現代式サンタクロースの作り方

@kasparov0202

第1話

「Is there a Santa Claus?(サンタクロースっているんでしょうか?)」

こう書かれた手紙が1897年、ニューヨークに住む少女から新聞社の編集部宛に投函された。


「君なら、どう返す?少女からのこの手紙に対して」

彼女はそう私に訊いた。

当時の私は彼女に対して、こう答えたと記憶している。

「いない。でも、君の御両親は君のことを愛してる、って返すかな」


100年前、手紙を受け取った記者フランス・チャーチは、その少女バージニアに対してこう答えたそうだ。

「Yes, Virginia ! There is Santa Claus. (もちろん,バージニア!サンタクロースはいるのです)」

この一節を含む、目に見えないものを信じることの素晴らしさを謳った彼の社説は当時大きな反響を呼び、今でもクリスマスの時期になると新聞に掲載されるらしい。

「こういうことをさらっと言える人間が、世の中うまくやっていくんだろうな」と思ったものだった。それから10年以上経った今、洒落の一つも言えない自分の人生は実際うまくいっていないので、その時の感想は正しかったと感じる。付き合っていたその彼女とも、流石にこの会話のせいではないと思うが、クリスマスを迎える前に破局してしまった。


クリスマスが二週間後に迫り、近くの繁華街からの喧騒が、薄暗いオフィスの中にかすかに響く。休日出勤は久々だが、アポイントメントがあったので仕方がない。社員一人のこの会社で担当できるのは、事業主である自分しかいないのだから。それに、この時期の仕事の依頼は貴重だ。

 約束は午後3時からなので、まだしばらく時間がある。オフィスチェアの背もたれを少し倒して、道路に面した窓ガラスに目を向けた。曇りガラスなのではっきりは見えないが、外は天気予報通り、曇天のようだ。

 しばらくそうしていると、階下から、ビル入り口のガラス扉が開く音が聞こえた。傘をバサバサとたたみ、入り口脇の傘立てに傘を立てる音が続く。少し早いが、依頼人が到着したようだ。オフィスチェアの背もたれを元に戻し、着ているスーツに皺ができていないか確認する。

 オフィスの扉がノックされた。ドアを開けると、丸眼鏡をかけたひょろっとした男性が立っている。

「先日電話をした加賀と申します。担当者の方でしょうか」

丁寧で落ち着いた喋り方だ。電話の口調から年配かと思っていたが、30代前半、自分と同年代かもしれない。

「はい、木野と申します。わざわざご足労いただきまして。こちらのテーブルへどうぞ」

依頼人は、コートの肩についた水滴を払いながら,応接スペースのソファに座る。

「近くに寄る用事があって、立ち寄らせていただいただけですから」

私は紺色のコートを受け取り,ハンガーにかけた。生地の上を小さな水滴がころがる。なめらかな、良い生地のコートだった。


「電話でも申し上げたのですが、相談したいのは娘についてなんです」

話しながら彼はスマートフォンを取り出し、娘の写真を私に差し出した。

写真には、赤いサンタ帽を握りしめて泣きじゃくる5、6歳くらいの女の子が映っていた。

「可愛らしい娘さんですね」

この仕事を始めてから今年で3年が経つ。さすがに、このくらいの当たり障りのない返答はできるようになった。

「娘はサンタクロースの出て来る絵本が大好きでして…『サンタクロースと小人たち』とか。それで、去年のクリスマスは少し演出をしたんです」

彼は、娘のためにサンタクロースからの手紙を書き、彼が家に来た証拠に帽子をプレゼントの横に置いておいたと言う。

「それが完全に裏目にでてしまったと…」

「はい、完全に失敗でした。翌朝手紙を読んだ娘は『お父さん、なんで起こしてくれなかったの!』と。肝心のプレゼントには目もくれず、泣きじゃくられました」

彼の娘にとっては、サンタクロースがクリスマスの目的で、プレゼントはあくまでおまけ扱いなのか。

「今年は一晩中起きておくといって聞かなくて…」

それにしても、サンタに対する凄い執着心だ。彼女にとっては、サンタクロースが憧れのヒーローやアイドルのようなものなのかもしれない。

「それで、サンタクロースの代行を依頼していただいたというわけですね」

彼は頷いた。

「私か妻がサンタの着ぐるみを着てプレゼントを渡すことも考えたんですが…娘にバレない自信はありません。サンタクロースが実は両親だったなんて知ったら、きっと娘は落ちこみます。まだ5歳ですから」


加賀氏が帰っていった後、私は一人,オフィスでプランを練った。実はサンタ案件は以前も請け負ったことがある。あれはこの仕事,一般代行サービスを始めてすぐの冬だったはずだ。世田谷の幼稚園のサンタクロース代行の依頼だった。幼稚園側から前もって渡されたプレゼントを、付けヒゲにサンタ衣装の姿で、子供達に配りに行くったのを覚えている。短時間で済み、割りも良かった。その時に使ったサンタ衣装はクローゼットにしまってあったはずだ。

 今回、依頼人である加賀氏から出された条件はたった一つ。


・娘の夢を壊さないこと


 自分に、果たして5歳の女の子の夢を守りつつ、プレゼントを渡すことができるだろうか、自問自答する。自分は体格が良い方だ。カラーコンタクトで瞳の色を変え、付けひげをつければ、普通の日本人には見えないだろう。少女のサンタクロース像に叶うかどうかはともかく、少なくとも非日常感は演出できるのではないだろうか。少女から話しかけられたらどうする。自分はパントマイムが出来る。口下手な自分にあっているようで、昔から好きだった。数少ない自分の特技だ。魅力的ではないかもしれないが、少なくともやり過ごすことくらいできるだろう。

 加賀氏に依頼を受ける旨と、自宅の下見の日程を連絡する。来週もまた、休日出勤になりそうだ。

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