第2話 ー友情LINEー 青山 逞

 ーガチャ

 玄関のドアを開いて靴を脱ぐ。そのまま仏壇に直行して手を合わせる。


「父さん、母さん。ただいま。」



 昔、両親と川辺へバーベキューをしに行った。その日、溺れていた見ず知らずの男の子を両親が助けようとして、死んだ。顔や体の大きさからして、小学校一年生か、それより下ぐらいだったと思う。


 後から聞いた話だが、その子に親はいなかったらしい。2歳のときに両親が離婚。母親に引き取られたが、その3年後には亡くなったそうだ。

 その子はあの日、親戚と川へ水遊びをしに行った。しかし、無駄に気をつかわれ、親戚の輪のなかに入れずにいた。 結局一人でいることになって、浅瀬で小さな魚を捕まえていた。魚を追いかけているうちに、深いところへ行ってしまって溺れた。ということだそう。



 両親がいなくなった俺は、葬式で引き取り先の話をひそひそされ、「うちはちょっと...。」というオーラを全員が醸し出していた。もう俺は行き場を失って、ホームレスになって死ぬんだ。そう思った。


 その時だった。一人の女性が、険しい顔をした大人達の間に入っていった。そして、「逞くんは、うちが引き取ります。」と言い放った。それが今のお母さんだ。

 お母さんは正確に言うと、従兄弟の母親。つまり、俺からするとおばさんだ。



 彼女はその日に、俺を彼女の家に連れて帰った。俺を見た従兄弟の和晴(はる)の目は、本当に真ん丸だった。俺の置かれた状況やこの家に来た経緯を、おばさんは和晴に丁寧に話してくれた。当時俺らは小学5年生。いかにも「分からないけど分かった」というような感じではあったが、すんなり俺を迎え入れてくれた。


 しかし、本当に大変だったのはこれからだ。俺は養子になったことにより、『近藤 逞』から『青山 逞』に変わった。おばさんたちは、俺らを兄弟として扱ってくれた。家だけじゃなく、外でも公言出来るようにわざわざ引っ越してくれた。


 和晴は、

「お前が楽しい生活が出来るなら、転校してもいいよ。僕スマホ持ってるし。仲いい友達とはいつでも電話出来るからさ。」

 と言ってくれた。


 あれから3年。俺達は中学受験をして、中高一貫制の学校へ入学した。毎日勉強に明け暮れ、その中でも行事には全力で、ふざけるときはふざけて、青春を謳歌している。



 そんなある日だった。誰にもバレていない俺たちの秘密、『本当の兄弟じゃない』ということが、望天にバレてしまった。


 望天と2人で帰った時、たまたま母ちゃんから電話がかかってきた。用件は、親の法事に1人で行くかどうかだった。電話口で母ちゃんに

「母さんと父さんの大事な命日だから、家族みんなで行ってあげたい。その方が2人も喜ぶと思うな。」

 と言った。

そして電話を切った後、望天が

「誰からの電話?」

 と聞いてきた。

 俺は普通に、

「母ちゃんからだけど。どうかした?」

 と返した。すると望天は首をかしげ、こう言った。

「逞さ、お母さんの事『母さん』って呼ばないよね?それに、父さんと母さんの命日ってどういうこと?嫌なら言わなくて良いんだけど、私は知りたい。教えてほしい。」



 隠していたことだけど、「今更聞かなかったことにしろ」など無理な話だと思ったので、近くの公園によって話すことにした。



 本当に今まで、誰にも言ってこなかった自分の話。親の事故のこと。ここに来て、兄弟ができ、家族ができて、今凄く幸せなこと。全部吐き出せた気がした。望天は、優しく、俺の目を見ながら、隣でじっと聴いてくれた。思わず、涙が出てきた。今までの張りつめた思いが、一気に溢れ出た。


 心の中では、「泣いてごめん。」とか、少しくらい気の効いた言葉をかけたいと思うのに、口からは出てこない。


 俺は生まれてはじめて、ここまで自分の声に耳を傾けてくれる人がいることを知った。そして、「ありがとう」が言いたいけど言えないような、不思議な感情が俺の心の中で渦をまいていた。



 ーそして

 これはきっと、恋なんだろうな。

 直感的にそう思った。

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