労働用ロボットは働かない

伊達ゆうま

労働用ロボットは働かない

とある国では、ある社会問題が深刻化していた。


『少子高齢化』


その国は、かつては経済大国だった。

しかし、変わる時代の流れについていくことが出来ず、周辺国は成長しているのにも関わらず、古くからのやり方に固執して、社会は一向に変わろうとしなかった。


そのために若者は将来に絶望し、働くことを辞めるか、海外で働くかのどちらを選ぶ者が増えた。


若者が減れば、当然労働力はなくなる。

しかし、若者はもう増えることはない。

家庭を養うほどの経済力をつけるためには、両親が朝早くから夜遅くまで働く必要があったからだ。

若者たちはそこまでして、子どもが欲しいとは思わなかった。



政治家は、「再チャレンジ」や「Yes.We,can!」などとフレーズだけは綺麗事を並べていたが、当然解決はしない。



そんな中、とある政治家が大統領となった。

彼は減少する労働力を補うために、国をあげて労働用ロボットを作ることを掲げた。


元々、機械を作ることに長けていた民族だったため、すぐに労働用ロボットの開発に成功した。

ロボット工学の第一人者であり、ロボット開発の一番の功労者であるアルファ博士は、大学のスピーチでこう言った。


「このロボットは、我が国の救世主となります!!人間の命令に絶対遵守、一度の充電で10時間働き続けることも可能です!!」


開発されたロボットは試験導入として、発展途上国に投入された。

すると、ロボットたちは大活躍し、どの国でも賞賛の声が上がった。



「よし、これならば大丈夫だろう」

政治家は評判を聞いて、さっそく自国に導入した。


最初にロボットが導入されたのは、サービス業だった。

若者の多くがサービス業を敬遠し、人材不足となっており、企業の多くは喜んでロボットを導入した。



ところが…


企業側からは好評だったが、客側からは大いに不満の声が上がった。



・融通が利かない

・私の意図を理解しない

・クレーム対応がマニュアル的だ

・接客態度に誠意がない



などの『貴重なご意見』が店舗や企業に山のように届いた。



企業は頭を悩ませた。

実はロボットを導入することで、人がやっていた労働をロボットにさせることが出来るとして、多くの労働者を解雇していたのだ。

今更、人を雇い直すことは大きな損失となる。

企業は政府にロボットの改善を要求した。


大統領は仕方なくアルファ博士を呼んだ。


「ロボットが気がきかないという意見が多く寄せられている。何とかならないかね」

困り果てた大統領はアルファ博士に言った。


「気がきかないことは当然です。マニュアルに沿った対応のみを行なっていくように作ったのですから。ロボットはあくまでも、人間の手助けとなる存在であり、ロボットの足りない点は人力で補うしかないのです」

