いつか、その日が来たら

京ヒラク

旧題〝sampagita〟


○紫苑の部屋・夜

   白い建物と広い草原、海岸。

   灯りはテラスのテーブルに置かれたランプがあるのみ。

   暗闇をすべて照らすには足りないが、

   それでも何一つ光の無い場所では眩しすぎる。

   海を見ている女性・紫苑、

   何かに気が付き、振り向き声をかける。

紫苑 「こんばんは。また来てくれたのね」

   声をかけられた小柄な少女・柊、答える。

柊  「ええ。

    でも今日は暗いですね」

   あたりをわざとらしく目渡す。

   ランプの灯りを眩しそうにし、顔の前に手をかざす。

紫苑 「ええ、そうね」

   ふふっと小さくいたずらっぽく笑みを浮かべる紫苑。

紫苑 「あなたが夜を知らないって言うものだから、

    見せてあげようと思って」

   そう言い海のほうを向く紫苑。それに倣い海を見る柊。

   ランプの灯りが消える。

   空には月と星が輝く光景。

柊  「これが――」

   夜空、記録でしか知りえないかつての地球の光景の一つ、

   それを見ることができたという感情。

   感激あるいは畏怖とも言えるような。

   圧倒される柊。

   満天の星。



――――


○3723・車内

   窓のない超高速軌道、トンネルを走行している。

   座席に丸まって寝ている柊。

   車内には柊以外誰もいない。

   車内表示 

   〝現在速度 秒速164メートル〟

   〝ISO3166‐7JP 東京マデ421200秒〟




○3723・室内

   いかにもな古臭い事務所。

   この時代的には珍しいハードコピーの資料やファイル、

   ブラウン管やパソコンが山と積まれている。

   その中に机とテーブル、黒い革張りのソファーがあり、

   それらへ向かうための動線以外は古い品々に埋もれている。

   ソファーに寝そべり本を読んでいる柊。

   足をパタパタとさせている。

   その度に、ソファーは小さくキシキシと音を立てる。

   柊が読んでいる本は『神曲』

   他にも読み終えたものだろうか、

   ソファーやテーブルの下にも

   古そうな本が何冊も重ねられている。

   本以外にも彼女(柊)のものと思われる生活用品や衣類が、

   ソファーの背や周辺に散らばっている。

   ドアを開け、部屋に入ってくる御形。

   紙袋と封筒を抱えている。

   音に反応し、目だけそちらへ向ける柊。

御形 「そっちはどう?」

   手近な山の頂上に紙袋を置く。

柊  「月が綺麗だった」

   柊、顔を上げ呟く、それを聞き一瞬考え込む御形。

   あーそういうことね、といった素振りを大げさにしてみせる。


   御形、封筒の中身を確認しながら、デスクへ向かう。

   動線だけは確保されているとはいえ、

   それでも足元には注意が必要。


柊  「それよりさ、御形。

    日本のコミックとかアニメとかいうのが見てみたいなぁ」

   御形の方を振り向き、何やら嬉しそうに話す柊。

   ネットの世界の女性から新しく教えてもらった文化。

   呆れたようなうれしいような表情を見せる御形。

   親が子を見るような。

御形 「あぁ、分かった調べておこう。 

    仕事が終わったらね」

   よし、と声に出さず口だけで小さく呟く柊。

   その様子を見て苦笑いする御形。

御形 「今回の仕事はいまやってる案件の延長なんだけどね。

    新しいプロトコルが適用される関係で

    廃棄される予定の古いシステムがある。

    それの接続解除と修復処理、

    必要ならば解体しろ、とのことだ」

   仕事の話と聞き、のっそりと起き上がる柊。




○20XX

   陽桐の部屋の前、ドアの下に封筒が差し込まれている。

   それを手に取り、部屋へ入る陽桐。

   部屋の中、幾つか写真が飾ってある、

   友人と思われる人たちと撮った入学式や卒業式の写真。

   女性と一緒に写った写真も何枚かある。

   (女性の顔ははっきりとは見えないが、おそらく紫苑だとわかる)

