おまけ(1)
(1)あのあとすぐ。
*
2人が宿に戻ると、クラウンが出迎えてくれた。
「よ、お帰り」
「ただいま戻りました、色々とお気遣いありがとうございました」
零がクラウンに頭を下げる。
「クラウンさんの助言がなかったら治療もしないまま国に連れ帰るところでしたよ」
「だろうな。気持ちは分かるがまず休養だ、こういう時は。まだまだ若いね王子サマ」
「そりゃ二十歳ですもん」
「いーねえ青春」
「茶化さないでください」
そんなやり取りを交わす零とクラウンを見て、ユエは戸惑っていた。
クラウンは零が王子様であることを分かっている。そのうえで、こういう態度を取っている。ある意味すごい。
ユエが呆然としていると、零がそれに気づいたらしい。
「クラウンさん、ユエが置いてきぼりくらってますよ貴方のせいで」
「失礼な。というか雇い主に向かってよくそんな口利けるな」
「信頼と尊敬の裏返しです」
「この減らず口め」
クラウンはユエに向かってこう言った。
「あいつは王族かもしれんが、ここにいる限りはここの従業員で、雇用主は俺。だから関係は対等なんだよ」
「対等ではなく下僕の間違いでは」
「首ひとつ絞めようか?」
「遠慮しときます」
……本当に、何なんだろうこのコミカルなやり取りは。
「よーしじゃあご要望にお応えしてこき使ってしんぜようか」
「職権濫用っていうんですよそういうの」
「飯抜くぞ」
「すんませんでした」
ユエはとうとうこらえきれずに吹き出した。すると、2人が同時にこちらを向く。
「……え、あ、ごめんなさい……?」
笑ったのがまずかったのかと思い、とりあえず謝る。すると2人は首を横に振った。
「違う、そうじゃない。…やっと、笑ったなって」
零が感慨深そうに言った。そのあとをクラウンが引き継ぐ。
「もう君は自由なんだ。だからもっと喜怒哀楽を表に出していいんだよ、いや出すべきだ。なんかムカついたらこいつ殴れば喜ぶから」
「ちょっと人を変態に仕立て上げるのはやめてくれません?至極まっとうに生きてるのに」
零が聞き捨てならんと反論するも、クラウンは意にも介していない様子である。
「いいんだよ、むしろこんな綺麗な女の子に罵倒されるなんざ幸せだと思え」
「横暴すぎませんかそれ!?」
なんというか、やはり愉快である。
「あの、別にわたしは零さんにそんなことしませんよ?」
一応そう口を添えると、2人はきょとんとしてから、笑った。
「え、なんで笑うんですか!?」
「あー、うん。ごめん、面白くて」
「さっきのお2人の方がよほど面白かったじゃないですかっ」
「うーんと、面白さの方向性が違うというかなんというか」
零はなにやら言い訳がましく言葉を並べ、クラウンはただにやにやしながらユエと零2人の会話を見守っている。
笑われた恥ずかしさとからかわれているような居心地の悪さにふくれっ面でそっぽを向いたら、零が慈しむような眼差しと一緒に、
「機嫌直してよ、お姫様」
なんて言うので、すっかりどうでもよくなってしまったのだけれど。
(おわり)
(2)ヴェストファール家。
*
それはある意味でここ最近で一番の大事件だったかもしれない。
*
ラインムート王国を統治するヴェストファール王室。一応は由緒正しい王室で、その歴史も古く国民からも愛されている、という自覚はあるが、「一応」とつけたくもなる理由がある。なぜなら。
自由奔放すぎるからである。
その自由奔放の代表格なのが、末弟のレイ。彼は15歳になったあたりで突然「旅に出たい」と言い出し、これまた自由奔放である父がそれにOKを出してしまい、かれこれ5年ほど流離の旅人をしているのだ。しかも、その旅をするのに王室のお金を使うのは違うから、と資金は自力調達で、実はしっかり税金も納めている。王室にいれば仕事をすることはあれど税金を納めるなんてことは発生しないし、日々の暮らしのお金を気にすることもない。だって、家も仕事場も王政が崩壊しない限りはずっとここにあるからだ。まったく不思議な弟である、と次男であるセトは思う。
「まあ、好きにやらせとけばいいんじゃない?」
と言うのは長男であり次期国王のルカだ。この兄はとても頭が切れるので、順当にいけば確実にこの人が王になる、とセトは小さいころから当たり前に思ってきた。そんなことをレイも思っていたのかは知らないが、多分そういう面もあって流離の旅に出たい、なんてことを言い出した気もする。
そんなヴェストファール家に、ある日一通の手紙が届いた。差出人は弟で、彼はまめであることと一応視察という名目をもらって旅をしているので報告書という名の手紙が来ることは別段珍しいことではなかった。……が、この時ばかりは大事件だった。父が兄と自分をわざわざ招集して内容を知らせたくらいだからだ。それは。
「ひとり、うちの国籍を与えたい人がいる……?」
「おう。なんでも、その人を助けるのに必要だとかなんとか書かれてる」
父はさらっととんでもないことを口にした。突然そんなことを宣われてもどういうことなのかさえも分からない。