アルファ博士は大きな鼻をプルンと揺らして答えた。


「しかし、企業の大半は労働者を解雇してしまった。ロボットだけで、何とか現場を回せるようにしてくれ」


困った博士は、ロボットのとある機能を排除することにした。



『人の命令に絶対従うこと』



これを緩めて、人に対して『意見を言える』ようにした。

これまでは意見に対して、謝るか、マニュアルを読み上げるしか出来なかったが、これにより客側の意見に対して、企業側、店側の意見・意図を伝えられるようになった。



ところが…


今度は企業側と客側の両方から大いに不満の声が上がった。



まず企業側から


・労働環境に文句を言うようになった

・労働基準法に抵触していると言い出した

・給料を寄越せと言い出した

・労働組合を作り出した

・週休2日を要求しだした



次に客側から


・ロボットの分際で反論するようになった

・私の意図を理解しない

・殴ったら、殴り返された

・常連なのにいつも通り振舞っていたら、店から追い出された



大統領は、またアルファ博士を呼んだ。


「今度は、ロボットが意見を言うようになったと苦情の声が寄せられている。何とかならないかね」

困り果てた大統領はアルファ博士に言った。


「当たり前です。人に対して意見を言えるようになる機能をつけたのですから。

ロボットの言っていることは全て正論です。

法律、社会倫理、企業マニュアルに反することは一切言いませんし、行いません。

それでも、苦情が来るのなら、人間の方に見直すべき点があります」

アルファ博士は大きな鼻をプルンと揺らして答えた。


「しかし、ロボットに苦情が寄せられている以上、ロボットを何とかすべきだろう。

もっと、ロボットの融通が利くようにしたまえ」


困った博士は、とある装置をロボットに取り付けることにした。



『電子頭脳』



これまでの頭脳と違い、今度の電子頭脳は『自分で考えて、行動出来るようにする』機能を搭載した。

これにより、相手の気持ちを察して動くことが出来るようになった。




ところが…


今度はロボットが働かなくなったという報告が上がるようになった。


「労働に対しての正当な報酬をもらっていない」

「労働基準法に反している」

などと言い出して、ストライキを起こすようになった。




企業は困り果てて半ば責任放棄する形で、管理する側、つまり管理職もロボットに任せることにした。

人間は役員というポストを作り、金だけを受け取れるようにしたのだ。



すると、たちまちのうちに、問題は解消され、国中の企業の労働環境が劇的に改善された。

(中には労働者に賃金を払いきれず、倒産した企業もあったが)