   封筒の中の手紙を読んでいる陽桐、表情は見えない。

   しかし彼にとって好ましくない内容だとその様子から察せられる。


    ただそれは、僕の身勝手だっていうのに―




○3723・室内

御形 「彼女は不条理と化し、

    ネットに繋がるものに不条理を与え、

    そこから解放する」

 モニタに映し出される静止画

   ・黒い霧状のものになりながら消えて行く人

   ・フードをかぶったステレオタイプなカルトの信奉者

 ニュースの記事

   ・教団の関与が疑われる誘拐事件、

    最近頻発している怪奇事件や自殺に関するもの


御形 「多くは狂い、

    ある者は自殺し、

    またある者は信仰の対象として彼女を見出した」

柊  「そんなのは狂ってる」

御形 「ああ。

    外にいる僕らからすれば、

    狂っている、

    そう感じるかもしれないけど、

    彼らにはそうするより他なかったんだ。

    彼らを非難するのは難しい。

    みんながみんな強いわけじゃないからね。

    何をするにも英雄や犠牲者といった際立った個人が必要なんだ」




○紫苑の部屋

   テラス、丸いテーブルを挟み柊と紫苑、二人でお茶会。

紫苑 「人々は塔をつくり、光を求めて飛んだ。

    けれど翼は光の放つ熱に耐え切れず溶けてしまった。

    翼を失くしたものは落ちていくしかない。

    一度は近づいた高みから再び遠ざかってしまったのね。

    だけど、それでも諦め切れない人々がいた。

    彼らは海を埋め、

    大地を隠し、

    星を鋼の大地に変えてまで空を目指した。

    自分たちの立つ場所をより光に近づけるために」


柊  「どうして彼らは光を欲しがったのですか? 

    だって昔の世界は光にあふれていたんですよね」

   柊、上を見上げる。

   太陽が眩しい。

紫苑 「おかしいわよね。

    本来なら、光は隠れる必要のないものであって、

    わざわざ求めるようなものではないのに」    

   そう言いカップを口に持っていく紫苑。

   光は何かの喩えだと薄らと気づく柊。




○20XX

   大学か、あるいは研究施設の食堂や談話室だろうか。

   白衣を着た紫苑。

   周囲の友人或いは同僚と話している。

   それを少し離れたところから寂しげな様子で見る陽桐。

   そんな陽桐を見つけ手を振り声をかける紫苑。

   陽桐、気まずそうに小さく手を挙げて答える。




○3723・東京

   かつての日本、東京。

   昔の名残はなく、幾つかの地名だけが残りる。

   幾つかの建物の一部が構造体に取り込まれている。

   変わり果てた世界。


   軌道は駅に着き、柊は車両から降りる。

   改札ゲートを抜けると駅舎内は無数の蝋燭が煌めき、

   壁や床には何かの文字、記号、紋章が記されている。

   外へ出るためのゲート付近には数十人の人間がいる。

   彼らは厳重封鎖を示す表示のある閉ざされたゲートに向かいながら

   膝を折り頭を下げ何やら呟いている。

   何人かはそのままの姿勢で息絶えているようだ。

   その光景を遠巻きに見、別ルートから行くことにする柊。


   改札ゲートをハックし再度ホームへ向かう。

   関係者用の出入り口を探し、そこからまた別の駅外への道を探す。

   薄暗い中、何体かの白骨化した遺体を見つける。

   数年や数十年ではない、もっと古い時代のもののよう。

   外へ通じていそうな扉を開けては進み、開けては進む。

   しばらくし、ようやく外へ出ることに成功する。

   つい深呼吸と伸びをしてしまう柊。


   周囲を見渡し、端末で地図を確認する。


   進む柊。

   陽桐総合技術研究所の表示が見え、その建物へ入る。

   許可なしでは侵入できないはずだが、

   セキュリティーはすでに機能を喪失しているよう。

   用意していた偽装通行証やツールが無駄になり、

   少しつまらなそうな柊。

   とはいえ余分な手間が省けたことは喜ばしいことでもある。

   建物内を進んでいく。

   しばらくすると目的の対象がある場所にたどり着く。

   その部屋の中には大きな木が生えており、

   構造物と幹や枝、根が同化している。

   柊、まだ生きている端末を探しそれへ接続する。




○紫苑の部屋

   室内

   椅子に座っている紫苑。向かい合うように立つ柊。

紫苑 「久しぶり」

   笑みを浮かべる。

紫苑 「私を殺すのね」

柊  「……。

    あなたは夢から覚めるべきです」

   顔を伏せ気味に苦しそうに告げる柊。

   重い口を開くかのように。

柊  「王子様はもう来ないのだから」

   柊の言葉に、一瞬視線を地面に落とすも、

   再び笑みを作り、紫苑。

紫苑 「ねぇ、じゃああなたが私の王子様になってくれる?」

   言い淀む柊。

紫苑 「ごめんなさいね、無理を言って」

   無理に笑顔をつくり紫苑は言う。

   柊に顔や目を見せないようにしているのか、

   髪で目が隠れている左側を柊の方へ向くようにしている。

紫苑 「そう、ずっと昔はいたの。

    でも、もう彼の名前も顔も思い出せない。

    前にも話したでしょう? 

