようなものではない気がして、どこか上の空のまま朝食を終えて、身支度を済ませ玄関へ。
「今日は早く帰ってこれるから」
玄関先でそう言う母さんに向かって「うん」と返事をした。
ぼくと母さんはマンションに家を借り2人で生活している。つい最近までは父さんと3人で暮らしていたけど、両親はあることが原因で離婚した。その原因というのはほかでもないカムライ教だ。
父さんは、母さんが幼少の頃のぼくをカムライ教につれていくことをよく思っていなかった。
ぼくが分別のつく歳になるまで無理に連れて行くなという父さんの忠告を無視して、母さんは連日ぼくをカムライ教に連れて行った。
父さんは宗教に対して嫌悪感を抱くような人ではなかったけど、母さんをそんなふうにしてしまったカムライ教に対して不信感を抱くようになっていた。それで結局両親の仲が悪くなって、ぼくが中学に入る頃には完全に冷え切った状態になっていた。その状態で4年も一緒に生活できていたことは奇跡だろう。でもぼくはずっと居心地の悪さを感じていた。
結果的に離婚したわけだけど、虚しいことに完全に離婚が決まったのは母さんがカムライ教に通うのをやめるのとほぼ同じタイミングだった。
父さんがいなくなって、専業主婦だった母さんは仕事を始めた。もともとコンピューター関係が得意だったので、今はそのスキルを生かしてIT関係の仕事をしているようだ。
仕事を始めたばかりの頃はそんなに熱心な方ではなく、昨日のように泊まり込みで仕事をするようなことはなかった。そういうことをするようになったのは、つい最近になってからのことだ。
単純に仕事忙しいだけなのか、あるいは、杏奈さんに向けていた情熱を必死に忘れようとして仕事に打ち込んでいるのか――
……それはぼくにはわからない。
…………
教室内は今朝のニュースの話題で持ちきりだった。
当然といえば当然だ。不謹慎かもしれないけど、自分たちが住んでいる場所の近くで殺人事件が起きるなんて滅多にないことで、みんなが興奮するのは仕方のないことだと言えた。
犯人は誰それだとか、その目的は何だ? ――とかいった内容が耳に届く。ぼくはぼくで、やはりあのメールのことが気になっていた。
――その人が死ぬ前にその名前が書かれたメールが送られてくる……そんなことってあり得る?
ぼくが席に座って考え事をしていると、登校してきた赤木くんが荷物を置くなり、
「おい、知ってるか?」
昨日と変わらず興奮しながら話しかけてくる。おそらく、昨日の殺人事件に関する新しい情報なのだろう――
「今日、隣のクラスに転校生が来るらしいぞっ!」
「へ?」
と思ったら全然違う話題だった。
「しかも女子だぜ女子! かわいい子なんかなぁ?」
殺人事件に対する興味は薄れ、頭の中は転校生のことでいっぱいのようだ。
「次の休み時間見に行かね?」
「うん。構わないけど」
正直な話、転校生に興味があるわけじゃなかったけど、休み時間って別段することもないから赤木くんに付き合うことにした。
この時期に転校生がやってくるのは珍しいことじゃない。ぼくの通っている高校は2学期制が採用されていて、今年は昨日から後期が始まった。つまりそれに合わせての転入ということだろう。
休み時間――
隣のクラスの廊下は他のクラスや別の学年の人がそれなりに集まっていた。状況は違えど昨日の殺人現場に群がる野次馬のよう。どこの場所にもそういう人間はいるってことだ。
ぼくや赤木くんも同類だけど……
「さぁてさて、お目当ての子はどこかなぁ?」
赤木くんがエロオヤジみたいな事を言って教室の中を覗き込む。ぼくも一緒になって覗いた。
教室の一角を取り囲む一団がいる。おそらくその中心にいる人物が転校生だ。人の隙間から席に座る女の子が見えた。
ツインテールの女の子で外見は幼く見える。ほんとにぼくと同じ年齢かと思ってしまうくらい。彼女は転校初日にもかかわらず、早くも周りを囲む女子たちと仲良くおしゃべりしているようだった。
「おい、教室戻るぞ」
赤木くんは満足したのか、ぼくに促す。あれだけ興奮していたのに、今の赤木くんは妙に冷めていた。
「どうかしたの?」
「期待はずれだった……」
「え? あぁ、そう……」
自分の趣味に合わなかったんだと把握した。
以前、赤木くんは胸が大きくてオトナな雰囲気の女の人が好きだと言っていたのを思い出す。その観点から言えば転校生の特徴は真逆だった。
教室に戻って席につくと、「いや、だってよ――」と赤木くんが話を始める。
「オレ聞いたんだぜ? 転校生は
赤木くんがガクッと肩を落とした。
万葉学園というのは
けど……
「なんで万葉学園の人がここに転校してきたんだろう?」
ぼくは思ったままを口にした。
「あー、そりゃあれじゃねぇの? 夏休み入る前に噂んなっただろ? 万葉の生徒が自殺したって話」
「あぁ……たしかにあったねそんな話」
それが話題になったのは今年の5月頃だ。なんでも女子生徒の一人が校舎の屋上から飛び降りたのだとか。全国ニュースにこそなってはいないが、地元紙では結構多きく取り上げられていたと記憶している。