「どんな人なんですか、その人は。書かれているはずでしょう」
「もちろん。ユエ・アナスタシアという女の子だそうだ」
ルカの問いに、これまたさらっと父が答える。アナスタシア、という姓にはルカにもセトにも聞き覚えがあった。
「アナスタシア……って、わりといい家柄じゃなかったですっけ」
「ああ。でも何かしら事情があって家を出たいとかそういうことじゃないのか?んでその手伝いをしたいとあいつは思って、そのために手を貸してほしい、ってことだろう」
「あいつが人助けするキャラか……?」
セトが疑問に思って呟くと、
「キャラっぽくはない。つまり答えは、その子に惚れたってことじゃねえのか」
と、これまた爆弾発言を落っことしてきた。こんな時にも自由すぎる。
「簡単に言いますね!?」
「まあもう20歳だから、そういう話があったっておかしくないだろ」
そこにルカが真面目に突っ込みを入れる。
「おかしくはない話ですが、話が突拍子すぎます。第一、その女性と顔を合わせないうちに戸籍を作るなんてできっこない」
「と、言われることは覚悟のうえで手紙を出してきているっぽいぞ、レイは。それでもとにかく時間がないそうだ。こっちに帰ってくるほどの時間さえも」
ここに書いてあるから、と手紙を開示される。確かに、無理であることを承知の上で許してほしい旨が書かれていた。
「……王は、どう思うのです」
ルカが訊く。父はあっさりこう言った。
「俺は賛成だ」
「「えっ」」
いいのかそれで。本当にいいのかそれで。戸惑うルカとセト二人をよそに、父は理由を語った。
「あいつはあれで慎重にことを運ぶという点ではものすごく長けている。そんなあいつがこんな無理を押してまで手助けしたいと思ってこんなものを寄越したんだ、一回くらい我儘を聞いてやってもいいだろ。刺客とかスパイとかいう可能性はもちろんあるが、そこは後で会って見定めればいいだけのことだ。優秀な息子がここにも2人いるわけだし」
「今ここでそういう文言挟んでくるのは反則ですし、一回どころかすでに何回も我儘きいてやっているでしょうに」
ルカがため息をつきながら言った。
「なんとでも。俺はとにかく面白い方に賭けるだけだから、賛成である立場は変えん。だから、お前らの裁量に任せる」
「ここでこっちに投げるんですか!?」
セトは思わず叫んだ。叫びたくなるのも許してほしい。
「だーって後で恨まれたくないもーん」
「ちょっとはその自由さ隠してくれませんか!」
セトはこういうことにどうしても突っ込みたくなる性分なので言ってはみたものの、父はどこ吹く風である。ルカも諦めな、という顔でこちらを見ている。
「ま、そういうことだから結論出たら教えてな~」
そう言い置いて、父はさっさと席を外した。
*
「……どうするの、ルカ兄さん」
「父さんがああだから、戸籍作っていいんじゃないいかなって思う。セトは?」
「同意見です」
ここで二人は決めたのだった。次レイが帰ってきたら、散々からかってやろう、と。
(おわり)
(3)旅の途中で。
*
この容姿が金になることは、いつの間にか自分の中で常識になっていた。だから、
「お嬢さん、一人で歩くと危ないよ」
と口だけで言ってくる小汚い中年男性の呼びかけも厭わなかった。
だって、お金をくれるから。少しでもあの家から遠ざかるために必要なのは金なのだ。
「……いくら?」
「話が早いね、これくらいでどう」
提示された金額はまあまあだった。まあ、及第点だろう。
「……いいよ、仕方ないからついてってあげる」
*
なんてことをしていたからなのか、今、ユエはものすごく厄介な輩に絡まれている。
零と旅を始めて、ユエも零と一緒に働くようになった。それは零の経済的な負担になりたくなかったのと、自分ももっとしっかりしたいと思ったからで、まだ簡単なことしかできないけれど、働くこと自体は楽しかった。そして今は、身を寄せている宿屋のオーナーが経営しているレストランで給仕をやっていて、まさに勤務中での出来事だった。
「そこの女の子」
「私ですか?」
「そう、そこの。その髪、地毛なの?」
声をかけられたテーブルを振り返ると、突然そんなことを言われた。顔色を窺うに、どうやら相当酒を飲んでいるらしく、真っ赤である。まだ陽は高いというのに。
「そうですけど」
客なので無視するわけにもいかず答えると、「めずらしー!」とテーブル全体で騒がれる。
「あの、他のお客様もいるので、お静かにお願いします」
とやんわり言ったが、多分聞こえていないだろう。そんな折、そのテーブルの一人が
「それって、本当に地毛なの?染めてるんじゃなくて?」
と発言した。
「……それを聞いて、どうするんですか」
なんかちょっと嫌な雰囲気を感じつつも、ユエは訊き返す。すると、
「いやぁ?ただ、気になったもんでね」
と躱された。でもずっとそんな風な目で見てくる人間を相手にしてきたからユエにはわかる。変なことしか考えてない集団だということくらいは。案の定、仲間内の一人がとんでもない発言をした。
「それって、証明できんの?」