    私、自分の名前さえわからないのよ?」

   どこか遠くを見るような懐かしいような様子で。

   自分のことであるのに自分のことでないように話す紫苑。

   そんな紫苑の様子を見て何故か柊のほうが辛くなる。


   「かなしい、というのでしょうね。

    自分のことはわからないのに、

    自分のまわりのどうでもいいことばかり

    記憶に残っているなんて」

   ——やっぱり私は本来ならばありえないエラーなのだ。

   ——ずっと昔、棺桶のようなこの機械に繋がった時、

   ——私は消えてしまうはずだった。

   「そんな私の話をあなたは聞いてくれた」

   紫苑、柊の方を向いて真面目な口調で言う。

   前髪の隙間から薄らと覗く左目に吸い込まれそうになる。

柊  「私も色々知れて楽しかったです」

   柊、辛そうに絞り出すように言って、小さく深呼吸をする。

   仕事用の口調に切り替え告げる。


柊  「実はあなたのことを調べました。

    断片しか発掘できませんでしたが、

    必要ならばお教えします。

    それと依頼主からプレゼントがあるそうです。

    それを渡してから、

    あなたを生かし続けているものを壊します」

   頷く紫苑。

   それを見て柊も頷く。

   柊、テーブルの上に本と小さな箱を置き部屋の出口へ向かう。

   白い家から少し離れた草原上にドアだけがポツリと立っている。

   ドアの前で一度立ち止まり、振り返る。

柊  「おやすみなさい、紫苑」

   音もなく閉まるドア。




○20XX・電車の中、夕暮れ

   座席に座っている陽桐と紫苑。

   紫苑は寝ていて陽桐の方に寄りかかっている。

   寝ている紫苑の顔を見ている陽桐。

   ポケットから小さな箱を取り出し眺めている。

   箱、掌に収まるくらいの大きさで白のベロア。

   しばらくして箱をポケットに戻す。

   そして何か思うところがあるのか、顔を歪め、上を向く陽桐。  

   涙が零れてしまわないように、誰が見てもそう感じるほどの様子。


   そう、いつかその日が来たら話そう、と胸に秘めて。




○3723

   巨木の前で目を開ける柊。

   端末へ小型の端末を繋ぎ、アプリケーションを実行する。

   それに並行して部屋の各所に

   小さなブロック状の爆薬と起爆装置を設置していく。

   木の前でしゃがみ、

   先ほど紫苑の部屋で置いてきた物と同じ物を置く。

   目を閉じる。

   墓への供物のようにも見える。

   実際この木は墓標であるも同然で、

   ある特別な力をもった女性の記憶がここにはあった。

   数秒の祈りを捧げたのち、立ち上がり巨木に背を向け歩き出す。

   部屋から出るというとき、立ち止まる。

   すぐに歩き出す。

   背後で小さな爆発が連続して起き、砕かれ炎に包まれる木。

   

   ——燃えろ、全部燃えてしまえ。




○紫苑の部屋

   海に入っていく紫苑。

   徐々に昼から夜になっていく風景。


——ずっと来るはずはないと思っていた。

むしろ、来ないでくれと願ってさえいたのだ。

でも王子様はそんな私を裏切ってくれた。

こんな私を長い間気にかけていてくれたあの人は、

なんて優しくて――

——なんて愚かなのだろう。

それに彼女の厚意も無駄にはできない。

だから――

——これから私は死のうと思う。

私はもうずっと昔に消えてしまっているはずなのだから。

——大丈夫。


私は――

——私が行くべき場所に今から溶けてゆくのだ。



   紫苑、広い海に泡となり溶けていく。




――――


○20XX・室内

   目を覚ます紫苑。

   紫苑の部屋か或いは陽桐の部屋か。

   あたりを見回し、ここが陽桐の部屋であることを理解する。

   紫苑が起きたことに気づく陽桐。

陽桐 「おはよう、紫苑」

   その顔を見て何故か涙が出てくる紫苑。

   突然涙を流す紫苑を見て、困ったような慌てるような様子の陽桐。

陽桐 「えっ。

    ちょっと、どうしたの?

    何か変なことした?」

   いえ、そうではないの。

   言葉がうまく出てこない。

紫苑 「ううん、なんでもない。

    ただ――」

   ただ、何故だか涙が溢れてくる――



○終劇

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いつか、その日が来たら 京ヒラク @unseal

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