京都心霊カウンセラーの姉妹

クレイドール107号

第1話



京都市の高校生、タエ子さんはクラスでの孤立感に苛まれて悩んでいた。

心配した叔母からカウンセリングに行くよう勧められ、赴いたのが新学期前の3月、場所は市内の北野天満宮近くにある西陣という地域であった。

昭和の頃まで西陣織の産業が盛んだった京町家が立ち並び、タエ子さんは一軒の町屋の前に足を止めた。

タエ子さんは内心渋々であったという。

以前、叔母に半ば強引に連れて行かれた寺の住職から、貴女の後ろに生霊が憑いている、祓えないことも無いが、それ以上の事は私の力を超えているから他の位の高い僧に相談しなさい。そう言われて失望したことがあった。

結局何にもならなかった。叔母の紹介じゃ今度も期待出来そうにもない。

かといって行ったって報告しないと叔母と共謀しているお母さんからもうるさく言われるだろうし…。

特にカウンセリングをしているというような看板も出てない、一般の住居に違いはなかった。

コード剥き出しの古い押し鈴を鳴らし、曇りガラス越しに人影が現れたかと思うと、引き戸が開いて顔を見せたのが着物姿の若い女性であった。

「ようおこしやす、待ってたで。早よぅお入り」

そう促されて土間に入ったタエ子さん。京町家独特の黒光りした柱、天井の高いうなぎの寝床の台所、石の三和土のある床の高い店の間に通されながら、タエ子さんはある違和感がふと頭に過ぎった。

この人、私より少し年上みたいだけど、ハーフみたいだなぁ。それに凄く綺麗な人だし。それなのに雰囲気の合わない京都弁がまた可愛く思えた。


店の間で少し待つように言われて、分厚い座布団に正座していたタエ子さんは、居間でしゃがみ込むように習字をしていた中年女性がいる事に気付き、ぺコンと会釈した。しかしその中年女性はタエ子さんに構うことなく和紙に達筆な字を一心不乱に書き記していく。

習字の先生なのかな、何だか古い文字だし。するとこのお宅は習字の教室?

ここで生霊とか何とかオカルトな相談しても意味無いんじゃ?叔母さん、間違えてるんだ。そうに決まっている。当てにはならないんだから…。

でもさっきのお姉さん、待っていたみたいな事言ってたし。

そう疑問を顔に出していたタエ子さん、先程の女性が再び顔を見せ、「お姉ちゃんすぐ来るし」と言って、前に正座して来たので慌てて背筋を正した。

「そんなにかしこまらんでも。気ぃ楽にしよし、お姉ちゃんに任せといたらええねんから」

そう言われて益々恐縮してしまったタエ子さん。

「学生さんも大変やな、新学期やろ。ウチも京都のこの近くの学校通っててんやで。ウチもお姉ちゃんも生まれてからずぅっとこの家で育って、いっこも他のトコ出たことあらへん」

そう言って微笑んだその顔を見て綺麗な人だなぁと、思わず見とれてしまったタエ子さん。

それにしても…。

そのタエ子さんの心を見透かしたように、「ええねんで、ウチ、ハーフやし、この見た目やから差別とかまぁ少しはあったんやけど、気ぃ強いから何ともあらへんかったし。性格父親譲りやねん。ウチもお姉ちゃんも。スペイン系フィリピン人やねん、オトン。お母ちゃんは霊能者で、留学してたオトンに惚れたお母ちゃんがこの家に引き連れてきて、で、そのまま結婚したんや。ほんで生まれたのがうちら姉妹言うわけ」

はあ…。捲し立てる少し年上の女性に呆気に取られていたタエ子さん、「クル、お客さんの前で何品ない事言うてんの、ええ加減にしよし」

と言う声に顔を上げてまた見とれてしまった。

お姉ちゃんと呼ばれたその女性も京友禅が似合う、それでいて落ち着いた雰囲気の佇まいであった。

クルと呼ばれた女性の真横に座り、二人、タエ子さんと向かう形になってしまい、タエ子さんはさらに緊張してしまった。

この世にこんなに綺麗な姉妹がいたなんて…。

劣等感に苛まれ始め、視線を合わせることが出来ない。お姉さんが優しく言い聞かせるように語りかけた。

「この家の主で、高田·バウディスタ·純でございます。妹は高田·クルス·由梨。ミドルネームは父親が付けたんです。祖先は修道士やって、ウチら二人の由来もそこから。ようおこしくれはりましたなぁ、長い事お待たせしまして申し訳ありまへんえ。奥の神の間で祈りを捧げてましたよって」

はぁ、神の間…ですか?

