第7話 少女の決意

俺らの目の前に立っている女の子は、俺がこの国で最初に出会った人間だった。けれど、この娘は...



「部屋へ案内します」



その虚ろな目をした少女は、二階にある部屋へと俺らを案内した。



「ここが部屋です。ごゆっくりどうぞ」



部屋を案内した少女は、ペコリとお辞儀をしてスタスタと戻っていく。その後ろ姿を見ながら俺は呟いた。



「これがこの国の闇なんだな」


「申し訳ありません...ご主人様には旅の疲れを少しでも癒してもらいたいのに」


「ハナが謝ることじゃないよ。けど、しばらくは一人にさせてくれ」


「ご主人様...」



ハナとラビは哀しそうにこちらを見ている。俺はそんなハナとラビを部屋に残して

一人、部屋を出ていった。



「あんな女の子が奴隷...か」



俺は気持ちを和らげるために一人で夜風にあたっていた。この小屋の周りには森林しかないので、風あたりがすごくいい。小屋の裏口に座っていると、少女が森に入ろうとしているのが見えた。

俺はそんな彼女に駆け寄り、声をかける。



「こんな夜にどこ行くの?」


「ひぃっ‼︎ま、ま、薪を取りに行こうと...」



少女はびっくりした様子でこちらに振り向いた。俺はそんな彼女の肩に手を置き、話を続ける。



「こんな夜に一人で森に行くなんて危ないじゃないか‼︎」



俺は少しキツめな説教をした気がする...彼女はうつむいたまま、泣きそうになりながら

口を開いた。



「これが...奴隷としての私の仕事だから」


「はぁ...じゃあその仕事、俺も手伝うわ」



俺は彼女の肩をポンッと叩き、薪を集めに行った。そんな俺の後ろ姿を少女はキョトンと眺めている。



「何してんだよ、薪集めるんだろ?」


「う、うん‼︎」



俺と少女は協力して薪を集めて、無事に小屋へと戻ってきた。



「ど、どうして?」


「ん?」


「どうしてあなたは私に優しくしてくれるの?」



少女は薪を置いて、俺に問う。俺も薪を置いて彼女の問いに答えた。



「まだお前子供だろ?甘えていいんだよ」


「でも...私は奴隷...だから」



俺はそんな彼女の返事に苛立ちを覚えて、言い放った。



「明日、俺は出発する。お前が奴隷として生きたいならここに残ればいい。だけどもし、お前がこの国に...自分の運命に立ち向かう勇気があるのなら、

明日の朝にここへ来い」



俺は彼女にそう言い残すと小屋の中へと入った。すると、横から声が聞こえてきた。



「今のやりとり、見させてもらったぜ」



そう言って現れたのは、宿主のクマの男だった。俺はやれやれと肩を落として、男に向き直る。



「盗み聞きとはタチが悪いな...」


「あの娘について、少し話をしよう」



男はそう言って、俺を自分の寝室へと案内した。ベッドに腰をかけるように俺に促すと、男は座って語りはじめた。



「俺はこの宿屋を経営する前までは、王都の武器職人として働いてたんだ。俺の妻は人間が好きでな、よく獣人と人間が共存できたらいいのにとか言ってたな」



男の話は全て過去形だった。いつしか男の顔は深刻なものに変わって、話を続けている。



「ある日、俺は妻に店の留守番を頼んで出かけた。けれど、そのすぐ後に人間の奴隷達の暴動が起こってな。妻は人間に殺されたんだ。そしてその場にいたのが...」


「あの娘だったのか」


「最初はとっさに王国騎士から彼女を隠したのがきっかけだった...奴隷の彼女を俺は育てた。今思えば、人間に殺された妻の敵にしていたのかもしれない。ある程度、成長したら