「はい?」
「地毛なら、髪の毛以外も白いんじゃないの?見せてよ」
何言ってるんだこいつ。
「ちょ、お前、セクハラ!」
仲間もそうは言っているものの、笑っているだけで止める気配はない。昔相手にしていた人たちの方がまだ品があった気さえする。
「何を仰っているのか分かりかねますが」
と反発したら、その一人が立ち上がってユエの腕をひっつかんだ。
「……何するんですか」
「その服脱いでみせろって言ってるんだよ」
そう言った男性の目は完全に据わっていた。こちらに恐怖を与える意味もありそうだけれども、従わないならもっと好きに暴れて騒ぐそ、といった脅しも含んでいるのだろう。
あんまりめんどくさいことになってほかのお客さんやお店に迷惑をかけるのもな、と思い諦めて従おうとしたとき、割って入る声があった。
「はい、そこまでー」
「何だお前」
「え?ここの従業員ですよ?そこの女の子と同僚の」
割って入った声の主、零はグループの煽りに一切動じずのんきに答える。
「今楽しくお話してるんだから邪魔すんなよ」
「楽しく、ねえ」
悪い笑みを浮かべた零は、ユエをひっつかんでいた男性の腕を取ると、ありえない方向にねじりあげた。
「いった――――――!?」
「先程から、他のお客様からもうるさい、とお叱りを受けてまして。ここは食事をする場でナンパする場所じゃないので、食べる気がないなら帰ってくださいませんか」
零がそう言って腕を離すと、そのグループはあっさり店を後にした。それを見ていた他のお客さんから拍手まで上がっている。
「……あのひと、腕大丈夫なんですか」
「ぎりぎり骨折れないあたりで止めたから大丈夫。それより、君ちょっと裏においで」
「え、でも仕事は?」
「オーナーが呼んでるから、はい行った行った」
ぐいぐいと背中を押されて、オーナーの待つ休憩室へ押し込められた。
「ユエちゃん、ごめんね嫌な思いさせて」
開口一番、オーナーはユエに向かって謝った。オーナーは何も悪くないのに。
「い、いえそんな……。慣れてますし大丈夫です」
「……ここに零くん呼ばなくて正解だったかな」
「? どういうことですか?」
「ごめん、こっちの話。でもお客さんも気にするだろうから、表に出るのはしばらくしてからにしてほしいの。だからここで休憩を取って、しばらく裏の仕事をしていてくれるかしら」
「はい、わかりました」
*
その日の仕事も無事に終わり、ユエは零に連れ出された。ご飯は賄いで食べたので、本当にただ散歩、という感じである。……が、なんだか零の様子がおかしい。
「……零さん」
「何」
「怒ってますか」
「怒ってますね」
「なんで」
というと、強烈なデコピンが飛んできた。
「いたっ!?」
「オーナーに慣れてるから大丈夫、って言ったって聞いたけど」
「それは本当に大丈夫だから」
と言ったが、零は最後まで聞いてくれなかった。
「大丈夫なんじゃなくて、無理して大丈夫でいようとしてるだけだよ、それは」
「そんなこと……っ」
ない、とはさすがに言い切れない。
「そんなことないって言いたいなら言えばいいよ。俺は聞かないから」
ユエのことなのに、つまりは他人のことなのに、なぜそこまでして零が腹を立てているのか分からない。
「なんで零さんがそんなに怒ってるんですか!」
「誰かさんが自分を大事にしないからです」
「え?」
「慣れているから大丈夫って、どう考えても大丈夫じゃないんだよ、そもそも。大丈夫じゃないけど慣れました、どうにか誤魔化していますって言ってるようにしか聞こえない」
「そんなつもりは」
「なかったかもしんないね、昔なら。でも今は違う、無理する必要なんてどこにもない。俺は、ユエにもっと自分を大事にしてほしいんだよ。思ったこと、感じたこと、やりたいこと、全部に素直になっていい。頼むから自分を蔑ろにしてほしくない。自分が自分のことを一番好きになってほしい。せっかく自由になれたのに根本がそれじゃ連れ出した甲斐がない」
「そこまで言いますか」
「そこまで言いますよ、本心だから」
とはいっても、ずっと長いこと自分を後回しにせざるを得なかったユエにとって、それは難しいというもので。
「……改善できるように努力します」
「努力までしないでいいけど、善処してください」
じゃあ帰るよ、と零は帰り道の方向へ進路を変えた。もう、さっきまでの張りつめた空気はない。
(誰かが、自分のために怒ってくれたことって、今まであったっけ……)
たぶん、というか記憶がある限りは、これが初めてだった。怒られたはずなのに、怖かったはずなのに、今はなぜだか少しだけ嬉しいと思っている自分もいる。変な感じだ。
「……なに笑ってんの」
「え、笑ってました?」
「無意識なんかい」
「いやもう全く意識してませんでした。……でもそうですね、どうも私、嬉しかったようで」
「ちゃんと自分を大切にしてくれたら俺はもっと嬉しいよ」
(おわり)
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