「いつものお勤めみたいなもんですよって、気にせんといてな。お客さん来はる時は必ず神様とお話させてもうてますし、その人の抱えてる悩みの答え、授けて貰う為に欠かせへんさかいに」

神様ですか…。

お姉さんの純さんが、「クル、アレ持って来て」と指示して席を立たせ、由梨さんが奥の部屋に向かった。

「タエ子さんがここに来やはる前に、神様にお尋ねしたんや、タエ子さんの抱えたはるのが見えたよって」

するとお姉ちゃん。そう妹の由梨さんが持って来た物を目の前に置いた。それは白いピーニャ(パイナップルの葉の繊維を織った布)だった。

透けた光沢のあるそのピーニャを見たタエ子さんは、これが神様からの授かり物?と訝しんだが、

お姉さんの純さんが、「神様、タエ子さんにええもん授けてくれはったなぁ」と、由梨さんと二人で微笑んだが、タエ子さんにはただの白い布でしかない。確かに高級っぽい布ではあるかもしれないけど…。

「タエ子さん、見えたぁらへんから、お姉ちゃん見せてあげて」と由梨さんが言うと、「もうすぐタエ子さんにも見えるさかいに、ちょっとの間待っといてな」と、由梨さんを窘めつつ、タエ子さんに言い聞かせた。

白い布。その布に小さな剣が出てきた。

ええっ!?タエ子さんが目を開いて身体を引き気味にしながら両手を口に当てた。

今の今までピーニャの表面には何も無かった。

それが、まるで白い湖面から浮きがって来るように剣が現れた。タエ子さんが見たことのあるRPGゲームに出てくる様な逆さになった剣が。

手のひらに乗る小さな剣。おもちゃみたいな…。

「その剣、自分で空気を斬るようにしてみ」

言われた通り、タエ子さんはその小さな剣を持ち、「縦に真っ直ぐ」とジェスチャーされて、フッと目の前の空気を斬ってみた。

すると、タエ子さんの身体の周りの風がフワッと流れ、髪が揺れた。

「どう?空気流れたん分かったやろ?」

「タエ子さん、さっきまでと顔違うわ、明るくなってるでお姉ちゃん」

「周りを包み込んでいた黒いオーラが晴れたなぁ、剣で自分の闇を斬ったんや」

確かに風が通ったのは感じた。気持ちの重さも軽くなったようにも思える。でも…。

「タエ子さん自身が悪い霊、引き寄せてたんやねぇ」

「クル、悪い霊ってホンマはおらへんねんで、悪霊とか、地縛霊とか言うんは、そもそも人間が分類したもんやし。自分で自分を悪霊とか思わへんやろ?タエ子さんは思春期やし、霊感も強かったんやね。引き寄せてた言うても、タエ子さんが悪いって言うやないんやで。学校いうとこは色んな人やはるやろ、その分色んな気持ち言うか。色んなオーラ持ってる人もおるんや。うちら姉妹もそういうことあったやろ?いじめとか、みんなから仲間はずれされとうない言う人もおるし、それで良くない言うかネガティブなオーラも増えてしまうねん。それがタエ子さんにもインフルエンザみたいに罹ってしもた言う訳」

じゃあ、生霊とかも?

「うん、霊なんてそこらウヨウヨいるねんで」

お寺のお坊さんは祓えないって言ってたのに…。

「その剣、タエ子さんにあげるね。神様からタエ子さんに送られてきたもんやし」

この剣をですか?あ、ありがとうございます…。

お礼を言って席を立ちかけたタエ子さん、

話していて夢中になっていたが、来た時居間で習字をした女性がいないのに気が付いた。

あの、先程おられた方は?習字の先生だと思ったんですが。

姉妹は、ああ、と顔を見合わせて、「ええねん、気にせんといて。前から居やはる人やし」

そ、そうですか。

「うん、ウチらが生まれる前からなお姉ちゃん」

「そうそう、ウチらのお母ちゃんのおばあちゃんの生まれる前からやな」

え?

「時々現れはるねん、気に入ったお客さん来ゃはると時とかな」

お礼をしてお宅を後にしたタエ子さんが家に帰ると、貰った剣を改めてまじまじと見た。

この剣をまた使えば生霊を祓えるのか…。

お姉さんからは、学校に持って行っても良いって言われたけど。

…タエ子さんは、これをいつもクラスにいるムカつくいじめっ子とかに斬りつけたらどうなるだろうと考えた。

そっちの方が効果あるんじゃ?

頭の中に何人か思い描いた。

鞄にしまおうと開けると、和紙が入っていたのに気づいたタエ子さん、これって?

文字が書いてある。タエ子さんは思わず持っていた和紙を破いてしまった。

和紙には  『人を呪わば穴二つ』と書いてあった。

書体に見覚えがあった。

あの習字の先生の字だった。




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