第11話 銀狼との戦い:前編
俺は"飢えたる銀狼"との交渉に向け、その準備を着々と進めていた。
「よし、外壁強化も順調だな!」
ボロボロだった羊の村の外壁も、ハナとラビとレイナそして村の皆の協力により強固なものとなった。これなら後少しで完成だろう。
「ご主人様、いよいよ完成が近づいてきましたね」
すっかり汚れた作業服のハナが嬉しそうな様子でいる。よく働いてくれたハナに俺は労いの意味を込め、頭を撫でた。
「あー!ラビにもしてご主人様〜」
するとラビも撫でて欲しいと言わんばかりの目を俺に向けてくる。ラビはサボってるところしか見かけなかったが、取り敢えず撫でておくか。
「勇者様!お取り込み中恐縮なのですが、実は木材が少し足りなくなってしまいまして...」
完成と思い戯れていたが、村の住人は申し訳なさそうにそう言った。完成と浮かれて申し訳ないのはこっちの方だ。
「了解です!俺切ってきます!」
「私が行きますのでご主人様はどうかゆっくりと」
「ご主人様が行くなら切り行く〜」
思いの他、ハナとラビも反応したためか頼んだ住人も困惑しているように見える。
「木は俺に任せて、二人はここの手伝い頼んだぞ」
そう言い聞かせると、ハナとラビも折れてくれたようで素直に従ってくれた。
「じゃあ行ってきます!日が暮れるまでには戻るんで」
俺は日が暮れる前までに戻ることを約束し、出発した。夜の森林は視界が悪くなり危険だということもあるが、問題は夜に盗賊が活動することがその理由だ。"飢えたる銀狼"上手く交渉まで持っていけるだろうか。争い血を流したくはない、そのためにも交渉は必ず成功させる必要がある。
「覚悟しろ、勇者」
「えっ...?」
ドンッ!!!
誰かに呼ばれたかと思い振り返った途端、鈍い音が耳を抜け、俺は地面へと倒れ込んだ。どうやら何者かに背後から鈍器のような物で殴られたらしい。横たわる姿を確認すると、森陰に姿を潜ませていた者達が続々と犯行人へと駆け寄る。いつの間に、俺はすっかり集団に包囲されていたみたいだ。
「袋に詰めて運ぶぞ、急げ」
犯行人の仲間と思われる一人が何やら袋を取り出すと、犯行人へとそれを手渡す。地面に横たわる勇者を慣れた手つきで詰め終わると、足早に集団は森の奥深くへと姿を眩ませた。
朦朧とする意識の中、袋から漂う獣臭からおおよそ獣人の犯行であることの予想はつく。問題はその獣臭。ハナを飼っていた俺の知る、イヌ科動物の獣臭に近いものだ。俺の記憶はそこで途切れ、意識は完全に落ちてしまった。
...ぴしゃん、水滴の落ちる音が遠くから段々と近づいてくるように響く。その音が近づくと同時に、遠くから何やら会話している声が聞こえてくる。
「例の勇者連れてきたぜ、シルバー」
手足の違和感から、俺は拘束されていると気づいた。身体を起こすように辺りを見渡すと、そこはどこかの洞穴だと分かった。
「あっ、起きたみたいだぜシルバー」
俺を襲った人物だろうか。改めて見ると、俺と同い年くらいの狼の獣人だ。狼のような...?って狼⁉︎俺の困惑した表情を察したのか、少年はこの状況の説明へと話を続ける。
「見ての通りだ勇者、お前は盗賊の拠点にいる。拉致した理由は交渉材料としてお前を使うためだ」
少年の話す交渉とは、俺の身柄を王都へと引き渡すという旨だ。国王に勇者の身柄を献上する代わり、多額の謝礼金をふんだくる計画を画策したみたいだ。
「実は俺も交渉したいことがあるんだが、どうか羊村を襲うことはもうしないで欲しいんだ」
俺のその言葉に、少年は明らかに怒りを表す。やがて、すぐ側に置いてあった鈍器を手に取ると俺へ向け振りかざす。
「テメェ、今の状況がまだ分かってないな。拘束されてるお前に交渉権があると思うか?」
振りかざした鈍器を寸止め、少年の怒りは洞穴中に轟く。水滴に混じり木霊するその怒号を受け、その重い腰を上げる人物が一人。
「黙れ耳障りだ」
その言葉と共に、洞穴奥から狼の獣人の大男が現れた。その圧倒的な貫禄から、俺にもこの人物が一目で首領と判断できる。
「ごめんシルバー、つい熱くなって」
少年が鈍器を手から下げたのを見届け、大男は俺へと近づいてきた。
「この状況で交渉を切り出す覚悟は大したものだ。その覚悟に免じて、交渉の猶予を与えよう」
大男はそう言うと、拘束している縄を切り俺の拘束を解いた。
「どういうつもりなんだ?あんた」
「そうだよシルバー、どういうつもりだよ?」
俺と少年のその問いに、このシルバーという大男は応えようとせず、その代わりに洞穴から出るよう指示を出した。シルバーに連れられ、到着した場所は森林内部の開けた場所である。
「勇者よ、今からお前には次期"飢えたる銀狼"当主を決める決闘に参加してもらう。見事勝てばその交渉を呑もう」
シルバーの提示した条件というのは俺に決闘をさせるという実に意外なものであった。更には気掛かりなことが、
「ちょっと待て、次期当主を決める決闘ってなんだよ?それに俺が参加していいのか?」
「そうだぜ、なんでこいつを当主候補に推薦するんだ?シルバー」
俺の直球な問いには、少年も思うところがあるような反応を示した。
「勘違いするな、元より勇者に勝機を見い出していない。俺の後釜は既にここにいるお前だ、グレー」
シルバーが指名する本命の候補者というのはこの少年、グレーがそうらしい。要する俺はこれから決闘の見せしめにされる予定だ。決闘というからには、俺が食い殺されるまで続くことは必至。どうやら交渉を受ける気なんて最初からないらしい。
「さっさと始めよう、日が暮れる前に戻る約束をしてる」
自分でも分からないが、不思議と俺はこの状況に絶望はしていない。寧ろ交渉の猶予が残っていることに、僅かながら希望を抱いてしまっている。
次期当主の誕生を見届けるべく、盗賊"飢えたる銀狼"総員は一同に集結しこれより始まる彼らの決闘を待ち侘びていた。
「拘束した際に没収した武器は返却する、これで存分に戦え」
シルバーから渡されたのは、俺の唯一の武器ともいえる宿屋で貰ったスタンガン。使う機会がまさかこんなにも早く訪れるとは...なるべく俺は動物を傷つけたくはない。獣人であってもそれは同じだ。
「痛かったら降参しろよ?グレー」
「降参なんかするか喰い殺すぞ、勇者」
俺とグレーが対峙し、いよいよ闘いの火蓋が切って落とされる。
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