売り飛ばす予定だったんだが...」


「あんたはそれができなかった」



男はフッと笑って人差し指で眼鏡をクイっと上げてみせた。



「腐ってるのは俺なのか、この国なのか...俺はこの国の掟を破り、奴隷を育てた。その結果、俺は王都から追放されて身分と地位を失った」



男は一人で淡々と語り終えると、俺に向き直り本題に入った。



「ここで人間の兄ちゃんに聞きたい、兄ちゃんだったらこの国と一人の少女。どちらを守ろうとする?」



俺はしばらく黙り込んで考えた。やがて俺は口を開き答えた。



「俺だったら...多分同じ選択をしていたと思う。おやじの選択は間違っていないよ、間違っているのはこの国だ。だから俺はこの国へとやってきた。なぜなら俺は...」



俺はベッドから立ち上がり、スーッと息を吸って答えた。



「俺はこの国を変えるために召喚された勇者なのだから‼︎」


「勇者ね...兄ちゃんに渡したいものがある」



男はそう言うと、立ち上がり部屋の奥を探りはじめた。そしてそれを俺に手渡した。



「俺は元武器職人だって言ったろ?これはその時に作ったやつだ」


「これは...スタンガン‼︎」



男が俺に手渡したのは、人間の世界でいうところのスタンガンのようなものだった。俺は目を丸くして男に聞く。



「これを俺が貰っていいのか...これは人間用じゃないんだろ?これはおそらく...」


「それは対、獣人用のだ」



男は俺の話を遮り、続けた。



「その武器は元々、奴隷を調教するために開発された恐ろしい武器だ。俺はそんな武器を獣人に使えるように改造した 」


「なぜ、そんなことを?」



俺は男に聞いた、すると男は高笑いして答えた。



「ハハハ、何で作ったかって?それは俺にも分からない。だけど期待はしてたんだ、この国を変えようとするやつが現れると」



すると男は真剣な表情になり、俺の手を握った。



「そいつはちと強力でな。俺みたいな大型動物系の獣人も不意打ちでなら気絶させることができる。けれど、使えるのは最大四回までだ。しっかりと使い時を見極めてほしい」


「強力って、死にはしないよな?」


「そこまで強力じゃない。けれど、獣人用に改造してるから人間に使うのは危険かもな。あくまで使うのはピンチになった時だけだ」


「そうか、わかった」



俺は貰った武器をポケットにしまった。すると男は今度は回復薬を五本、懐から取り出して俺に手渡した。



「これも持っていけ、きっと役に立つ」


「なんでそこまで」


「この腐った国を変えてほしいからだよ、いいから持っていけ」



俺は言われるがままに回復薬をポケットにしまい、ドアノブに手をかけた。そして男に振り向いて礼を言った。



「色々とありがとう...ございました」


「ふ、とっとと行きやがれ」



俺は礼を済ませてハナとラビの待つ部屋に戻ってきた。





夜は明けて、鳥のさえずりが聞こえてくる。俺らは準備を終えて、再び旅立とうとしていた。



「さすがに、来てないか...」


「ご主人様‼︎もう出発の時間ですよ‼︎」



俺はハナに急かされながらも歩きはじめた。だが、その約束した場所には少女の姿はなく宿屋のおやじの見送りもなかった。



「それにしても静かな出発だな、見送りぐらい来てくれたっていいのに」


「仕方ないですよ。早朝での出発ですし、きっと宿主さんはまだ寝ているんですよ。ですが、あの少女は大丈夫なんでしょうか...」



「あぁ、あの娘ならもう大丈夫だと思う。きっとここでもやっていけると思...」


「ご主人様、あれ見て‼︎」



ハナとの会話を遮り、ラビが俺を呼んだ。俺はラビが指をさした方向へ目をやると、宿から誰かがこちらへ走って来ているのが分かった。



「あれは...まさかあの少女⁉︎」


「やっと来たか」



俺らを追って来たのは昨日の少女だった。ハナは驚いていたが、俺らは立ち止まり少女が来るのを待った。やがて少女は追いつくと、息を切らしながらも志願した。



「私は自分の運命を変えたい‼︎だから...その...私がついてきても...いい?」



ズキュンッ‼︎俺のハートはその上目遣いで見事に射抜かれた。俺は照れながらも彼女を歓迎した。



「来ると思ってたよ、えっと...名前は」


「私はレイナ、よろしくねお兄ちゃん」



ズキュンッ‼︎またしても俺のハートはこの少女に射抜かれた、その無邪気な笑顔は反則だ。俺はキュン死しそうになったが、なんとか持ちこたえた。そして俺らは前を向き、歩きはじめたのだ。



「少女を誘拐した勇者か、いかにもこの国らしいじゃねぇか」



宿屋の裏で煙草を吸いながら、俺らを見届けた宿主の男は一人呟く。



「まさかあの娘があんなに笑顔になるなんてな...嬉しいような、寂しいような気がするな。まぁなんでも、

この国は託したぜ勇者」



こうして俺らは宿を旅立った。新しい武器や回復薬などの予想外の収穫もあったが、一番の収穫は



仲間が一人増えたことだ。

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