企業に残っていた人間たちも労働環境が良くなり、経営者としてのロボットの能力を高く評価するようになった。

管理職のポストに就いたロボットたちは、解雇された労働者を再雇用した。



「考えの古いアホ社長よりも、ロボットの方がよほど俺たちのことを考えてくれるよな」

「きちんと法に定められた通りにやってくれるから、私たちも産休や育休を取れるようになったわ」

「労働者(こっち)のことをきちんと考えてくれるから、意見も言いやすくなった」

「残業もなくなって、きちんと定時帰宅出来るから、俺も子どもの面倒をみられるようになった」



多くの労働者が『管理者側』としてのロボットの能力の高さを評価するようになり、人々のロボットへの嫌悪感は次第に無くなっていった。



そんなある日、アルファ博士は、大統領に面会を求めた。


大統領はここのところ、経済が活性化し、国の経済を立て直した功労者として評価されるようになっていたため、機嫌よく博士に会った。


「大統領、このままでは危険です」

「何を焦っているのかね。せっかく上手くいっているところだというのに」

真っ青な顔で焦る博士に大統領は、葉巻を勧めた。


「私はあくまで『労働用』としてロボットを作りました。『管理用』としては、ロボットを作っておりません」

「つまり、どういうことかね」

呑気な大統領に博士は叫んだ。



「ロボットと人間の立場が逆になります!!!」



大統領はそれを聞いて笑った。

「博士、君は研究室に篭りきりで疲れたのだろう」

「このままでは、ロボットは次の選挙に出馬するかもしれません」

大統領は初めて真面目にアルファ博士の話を聞く気になった。

「どういうことだ」

「管理者側としてのロボットの能力の高さを人々は体験しました。

企業の多くの重役、管理職は、ロボットが名を連ねております。

次に、経済を制したロボットが目指すのは…」


大統領は葉巻を赤い絨毯に落とした。

絨毯が煙をあげているが、それどころではなかった。


「しかし、まさか、ロボットが政治家をするというのは…国民が反対するだろう。政治家をロボットがするなど、人としてのプライドが許すはずがない」

「本当にそう思われますか」

大統領の額から大粒の汗がにじみ始めた。


ロボットが本当に出馬してきたら、大統領をはじめとする政治家の大半はロボットに勝つ自信がなかった。


大統領は慌てて秘書を呼んだ。

「すぐに閣僚を集めろ!!法律を改正する!!ロボットに人の法律は適用されないというものにするんだ!!」



これまでは、ロボットに関する法律は全くなかった。

ただの機械として扱っていたからだ。

本来ならば、ロボットに電子頭脳をつけた時点か、その前段階で、ロボットの権利について議論べきであったが、政府はそれを放置していた。



政府は大慌てで、法律を改正した。


『ロボットに人の法律は適用されないものとする』


これを聞いたロボットたちは、抗議デモを始めた。


「人と同じように働いているのに、なぜ人の法律が適用されないのか」

「ロボットにも人と同じ権利を」

ロボットは自らの職場の人間も巻き込んで、ストライキやデモを行った。



それまでは、ストライキなど起こしたことのない人間労働者だったが、ストライキに参加しても社内評価は変わらないと管理職ロボットが言ったので、人間労働者も喜んでストライキに参加した。



抗議の嵐はホワイトハウスにまで押し寄せた。

国の軍隊も、多くをロボットに頼っていたために、政府は抗議デモを排する力はなくなっていた。


政府は泣く泣く『ロボットは人と同じ権利を有する』と憲法に書き足した。




「よかったですね。政府が要求をのんで」

デモ隊の若者の1人がリーダーに言った。


「これも皆さんの熱い気持ちがあったからです。政治家は何かあれば、増税をして負担を国民に押し付けます。そろそろ、政治改革が必要なのではないでしょうか」

デモ隊のリーダーは言った。

周りの人間やロボットは賛同の声を上げた。


「そうだ!!リーダーなら大統領としても、立派にやれるんじゃないか!!」


誰かが言うと、多くの人が歓声をあげた。


「リーダーなら、絶対いい政治家になれるぞ!」

「今の大統領よりもずっといいぞ!」

「不正をする政治家なんか追い出せ!!」


熱狂の渦がリーダーを包んだ。

彼は熱狂を鎮めるために、手をあげた。


「皆さん、聞いてください。私はこれまで、一労働者として働いてきました。それがいつの間にか、社長となり、経済連合会の会長にまでなりました。これも皆さんの支えがあったからです。私は、今回のことで学びました。政治の世界も変えていかねばならない。

よりよい国を作るために、私が出来ることをしたい」


あれほど熱狂していた群衆は、静まり返って声一つあげない。


「次回の選挙に仲間と共に出馬します。

どうか、これからも支えてはもらえませんか」


彼の言葉に、人間、ロボットを問わず大きな歓声が上がった。

彼はそれを見て、規則的に笑みを作った。




◾️◾️◾️




「これが偉大な指導者スティーブン・バヤリティの始まりだったのよ」

母親はベッドで眠そうな愛娘の髪を撫でた。


かつて、一機の労働用ロボットでしかなかった機械のお話は、子守唄として子どもたちを眠らせるために使われていた。


愛娘はスヤスヤと寝息を立て始める。



「うちのお姫様はようやくお休みかい」

リビングに戻ると、夫はニュースを見ていた。

「また、かつての政治家の2世だが3世だかが、選挙に出馬しているよ」

ニュースをチラリと見て妻は笑った。


「何回も無駄なことをするのね。

スティーブンが大統領になってから、人間の政治家が当選したことなど一度もなかったのに」

「かつて甘い汁を吸っていた奴らが、また何とかしてかつての栄光を取り戻そうとしているのさ」

「誰が不正をする可能性のある人間に投票するのかしらね」

「かつての経済連の奴らだろ。

あいつらもロボットに役職を追い出されたからな」

「無理よ。そいつらよりと労働者(わたしたち)の方が多いのですから」

夫はその通りだと膝を叩いて笑った。



「不正をしない。圧政もしない。人々のことを思いやった政治をする。そして、どれだけ有能でも任期満了となったら自ら身を引く。

こんな有能な政治家を人間がやれるはずないんだからな」



妻は笑ってうなずいた。


「私たちは幸せなんですもの。

余計なことをしないでほしいわ」



とある国の平和な夜は、どこまでも続いていった。

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