中編

 先祖帰り。そう呼ばれる子供たちが生まれたのは私の世代が最初だと言われています。

 16年前。人間としてはあり得ない特徴をもつ子供が世界各国で生まれました。

 獣のような耳や尻尾があったり、鱗があったり。見た目は人と変わりませんが、石や植物を食べるなど、人間には食べれない物を食べたり。

 調べてみると人間にはありえない内臓、器官が存在し、遺伝子がまるで違うものであったり。人から生まれた存在でありながら、人とは言い切れない。そういう子供たちが突然生まてしまったのです。


 世界はそれに狼狽えました。原因は不明。子供によって特徴も違うために治療も対応も追いつきませんでした。

 そうした子供たちの特徴が、空想の存在として語られる妖怪やモンスターなどに似ているため、いつしか「先祖帰り」という名前が定着しました。


 それからというもの毎年先祖帰りの子供は確認されましたが、全体数は把握できていないのが現状だそうです。

 理由の1つは政府の対応が間に合っていないことにあります。原因解明のための調査、社会的保証や設備の整えなどやるべきことは沢山あるものの、私が生まれて16年たった今でも十分とは言えません。

 存在が確認された当時は隔離してしまえ。という意見もあったようですが、子供の人権はどうなる。という対立意見が生まれ論争を呼び、未だに政府の間でも意見は真っ二つに割れています。


 そうした事情から、周囲の人間、社会すらも助けてくれない。そう悟った先祖帰りの親たちが子供を捨ててしまう。そういった事件も多いそうです。

 子供の将来を心配した結果、先祖帰りだということを隠して育てる。そう決意する親もおり、そういった両親は先祖帰りが生まれたという届けを出さないというのも問題となっています。


 そういったニュースが出るたびに専門家は「社会は今混乱の中にある」そう真面目な顔で言いますが、私にはその実感がありません。

 なぜなら先祖帰りはそれほど数が多くないのです。一クラスに1人、いるかいないか。そのくらいのものであり、多くの場合は隠れてひっそりと生きています。社会問題となっているというのに、今を生きる当事者である私たちの認識は都市伝説とたいして変わらないのです。


 だからこそ雪村六花君の存在は異質ともいえました。

 入学式の時からその容姿は目立っていたのです。もしかして。とひそひそと囁き合う声が聞こえていましたが、今の時代髪も瞳も自由に変えられますし、生まれつき色素が薄い。そういった人もいます。何も言わなかければ、そういうものだ。と誰もが流して、なあなあに出来るものであり、彼もわざわざ語りはしないだろう。そう私は思っていました。


 けれど私の予想はあっさりと砕けたのです。

 入学式が終わってクラスに戻り、一人ずつ自己紹介をするように。という新学期定番のやり取りの中、雪村君は堂々といったのです。


「俺は雪女の先祖返りです」


 その言葉を聞いた瞬間、教室の中は静まり返りました。

 誰もがもしかしたら。そう思っていたと思います。でも、こうもハッキリ堂々と口にするとは誰も考えてもいなかったのだと周囲の反応を見て分かりました。

 事情を知っているはずの先生ですら、驚いた顔で雪村君を凝視していました。先生もまた彼が口にするとは思っていなかったのです。


「男で雪女というのもおかしな話ですが、特徴として一番近いのでそういうものだと思ってください。暑いのは苦手です。俺の周囲は温度が下がるので、出来れば窓際か廊下側。俺の近くの席の人は防寒具を用意した方がいいと思います。それと触ると冷たいので極力接触は控えてください」


 雪村君はそれだけ言って着席しました。

 それは自己紹介というよりも取り扱い説明のようでした。

 状況が理解できるにつれてざわめく教室の声など聞こえないかのように、雪村君はずっと前を向いていました。思い出したように響く先生の「静かにしろ」という声が聞こえても、教室はなかなか静かになりませんでした。


 すぐに雪村君がいったことは事実だと分かりました。雪村君の席は窓際の一番後ろに移り、隣と前の子、一応斜め前の子もひざ掛けなどの防寒具を持ってくるようになりました。最初は冗談半分だったようですが、一日一緒に授業を受ければすぐに分かることでした。彼の周囲は確かに他より温度が低くひんやりしています。

 そして私たちのクラスだけ、真新しいクーラーがつけられている事にもすぐに気づきました。暑さに弱い雪村君にとって、教室を冷やす設備は必須だったのです。


 担任の先生含めて、大人たちは皆雪村君の対応を推し量っているようでした。雪村君がふらりと姿を消しても注意せず、それどころかどこかホッとした顔で授業を続けるのです。

 特別扱い。そういう子がいましたが、どちらかといえば腫物扱いでしょう。雪村君はたしかにクラス名簿に名前があり、彼の席も用意されていましたが、それはあくまで形だけ。彼の居場所はクラスどころか、この世界のどこにもないようにすら見えました。


 雪村君と出会って私はやっと先祖帰りは都市伝説でもなく、遠い世界の出来事でもなく、目の前に直面する問題だと気付いたのです。

 それでもどこかで雪村君を、動物園にパンダを見に行くような感覚で見ていたのだ。そう彼の瞳を見て気づいた私は、自分が少しだけ嫌いになりました。

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