それでもこの冷えた手が

黒月水羽

前編

 雪村六花ゆきむら ろっか君は変わった子でした。同時にとても目立つ子でした。

 色素の薄い白い髪はお年寄りの色というよりは、透き通った綺麗な色で、日の光が当たるとキラキラと輝いて眩しいくらいです。肌と雪のように白くて、シミ一つなく、女の子たちは皆「いいなあ」と羨ましそうに眺めていました。

 私は雪村君のようになりたい。とは思いませんでしたが、ただ綺麗だなあと気付けば目で追っていました。


 名前の通り、雪村君は雪のようでした。白くて、透き通っていて、いつのまにか消えてしまいそうなほど儚く見えました。

 あまりしゃべらず、人との距離を置く姿から「冷たい」そう言う人もいましたが、私は雪村君が冷たい人とは思えませんでした。いつか話してみたい。きっと優しい人に違いない。と話しかけるタイミングをうかがう私を見て、友達の亜美ちゃんは呆れていましたが、私はどうしても雪村君と話したかったのです。


 話して、出来ればもう一度。彼の瞳を見てみたかったのです。


 雪村君に対しての第一印象は、白い。

 雪のようだと髪や肌についていい、最後に人とは思えないほど綺麗。そう締めくくられることが多いのです。その評価を聞くたびに、一番大事な部分を見落としていると私は残念に思います。

 雪村君が一番綺麗なのは、長い前髪に隠れ気味な瞳です。髪と同じく色素の薄い水色の瞳には、雪の結晶が浮かんで見えるのです。間近で見なければ分からない、おそらく学校で私だけが知っている秘密。その事実に私は一人優越感に浸っていましたが、雪村君と特別親しいわけではありません。

 彼の瞳を見ることが出来たのは偶然でした。


 雪村君は暑がりでした。

 ふらりと姿を消してそのまま授業が始まっても戻ってこないことも多いのですが、夏になるとその頻度が増えました。そうした時、先生は顔をしかめますが同時に仕方ない。とあきらめた様子で雪村君の不在を見なかったことにします。


 しかし私は雪村君の所在地が気になりました。暑さが苦手な雪村君。私のクラスは彼のために真新しいクーラーが設置されていて、他のクラスよりも快適なのです。雪村君が授業に顔を出さなくても特例として使用され続けるため、別のクラスの子、時として先生までもが涼みに来る場所となっています。

 だから教室以上に涼しい場所なんてないと私は思うのですが、雪村君は姿を消してしまうのです。どこかで倒れているんじゃ。と時間がたつにつれて私は心配になりますが、彼は暑さが和らぐ時間帯になると何食わぬ顔で教室に戻ってきます。


 その姿を見て「猫みたい」といったのは亜美ちゃんでした。真っ白で気高い、血統証付きの猫。まさに雪村君のイメージとピッタリでした。

 猫は涼しい場所を見つけるのが得意です。きっと雪村君も静かで涼しい、お気に入りの場所があるのだと私は一安心。同時にそれはどこなのか。と雪村君がいなくなるたびに考えるようになりました。


 ある日、ゴミを捨てるために私はゴミ置き場へと向かっていました。

 うちの学校のごみ置き場は校舎から離れた場所にあり、行き来が面倒なために先生も教師もほとんど寄り付きません。もうちょっと近くにあってもいいのに。と思いながらゴミを運び終え、ふぅっと一息ついてからあたりを見回すと人の足が見えました。

 ゴミ置き場の隣にある物置の影。そこから少しだけ見える足と靴に私は固まって、それから慌てて駆け寄りました。誰かが倒れているのかも。そう思ったのです。


 大丈夫ですか!? と声をかけようと覗き込んだところで、私は声を失いました。

 

 ひんやりとしたコンクリートに身を預け、静かに眠っているのは雪村君でした。意外なところで意外な人物を見つけてしまったことに私は驚きましたが、冷静になってみると雪村君がいるのも納得です。

 建物のお陰で日影ができて、風通りもよく、人が滅多にやってこない静かな場所。私の想像の中の雪村君がいかにも気に入りそうな場所だと私は気付いたのです。


「こんなところで寝てたんだ」


 おそらくは雪村君のお昼寝スポットの一つでしかないんだろうな。と思いながら私は彼の近くにしゃがみ込みました。

 教室ではいつも窓の外を見ている雪村君は綺麗ではありますが近寄りがたく、こうして無防備に寝ている姿を見るのは新鮮でした。私と同い年の子なのだと、急にむくむくと親近感がわいてきて、綺麗だと評される彼の容姿がいっそう特別なものに見えたのです。

 同時に私とはかけ離れた存在である。そう思っていた雪村君が急に自分と同じ人間であり、同い年の男の子なのだと。急に身近な存在に思えたのです。


 私がどれくらいの間、雪村君を眺めていたのかは分かりません。少しの時間だったのか、実は何十分もたっていたのか。雪村君を眺めることに夢中だった私には時間の感覚などなくなっていたのです。

 そして、対して面識のない人間に至近距離で眺められていたら相手がどう思うか。そういった配慮も頭の中から消えうせていました。


 しばらくして、雪村君の男の人にしては長い睫毛がフルフルと震えました。それからゆっくりと持ち上がり、色素の薄い透き通った水色が見えてきて、雪村君の瞳に私の顔がうつっているのが見えました。夢と現実の境界線があいまいらしい雪村君は、ぼんやりとした顔で私を見つめます。私はその瞬間、彼の瞳に雪の結晶を見たのです。


「瞳……とっても綺麗……」


 そう思わず私はつぶやいてしまって、それを聞いた雪村君の瞳が見開かれました。一瞬だけ結晶がきらめいたように見えましたが、確かめる間もなく雪村君は逃げてしまったのです。


 無言でそれを見送ってしまった私は、少したってから気付いたのです。

 私の行動はどう考えても不審者のそれであると。すぐさま追いかけて事情を説明して謝るべきだ。そう冷静な部分はいっていたのですが、私は先ほど見た雪村君の瞳が頭から離れませんでした。


「やっぱり雪村君、先祖帰りなんだ……」


 知識として知っていたことに、やっと理解が追いついた私は、悲しさと嬉しさと困惑。色んな気持ちが混ざりすぎて、何も行動に移すことが出来なかったのです。

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