第3話 かっぱ

「ええと、妖怪中学から転校してきましたカッパです。人間の学校は初めてなので、いろいろ教えてください。よろしくお願いします」


 クラスがざわついた。当然だ。妖怪の転校生など聞いたこともないだろう。


「じゃあカッパ君は……コンノさんの隣に座って。コンノさん、カッパ君をよろしく」

「はい」


 先生に声をかけられた女子は、後ろの方の席で手を挙げた。


「カッパ君、こっち」


 だけど彼女と目が合った瞬間、俺は雷に打たれたようになってしまったんだ。



***



「それって多分、恋だと思う」

「えっ! 俺、恋とかしたこと無いんだけど」


 最初に友達になったやつは唐傘からかさお化けみたいに痩せていて、みんなにガリって呼ばれている奴だった。目だけぎょろぎょろしていて俺よりも妖怪っぽいから、妙に親近感が湧く。


「カッパ、それ初恋だよ。ボクはだいぶ前にあったから分かるんだ、その雷食らったような気持ち」

「よくわかんねえよ」

「カッパはコンノの事が好きなんだよ。コンノの話をする時、明らかに挙動不審だもん。ボク、カッパのこと応援するよ」


 ガリ男が俺の水かきのついた両手を握りしめた。なんか頑張れる気がしてきた。


「ありがとう、ガリ男。お前いいやつだな。人間の学校に来てほんと良かった」



***



 体育の後はみんなグデッとしているけど、俺はすこぶる元気だ。頭の皿に水分を補給したせいだろうか。


「カッパ君、凄いね。女子みんなカッパ君の泳ぎに釘付けだったんだよ」

「ああ、俺、泳ぐのくらいしか特技ないから」

「凄い綺麗で見とれちゃった。ねえ、水泳部に入ったら? あたし応援に行くよ」


 コンノが応援に来てくれる?

 直後、俺はコンノが照れ臭そうに顔を赤らめたのを見逃さなかった。


「ねえ、カッパ君……彼女いるの?」

「えっ? いっ、いるわけないじゃん、俺、妖怪だし」

「だから、妖怪の彼女いるのかなって」


 まさかチャンス到来?


「いないいない、妖怪にも人間にもいないからっ」

「そっか、良かった。じゃ、またね!」


 コンノはスカートを翻して駆けて行ってしまった。

 っていうかさ。「良かった」って。どういう意味だ。

 俺、もしかして脈ありか? 

 ガリ男に報告しないと!!!



***



 教室に戻ると、コンノが既に戻っていて、他の連中と談笑していた。

 俺は顔がニヤつくのを必死で抑えて、ガリ男のすぐ前の席に座ると「なあ、ちょっと聞いて」と小声で囁いた。

 その時。

 俺とガリ男の耳にコンノの声が飛び込んできたのだ。


「うっそー、カッパ好きなの? ありえなーい。あたしあれだけは無理」


 え、今なんて……?


「カッパとガリ男、セットであんたにあげるから」

「要らんし~」


 キャハハハという黄色い笑い声が教室に響いた。

 ガリ男を見ると呆然としたように俯いていた。



***



 放課後、靴を履き替えて外に出たところで、誰かに呼び止められた。

 コンノだった。


「ねえ。一緒に帰ろ」


 は? どういうつもりだよ。

 俺はなんか無性に腹が立って、コンノを無視した。


「ねえ、待ってよ」


 コンノは俺のガン無視を気にせずついてくる。どういう神経してんだよコイツ。


「待ってってば。あたし、カッパ君のこと……」

「無理なんだろ。嫌いなんだろ。ついて来んなよ」

「え? カッパ君?」


 なんだよその『驚きましたアピール』は。わざとらしいんだよ。


「俺な、裏表のあるヤツって大っ嫌いなんだよ」

「え、ちょっと、何の話かわからないんだけど」

「ガリ男を傷つけたのだけは許せねえ」

「ガリ男? ちょっと待って、何言ってるの?」

「自分の胸に聞けよ」

「あ、ちょっとカッパ君」


 俺は立ち止まってコンノを上から見下ろした。


「俺、コンノのこと好きだったんだ。でも今日のでわかったよ。じゃあな」


 俺は振り返らずにそのまま帰った。



***



 翌朝、学校へ行くとコンノが真っ直ぐ俺の方に向かってきた。

 本当は学校には来たくなかった。コンノと顔を合わせるのが嫌だった。どんなに忘れようとしても「あれだけは無理」というコンノの声が忘れられなかった。


「カッパ君、昨日ごめん。ちゃんと説明させて」

「いいよ別に、説明なんかしなくたって。コンノが俺のこと嫌いなのは知ってるから」

「違う!」


 いきなり腕を掴まれて、正面から見上げられた。


「違うよ! あたしの気持ち、勝手に決めないでよ! あたしはカッパ君の事……」

「いい加減な事言うなよ」

「いい加減じゃない! 全部カッパ君の勘違いだよ。昨日あたしが『カッパ嫌い』って言ったの、自分のことだと思ったんでしょ」


 え? 俺のことじゃない?


「だって、『カッパとガリ男、セットであげる』って言ってたじゃん」

「違うよ、『カッパとガリを、セットであげる』って言ったんだよ。お寿司の話をしてただけだよ。カッパ君とガリ男君のことじゃないんだよ。そんなこと言うわけないじゃん、あたしカッパ君のこと好……」


 ハッとしたようにコンノは両手で口元を押さえた。けど、クラスの奴らがみんなこっち見てる。はっきり言って公開処刑だろこれ。


「カッパ君、昨日、別れ際に言ってくれたよね。あれ、もう一度言って欲しいな」

「ここで?」

「うん、ここで」


 うわー、みんなニヤニヤしてる。ここで俺が逃げたらヒンシュクだよな。


「お、俺はその……あれだよ、食べ物好き嫌いするヤツは好きじゃない」

「じゃあ、好き嫌い無くす。頑張ってキュウリも食べる。ショウガも食べる」

「そ、そう。じゃあ、まあ、キュウリくらいは俺が食ってやるけど。まあ、そうだな、えっと、あれだ……」


 ぐはぁ、どうしろと!


「カッパ君大好き」


 チュッ。

 じゅぅぅぅぅ……。


 俺の意識が飛ぶ直前に聞こえたのは、皿の水が蒸発する音だった。



***



「最初っからそう言ってくれればいいじゃん」

「だって、みんなあたしのこと人間だと思ってるんだもん、今更こんな姿見せられないでしょ?」


 学校の屋上で、今日も二人はかっぱ巻きとお稲荷さんのお弁当を広げています。

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