第2話 のっぺらぼう
「そうか、のっぺらぼうもそういう年頃になったか。もう『坊』なんて呼べねえな」
「でもデートだべ? キビしんじゃね?」
「とにかくデートにさえ誘えれば、あとはどうにでもしますから。何かいいデートの誘い文句ないですか? 一反さんはいつもどうやって誘ってますか?」
「俺と一緒に飛ばねえか? ……だな」
渋くキメてくる一反木綿の即答に、のっぺらぼうは力なく笑う。
「僕、空飛べませんから」
「飛べねえ木綿なんざ、ただの反物だぜ」
そこに小豆洗いが陽気に割り込んでくる。
「ワイなら『小豆洗いフェス行かね?』とか」
「僕は洗い物得意じゃないです」
それ以前に、のっぺらぼうは小豆洗いのようなパリピではない。
真面目一徹な船幽霊が「正攻法で行け」と入れ知恵してくる。
「正攻法って?」
「仕事の手伝いを頼むふりをする。『活きのいい船頭を見かけたんだが、沈めに行くのを手伝っては貰えんか?』とかだな」
「僕、船酔いキツいんで」
イライラして聞いていたろくろっ首が、のっぺらぼうに絡みついて来た。
「ごちゃごちゃ言ってないで巻きついちゃえばいいのよ。『今夜は君を離さないよ』とか言ってさ」
「そんなことできるわけないじゃないですか」
そこへちょうどプレイボーイ
「ちょいと天邪鬼。のっぺらぼうが女の子をデートに誘いたいんだってさ。誘い方教えてやってよ」
天邪鬼は「ん?」とのっぺらぼうを見ると、ニヤリと笑った。
「そうか、じゃあ人間のやり方を教えてやるよ」
「え? 人間の?」
「まずは食事に誘え」
おお~っというどよめきが起こる。妖怪たちの間では『食事に誘う』などという発想は存在しない。
「で、少し早い時刻に待ち合わせするんだ。食事までの時間をちょっとその辺で潰すという名目でデートのような流れに持ち込む」
再び「おお~っ」。
「食事が済んだらロマンチックなところに連れて行く。夜景なんかいいかもな」
「で?」
「そこでコクる」
「えっ!」
のっぺらぼうが真っ赤になる。
「うおおおお~っ!」「流石、天邪鬼!」
「ロマンチックな気分のところにいきなりコクられたら確実に落とせるぜ」
「マジかー」「すげえ」
「そこで間髪おかずにキスだ」
「ええっ!」
「やれ」「行け」「押せ」「壁ドンだ」「ファイトっ!」
***
「あの、今日は誘ってくれてありがとう」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいよ。あ、あの、ちょっとまだ夕食には早いから、海岸でも散歩しない? 海に沈む夕日が見えると思うんだ」
「そうね」
のっぺらぼうはのっぺら子と一緒に砂浜におりた。
ドキドキしながら彼女の手を取ると、一瞬ビクッとした彼女も顔を真っ赤にしながら彼に手を引かれてついて行く。
「もっと早い時刻に来て、泳いでも良かったね」
「でもあたし、体ものっぺらぼうだから、水着になるのが恥ずかしいわ」
のっぺらぼうはそんなところも全部ひっくるめて彼女の事が愛おしいのだ。
「あ、そうだ、夕食は何がいいかな。何が好き?」
「ええと……っていうか、食事しないわよね。どうやって食べるの?」
しまった、僕らには口が無かった。
「それもそうだね。じゃあ、食事は無しにしよう。あ、そうだ。そこの崖の階段を上ると神社があるんだ。そこから見る夜景はなかなかなんだよ。見に行かない?」
「いいわね。行きましょう」
彼はまた彼女の手を取った。今度はさっきより少し慣れたせいか、彼女も手を握り返してくる。これは脈ありか?
神社からは確かに夜景が一望できた。一反木綿が教えてくれた通りだ。
「素敵ね」
「うん。でも君の方が綺麗だよ」
「いやだ、のっぺらぼう君たらお上手ね」
今しかない。のっぺらぼうは覚悟を決めた。
「嘘なんかじゃないよ。僕は君のことがずっとずっと好きだったんだ」
「えっ……」
恥ずかし気に俯くのっぺら子をそっと抱きしめると、彼の胸元で小さな声が聞こえた。
「あたしも好きよ」
のっぺら子が顔を上げた。彼は彼女に顔を寄せ……キスができないことに気づいた。
***
一反木綿が尻尾の方からくるくると巻いて行くそばで、小豆洗いが小豆の選別をしている。
「お前わかっててわざと食事とかキスとか言っただろ?」
「だってオレ天邪鬼だもん」
「でもいんじゃね? あいつ幸せそうだから」
「あの二人、照れちゃって可愛いわよ」
「顔のパーツもないのになんで照れてるってわかるんだよ?」
「だって、顔全体が真っ赤っ赤なんだもん。パーツなんて必要ないのよ」
***
最近、赤い顔ののっぺらぼうが二人で連れ立って歩いているのを見かけませんでしたか?
もし見かけたならそっとしておいてあげてください。彼らは今、幸せなのです。
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