「だろ? オレが親だったら自殺者を出した学校になんか通わせたいって思わねぇもん。大方そういう理由とかだったりすんじゃね?」
そう言われると、たしかにお金持ちの家の子どもって過保護に育てられているイメージはあるけど、転校してきた子が一人だけってことは、ほかの親御さんたちはそう思ってないってことなんじゃないだろうか……
もちろんほかの地域に移り住んだという可能性もあるけど、果たしてそこまでするかどうかは微妙だ。
そこで、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。教室に先生が入ってくると、クラスは静かになり級長の「起立」の号令がかかった。
…………
放課後、帰宅したぼくはいつものようにカムライ教に向かっていた。
本部へと続く坂道を自転車で登る。すると、坂の上から一台の車とすれ違った。
――この時間に、めずらしいな……
この坂道はカムライ教の施設に続く専用の道路だ。つまりさっきの車はそこからやってきたということになる。
先代の杏奈さんが教祖をやっていた頃はこの道を行き来する車もめずらしくはなかった。だけど、杏奈さんが亡くなって、信者の数が減ると当然車の数も減っていった。少なくとも、杏奈さんが亡くなってからこの時間にこの道を通る車は、まずなかったはずだ。
坂を登りきり本部に到着する。ホール内にいる人はいつものようにまばらだった。静けさに満ちたホールはある意味で荘厳。しかし、やはり寂しさのようなものは否めない。
そう思ってしまう理由は前教組である杏奈さんと現教祖の杏珠さんの格の違いだ。
前教祖である杏奈さんは、
予言――そのものズバリ未来の出来事を言い当てるというもので、杏奈さんはそれをやっていたのだ。ぼくが実際に数えたわけではないけれど、その的中率は八割を超えると言われていた。
そんな杏奈さんだからこそ、いろいろなことを相談しに来る信者の人たちは絶えることはなかった。
そして、そんな彼女が最後に啓示した予言が2つ。
1つは自分の死期についての予言。これに関しては、本当に予言したその日に杏奈さんは息を引き取った。正直驚きだった。それはぼく以外の人たちも同様で、葬儀はこのホールで盛大に行われた。
そして問題なのが2つ目。杏奈さんは自分の死期を予言した同じ日に、『10月13日にこの世界は終わる』という大それた予言をしてみせたのだ。そして、それを回避する方法として、「神に祈りを捧げ続けなさい」と示した。
しかし、杏奈さんがこの世を去ると、ここを訪れる人々はほとんどいなくなってしまった。今では当時の半数にも満たない。
ほとんどの人がカムライ教に興味があったわけではなく、杏奈さん――特に予言に興味があっただけだったのだ……ぼくの母さんみたいに……
杏奈さんの娘である杏珠さんにも予言の力のようなものがあればまた違ったのかもしれないが、残念ながら彼女にその力はない。また、年端もいかない少女に人生相談する人なんているわけもなく、懺悔や告解をしようなんて人も皆無だ。
それでも杏珠さんは母の言いつけを守り毎日壇上の神の像に向かって祈りを捧げ続けていた。
杏珠さんが立ち上がりこっちに向かって歩いてくる。
――まさか見てたのがバレた!?
ぼくの直ぐ側まで来た杏珠さんはぼくに向かって優しく微笑む
「ぁ……」
その笑顔にドキリとしてしまう。
杏珠さんはぼくの前を通り過ぎると、そのまま、関係者用の扉を開けてその向こうに消えた。
どうやら見ていたのがバレたわけじゃなかったみたいだ。
「それにしても――」
ぼくに向かって微笑む杏珠さんはとてもかわいかった……
…………
西の空に太陽が半分くらい沈んでいた。空には藍とオレンジの綺麗なグラデーションが出来上がる中、ぼくは自宅に向かって自転車を漕いでいた。
その途中、ポケットに入れていた携帯が振動する。
「ん……」
自転車を止めて、携帯を取り出す。
メールが届いていた。
携帯を操作してメールを確認すると、
「――え……?」
それは数日前にぼくの携帯に届いたメールと同じようなものだった。
謎の迷惑メール……
アドレスは意味をなさない適当な英数字を羅列したもの。ただしその件名は『divination of the spirit』となっていて、前回と同じもの。そして本文には、『菅瑠実音』とだけ書かれている。なんて読むかはわらないけど、おそらく人の名前。
――前回と同じ……ってことは、もしかしてもしかする?
もしこのメールに書かれている人が、甲斐夏男さんのように殺されるのだとしたら、どうしてそんなメールがぼくの携帯に送られてくるのか理由がわからない。
でも、偶然の一言で片付けるには不可解すぎるのも事実。
考えられるのは、メールの送り主がぼくと誰かを間違えている可能性。それしかないように思えた。
とりあえず携帯電話をポケットにしまって家に帰ることにする。ペダルを漕ぐ力は自然と重くなっていた。
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